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睡眠・覚醒制御の新規遺伝子の発見

新年早々のニュースで、「睡眠メカニズムの解明に前進:制御する2遺伝子を発見—筑波大の柳沢教授ら」がネット上に配信されております。調べてみると、昨年11月にNature誌に(Nature DOI: 10.1038/nature20142)「ランダム変異マウスにおける睡眠のフォワード・ジェネティクス解析」と題して論文が掲載されているものでした。

論文そのものは英文であることと、日本語翻訳されたものも要約でしたので、一番詳しかったプレスリリース文を紹介させていただきます。

http://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/japanese/wp-content/uploads/sites/2/2016/11/1103_FG_PR.pdf

いびきや睡眠時無呼吸などの機序を調べると、ノンレム睡眠の在り方がキーワードになってきます。ノンレム睡眠と対になるレム睡眠の減少にかかわる遺伝子や、覚醒にかかわる遺伝子など、今後の研究で睡眠障害のみならず、生活習慣病や、精神疾患にまで遺伝子レベルでの解決策につながる可能性を秘めた研究であると思います。

プレスリリース

2016.11.3|国立大学法人 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)

睡眠・覚醒制御の分子ネットワーク解明への道を拓く

新規遺伝子の発見

研究成果のポイント

  1. ランダムな突然変異を起こさせた多数のマウスをスクリーニングするフォワード・ジェネティクスという手法により、これまで全く知られていなかった、睡眠・覚醒を制御するふたつの遺伝子変異(Sleepy、Dreamless)を発見しました。
  2. 覚醒時間が大幅に減少する Sleepy 変異家系では Sik3 遺伝子変異を見出しました。SIK3 タンパク質はリン酸化酵素*1で、睡眠・覚醒を制御する細胞内シグナル伝達系の解明につながる初めての発見です。
  3. 断眠させて「眠気」が強くなったマウスでは、SIK3 のリン酸化酵素活性を制御するアミノ酸が強くリン酸化されていました。これは、SIK3 が「眠気」の細胞内シグナル伝達経路を構成していることを示唆しています。
  4. レム睡眠*2が著しく減少する Dreamless 変異家系では Nalcn 遺伝子変異を見出しました。NALCNタンパク質はイオンチャネル*3で、ノンレム睡眠とレム睡眠のスイッチング機構の初めての解明につながることが期待されます。
  5. Sik3 遺伝子はショウジョウバエや線虫でも睡眠様行動を制御していることが明らかになりました。また、Dreamless 変異マウスでは、レム睡眠の終止に関わるニューロンが含まれる領域の活動パターンが変化しており、レム睡眠の減少に関与していると考えられます。

睡眠・覚醒制御の根本原理は、未だ謎に包まれています。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の船戸弘正教授と柳沢正史機構長/教授らの研究グループは、この謎に真正面から挑み、睡眠・覚醒制御において重要な役割を果たす2つの遺伝子を見出しました。

研究手法としては、具体的な作業仮説を置かず、ランダムな突然変異を入れた多数のマウスをスクリーニングする方法(フォワード・ジェネティクス)を採用し、覚醒時間が大幅に減少するSleepy 変異家系と、レム睡眠が著しく減少する Dreamless 変異家系を樹立することに成功しました。そしてそれぞれの責任遺伝子(Sik3 および Nalcn)を同定し、その機能を詳細に明らかにしました。

Sik3 は、他の分類群の生物(ショウジョウバエ、線虫)でも睡眠様行動を制御していることを確認しました。また、Dreamless 変異マウスでは、レム睡眠の終止に関わるニューロンを含む領域の活動パターンが変化していることを発見しました。これらは、睡眠・覚醒制御において中心的な役割を果たす遺伝子を世界で初めて見出した成果です。

今後、この結果を足がかりとして、睡眠・覚醒ネットワークの全容解明が進むとともに、将来的には睡眠障害の解決にもつながることが期待されます。

本研究は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)、東邦大学、University of Texas Southwestern Medical Center、名古屋市立大学、The Jackson Laboratory、筑波大学生命科学動物資源センター、理研バイオリソースセンター、新潟大学、国立長寿医療研究センターによる共同研究として行なわれました。本研究の成果は、11月2日(日本時間3日午前3時)に Nature 誌オンライン版で先行公開されました。

研究の背景

私たちが人生のおよそ三分の一を費やす睡眠は、誰もが毎日行なう身近な行動でありながら、未だにメカニズムや役割をきちんと説明できていない現象です。たとえば「眠気」は誰もが日常的に体験する現象ですが、その脳内での物理的実体や、日々の睡眠量をほぼ一定に保つメカニズムは全く不明のまま残されています。しかもさまざまな要因で睡眠が撹乱される睡眠障害は、個人にも社会にも多大な経済損失をもたらしており、大きな問題となっています。睡眠は、古来より科学者の好奇心を惹きつけてきた対象であるとともに、その障害および関連する疾患を制御する方法の開発が求められてきた、きわめて重要な研究分野なのです。

睡眠研究は、柳沢正史らにより 1998 年に発見された神経ペプチド・オレキシンが睡眠・覚醒制御において重要な役割を果たすことが明らかになったことにより大きく進展し、近年では睡眠・覚醒を切り替えるスイッチの回路についても知見が蓄積されつつあります。しかし、この睡眠・覚醒のスイッチをどちらに傾かせるかを決める要因や、一日の睡眠量を規定しているメカニズムについては全く分かっておらず、現代神経科学最大のブラックボックスとも言われています。本研究ではこれらの謎に挑むべく、フォワード・ジェネティクスによる探索研究のアプローチを用いました。

研究内容と成果

フォワード・ジェネティクスは、注目する性質や表現型をもつ個体から遺伝子型を調べていく方法です。ここでは、明らかな睡眠異常を示すマウス家系を樹立してその原因遺伝子変異を同定し、原因遺伝子変異がどのようなしくみで睡眠・覚醒を変化させるかを調べました。まず遺伝性の睡眠異常を示す家系を樹立するため、化学変異原であるニトロソウレア(ENU)を雄マウスに投与し、精子に多数のランダム遺伝子変異を生じさせました。これをさらに野生型雌と交配させて変異が入った次世代マウスをつくり、これらのマウス各個体についてそれぞれ脳波・筋電図を精査し、睡眠・覚醒異常の有無を確認しました。これまでにランダムな点突然変異をもつ約 8,000 匹のマウスの睡眠・覚醒を詳細に検討し、覚醒時間が顕著に減少する Sleepy 変異家系と、レム睡眠が顕著に減少するDreamless 変異家系を樹立しました。これらの家系について、連鎖解析*4 により表現型に連鎖する染色体領域を絞り込み、全エクソームシーケンシング*5によって責任遺伝子を同定することで、Sleepy変異マウスでは Sik3 遺伝子変異、Dreamless 変異マウスでは Nalcn 遺伝子変異を見出しました。

次に、これらの遺伝子変異が睡眠異常の原因となっていることを確実に証明するために、同定した遺伝子変異を再現したマウスをゲノム編集技術*6を用いて作成し、睡眠・覚醒行動を解析しました。

その結果、Sik3 遺伝子変異および Nalcn 遺伝子変異を再現したマウスは、オリジナルの Sleepy 変異マウスおよび Dreamless 変異マウスとそれぞれ同じ表現型を示したことから、因果関係が実証されました。

Sik3 遺伝子がコードするタンパク質 SIK3 はタンパク質リン酸化酵素で、中央部にプロテインキナーゼ A 認識部位がありますが、Sik3 遺伝子変異ではこの認識部位が欠損していました。この SIK3 プロテインキナーゼ A 認識部位は、ショウジョウバエや線虫でも保存されています。この認識部位が睡眠様行動に関与しているかどうかを検討するため、ショウジョウバエについては名古屋市立大学の粂和彦教授、線虫については WPI-IIIS の林悠准教授と共同研究を行なった結果、これらの生物でもSIK3 が睡眠様行動を制御していることが判明しました。これは、脊椎動物以外の幅広い動物種における睡眠様行動も、哺乳類と同じく Sik3 遺伝子を介した分子機構で制御されていることを意味しており、きわめて興味深い結果といえます。

また、断眠させて「眠気」が強まったマウスでは、断眠させていないマウスよりも SIK3 のリン酸化酵素活性を制御するアミノ酸が強くリン酸化されていました。これは、野生型の動物においても、SIK3 が「眠気」を表出する細胞内シグナル伝達経路の構成要素であることを示唆しています。Nalcn遺伝子がコードする NALCN タンパク質は細胞膜イオンチャネルであり、遺伝子変異によって膜貫通部位のアミノ酸がひとつ変化していることがわかりました。Dreamless 変異マウスの脳幹部を電気生理学的に詳しく調べたところ、深部中脳核という場所にあるニューロンの活動が有意に増加していました。この脳領域にはレム睡眠の終止をもたらすニューロンが含まれることから、Dreamless 変異マウスにおけるレム睡眠の減少が説明できます。

