労働時間と睡眠時間

労働時間が睡眠時間にどう影響するかを調べた報告書です。仕事とストレス。ストレスと睡眠。よく考えなければいけません。

今から7年前。民主党政権時代から報告書は出ているのですが、変わらないですね。
電通の事件を契機に、やっと残業時間についての見直し提言が出ていますが、経済界が反発している。
見直しといっても基準は過労死ラインとの線引きの話。
仕事って死ぬか生きるかのラインでやることでしょうか?

http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou054/hou54_03_02.pdf
3 研究論文集

労働時間と睡眠時間

獨協大学経済学部 教授 阿部 正浩

要旨

この論文の目的は、日本人の睡眠行動と労働の関係を探ることにある。社会生活基本調査を用いて実証分析した結果、次のような結論が得られた。
一つ目の結論は、労働時間の長さは睡眠時間に影響するということである。男性の平均的な睡眠時間は女性に比べて長いが、その分布は広く、労働時間によって睡眠時間の長さが変化していることになる。女性の場合には雇用形態によってその度合いは異なるが、全般的に労働時間が長いほど睡眠時間は短くなる。二つ目の結論は、男性と女性正規雇用者の睡眠に関する固定時間費用は小さく、労働時間の変動を睡眠時間の長さで調整していることだ。1 日24 時間だから、一つの行動が長くなれば他の行動を短くするのは当然だ。しかし、男性と女性の正規雇用者に関しては、労働時間の長さを、他の行動ではなくて、睡眠を短くすることで調整している傾向にある。これに対して女性パート・アルバイトについては、家事の固定時間費用が低く、労働時間の変動を家事時間で吸収する傾向にある。
そして、睡眠時間の固定時間費用は高く、睡眠時間で調整は正規雇用者に比べて小さい。
以上の結論は、我が国において労働時間管理が、人々の健康管理の上でも重要な役割を果たすことを示唆する。特に正規雇用者の場合、他の雇用形態と比べて、労働時間の長さを睡眠時間で調整しようとする傾向にあり、長時間労働は睡眠不足をもたらす。たとえば、表4 の男性正規雇用者の労働時間の係数は、0.147 だが、これは労働時間が1 時間長くなる毎に9 分ほど睡眠時間が短くなることを意味する。ワーク・ライフ・バランス政策の推進は、仕事と家庭の両立だけでなく、国民の健康促進の上でも重要である。