今後の展開

本研究により、Sik3 と Nalcn という2つの遺伝子が睡眠・覚醒制御に関わる新たなキープレイヤーであることが世界で初めて示されました。これらの遺伝子と睡眠との関連性はこれまで全く知られておらず、睡眠学の概念を大きく変えるだけのインパクトを与えることは間違いありません。今後は、SIK3 や NALCN タンパク質を手がかりとして、睡眠と覚醒の切り替えや、ノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えに関わる細胞内シグナル伝達系、さらには「眠気」の分子メカニズムの全貌が明らかになることが期待されます。睡眠・覚醒ネットワークの全容解明が進めば、将来的には睡眠障害や関連疾患等の社会問題の解決に貢献できます。

参考図

図 1|Sleepy 変異をもつマウスの睡眠図(ヒプノグラム)。6 時間ごとの睡眠(赤:レム睡眠、緑:ノ ンレム睡眠)と覚醒(青)を示す。Sleepy 変異をもつ個体では覚醒時間が極端に短縮し、夜行 性であるマウスが通常活動する夜間にも睡眠量が増加する。

図 2|本研究で発見された 2 つの遺伝子が調節に関わる睡眠の各ステージ。SIK3 はノンレム睡眠の 必要量を決定づけるのに対し、NALCN はレム睡眠の終止に関わっていると考えられる。

用語解説

1)   リン酸化酵素

高エネルギーリン酸結合をもつアデノシン三リン酸(ATP)などの分子から、ターゲットとなる分子にリン酸基を転移する(=リン酸化する)酵素。キナーゼとも呼ばれる。ターゲットとなる分子の活性制御に関わっている。

2)   レム睡眠、ノンレム睡眠

急速眼球運動(Rapid eye movement, REM)を伴う睡眠をレム睡眠、伴わない睡眠をノンレム睡眠と呼ぶ。レム睡眠中は体の骨格筋が弛緩して休息状態にあるが、脳は活発に活動している。一方ノンレム睡眠は徐波(じょは)睡眠とも呼ばれる深い眠りの状態である。健常人における通常の睡眠では、眠りに落ちるとまずノンレム睡眠が現れ、その後レム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返す。

3)   イオンチャネル

細胞の生体膜を貫いて存在するタンパク質。生体膜そのものはイオンを透過しないため、イオンチャネルは膜の内外にイオンを透過させるために必須である。細胞内外のイオンを流入・流出を行ない、細胞の膜電位を維持・変化させる役割をもつ。

4)   連鎖解析

注目している遺伝子の染色体上の存在領域を絞り込むため、すでに位置がわかっている目印(DNA マーカー)との連鎖を手がかりとして統計学的に解析する方法。目的遺伝子と DNA マーカーの染色体上の距離が近いほど連鎖しやすい。

5)   全エクソームシーケンシング

タンパク質をコードしている DNA の領域はエクソンと呼ばれる。全エクソームシーケンシングとは、ゲノム上のすべてのエクソン領域(エクソーム)について網羅的に DNA 塩基配列を解析する方法である。ヒトやマウスでは参照できるゲノム配列が公表されているため、これらを比較することでどの遺伝子に変異があるのか検出できる。

6)   ゲノム編集技術

飛躍的に進展しつつある最新技術。部位特異的にはたらく核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)を利用して、ターゲットとなる遺伝子を狙い通りに改変することができる。CRISPR(クリスパー)、ZFN、TALEN などさまざまなヌクレアーゼが用いられる。

掲載論文

【題 名】Forward genetic analysis of sleep in randomly mutagenized mice.

「ランダム変異マウスにおける睡眠のフォワード・ジェネティクス解析」

【著者名】Funato H, Miyoshi C, Fujiyama T, Kanda T, Sato M, Wang Z, Ma J, Nakane S, Tomita J, Ikkyu A, Kakizaki M, Hotta N, Kanno S, Komiya H, Asano F, Honda T, Kim SJ, Harano K, Muramoto H, Yonezawa T, Mizuno S, Miyazaki S, Connor L, Kumar V, Miura I, Suzuki T, Watanabe A, Abe M, Sugiyama F, Takahashi S , Sakimura K, Hayashi Y, Liu Q, Kume K, Wakana S, Takahashi JS, Yanagisawa M.

【掲載誌】 Nature DOI: 10.1038/nature20142

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心理的要因が睡眠状況に及ぼす影響

「相愛大学人間発達学研究」に心理的要因と睡眠の質との関係を調査した論文がありましたので少し要約してご紹介いたします。(原文はURLから)
経験的には、悲観的な考えにいつまでもとらわれて、寝つきが悪いとか、よく眠れない等が続くと、抑うつ的な気分になるということが言われているが、科学的な検証がされていません。よってアンケート調査により統計的な検証を行ったというものです。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は睡眠傾向に影響することが検証されました。

相愛大学人間発達学研究

2010. 3. 49-56

https://www.soai.ac.jp/univ/pdf/kenkyu_h1nishisako.PDF

心理的要因が睡眠状況に及ぼす影響

西迫成一郎*

統制の所在、自己意識、自己開示傾向がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響することを検討するために、大学生を調査対象とし質問紙調査を行った。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は入眠時間に影響することが検証された。また,「寝付きの良さ」「起床時の気分」および「眠りの深さ」を「睡眠傾向」と設定し検討した。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は睡眠傾向に影響することが検証された。

 

用語

統制の所在=内的統制とは、自己の努力や能力が、物事がうまくいくために役立つという考えを意味する。それに対して、外的統制とは、物事がうまくいくかどうかを決定するのは、運や強力な他者であるという考えを意味する。得点が高いほど内的統制型。

自己意識=自己の情緒・思考・態度といった他者から観察されない自己の私的な側面への注意の向きやすさを示す私的自己意識、自己の容姿・行動など他者が観察可能な自己の公的な側面への注意の向きやすさを示す公的自己意識。公的自己意識が、ネガティブな反すうに影響する。

自己開示傾向=自分自身のことについて他者に話すことを意味するが,自己開示が精神的健康にポジティブな影響を与えることを報告する研究は多い。これについては、自己に起こったネガティブな出来事を他者に話すことで、自己への語りかけともいえるネガティブな反すうをする必要性が弱くなる可能性が考えられる。

ネガティブな反すう=ネガティブな出来事を長い間繰り返し考えること。

  • 問題

 

睡眠は、心身の疲労を低減し次の日の活動を可能とするだけでなく、心身の健康を左右する重要な要因である。

睡眠と心の健康に関しては、睡眠のあり方が、抑うつといった心理的傾向に影響することがこれまでも示唆されてきた。しかし、逆に、睡眠の質は、多分に心理的傾向に影響されるという側面も持つ。これに関しては、近年、睡眠傾向に影響する就寝前の認知的活動の重要性が指摘されているが、特に注目されているのが、ネガティブな出来事を長い間繰り返し考えることであるネガティブな反すうである。ネガティブな反すうは、うつ状態を引き起こす要因の一つとされてきたが、これまでの研究により、ネガティブな反すう傾向が抑うつに直接的に影響するだけでなく、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へ、入眠時間から睡眠の質へ、睡眠の質から抑うつに影響することを検証している。このように、ネガティブな反すうは、抑うつ傾向といった心理的傾向だけでなく、睡眠状況にも影響する重要な要因である。

それでは、ネガティブな反すうを形成する要因はなんであろうか。その一つの要因として、自己注目をあげることができる。この要因を考えるにあたって有用な理論が、客体的自覚理論、その精緻化が試みられた制御理論がある。これらの理論によれば、個人の注意が、環境と自己のうち、自己に向かっている自己注目の状態では、その注意はその個人がおかれている状況においてもっとも関連度・重要度の高い側面に絞られて向けられる。そして、その注意の対象となった側面は、その個人が有する個人的信念、理想自己、または社会的規範といった適切さの基準と照合され、その側面に対しての評価が行われる。この評価の結果、注意を向けた側面が、適切さの基準に達していないという判断がなされると、適切さの基準に自己を合わさなければならないという問題の認識がその個人に起こるのである。これらの理論に従えば、ネガティブな出来事のあとに自己注目の状態になることは、ネガティブな反すうを誘発することになろう。

これに関連して、どの方向に注目が向かうかについては安定した個人的傾向があるとする研究に依拠し、自己注目およびネガティブな反すうの抑うつへの影響過程について研究を行った。自己注目についての個人差を自己意識と総称した。そして、自己意識は,自己の情緒・思考・態度といった他者から観察されない自己の私的な側面への注意の向きやすさを示す私的自己意識、自己の容姿・行動など他者が観察可能な自己の公的な側面への注意の向きやすさを示す公的自己意識、そして他者に対する動揺のしやすさを示す社会的不安より構成されるとしている。自己意識のうち、公的自己意識が、ネガティブな反すうに影響し、そしてネガティブな反すうが抑うつ傾向に影響するとしている。