1 はじめに
この論文の目的は、日本人の睡眠行動と労働の関係を探ることにある。
ヒトはその生涯の三分の一ほどを眠って過ごすと言われる。睡眠はヒトの生存や健康にとって重要な役割を果たす生理現象であるにも関わらず、睡眠の科学的研究は最近になって行われるようになったに過ぎない。(※睡眠に関する医学的研究を紹介した櫻井(2010)を参照されたい。)最近の睡眠に関する医学的研究によれば、睡眠は、身体を休息させるのみならず、脳の修復や整備を行う役割を果たすと考えられている。また、睡眠不足は心血管疾患や代謝異常のリスクを高めるとの指摘もあるし、夜更かしは体温上昇を遅くし体調に影響するとも指摘されている。
1964 年にアメリカのある一人の高校生によって行われた「不眠実験」は、ヒトが眠らずにいるとどのような症状が起きるかを我々に教えてくれる(Dement[1999])。この実験では11 日間(264 時間)もの間、17 歳の高校生が一睡もせずに起き続けたが、体調不良をはじめとして、記憶障害や妄想、言語障害、などの症状がみられた。これ以外の例からも、長時間にわたる断眠は、体調不良や精神障害を引き起こすことがわかっている。(※ なお、多少の断眠が続いたとしても、その後の睡眠で回復することもわかっている。休日のいわゆる「寝だめ」は、したがって、平日の睡眠不足による障害を回復するのに役立っている。【※※最近寝だめは意味がないと言われていますね。後挿入】)
では、睡眠時間は何によって規定されているのだろうか。
これまでの研究では、長時間労働が平均的に睡眠時間を短くしているとの指摘はあるものの、十分な研究蓄積があるわけではない。とくに、労働時間制度や労働時間の長さが個人の起床と就寝行動にどのような影響を与えているかまで踏み込んで研究を行ったものは、筆者の知る限り存在しない。
また、職種や職業などと睡眠時間との関連性を分析している研究もない。たとえば、経済のサービス化の進展で不定期に働く人々も増加しているが、そうした人々の睡眠時間はどうなっているのか。早朝や深夜に働かなければならない人々の睡眠行動はどうなっているのか。さらに、労働時間管理をされていないはずの管理的職業従事者、フレックスタイムなどが適用されるケースが多い専門的・技術的職業従事者と、労働時間管理されている事務・販売従事者との違いはどうなのか。雇用者と自営業者との違いもどうなっているのか。
起床や就寝時間は労働時間だけでなく、通勤時間や家事・育児時間とも関連する。通勤時間が長い都市部とそれ以外では、起床・就寝時間に違いがあるだろう。また、子供の有無や三世代同居の有無など、世帯構成は家事・育児時間に影響することを通じて、睡眠時間にも影響する可能性がある。果たして、どうなっているのだろうか。
睡眠と労働時間との関係について検討している研究はほとんどないが、以下の論文は、今回の研究の問題意識に近い研究を行ったものである。
上でも触れたように、長時間労働は睡眠の質の低下をもたらし、健康状態に影響する。我々の健康を支える医師の労働時間も長時間化しており、しばしば問題視されている。我が国でも研修医の労働環境が劣悪であり、長時間労働により過労死が起きているという報道はしばしばなされるが、米国でも状況は似ているようだ。
そこで、米国では研修医の労働条件を改善するため、2003 年2 月に研修医の労働時間を4 週間あたり320 時間(週80 時間)未満に制限している(詳細はThe Accreditation Council for Graduate Medical Education (ACGME)のホームページを参照)。しかしながら、例外として32 時間までは追加で研修を行っても良いことになっている。また、この規制が実施される直前まで研修医は週140 時間もの労働を行っていることから、実際にこの規制が研修医の労働条件の改善に結実するかどうかに関して、不明な点が多かった。
Lockly et.al[2004]は、この米国の研修医の労働時間規制が効果的かどうかを調査したHarvard Work Hours, Health and Safety Group の結果をまとめたものである。Locklyらのグループは、2002 年3 月に、卒業1 年目の内科臨床研修医51 名について、異なる二つの研修スケジュール・シフトを設計して、それぞれのグループの研修医たちの労働時間と睡眠時間の違いについて検討を行った。
その結果、通常行われている研修スケジュール・シフトでは労働時間が長くなりがちで、睡眠時間は短い。他方、もう一方の研修スケジュール・シフトで仕事を行った研修医たちの労働時間は短く、睡眠時間は長くなった。これは研修スケジュール・シフトによって、同一の労働を行ったとしても、労働時間や睡眠時間に差がつくことを示唆している。
Basner et.al[2007]は、American time use survey を用いて、起きている間の各種活動と睡眠時間との関係を検討している。彼らが行った回帰分析の結果、まず労働時間が睡眠時間に強く影響し、次いで通勤時間が睡眠時間に影響していることを見いだした。
Hamermesh et.al[2006]は、American time use survey を用いて、アメリカ各地の標準時間とTV 放映時間の違いが、人々の行動にどのような影響を与えているかを検討している。その結果、標準時間とTV 放映時間が労働と睡眠の時間に強く影響していることがわかった。
こうした過去の研究はあるものの、労働時間と睡眠時間の関係に関する研究はこれ以外にない。

2 素朴な観察
2-1 データ
この稿で用いたデータは、『平成18 年社会生活基本調査』(総務省統計局)の調査票B(個票)である。『社会生活基本調査』は平成13 年調査から、それまでのプリコード方式調査に加えて、アフターコード方式調査を実施するようになった。両者の違いは、回答者の回答方法である。プリコード方式では、調査票には回答の分類肢があらかじめ設けられており、回答者はそれらを選択して回答する。他方、アフターコード方式では、調査段階では回答者が自由に調査票に回答を記入し、集計段階で事前に定められた分類基準に従って分類コードを与えている。したがって、アフターコード方式による調査票B のほうが人々のより詳細な行動がわかる。
さて、『社会生活基本調査』では、調査期間(平成18 年10 月14 日から22 日)の間に連続する2 日間に関して生活時間を調査しており、1 日目の0 時から15 分刻みで翌日の23 時59 分まで調査される。このため、行動がその開始から終了まで2 回以上識別出来る仕事などの行動とは違って、就寝から起床まで連続する睡眠時間がわかるのは1 回だけである。
なお、行動の開始と終了はデータ上に明示されているわけではない。以下では、連続する時間帯でそれぞれの行動の分類コードに変化があった場合に、当該行動の開始あるいは終了とした。ただし、仕事の場合には休憩時間が挟まれる場合があるため、連続する二つの時間帯に仕事と仕事以外が入った場合でも、その45 分から1 時間15 分後に仕事を再開している場合には、仕事を継続中とした。また、家事や育児の場合には、他の活動と断続的あるいは交互に行われるケースが多く、この二つの活動の開始と終了を特定化することはしなかった。
以下の分析で用いるサンプルは、特に記述がない場合は学校を卒業した15 歳以上の男女で、仕事をしている者に限られる。在学中の者は、就業者であってもサンプルには含まれていない。また、既卒者であっても就業中でない者はサンプルに含まれない。

2-2 睡眠時間
表1 には、調査された二日間平均の睡眠時間の基本統計量が示されている。上述したように、就寝と起床時間とその間の睡眠時間がわかるのはそれぞれ1 回だけである。しかし、それを用いると日常の行動がわからない恐れがある。そこで、睡眠時間は二日間の平均値を計算した。
全サンプル(既卒の15 歳以上男女)の睡眠の平均時間は、約470 分(7 時間50 分)である。男性に限ると約482 分(8 時間2 分)、女性は455 分(7 時間35 分)であり、男性に比べて女性の睡眠時間は短い。ちなみに、睡眠は約90 分毎にノンレム睡眠とレム睡眠が交互に繰り返され、このサイクルを4 回から5 回程度繰り返すのが一般的だ。だとすれば、7 時間程度の睡眠が望ましいということになる。その意味でも、日本人の男女の睡眠時間は平均的である。
図1 には、平均睡眠時間の分布が男女別に示されている。この図からわかることは、平均よりも長い睡眠時間の者は相対的に少なく、対照的に短い睡眠時間の者が多いことだ。これは男女ともに言えることであるし、主に仕事をしている者についても言えることだ。ただし、女性に比べて男性のほうが分布の右側に裾野が長くなっている。これは、平均よりも長い睡眠をとっている男性が相当にいるということを意味している。

表1 にもどって、サンプルを幾つかの個人属性に分けて、睡眠の平均時間をみてみよう。
まず、主に就業している者にサンプルを限ると、若干だが全サンプルに比べて睡眠時間は長くなる。これは主に就業しているのは男性に多く、男性の平均時間以上に睡眠をとっているサンプルが全体の平均を押し上げていることと、女性の睡眠時間が長くなっていることが影響している。ただし、主に就業している男性の睡眠時間の平均値は、全サンプルよりも短い。
未婚者は、睡眠時間が長い。男女計でみると、それは約8 時間となる。ただし、男性に限ると全サンプルとの違いは3 分程度だ。他方、女性未婚者は全サンプルと比べて20 分程度長い。
既婚者は、睡眠時間は短くなる。特に既婚女性の睡眠時間は短くなり、447 分(7 時間27 分)となる。女性全体と比べて、8 分ほど短くなる。他方、既婚男性は全サンプルと比べて1 分だけ短くなるだけである。
死別・離別者の睡眠時間は、未婚者と既婚者のちょうど間にある。
配偶関係によって、特に女性で、睡眠時間に相違があるのは、女性の家事育児時間が男性に比べて長時間になるからであろう。この点は、以下でも検討してみたい。
表1 には、正規雇用者とパート・アルバイトのそれぞれについても、睡眠時間をみている。正規雇用者の場合には全サンプルと大きな違いはないが、男性正規雇用者に限れば4分ほど男性全体に比べて睡眠時間は短い。女性正規雇用者も約1 分だけ女性全体に比べて短くなっている。
他方、パート・アルバイトの場合には、全サンプルと比べて16 分ほど睡眠時間が短い。これは、パート・アルバイトでは女性比率が高まることと、女性パート・アルバイトの睡眠時間が女性全体と比べて5 分ほどさらに短くなっていることが影響している。女性パート・アルバイトが女性正規雇用者に比べて睡眠時間を短くしている理由については、以下でも検討してみたい。