ネガティブな反すうに影響する要因は自己意識以外にも考えられよう。その一つとして、統制の所在を考えてみる。統制の所在には、内的統制と外的統制がある。内的統制とは、自己の努力や能力が、物事がうまくいくために役立つという考えを意味する。それに対して、外的統制とは、物事がうまくいくかどうかを決定するのは、運や強力な他者であるという考えを意味する。すると、内的統制型の人は、ネガティブな出来事が生じても、努力すれば自ら統制することができると考えるために、その問題についてネガティブに考え続けることは少ないであろう。また、自ら統制できるとの考えは、その問題を克服しようとすることにもつながる。その努力によって、問題を後々に残すことが比較的少なくなりネガティブな反すうを減少させると予測できる。

また、ネガティブな反すうに影響することが予測される要因として、個人の自己開示の傾向を本研究の俎上にあげる。自己開示とは、自分自身のことについて他者に話すことを意味するが、自己開示が精神的健康にポジティブな影響を与えることを報告する研究は多い。しかし、その詳細な影響過程についてはまだ検討の余地があり、自己開示がネガティブな反すう傾向に影響するかどうかを検討することは意義あることであろう。これについては、自己に起こったネガティブな出来事を他者に話すことで、自己への語りかけともいえるネガティブな反すうをする必要性が弱くなる可能性が考えられる。

以上より、統制の所在がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響するモデルと、自己開示がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響するモデルを想定することができ、本研究ではこれらのモデルを検証する。また、自己意識についても、自己意識がネガティブな反すうを媒介して抑うつ傾向に影響することを検討しているが、本研究では睡眠状況に対して影響することを仮定するモデルを検討する。このように、ネガティブな反すうに影響することを予測する心理的要因を複数取り上げることによって、それぞれの要因とネガティブな反すうとの関連の程度を比較することも可能となる。

2.方法

(1)材料

各個人の睡眠状況を測定する項目、統制の所在を測定する尺度、自己意識特性を測定する尺度、自己開示傾向を測定する尺度、ネガティブな反すうを測定する尺度を用意した。

  • 各個人の睡眠状況を測定する項目:項目1は、消灯時刻の変動。項目2は,睡眠時間の変動。項目3は寝付くまでの時間(入眠時間)。項目4は寝付きの良さ。項目5は、目覚める回数。項目6は起床時の気分。項目7は眠りの深さ。

b.統制の所在を測定する尺度: 18項目より構成され、それぞれの項目に記述してある内容に自分がどの程度当てはまるかを、“そう思わない(1)”,“ややそう思わない(2)”,“ややそう思う(3)”,“そう思う(4)”の4段階で評定すること求めた。得点が高いほど内的統制型であることを示す。

c.自己意識を測定する尺度:私的自己意識に強く負荷する5項目と公的自己意識に強く負荷する5項目を用いた。

d.自己開示傾向を測定する尺度:パーソナリティ領域に属する「罪や恥の感情を抱いた経験」,「非常に腹のたつような出来事」,「ゆううつな沈んだ気分にさせる出来事」,「気に病み、心配し、恐れるような出来事」の4項目を選択した。

これらの項目を選らんだのは、ネガティブな出来事についての自己開示について測定するためであった。4項目について、友人と家族それぞれに対して、“何も語らないかうそを言う(0)”,“いちおう語る(1)”,“十分に詳しく語る(2)”の3段階で評定することを求めた。

e.ネガティブな反すうを測定する尺度:ネガティブな反すう傾向を測定する7項目、ネガティブな反すうのコントロール不可能性を測定する4項目、filler item 3項目から構成される。これら14項目の内容について、自分がどの程度あてはまるかを、“あてはまらない(1)”,“あまりあてはまらない(2)”,“どちらかというとあてはまらない(3)”,“どちらかというとあてはまる(4)”,“ややあてはまる(5)”,“あてはまる(6)”の6段階で評定することを求めた。

(2)調査対象者

調査の対象者は大阪府のS大学および京都府のR大学に通う大学生であり、記入漏れや記入ミスのあった者を除く201名(男性99名,女性102名)を分析の対象とした。平均年齢は、19.51歳(18~24歳)であった。

(3)調査時期

2009年12月に実施した。

3.結果

(1)各尺度の因子分析と信頼性係数

割愛

(2)各変数間の相関分析

Table lには、その結果および基本統計量を示した。主な結果は次のとおりである。ネガティブな反すう傾向については、統制の所在と有意な傾向の負の相関が、私的自己意識と有意な正の相関が、そして入眠時間と有意な傾向の正の相関が認められた。ネガティブな反すうのコントロール不可能性(Table lではコントロール不可能性と略記)については、統制の所在と有意な傾向の負の相関があり、また公的自己意識と有意な正の相関が見られたが、睡眠状況と関連する4変数とは有意な相関は認められなかった。

(3)構造方程式モデリングによる検討

統制の所在、2つの自己意識、および2つの自己開示のいずれかが、2つのネガティブな反すうを媒介して消灯時間の変動、睡眠時間の変動、入眠時間、目覚める回数のいずれかに影響することを仮定するパスを設定したモデルを作成し、構造方程式モデリングによる検討をおこなった。その結果、設定しうるモデルのうち、すべてのパスが有意であったモデルはなかった。そこで、有意な傾向があるものも認めることとした。すると、採用可能なモデルは、統制の所在からネガティブな反すう傾向、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へのパスを設定したモデルと、私的自己意識からネガティブな反すう傾向、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へのパスを設定したモデルであったが、統制の所在と私的自己意識の相関を認め、統制の所在および私的自己意識がネガティブな反すう傾向を媒介して入眠時間に影響するパスを設定したモデルをモデル1として採用した。その分析結果をFigure lに示した。

この結果から、統制の所在が内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなり、自己の私的側面へ注意を向けやすいほどネガティブな反すう傾向が高くなること、そしてネガティブな反すう傾向が高いほど、入眠までの時間が長くなるという一連の影響過程があることが示唆された。

本研究では、さらに、Figure1のモデルの入眠時間の代わりに、睡眠傾向をあてはめたモデル2について、検討をおこなった。その結果をFigure 2に示した。

この結果は、統制の所在が内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなり、自己の私的側面へ注意を向けやすいほどネガティブな反すう傾向が高くなること、そしてネガティブな反すう傾向が高いほど睡眠傾向がネガティブな状態になるという、一連の影響過程があることを示している。

4.考察

分析結果について、過去の研究からの知見も含めて、考察を加える。

分析結果は、統制の所在および私的自己意識が、ネガティブな反すう傾向を媒介して、入眠時間や睡眠傾向といった睡眠状況に影響することを示していた。また、私的自己意識の方が統制の所在よりもネガティブな反すう傾向への影響はやや強いことが認められた。これに対して、自己開示傾向と公的自己意識のネガティブな反すう傾向への影響は、認められなかった。また、ネガティブな反すうのコントロール不可能性は、相関分析によって統制の所在および公的自己意識と相関が認められたが、睡眠状況との関連性は本研究の分析からは認められなかった。

統制の所在については、内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなるという結果が認められたが、これは予測されたように内的統制型の個人は生じた問題は自分の努力によって解決できると考えるために、その問題についてネガティブに考え続けることは少ないのであろう。また、実際に問題解決に向けて努力するために、問題を持ち続けることが比較的少なくネガティブな反すう傾向が低くなるものと考えられよう。内的統制型傾向が高いことについては、その心理的性質からネガティブな出来事についても、自己の努力や能力が関係していると考え、ネガティブな反すう傾向を高める可能性もある。本研究の結果からは、内的統制型傾向が高いことは、ネガティブな反すうを引きおこすのではなく、ネガティブな出来事に対しても、これから努力を尽くせば覆ると前向きに未来をとらえさせることを示している。

次に、本研究の問題点について言及するならば、その一つは、今回の研究で設定した、消灯時刻の変動、睡眠時間の変動、目覚める回数については、ネガティブな反すうの影響は見られなかったことである。消灯時刻の変動、睡眠時間の変動に関しては、その回答のなかに平均的な値から大きく離れた値が存在した。これによって、データの性質が大きく左右されてしまったことが、影響を認めることができなかった原因かもしれない。

自己開示傾向についても、想定したような影響を見いだすことはできなかった。これに関連して、Wicklund(1982)は、自己開示が自己への注意を促進するとしている。この自己注目がネガティブな反すう傾向の促進効果を有しており、想定された自己開示のネガティブな反すうの傾向の抑制効果を相殺したとも考えられよう。今後、さらに検討が必要である。また、「寝付きの良さ」、「起床時の気分」、および「眠りの深さ」を観測変数として潜在変数「睡眠傾向」を設定したが、睡眠傾向をとらえるにあたってさらに十分な観測変数を検討することも必要であろう。

本研究では、想定された影響過程の一部が認められた。ネガティブな反すうに影響する要因を今後さらに検討することが、睡眠状況の改善に貢献をもたらすであろう。さらに、睡眠状況がいかなる臨床的問題を引き起こすのかまでを含んだ研究も、心身の健康を考えるうえで今後必要であろう。