2-3 睡眠時間の分布
表1 では睡眠時間の平均値だけでなく、標準偏差にも男女や配偶関係ごとの特徴がある。
まず、女性に比べて男性の睡眠時間の標準偏差は大きくなる。平均値の大きさの影響を除くために変動係数を計算しても、女性に比べて男性のそれは大きい。つまり、睡眠時間の分布に関しては、男性が女性よりも大きいことを意味する。これは図1 でも見たことだ。
また、配偶関係によっても分布の大きさが違う。既婚者に比べて未婚者の標準偏差が大きく、変動係数も大きい。これは男女ともに言えることである。
正規雇用者とパート・アルバイトを比較すると、前者の分布が大きい。
分布の大きさは、睡眠時間の個体間の散らばり具合をみたものである。それが、個人属性によって変化するのは、なぜなのか。

一つの要因は、個人属性によって時間制約が変化することが考えられる。未婚者に比べて既婚者は、家事労働や育児の時間が増加するかもしれない。また、正規雇用者はパート・アルバイトに比べて勤務時間や勤務日が長かったり、固定されていたりするだろう。こうした時間制約の変化は、当該グループをある一定時間に行動パターンを集約させてしまっているのかもしれない。

2-4 就寝・起床時間
表1 には、平均睡眠時間とともに、起床時間と就寝時間の平均が示されている。
起床時間と就寝時間は、0:00〜0:15 を1、0:15〜0:30 を2、というように15 分間毎の階級値で示されている。たとえば、男女計の就寝時間の平均は95.17 とあるが、これは調査1 日目の午後11 時30 分から45 分の間であることを意味する。また、男女計の起床時間は123.82 とあるが、これは調査2 日目の午前6 時45 分〜7 時の間であることを意味する。
男女で就寝と起床時間を比較すると、就寝の平均時間は女性の方が遅く、起床の平均時間は男女ともにほぼ同じである。女性は睡眠時間が男性よりも短かったが、それは就寝時間が遅く、起床時間が同じであるところに原因がある。
図2 には就寝時間の分布が、図3 には起床時間の分布が、それぞれ示されている。
概して、平均就寝時間よりも早く寝る人が多く、平均起床時間よりも遅く起きる人が多いことを、これらのグラフは示している。また、就寝時間と比べると起床時間の分布は大きくないこともわかる。特に、男性と比較して女性の起床時間の分布は小さい。
就寝時間と起床時間を、個人属性別にみると、睡眠時間と同様な特徴があることがわかる。
未婚者の就寝時間は相対的に遅く、未婚者の起床時間も遅い。他方、既婚者の就寝時間は早い。また、起床時間も早いが、それは特に女性既婚者の起床時間が相対的に早いことが影響している。
正規雇用者の場合、相対的に就寝時間は遅い。特に男性正規雇用者の就寝時間は男性全体に比べて遅くなっており、パート・アルバイトと比較すると平均して30 分ほど就寝時間は遅い。女性の場合も、正規雇用者はパート・アルバイトと比較して15 分ほど就寝時間は遅い。

2-5 労働時間、家事・育児時間、自己啓発の時間
表2 には、労働時間や家事・育児時間の基本統計量が掲げられている。ここで、これらの数値に関しては説明を補足しておく。先にも触れたように、社会生活基本調査は連続する二日間で調査されている。したがって、これらの時間は二日間の平均値を計算した。ただし、二日間のうち「休日」あるいは「休暇」の日もあるので、その場合には通常の労働日とは異なる活動時間が計算される可能性がある。

男女計の労働時間は4 時間47 分、家事時間は1 時間38 分、育児時間は13 分となっている。男女別には、男性の場合はそれぞれ順に5 時間23 分、37 分、9 分、女性は4 時間、2 時間56 分、19 分、となっている。
個人属性別に見ると、未婚者の労働時間は既婚者に比べて長い一方、家事や育児時間は短い。特に女性で顕著に見られる特徴だ。
正規雇用者とパート・アルバイトを比較すると、正規雇用者の労働時間は長く、家事や育児時間は相対的に短い。