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自殺とうつ病と睡眠

会社設立の発端ともなった、ストレス社会への警鐘として、名古屋工業大学大学院産業戦略工学専攻 粥川 裕平教授 の論文がありましたのでご紹介いたします。一般社団法人日本損害保険協会の「予防時報」という雑誌への掲載のようです。学会論文などではないので、要約せず図など一部見づらい部分の修正を行って紹介させていただきます。

https://sonpo.or.jp/archive/publish/bousai/jiho/pdf/no_228/yj22808.pdf
論文掲載の2007年時点では、日本の自殺者数33,093人10万人当たり25.9人と高いレベルであったのですが、2015年時点では自殺者数24,025人10万人当たり18.9人となり、自殺率が20を切るまでに減少しています。しかしながらOECD(経済協力開発機構)は、平均12.4人に比べ明らかに高く、要注意と勧告しています。

2007 予防時報228

自殺とうつ病と睡眠
粥川 裕平*

*かゆかわ ゆうへい/名古屋工業大学大学院産業戦略工学専攻 教授/名古屋工業大学保健センター センター長

1.はじめに
自殺が社会問題となっている。自殺の要因はさまざまだが、精神疾患とりわけ「うつ病」との関連が注目されている。そしてそのうつ病患者には、かなりの確率で睡眠障害が見られる。
そこで、自殺とうつ病と睡眠障害の関係を解説し、睡眠時間と労働環境の視点を交えながら、日本における自殺問題を考察する。

2.日本における自殺問題

1)自殺者数の推移
世界の人口65 億人のうち毎年100 万人が自殺している。世界の人口の1/50 を占める日本人は、世界の自殺者の1/30 を占めている。過去最悪となった1999 年は33,048 人が自ら命を絶ち、人口10 万人あたりで示す自殺率は26.1 人になった。
警察庁の統計によれば、1978 年から1997 年まで、自殺者数はだいたい2万人台の前半で推移していた。しかし、特にバブル崩壊後自殺者は急増し、1998 年には一挙に前年比1.35 倍の32,863 人に達した。年代では19 歳以下と50 歳代の増加率が、他の年代の増加率を上回っている。動機別で見ると、経済・生活問題と勤務問題の増加率が高い。

2)不況との関係
日本の戦後の自殺者の増加は、いずれも不況を契機にしている。完全失業率と自殺率の年次推移を見ると、男性で明らかな相関があることがわかる(図1)。倒産やリストラで職を失う人も少なくないが、無職の男性では、職に就いている男性よりも自殺のリスクが5倍以上高い。失業心理学研究によれば3年以上持続する失業は、確実に生き甲斐を奪い、自殺のリスクを高める。
しかし国際的に見ると、失業率の高さと自殺率が必ずしも比例するわけではない。失業補償がセーフティネットとなって、自殺率の減少に成功している国もある。自殺予防を、医療・保健対策の枠内だけで位置づけていては限界もある。

図1 失業率と自殺(日本)

3)自殺は止められる
世界保健機関(WHO)が2002 年にまとめた99カ国の自殺率を見ると、旧ソ連諸国が上位を占めているが、日本はG7(先進7か国)各国では2位フランスに大きく差をつけての1位となっている。
国別の自殺予防では、フィンランドでは自殺率20%減を目標に掲げ、1992 ~ 96 年に医療関係者の教育や市民への啓発活動などの自殺予防策が実施された。その結果、実施前と比較して9%減らすことに成功した(最悪期との比較では20%の減少)。スウェーデンでは1993 年に自殺と心の病気に関する国立センターを設置し、啓蒙・普及活動を行っている。その結果、1990 年から2000 年の間に男性の自殺率は、10 万人あたり25 人から20人に下がった。
こうした経験に学び、日本でも自殺予防対策が始まってはいるものの、まだまだ不十分である。日本の持つ社会的な背景を考慮した、自殺予防対策を実施しなければならない。

3.自殺とうつ病の関係
うつ病の社会的および経済的損失は、高血圧、糖尿病などの慢性疾患を遥かにしのぐ甚大なものとして、世界銀行もいち早く注目し、1990 年からうつ病の発病率を報告している。もちろんうつ病に罹患すると、自己評価が著しく低下するので絶望感に支配され、自殺念慮をしばしば伴う。
ここでは、うつ病について自殺との関係や特徴について考える。

1)自殺との関係
精神疾患で自殺の危険性が高いものは、統合失調症、アルコール依存症、そしてうつ病で、この3つの疾患の自殺完遂率は、いずれも10%を越える。精神疾患そのものに自殺親和性があるという一面も否定できない。さらに、精神疾患を長期に患うことによる失職、生活の不安定、経済的不安などの社会的ハンディが、ますます生きづらくし、それを促進している点に着目しなくてはいけない。
精神疾患の中でも、生涯罹患率が約5人に1 人と最も高いうつ病は、自殺との関連が特に注目される。うつ病に罹患すると、それまでの普通の社会生活が営めなくなり、その結果、自信喪失に陥ることに注目しなくてはいけない。先進国においては、うつ病の発症頻度の増加によって、生産性の低下、休業補償、そして自殺者の増大という巨大な社会的損失に直面している。
うつ病は完治する疾患なので、その正しい治療がなされることと、そもそもうつ病にならないようにする対策が求められる。そしてそのことが、自殺予防にも直結していることに留意すべきである。

2)うつ病の特徴
うつ病とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安、焦燥、精神活動の低下などの精神症状、食欲低下や不眠といった身体症状などを特徴とする、精神疾患である。かつては、うつ病は心の病といわれたが、今日では、うつ病は「脳と精神と身体の全身性疾患」という捉え方が提唱されている。
うつ病の原因は、ほかの疾病と同様、個体と環境の相互作用によるが、素因よりは、環境要因、特にストレスの強度が大きな要因として考えられている。うつ病発症のストレス要因としては、納期の迫った知的労働、長時間の頭脳労働といった業務起因性ストレス、失恋、離婚、死別、失職、定年等の喪失体験といったライフイベントが主なものである。
うつ病の診断は、「気分が憂うつですぐれない」「興味や関心が薄れて楽しめない」「疲れやすい」という3つの症状のうち2つが、2週間以上持続する場合になされる。
重症度によって異なるが、精神症状としては主に、抑うつ気分、気分の日内変動、悲哀、絶望感、不安、焦燥、苦悶感、自殺観念、自殺企図、心気妄想、罪業妄想等があり、抑制症状と呼ばれる行動の変化が顕れることもある。
身体症状としては、睡眠障害(特に早朝に目覚め、寝付くことが出来ない例が多いとされる)、過眠、食欲不振、過食、全身の倦怠感、疲労感、吐き気や腹痛、過呼吸症候群、頻脈や心悸亢進、頻尿、口渇、発汗、眩暈、便秘、インポテンツ、性行為時の絶頂感喪失、月経不順などの自律神経や内分泌系の症状が顕れる。
身体症状の自覚が目立ち、抑うつ状態などの精神症状の自覚が目立たない状態のうつ病の患者には、自らがうつ病であるとの意識がないため、精神科ではなく内科等を受診し、その結果原因がうつ病であると発見されないことが多い。事実自殺完遂者の90%は、その1か月以内に身体的不調で内科などの身体科を受診していたと報告されている。

3)うつ病の治療と復職
うつ病の治療の基本は、必ず完全に回復する病であることを繰り返し患者に伝え、回復不能感、絶望感から自殺に至ることのないようにメッセージを送り続けることである。回復に要する時間は、短くても3か月、平均で1 年はかかることを最初に告げることも重要である。
治療の基本は、職場や家庭内でのすべての業務や役割から解放し、全面的な休息を保障することである。業務に関する責任から仕事を休まずに治したいと希望する労働者も多いが、うつ病の治療では休養こそ最大の治療手段であることを認識しなくてはいけない。休養の上での薬物療法でないと、実際に好転は見られない。
重症の場合、ストレスから身を遠ざけるために仕事を休むなど、しっかりとした休養を取ることが必要になる。また、場合によっては入院を要する。ストレスケア病棟での休息入院とうつ病に関する認知療法、集団療法などはとても効果的である。特に自殺の危険が高い場合などには、医療保護入院という本人の意思によらない強制的な入院(家族、保護者等の同意は必要)が必要になる場合もある。ただし、入院によっても自殺が完全に防げるわけではない。
うつ病は完全に回復する病相性疾患であるが、うつ病相から完全に脱出したという指標は、1か月連続して、睡眠、食欲、起床時の気分が良好で、新聞やテレビに興味を持てて、散歩、買い物、趣味のスポーツなどに出かけられるような状態になることである。2週間程度の安定で、脱出と判断するのは時期尚早である。治療の専門家もこのうつ病からの脱出の指標を理解しているわけではなく、うつ病の患者が求めるままに「復職可能」と診断書を書いてしまい、早すぎる復職で再発を招く事態もいまだに克服されてはいない。
すっかりうつ病相を脱してから、復職可能の診断書が出されると、復職判定会議を当事者、上司、人事課スタッフ、産業医、精神科医で行い、復職可と判定された場合に、リハビリ勤務(4 時間、6 時間、8 時間)を3か月から6か月(ケースによりそれ以上)行うことになる。復職不可と判定されれば、引き続き休養できるように主治医に連絡をする。リハビリ勤務システムの導入により、復職後早期の再発は激減している。外見上普通にしているように見えても、復職後2年までは、再発の不安を抱いていることがしばしばである。通院や服薬は復職後1 年で終了するケースもあるが、職場でのアフターケアは2年を目途に続けることが望ましい。
こうしたリハビリ勤務が正式に導入される以前は、休養加療中に「試験勤務」「ならし勤務」と称して1~2か月出勤させ、業務遂行を管理者が見た上で復職可能の判断を行うというインフォーマルでリスキーな方法を取り入れていた職場もあった。リスキーというのは通勤時も含めた災害時の補償がないこと、インフォーマルというのは労働安全衛生法にも抵触する可能性があるからである。安全配慮義務は治療の保障であり、再発予防のための復職後の就業時間や業務内容の配慮である。「休養中の試験勤務」をすでに導入しているところは、早急に撤廃し、復職決定後のリハビリ勤務制度に移行すべきである。