3 労働時間と睡眠時間の関係
3-1 モデル
労働経済学の教科書を紐解くと、時間配分の問題では予算制約の下で労働時間とそれ以外の余暇時間をどのように配分するかが説明されている。この余暇時間は、1 日24 時間から労働時間を差し引いた時間に等しく、家事や育児、学習やテレビを見る、そして入浴や睡眠時間が余暇時間にすべて含まれる。
基本的な時間配分モデルにしたがえば、労働時間M は、所得制約の下で余暇L から得られる効用を最大化するように求められる。
U(I+w[24-L],L)
ただし、w は時間あたり賃金率、I は非労働所得である。
この基本モデルでは、余暇に含まれる様々な行動が同一の価値を持つことが暗に仮定されることになる。たとえば、家事に費やす時間価値と友人とショッピングに出かける時間価値が同じであるとか、育児に費やす時間価値と友人とゴルフに費やす時間価値が同じである、ということを仮定しているのである。果たして、そうなのか。
上述したように、睡眠はヒトの恒常性機能を維持する上で大事な役割を果たす。睡眠不足は、心血管疾患や代謝異常のリスクを高めたり、精神障害を引き起こしたりすることがわかっている。睡眠時間は我々の健康、強いては生死にまで関わる問題だ。日本人にとっての睡眠の価値は、他の行動とどのような位置づけにあるのだろうか。
Hamermesh[2007]は、労働以外の各行動はそれぞれ価値が異なるのではないかという問題意識から、American Time Use Survey を用いて分析を行っている。そこでは、次のようなモデルを考える。貯蓄を無視すれば、人々の効用は、
U(I,S,L) if M=0
U(I+w[24-S-L], μSS, μLL) if M > 0 (0≦μS, μL≦1)
となる。ただし、S は家事や育児、L は余暇時間である。また、μs、μl は固定時間費用と呼ばれる係数である。固定時間費用とは、Hamermesh[2007]では、労働のために犠牲にする他の行動時間のことをいう。たとえば、仕事に遅刻しないように早く起きて、早く食事をするとか、次の日に寝坊しないように前夜のテレビを見ずに早く寝るとか、そうした労働以外の行動を労働のために犠牲にすることが、これに該当する。そして、こうした固定時間費用は、もしそれがなければ当該行動から得られたはずの効用よりも、効用水準を低下させるはずだ。たとえば、家族とゆっくり夕食をとることの効用と、残業から帰って一人で夕食をとることの効用では、どちらが高いだろうか。人によっては後者の場合もあるかもしれないが、一般的には前者であろう。
さて、効用単位での労働の固定時間費用V は、
V = U(I,S,L) – U(I,μSS,μLL) > 0
人々は、効用を最大化するように、最適な家事や育児時間S*、最適な余暇時間L*、最適労働時間M*を選択することになる。もし最適労働時間が0、つまり働かないことが最も効用が高いのであれば、
U2/U3 = 1、
他方、最適労働時間が正であれば、
U2/U3 = μL/μS
が、それぞれ得られる。
固定時間費用の存在によって、労働から得られる便益が固定時間費用を上回らない限り、労働供給時間は正にはならないはずだから、
U(I+w[24-S*-L*],μSS*,μLL*) – U(I,μSS*, μLL*) > V
もし労働時間が正であれば、S とL の相対価格は1 からμL/μS≠1 に変化しているに違いない。
しかしながら、我々は固定時間費用を直接観察することはできない。また、この費用は個人によって異なる。たとえば、固定時間費用が変化したときに、非労働所得が高い人ほど、時間を家事や育児に割く代わりに、お金を使って商品やサービスを市場から調達するかもしれない。