4.うつ病と睡眠の関係
うつ病発症・再発の危険因子としての睡眠障害が近年注目を集めている。以下ではうつ病と睡眠の関係について、長時間労働による睡眠時間の減少という切り口で探る。

1)うつ病に伴う睡眠障害
WHO によれば、先進国で生活に支障を来す疾患の中で、虚血性心疾患に次ぐ第2位の位置にあるうつ病は、2020 年にはその位置を第1位にすると予測されている。うつ病を始めとする気分障害は、長期の休業だけでなく、自殺による甚大な社会的損失をもたらす。
うつ病に随伴する最も一般的な睡眠障害は不眠で、うつ病患者の80%から85%程度で認められる。典型的には中途覚醒が頻回または長期化したり、早朝に目を覚ましたりする。入眠障害型不眠が起きることもある。一方うつ病の15%から20%程度で過眠を発現することがあり、日中の眠気や疲労感が増大したりする。さらに気分障害になりやすい患者の場合、これらの睡眠異常は症状の消失後も持続する、あるいは初回のうつ病の発症前に認められることもある。

2)24 時間型社会と健康障害
徹夜や夜なべが美徳とされる「睡眠軽視」の国である日本は、この40 年間で確実に夜型化が進行し、睡眠奪取社会に陥っている。加えて「24 時間社会」「国際化社会」の名のもと、最近ますます交代勤務や夜勤労働が広がっている。
厚生労働省が5年に1度行っている「労働環境調査」によると、深夜労働には労働者全体の20.7%が従事し、そのうち体調不良を訴える人が36%で、具体的には「深夜労働の期間が長いほど体調不良が多い」、「医師に病気と診断された人が17%で、内訳は胃腸病(51%)、高血圧(23%)、睡眠障害(19%)、肝疾患(13%)」と発表した。
さらに厚生労働省からは「1か月100 時間、2か月平均80 時間、6か月平均45 時間」を超えた労働者には、産業医による保健指導をさせるとした通達が出ている。通達では、長時間労働は、睡眠時間を減じ、そのことがさまざまな健康障害を引き起こし、ひいては過労死を生むとしている(図2)。
長時間労働は「睡眠不足」につながり、結果としてうつ病を発生せしめ、自殺に至る危険性が高い。

図2 厚労省の過重労働対策

3)不眠の要因
睡眠には、個人差、年齢差、性差、季節変動があるが、加えて心理社会的ストレス、心身の病、飲酒や治療薬などの影響を受ける。わが国では、日々ストレスを感じるという人が60%を超えており、不眠を始めとする心身の不調の訴えが多い。現代人の睡眠障害の特徴を列挙すると、以下の3つになる。
①あたかも眠りが無駄であるかのように睡眠を削っている。
②加齢とともに不眠を訴える人が増えている。先進国ほどその傾向が著しい。
③昼間の良好な運動、適度なストレス、食事、飲酒などが確実に睡眠に影響する。
人間が体験するストレスは、戦争、テロ、恐慌、大災害など、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすほど強烈なレベル、職業上では、納期に迫られる過重労働(overwork)、長時間の過密労働(overtime work)、陰湿ないじめ、ノルマを強要するパワーハラスメントなどの重大なレベル、人生上では、愛する人との死別、離婚、リストラや失業、結婚などの中程度レベル、日常生活では夫婦喧嘩、駐車違反といった軽微なレベルまでいろんな段階がある。もちろんストレスの対処能力には個人差があるが、こうした内外のストレスで確実に睡眠は障害される。

4)うつ病発症の危険因子としての不眠と睡眠不足
先に述べたように、うつ病発症・再発の危険因子としての睡眠障害が近年注目を集めている。睡眠障害の訴えのない群に比べて、不眠を訴えるものに占めるうつ病の頻度は5倍、過眠を訴えるものに占めるうつ病の頻度は2 倍という横断面でのデータがある。また、睡眠障害を訴えた人を数年から数十年追跡した結果、うつ病の発症率が2 倍から5倍という結果が報告され、睡眠障害自体がうつ病発症の危険因子であることが明らかとなっている。うつ病が回復した後も、睡眠障害を持続する場合は、再発率も高いことが明らかとなっている。こうした知見から、うつ病の発症予防に睡眠学的介入が寄与する可能性が示唆されている。
これだけ重要な位置を睡眠が占めているにもかかわらず、職場のストレス負荷要因と脳・心臓疾患との関連についての国内での認識の多くは、長時間労働による睡眠不足や不眠は、ストレス反応や疲労の指標という程度の位置づけに留まっている。

5.21 世紀の日本の睡眠問題
平日の睡眠が本来必要とする睡眠時間より2 時間以上少なくなっている状態が長期化すると週末に「寝だめ」をしても、疲労は回復せず、昼間の眠気、集中困難、作業能率の低下、胃腸障害など心身の不調を引き起こす。睡眠不足症候群は人口の2%とされているが、慢性的睡眠不足の人は、5人に1 人と推定されている。1 日24 時間をどのようにマネージするのか。現代人の健康管理に夜間の十分な睡眠という視点が欠落している。
さらにノルマや納期に追われ、休むまもなく、睡眠を犠牲にして日々働く人々の心身の健康障害が、メタボリックシンドロームであり、睡眠時無呼吸症候群である。近年、睡眠不足や不眠が過食に関連し、その結果生じる肥満が、睡眠時無呼吸症候群につながるという悪循環を形成していることが示唆される報告もある。こうした心身の健康を阻害する現状をトータルに見て今日のわが国睡眠と健康問題をまとめると、図3のようになる。

図3 今日の日本の睡眠問題

6.自殺予防のために
産業革命以後、労働形態は革命的変化を遂げた。エジソンによる白熱電灯の発明はそれに拍車をかけた。特にコンピュータがすべての産業に導入されてからは、10kg 以上のモノを持つ労働(肉体労働)は激減し、頭脳労働中心の労働形態に変化してきている。脳はどの程度の使用頻度に耐えうるのか?マラソン選手の心肺能力、筋肉疲労などのように、科学的管理が可能なのか?頭脳労働の現場で、「頑張れば出来る」という言葉に象徴される精神主義がまかり通ってはいないか?そこで、わが国における自殺予防に関して、いくつかの検討課題と提言を整理してみたい。

(1)莫大な経済損失
効率、生産性の影に自殺やうつ病が存在しているのだとすれば、生産管理と会社経営を行う首脳陣は、自殺やうつ病に伴う経済的損失が、日本国内で2兆円(推計)にも達しているという現実を直視しなくてはいけない。

(2)職域における健康管理
メンタルヘルスケアの重要性が増しているが、うつ病の初期兆候に注目して、早期発見・早期治療を行い、自殺予防に寄与しようというアイデアは不十分である。うつ病の危険因子としての不眠(睡眠不足も含む)に注目して、その段階で発症予防が出来るような介入が必要である。

(3)長期休暇制度の導入
高度な頭脳は、迫り来る納期と長時間過密労働による二重のストレスに晒されているので、プロジェクトの完成などの課題達成後は、少なくとも2か月の休暇制度の導入によるクーリングが必要ではないか。激増しているシステムエンジニアのうつ病の予防には、早期の導入が望まれる。コンピュータも、携帯電話もない自然な空間で、燦燦と輝く太陽光を浴び、日の出の後目覚め、日没とともに床に入る地球上の生命体が行っている生活リズムによって脳の疲労回復ができるような健康管理システムを導入すべきであろう。