3-2 分析結果
固定時間費用を推定する一つの方法は、労働供給行動を識別することが可能な操作変数を用いることである。しかしながら、特に男性については、適当な操作変数を見つけることは至難である。
ここでは、睡眠時間や家事時間、そして育児時間について労働時間を回帰することで、労働時間が各行動にどう影響しているかを見ていきたい。
表3 は、既卒者で仕事をしている者に限って推定した結果が示されている。この回帰式には、平均労働時間、雇用形態ダミー(自営業・家族従業員がレファレンス・グループ)、性別ダミー(男性がレファレンス・グループ)、年齢、配偶関係(未婚者がレファレンス・グループ)、学歴(中学・旧小卒がレファレンス・グループ)、末子の年齢(0:子供なし、1:末子0 歳、2:末子1〜2 歳、3:末子3〜5 歳、4:末子6〜8 歳、5:末子9〜12 歳、6:末子12〜14 歳、7:末子15〜17 歳、8:末子18 歳以上)、休日ダミー(労働日がレファレンス・グループ)が説明変数として含まれている。
平均労働時間の係数は、睡眠時間については−0.129、家事時間については−0.144、育児時間については−0.0301 で、それぞれ統計的に有意な結果が得られた。これは、平均労働時間が1 分長くなると、睡眠時間は0.13 分、家事時間は0.14 分、育児時間は0.03 分だけ短くなることを意味する。

他の変数についてみると、雇用形態別については、まず役員は家事時間と育児時間に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されている。この結果は、役員の家事や育児時間は自営業者・家族従業員と比較して短いことを意味する。正規雇用者については、全ての時間について統計的にマイナスの係数が推定されており、睡眠も家事も育児も短い。パート・アルバイトは、睡眠時間と育児時間については統計的に有意なマイナスの、家事時間については統計的に有意なプラスの係数がそれぞれ推定されている。つまり、パート・アルバイトの家事は相対的に長く、睡眠や育児時間は短い。派遣社員については家事と育児に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されており、その他の雇用者については睡眠と育児に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されている。
女性は、男性と比べて睡眠時間は37 分ほど平均して短く、家事時間は122.4 分ほど長く、育児時間は6.6 分ほど長いことがわかる。
年齢については、加齢とともに睡眠時間は短くなり、家事時間は長くなる。育児時間は加齢とともに短くなっている。
配偶関係別には、配偶者有りの人たちは、未婚者と比べて、睡眠時間が短く、家事時間と育児時間は長い。配偶者と離死別した人たちは、家事と育児は長く、睡眠時間は未婚者と同じ程度である。
学歴別には、高学歴者ほど睡眠時間は長く、育児時間もやや長い。しかし、家事時間に大きな違いはない。
休日は、睡眠時間が長くなっている。
以上の結果は、労働時間が長くなると他の行動時間が短くなるだけでなく、それぞれの行動に対する労働時間の影響が異なることを示している。つまり、睡眠時間よりも家事時間をより短くしており、睡眠時間の固定時間費用が相対的に高いことを示唆している。
ただし、推定結果では雇用形態や性によって各行動時間が異なっていることも示されており、労働時間が与える各行動時間への影響も雇用形態によって異なっている可能性も考えられる。
そこで、性別に正規雇用者とパート・アルバイトに限定して回帰式を推定した。結果は表4 の通りである。
まず、正規雇用者についてみる。男性に関しては、睡眠時間の係数が最も大きく、睡眠時間の固定時間費用が低いことを示唆している。他方、女性に関しては、睡眠時間と家事時間の係数が同じであり、同等の固定時間費用であることがわかる。男女を比較すると、睡眠時間の係数は男性のほうが大きな値であり、家事時間については女性のほうが大きな値である。

パート・アルバイトに関しては、男性では睡眠時間の係数が大きく、やはり固定時間費用が低いことを示唆する。ただし、家事時間の係数は正規雇用者よりも大きく、男性パート・アルバイトの家事時間の固定費用は相対的に低いことを示唆する。他方、女性パート・アルバイトについては、家事時間の係数が最も大きく、家事の固定時間費用は低い。一方、睡眠時間の係数は小さな値であり、女性パート・アルバイトにとっての睡眠時間は固定時間費用が高い行動ということになる。
では、女性の家事や育児時間の固定時間費用は、その重要性によって変化するだろうか。たとえば、末子の年齢が低ければ家事や育児に要する時間は増えるだろうから、相対価格は高くなるだろう。
表5 は、女性にサンプルを限定し、正規雇用者とパート・アルバイト別に、末子の年齢が固定時間費用にどう影響するかを検討した結果である。この表では、末子の年齢と平均労働時間の交差項を説明変数に加えており、この交差項の推定された係数が固定時間費用の効果を見ていることになる。