(4)強力な自殺予防策の推進
欧米人はキリスト教の教えもあり、自殺は他殺と同様「殺人」の罪という死生観があるのに対して、日本人は自殺を人生選択の一つとして容認したり、自己犠牲の極限として美化したり、一族の恥だと卑下したりする特殊な文化背景を持っている。これは、仕事観、労働観にも関連しているが、人生の半分(20 歳前後から60 歳前後)程度参画する労働で、命を削る、命を落とす程の価値はないとする西欧型の労働観に学ぶ必要がある。青年失業者、高齢者などの自殺も相当数を占めるわが国においては、自殺予防対策会議を持つことは端緒に過ぎず、実際的な効力のある活動(地域でも職域でもいくつかのモデルが登場し始めている)を欧米にもまして推進することである。

7.おわりに
少子高齢社会に突入したわが国で、世界に誇るものづくりの技を伝承し、経済発展を続けるには、結婚や育児が可能な職場環境が急務であることは政府財界も認めるところである。人類の拡大再生産が社会発展の基盤であるという観点を失っていないのであれば、人間こそが最大の資産であり、「壊れたら捨てる」というモノの様に扱う時代は前世紀の遺物にしなければならない。ところが最近の政府・経団連の目論む労働時間無制限の提案は、少子化対策とは矛盾している。人間の頭脳労働の中枢であるBrain(脳)も、車のバッテリーのように過剰に使用し続けると放電ばかりで、作動しなくなる臓器である。裁量労働制の拡大などはそのことを認識していない非科学的なもので、反人類史的ですらある。脳の充電は、数百万年の昔から、十分な睡眠と余暇によって保たれてきたことを銘記すべきである。
21 世紀のメンタルヘルスケアの最重点課題となっているうつ病の爆発的増加とそれに伴う自殺増加の防止のための科学的解明と抜本的施策が切望されている。2010 年を目標に2000 年に策定された「健康日本21」の自殺率20% 削減目標は一向に進展がなく、2015 年に先延ばしされたままである。わが国で巨大なパラダイムシフトが今ほど要請されている時はない。政府や財界の首脳が認識すべき最優先課題の一つであろう。
参考文献
1) American Academy of Sleep Medicine: theInternational Classification of Sleep Disorders:Diagnostic and coding manual. 2nd edition. 2005(日本睡眠学会診断分類委員会監訳・松浦千佳子訳 医学書院 発刊予定)
2) 藤野善久、堀江正知、寶珠山務、筒井隆夫、田中弥生:労働時間と精神的負荷との関連についての体系的文献レビュー 産衛誌2006, 48: 87-97
3) 粥川裕平:復学や復職段階でのうつ病のケア 上島国利編:うつ病診療のコツと落とし穴 中山書店 2005、143-145
4) 粥川裕平、北島剛司、岡田 保:抑うつ症状・ストレスに伴う睡眠障害の特徴と問題点をみる 清水徹男編:睡眠障害治療の新たなストラテジー 先端医学社2006121-127
5) 川人 博:過労自殺と企業の責任 旬報社 2006
6) 本橋 豊ほか著: STOP! 自殺 海鳴社 2006
7) 森岡孝二:働きすぎの時代 岩波新書 2005

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グリシンは安眠に効くのか?

最近安眠のためのサプリとして「グリシン」が注目されています。非必須アミノ酸であるグリシンは体内で合成されるため、基本的に不足することはないのですが、経口摂取からの作用機序に関しての論文があったので、紹介したいと思います。
結果的にはグリシンを食べることで、脳脊髄液や脳の中のグリシンが増加し、体の表面が熱を放散することで、深部体温が低下して深い眠りが得られるというメカニズムが解明されました。グリシンを食べると、質の良い眠りが得られるとのことです。
なお、食べてから4時間後が最大効果を発揮するので、眠りにつきやすい効果というよりは、寝たときの眠りの質に影響するようです。
グリシンを多く含む食品(コラーゲンとか、エビカニなど)を食べて4時間後に寝るといいのかもしれませんし、寝る前にサプリなどで摂取して寝ると、寝ている間の作用が期待できるのかもしれません。

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タイトル アミノ酸グリシンによる睡眠改善効果の作用機序解明
著者名   河合 信宏
学位授与大学 東京大学
取得学位 博士(薬学)
学位授与番号 乙第17909号
学位授与年月日 2014-02-12

【序論】
不眠症の治療の一環として処方される睡眠導入剤は、ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系の薬剤であるが、これらは徐波睡眠量を減少させる。
また、運動障害・記憶障害・依存性などの有害作用を誘発し、鎮静の持越し効果や反跳性不眠等も問題となっている。
これらの有害作用を持たない新たな作用機序の睡眠導入剤、もしくは、不眠症状が重症化する前に摂取できる、安全で効果的な食品成分が求められている。
近年、我々はグリシン経口摂取によって睡眠に不満を持つヒトの睡眠が改善されることを発見した。しかし、なぜグリシン摂取により睡眠が改善するか、更には、経口摂取したグリシンがどのような体内動態を示すかも不明であった。

【本論】
① ラット睡眠妨害モデルの構築とグリシン経口投与によるラットノンレム睡眠増加作用の検証
睡眠妨害モデルを構築したラットに、水またはグリシン 2g/kg を経口投与したところ、投与0-90 分間でグリシン投与群は水投与群に比べ有意に覚醒時間が減少し、ノンレム睡眠時間が増加した。
ラットの深部体温上昇はグリシン投与群で投与20-90 分後に有意に抑制された。

② 経口投与グリシンの体内動態
オートラジオグラフィーを用いて放射性同位体標識14C グリシンをラットに尾静脈投与した際の体内および脳内分布を調べた。血中に分布したグリシンは末梢組織のみならず血液脳関門を通過した上で脳脊髄液及び一部脳実質にも移行することが示された。
ラットにグリシン 2 g/kg を経口投与し、投与後5分から24 時間までの血中・脳脊髄液中・脳実質中のグリシン濃度及び関連アミノ酸濃度の推移を観察した。
グリシンは経口投与後速やかに血中濃度が上昇し、30 分後に最大濃度を示した。
脳脊髄液中のグリシン濃度は血中と同様のタイムコースで最大濃度を示した。
脳実質内グリシン濃度は血中・脳脊髄液中に比べ緩やかな濃度推移を示し、投与4 時間後に最大濃度を示した。

③ グリシンは脳内のNMDA 受容体を介し表面血流量増加作用を示す
深部体温低下の原因は熱放散増加と仮説を立て、グリシン 2 g/kg 経口投与30-45 分後の表面血流量は水投与群に比べ有意に増加した。
更に、作用点は脳中であると仮説を立て、グリシンを脳室内投与したところ、経口投与時と同等の表面血流量の増加が認められた。

④ 免疫組織化学染色および脳内直接投与法によるグリシン作用部位の同定
中枢の睡眠関連部位は主に視床下部に集中している。
水もしくはグリシンを投与した30 分後に脳組織を摘出、固定し、c-Fos に対する免疫組織化学染色を行った。
その結果、グリシン経口投与により視交叉上核と内側視索前野中のc-Fos 発現細胞数が増加した。
グリシンの直接の作用部位は視交叉上核もしくは内側視索前野であると仮説を立て、視交叉上核にグリシンを投与した場合にのみ表面血流増加作用が認められた。
グリシンは視交叉上核のNMDAR を直接の作用点とし、内側視索前野への投射を介して表面血流量を増加させ、その結果深部体温が速やかに低下し、睡眠改善作用が発現することが示唆された。

⑤ 視交叉上核破壊によりグリシンのノンレム睡眠増加作用・深部体温低下作用は消失する
視交叉上核を熱破壊したところ、グリシンは視交叉上核を介して深部体温低下作用・睡眠改善作用を示すことが強く示唆された。

⑥ その他のグリシンの睡眠関連因子に対する影響の検討
睡眠関連物質の一つであるメラトニンに対する影響が考えられた。また、グリシン経口投与が視交叉上核内の時計遺伝子及び機能調節ペプチドのmRNA 発現に与える影響が考えられた。結果は、グリシンが視交叉上核を介して明期に深部体温低下作用・睡眠改善作用を示すことと合致している。

【総括】
食成分の一つであるアミノ酸グリシンを経口投与することにより、脳脊髄液中及び脳中のグリシン濃度が上昇することが確認された。このグリシン濃度上昇下に於いて、視交叉上核のNMDARを介する表面血流増加作用に伴う深部体温低下が起こること、その結果、ラット睡眠妨害モデルに対する睡眠改善効果が示されることが示唆された。

 

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音・音楽・振動と眠り

「音・音楽・振動と眠り」-情報を持つ体感音響振動の誘眠効果考察試論-

小松 明*

ボディソニック(株) 研究開発センター

1995年12月 日本睡眠環境学会誌

http://www.bodysonic.cc/j_sleep.htm

小松 明:音・音楽と眠り -体感音響振動と誘眠効果への考察-

日本睡眠環境学会誌「睡眠と環境」Vol.2 Suppl 1994年,9月 P28-31

騒音と睡眠に関する学会論文を探しているうちに見つけた、面白い発表資料がありましたので紹介させていただきます。

1970年代くらいから、ボディソニック(体感音響装置)という技術というか理論のようなものが、音楽や映画・ゲームなどのエンターテイメントの世界で、利用されてきているのですが,これがリラクゼーション効果から医療や睡眠に応用されるという内容です。

個人的には胎児記憶という考えが嫌いではないですが、仮説をさらに突っ込んで、証明までもっていってほしいと思いました。

要旨

ボディソニック(体感音響装置)で眠り込む人たちが大勢いる。また、受容的音楽療法に適用された、ボディソニックによる臨床報告が医学分野で多数なされてもいる。しかし、なぜボディソニックが誘眠や音楽療法、リラクセーションなどに効果があるのか、その効果メカニズムについての言及は少ない。

そこで、これらが及ぼす根源的な効果の手がかりとしての仮説を立て、「人間の聴く音の原点は振動を伴っている」「意識下に残る胎児期の記憶とリラクセーション」「胎児の鼓動と母親の鼓動の関係」などの視点から、体感音響振動の効果メカニズムについて考察する。また、そこから導き出された、さまざまな心理的効果を及ぼす感性振動波形(メンタルバイブレーション)の例を示す。

はじめに

「眠りと音」の関係を言われれば、静かなことだけが眠りの絶対条件でもない。もともと自然界には風の音、川の音、波の音、鳥の鳴き声…などさまざまな音が存在している。

また我々が最初に聴く音は母親の胎内音であるが、胎内は、母親の心臓の鼓動、血流音など、生理的な音が絶え間なく聞こえている。音・音楽と眠りの関係から、さらに一歩進めて、情報を持つ体感音響振動とリラクセーション・眠りの関係について考察を試みたい。

目的

本論文では「音・音楽・振動と眠り」について検討し、情報を持つ体感音響振動 の誘眠効果について考察を試みる。

検討

  • 音・音楽と誘眠の検討

1.1眠りを誘う音・音楽

眠りを誘う音として「雨だれ」の音が良いといわれている。ゆっくりとした単調な繰り返し(時計のような正確さではなく、少し遅くなったり早くなったりするゆらぎがある)は眠気を誘うことが多く、雨だれの音とも共通する要素がある。

1.2眠りを誘う音楽の条件

筒井1)は 眠りを誘うのに適した音楽の条件として、

①ゆっくりしたテンポで小さい音量の音楽

②シンコペーションのない規則正しいリズムの音楽

③小さい音程(急激な音程変化のないゆるやかな旋律)の音楽

④柔らかで暗い音色の音楽

参考文献

1)筒井末春:心身症・内科的疾患と不眠

日本医師会雑誌 Vol.105,No.11, FC16-FC18, 1991.

1.3音楽受容性の個人差

音楽療法において、どんな症状の患者にどんな曲を聴かせるかについては、古典的ともいえるポドルスキーの音楽処方曲目リスト(表1)などが良く知られている。しかし、音楽の及ぼす効果は、その国の音楽風土、個人の音楽来歴や嗜好、病態などにより、受容性に個人差がでる。薬と同じような作用機序を適用することは困難であり、「何々の曲が何々に効く」という風には行かない面もあるので注意を要する。

表1 ポドルスキーの音楽処方曲目リスト
●不安神経症の音楽処方

バルトシュ   :「町人貴族」組曲
ベルク     :「抒情組曲」
ビゼー     :「幼児の遊び」
ブリス     :「ゴーバル家の奇蹟」
ボッケリーニ  :「イ長調交響曲」
ボロディン   :「第2交響曲」
シャブリエ   :「ポーランド・ダンス」
ドリーブ    :「シルビア」
デュカ     :「魔法使いの弟子」
ガーシュイン  :「キューバ序曲」

●うつ状態の音楽処方

リスト     :「ハンガリー狂詩曲 第2番」
ミロー     :「謝肉祭」
モーツァルト  :「劇場支配人」
オッフェンバッハ:「トロイのヘレン」
プロコフィエフ :「シシリア組曲」
プッチーニ   :「妖精の女王」
レスピーギ   :「ローマの祭」
リムスキー
=コルサコフ:「シエラザード」
ロジャース   :「オクラホマ」
ロッシーニ   :「ウィリアム・テル」序曲
シベリウス   :「フィンランディア」
スメタナ    :「ワレンシュタインの陣営」
J・シュトラウス:「古きウィーンの音楽」
スッペ     :「詩人と農夫」序曲
ワーグナー   :「パルシファル」前奏曲

●神経衰弱状態の音楽処方

バッハ     :「コーヒー・カンタータ」
ベートーヴェン :「プロメテウスの創造」
ブラームス   :「マリアの歌」
ブリテン    :「ピータークライムス」
ショパン    :「ノクターン」
クープラン   :「劇場風の合奏曲」
ドビュッシー  :「選ばれし乙女」
ドヴォルザーク :「フス党」
ファリャ    :「スペインの庭の夜」
グリンカ    :「六重奏曲」
グリーク    :「抒情組曲」
ヘンデル    :「水上の音楽」
ハイドン    :「ト長調のトリオ」
フンメル    :「七重奏」
リスト     :「メフィスト・ワルツ」

●心身症の音楽処方

高血圧の処方

バッハ     :「ヴァイオリン協奏曲
ニ短調」
バルトーク   :「ピアノ・ソナタ」
ベートーヴェン :「ピアノ・ソナタ 第8番」
ボッケリーニ  :「フルートと弦楽のための
協奏曲 ニ長調」
ボロディン   :「4重奏曲 第2番 ニ長調」
ブラームス   :「4重奏曲 第1番 ト短調」
ブルックナー  :「ミサ ホ短調」
ドビュッシー  :「ピアノの為に」

●心身症の音楽処方

胃腸障害の処方

ブラームス   :「ピアノ・トリオ ハ長調」
バルトーク   :「ヴァイオリン・ソナタ」
バッハ     :「2つのヴァイオリンの
ための協奏曲 ニ短調」
ベートーヴェン :「ピアノ・ソナタ 第7番」
モーツァルト  :「ソナタ イ短調」
プロコフィエフ :「組曲夏の日」
ラヴェル    :「ワルツ」
サティ     :「梨の形をした三つの小品」

  • 体感音響振動についての検討

2.1ボディソニックで眠り込む人達

ボディソニックを展示、実演すると、展示会場でよく眠ってしまうお客さんがいる。

かけている音楽は低音成分の多い、ボディソニックのデモンストレーション効果を重視したものが多く、眠りを誘う音楽というわけではない。

2.2根源的効果の仮説

2.2.1人間が聴く音の原点は体感振動を伴っている

     -意識下に残る胎児期の記憶とリラクセーション-

人間が聴く音の原点は、振動を伴った音を聴いている状態といえる。母親が健康で情緒が安定している時のリズミカルな鼓動は、胎児に安心感を与える音と振動である。そして鼓動には1/fゆらぎがある。体感できる音の振動→「体感音響振動」が人間に及ぼす効果の最も根源的なことが胎児期の記憶にある。胎児期の記憶につながることは、リラクセーション効果をもたらす。

これらが、情報を持つ体感音響振動を伝えるボディソニックによる効果の根源的な要素である。

2.2.2強すぎる振動は害がある 公害や地震

同じ振動でも強過ぎるものは害がある。振動公害(人間にとって医学的に有害な振動周波数帯域は3~6Hz辺り)がそれである。自然現象でも、地震、津波、山崩れなどから発生する振動(地響き)は、巨大なエネルギーの低周波振動(主として10Hz以下)であり、振動公害と物理的性質が似ている。

2.2.3生命の根源に関わるサイエンス

胎児期に赤ちゃんは、お母さんのおなかの中で体感音響振動を伴った音を聴いている。母親のリズミカルな鼓動は、胎児に安心感を与える振動であり、この状態が人間にとって最も心やすらぐ状態の原点であろう。これは生命の根源に関わるサイエンスとして捉えられるであろう。生命の根源に関わるが故に、眠りなどにも効果を及ぼす可能性がある。

  • ボディソニックについての検討

3.1ボディソニックと音楽療法の効果

ボディソニックは音楽療法に応用されて、心身症、不眠症、うつ病、不登校児、摂食障害、過敏性腸症候群などの心療内科領域、老人痴呆、末期医療、人工透析、成分献血、歯科、外科領域、ストーマなど、医学分野で多くの臨床報告があり注目されている。

ボディソニックは、椅子方式(写真1)の他、ベッドパット方式、ベッドドライバ、クッション、床駆動方式などさまざなものがあるが、更に医療用として、外科手術台用(写真2)、分娩台用、人工透析椅子用(写真3)、献血台用(写真4)、歯科診療装置用、医療ベッド用(写真5)などもある。