結果によれば、家事時間の固定時間費用は末子の年齢によって変わることはないが、育児の固定時間費用には影響している。末子年齢が0 歳の場合、パート・タイマーの育児時間の係数はプラスとなっており、労働時間よりも育児時間の相対価格が高いことを示唆している。(※末子0 歳がいる正規雇用者は数が少なく(育児休業取得者が多い可能性が高い)、係数は推計できなかった。)
ただし、末子が1〜2 歳と3〜5 歳の係数は統計的に有意なマイナスが正規雇用者とパート・アルバイトで計測されており、これらのグループで育児の固定時間費用が低いことを示唆している。(※5 歳以下の子供を持つグループでは、正規雇用者やパート・アルバイトが長く働くために、保育サービスを購入しているのではないだろうか。)

4 むすびにかえて
この稿の結論は、ふたつある。
一つ目は、労働時間の長さは睡眠時間に影響するということである。男性の平均的な睡眠時間は女性に比べて長いが、その分布は広く、労働時間によって睡眠時間の長さが変化していることになる。女性の場合には雇用形態によってその度合いは異なるが、全般的に労働時間が長いほど睡眠時間は短くなる。
二つ目の結論は、男性と女性正規雇用者の睡眠に関する固定時間費用は小さく、労働時間の変動を睡眠時間の長さで調整していることだ。1 日24 時間だから、一つの行動が長くなれば他の行動を短くするのは当然だ。しかし、男性と女性の正規雇用者に関しては、労働時間の長さを、他の行動ではなくて、睡眠を短くすることで調整している傾向にある。
これに対して女性パート・アルバイトについては、家事の固定時間費用が低く、労働時間の変動を家事時間で吸収する傾向にある。そして、睡眠時間の固定時間費用は高く、睡眠時間で調整は正規雇用者に比べて小さい。
以上の結論は、我が国において労働時間管理が、人々の健康管理の上でも重要な役割を果たすことを示唆する。特に正規雇用者の場合、他の雇用形態と比べて、労働時間の長さを睡眠時間で調整しようとする傾向にあり、長時間労働は睡眠不足をもたらす。たとえば、表4 の男性正規雇用者の労働時間の係数は、0.147 だが、これは労働時間が1 時間長くなる毎に9 分ほど睡眠時間が短くなることを意味する。ワーク・ライフ・バランス政策の推進は、仕事と家庭の両立だけでなく、国民の健康促進の上でも重要である。

参考文献
Basner, Mathias, Kenneth M. Fomberstein, Farid M. Razavi, Siobhan Banks, Jeffrey H.William, Roger R. Rosa, and David F. Dinges. [2007] “American Time Use Survey:Sleep Time and Its Relationship to Waking Activities,” Sleep 30(9): pp.1085–95.
Dement, William C. [1999] “The Promise of Sleep: A Pioneer in Sleep MedicineExplores the Vital Connection Between Health, Happiness, and a Good Night’sSleep,” Delacorte Press.
Hamermesh, Daniel S., Caitlin Knowles Myers, Mark L. Pocock. [2006]. “Time Zones asCues for Coordination: Latitude, Longitude, and Letterman,” NBER WorkingPapers 12350, National Bureau of Economic Research, Inc.
Hamermesh, Daniel S., Stephen Donald. [2007] “The Time and Timing Costs of MarketWork”, NBER Working Papers No 13127, National Bureau of Economic Research,Inc.
Lockley, Steven W., John W. Cronin, Erin E. Evans, Brian E. Cade, Clark J. Lee,Christopher P. Landrigan, Jeffrey M. Rothschild, Joel T. Katz, Craig M. Lilly, PeterH. Stone, Daniel Aeschbach, Charles A. Czeisler. [2004] “Effect of ReducingInterns’ Weekly Work Hours on Sleep and Attentional Failures,” The New EnglandJourgnal of Medicine 351(18): pp.1829-37

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