写真1 椅子方式のボディソニック・リフレッシュ1
音楽療法用として心療内科領域での臨床例が多い。
リラクセーション用としても多数使用されている。

写真2 ボディソニックを搭載した外科手術台での
局所麻酔術中写真
 ボディソニックによって
不安や緊張を緩和する。写真は済生会横浜市
南部病院・手術室。

写真3 人工透析椅子専用 体感音響・パット
QOLの向上、スムーズな透析などの効果がある。
写真は、聖路加国際病院・人工透析室。

写真4 ボディソニックを搭載した献血台
日本赤十字社・北大坂血液センター

写真5 医療用ボディソニック・ベッドパット
ベッドのマットレスの上にボディソニック・パットを敷く。
人工透析、外科手術前後の不安や痛みの緩和、ターミ
ナルケァ、ストーマケァなど、多くの領域で音楽療法用に
使用されている。
3.2 ボディソニックの1/fゆらぎと誘眠

ボディソニックの振動は基本的には入力される音楽の特性によるが、150Hz以下の低音部を取り出して体感音響振動に変えるので、比較的単調な振動となる。ゆらぎで言えば、1/f2ゆらぎに近い振動である。単調ということは雨だれの音にも似て、眠りを誘い易い要素である。

3.3 感性振動波形(メンタルバイブレーション)

ボディソニックで、音楽を用いる代りに鐘の音や波の音の感じを抽象化した信号を、電子回路で合成して駆動すると非常に高い効果が得られる感性振動波形となる。

3.3.1 胎児の鼓動と母親の鼓動の相互関係

成人すれば自分の鼓動は胎児期に比べ遥かに遅くなるので、胎内にいた状態にするには、母親に相当する鼓動の相対速度を遅く換算する必要があり、リラクセーションを得ようとすれば、現実の母親の鼓動の周期より遥かにゆっくりしたものが必要である。

3.3.2 感性振動の信号波形の種類

①感性振動用の波形は、自分の鼓動や 呼吸を忘れてしまうような非常にゆっくりした周期の場合、リラクセーションや誘眠の効果が大きい。

②信号波形の周期を早くし、自分の呼吸や鼓動を意識す るようになると、落ち着かなくなったり、緊迫感を与える効果が有る。

③上記の中間的な周期を持つ信号波は、快活、快適などの心理的効果をもたらす性質がある。

3.3.3 感性振動の信号波形名と効果

著作権主張の為転載を控えます。URLから確認してください。

3.3.4 能動的機能を持つ寝具の可能性

音楽によるボディソニックや感性振動について述べてきたが、これらの機能を巧く組み合せると、誘眠機能や、目覚し機能を持った「快眠快醒寝具(ベッド)」が実現可能になってくる。

4.工学的な技術面からの検討

“ボディソニック”“感性振動”などの工学的な技術面からの検討は、筆者(小松明氏)による特許、その他の文献を参照願います。

結果

ボディソニックは受容的音楽療法に応用されて、不眠症、うつ病、不登校児、摂食障害、過敏性腸症候群など、心療内科領域で多くの研究・臨床報告がなされている。これらはストレスに起因するもので、症状の改善は体感音響振動のリラクセーション効果を示す。ストレスや興奮は眠りを妨げるものであり、リラックスしていることは眠りに就きやすい条件のひとつで、ストレス社会の今日では重要である。

考察

  • 情報を持つ体感音響振動

情報を持つ体感音響振動は、物理現象としての振動・エネルギーの面と、情報の面を併せ持った、触振動覚的に身体で感じとることの出来る幅広いものと捉えることができる。

  • 通信における情報伝達との相違点

情報を持つ体感音響振動は、通信におけるような純粋で効率的な情報のみの伝達手段としての技術とは趣を異にする。

  • 情報を持つ体感音響振動の効果、概念の体系化

「情報を持つ体感音響振動の心理的効果、生理的効果、化学的効果、物理的効果などの応用の有用性の概念を体系的に捉える」ことの必要性を指摘したい。

むすび

展示会などで多くの人が見ている中で、ボディソニックで寝てしまう人が多いことや、音楽療法で得られている数多い臨床例など、さまざまな経験から、ボディソニックの開発者として、情報を持つ体感音響振動と眠り、リラクセーションとの関わりの考察を試みた。

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安眠と明るさ

安眠と明るさ

安眠家具「Sleep Labo」は、「騒音」防止と同時に「明るさ」や「温度変化」も少なくするようにしています。
さてその中でも睡眠の質に「明るさ」がどのような影響を与えているのか、発表論文から面白いものがあるので見ていきたいと思います。

公益社団法人 空気調和・衛生工学会 近畿支部
平成27年10月30日(金)15時~17時
講習会「(大阪)環境工学研究会「睡眠に影響を及ぼす環境要因」」
2. タイトル:光環境と睡眠

http://www.kinki-shasej.org/upload/pdf/hikari.pdf

■報告者
小山恵美(京都工芸繊維大学 情報工学・人間科学系 生理環境工学研究室)
■内 容
眼球から大脳視覚領域に伝わる途中で分岐した光の信号は、総じて覚醒方向の生理作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。したがって、良質な睡眠確保のために、朝は目覚めを助け、日中は覚醒維持のために光を活用し、夜には余分な覚醒作用を生じないよう不必要な光を減らし、就寝時はできるだけ暗い環境を確保することが、光環境整備の原則である。また、光の量だけでなく分光分布にも留意する必要がある。

1. はじめに
①概日リズムの規則性の確保、②日中や就床前の良好な覚醒状態の確保、③適正な睡眠環境の整備、④就床前のリラックスと睡眠への脳の準備をとりあげ、睡眠衛生の向上という観点から、光環境と睡眠について概説する。

2. 睡眠衛生と光環境
光環境をはじめとする生活環境整備や生活行動の工夫などによって睡眠衛生の向上を図る場合に、1日の時間帯を考慮に入れて、それぞれの生活時間帯に適した方法を選択することの必要性が導かれる。


3. 光が心身に及ぼす影響
日常の生活空間における「光」は、対象物の形や色を認知するために必要な「あかり」としての役割が大きい。日常の生活空間に対する適合性や満足感の向上、あるいは、暗闇に対する不安感の軽減などの心理的・精神生理的な影響を人間にもたらすと一般に考えられている。
一方、生物としてのヒトにとって、光の信号は、生物時計の調節の他、直接的な脳の覚醒作用、交感神経の亢進作用、夜間に分泌されるメラトニンの生合成を(夜間の光曝露で)抑制する作用など、総じていうと覚醒・緊張方向の生理的作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。
照度と相関色温度を白色光範囲内で変化させて主観評価を比較した結果をまとめると、1940年代の古典的研究から1990年代の3波長型蛍光ランプを用いた複数の研究を通して大筋で一貫性がみられる。相関色温度が低い空間(~3000K程度)については落ち着いた暖かい雰囲気となって比較的低照度(~200 lx程度)条件が適切であるのに対し、相関色温度が高い空間(4000K程度~)については低照度では寒々とした陰気な雰囲気となるので高照度条件が適切である、という結果が示されている。
良質な睡眠確保のために睡眠と覚醒のサイクルに着目すると、1日の時間帯に応じて光環境の生活適合性が変動することが示される。すなわち、夜間は眠りに入ろうとする心身の状態を妨げないように覚醒方向の作用を弱める(受光量を減らす)必要があり、逆に昼間は覚醒維持を助けるように受光量を確保する必要がある。さらに、光環境が心理的違和感を生じないような分光分布(相関色温度)の光源を選択する必要がある。


4. 睡眠と光環境の現状問題点と解決方向性について
昼間の受光量が不足することよりも、夜間の光が過剰であることの方がより深刻な問題点と考えられ、相関色温度の高い分光分布を有する光源が夜間に使われた場合には、青色波長成分も増大することが懸念される。昼夜の覚醒と睡眠のサイクルを健康的に維持するためには、昼間はできるだけ明るくするとともに青色波長成分を白色光としてのバランスの範囲内で確保し、日没後は相関色温度の低い光環境で過ごし、さらにパラメトリック同調を成立させるために、夜間就寝前から就寝中にかけてまとまった時間の暗さを確保し、起床前には暗から明への移行部分の薄明漸増状態を作ることが重要と考えられる。

5.おわりに
眼球から大脳視覚領域に伝わる途中で分岐した光の信号は、総じて覚醒・緊張方向の生理作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。したがって、睡眠衛生の向上という観点から適正な睡眠確保を考える場合に、朝は目覚めを助け、日中は覚醒維持のために光を活用し、夜には余分な覚醒作用を生じないよう不必要な光を減らし、就寝時はできるだけ暗い環境を確保することが、光環境整備の原則である。さらに、光の量や相関色温度だけでなく分光分布・光源の種類にも留意する必要がある。

安眠をもたらす夜間の照明は、明るすぎない様に照度を落とす必要があるが、色温度の高いLED照明は不向きであり、電球色や炎の色が良いと言っております。生物学的な網膜光受容器のピークや、過去主観統計などにより、感覚の裏付けを行っています。

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