「安眠」タグアーカイブ

(論文)発酵乳の香りに「睡眠の質」を高める効果

22日の夕方から降り続いた雨が23日の午前中に上がると一気に晴れて暖かくなりました。
富士山が望めるところまで自転車でサイクリング。気持ちのいい午後でしたね。

安眠と香りについての論文です。乳酸菌と酵母で作る発酵乳の香りって、おいしい日本酒の吟醸香のような香りでしょうかね?よく眠れそうです。

乳酸菌と酵母でつくる発酵乳の香りに“睡眠の質”を高める効果があることを確認
乳酸菌と酵母による2度の発酵でつくるアサヒ飲料社独自の発酵乳(以下、本発酵乳)には、一般的な乳酸菌でつくる発酵乳とは異なる果実のような独特な芳香があります。これまでの研究で、本発酵乳の香りには、不安を和らげたり、日周リズム(体の昼夜のリズム)を改善する効果があることを動物実験で明らかにしています。今回、本発酵乳の香りの効果をさらに明らかにするために、睡眠の質に与える影響を調べました。
※本研究成果は日本農芸化学会2016年度大会(2016年3月27日~30日)で発表した内容です。

http://www.asahigroup-holdings.com/research/group/report/report26.html

睡眠の仕組み ~質の良い睡眠とは?~

ヒトの睡眠は、深い眠りのノンレム睡眠と浅い眠りのレム睡眠から構成されます。ノンレム睡眠中は、身体が真に休まっている状態にあることから、ノンレム睡眠の割合が多い睡眠が、質の良い睡眠といえます。また、睡眠中の覚醒(目覚め)は、眠りが浅いことを意味し、覚醒回数が少ないことも、質の良い睡眠といえます。

実験方法
ラットの睡眠は、覚醒回数が多い点でヒトと異なりますが、ノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返される基本的な睡眠のリズムはヒトと同じです。そこで、ラットを用いて、本発酵乳の香りが睡眠に与える影響を調べました。
ラットを2つのグループに分け、一方のグループにのみ休息期(主に寝ている時間帯)に、本発酵乳の香りを1日1回30分間、7日間毎日嗅がせました。香りが睡眠に与える短期的な影響と、長期的な影響を調べるため、1回目の香りを嗅がせた翌日(2回目の香りを嗅ぐ前)と、7日間香りを嗅がせた翌日に、脳波等を測定して、休息期のノンレム睡眠、レム睡眠、覚醒の時間や回数を調べました。

<結果1>睡眠時のノンレム睡眠(深い眠り)の割合が増加
1回目の香りを嗅がせた翌日、香りを嗅がせたラットは、香りを嗅がせていないラットと比べて、休息期初期(休息期に入って初めの3時間)のノンレム睡眠が占める割合が増加する傾向がみられました。また、7日間香りを嗅がせると、休息期初期のノンレム睡眠が占める割合が有意に増加しました。

<結果2>睡眠時の覚醒(目覚め)の回数が減少
7日間香りを嗅がせると、香りを嗅がせていないラットと比べて、休息期の覚醒回数が有意に減少しました。

まとめと今後の展望
本発酵乳の香りを嗅いだラットは、休息期におけるノンレム睡眠の割合が増加し、覚醒回数が減少しました。また、これらの効果は、1回目に香りを嗅がせた翌日よりも、7日間香りを嗅がせた翌日に、顕著にみられました。このことから、本発酵乳の香りには睡眠の質を高める効果があること、さらに、継続的に嗅ぐことで、効果が高まる可能性があることがわかりました。今後、有効成分の解明やヒトの睡眠の質に与える影響について検討を進めてまいります。

これまでの研究成果
■乳酸菌と酵母でつくる発酵乳の香りには、自律神経に働きかけ、日周リズムの改善や不安を和らげるはたらきがあることを確認
(日本農芸化学会2014年度大会にて発表  発表タイトル:「乳酸菌と酵母で発酵した発酵乳の香りが自律神経と行動に与える影響」)

■乳酸菌発酵後に酵母発酵を加えると発酵乳の嗜好性が向上すること、その要因として発酵から生まれた「香り」が重要であることを確認(日本農芸化学会2012年度大会にて発表 発表タイトル:「発酵乳の嗜好性向上に与える乳酸菌および酵母の役割」)

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(論文)慢性咳嗽と無呼吸をつなぐ胃食道逆流症

大宮体育館の階段に絵画調エフェクトをかけて。
天気が良いので、明暗がくっきりしています。
この体育館の敷地に保存緑地があってちょっとした癒し空間になっています。
昨日は体育館のトレーニング室で健康づくり。

(論文)慢性咳嗽と睡眠時無呼吸をつなぐ胃食道逆流症
慢性の咳と睡眠時無呼吸の関係が胃食道逆流症でつながっているとの見解意見文です。
私は以前から「いびき」と「睡眠時無呼吸」の原因は、胃食道逆流症だとしてきていますが、間接的にそのつながりを示した論文とその点をもっと説明するべきだという意見文となっています。

慢性の咳症状の原因として、咳喘息や胃食道逆流症があるが、それらの症状を改善しても治らない慢性の咳があり、特発性咳嗽とされていました。近年特発性咳嗽に対し閉塞性無呼吸症候群が関与している可能性が示唆されているという事。それは特発性咳嗽に対しCPAPを使う事で症状が緩和されるからというのが論文。睡眠時無呼吸症候群患者の慢性咳嗽も増加しているという報告もあるということです。

しかしながらCPAPが睡眠時無呼吸症候群の対症療法である事から、特発性咳嗽の原因が睡眠時無呼吸症候群というのは少しおかしいのではないかと思うわけです。
睡眠時無呼吸患者は慢性的な咳症状となることが多いが、原因として胃食道逆流症を見逃してはいけませんという意見です。

CPAPが効くのは、CPAPにより胃食道逆流症の症状が改善し、結果それが慢性咳嗽に効果を発揮しているのではないかということです。
そしてその機序としては、食道や肺への悪影響を改善することができたからではないかと思えるのです。

http://www.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/ajrs/004040340j.pdf

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(論文)労働時間と睡眠の時間

さいたま市北区大成町付近
国道17号陸橋。JR川越線と高崎線の上をまたぎ、新幹線とニューシャトルが並走しています。

(論文)労働時間と睡眠時間
労働時間が睡眠時間にどう影響するかを調べた報告書です。仕事とストレス。ストレスと睡眠。よく考えなければいけません。
全文は長いので、以下のURLで原文をご覧ください。ここでは要旨のみをご紹介させていただきます。

http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou054/hou54_03_02.pdf

3 研究論文集
労働時間と睡眠時間
獨協大学経済学部 教授 阿部 正浩

要旨
この論文の目的は、日本人の睡眠行動と労働の関係を探ることにある。社会生活基本調査を用いて実証分析した結果、次のような結論が得られた。
一つ目の結論は、労働時間の長さは睡眠時間に影響するということである。男性の平均的な睡眠時間は女性に比べて長いが、その分布は広く、労働時間によって睡眠時間の長さが変化していることになる。女性の場合には雇用形態によってその度合いは異なるが、全般的に労働時間が長いほど睡眠時間は短くなる。二つ目の結論は、男性と女性正規雇用者の睡眠に関する固定時間費用は小さく、労働時間の変動を睡眠時間の長さで調整していることだ。1 日24 時間だから、一つの行動が長くなれば他の行動を短くするのは当然だ。しかし、男性と女性の正規雇用者に関しては、労働時間の長さを、他の行動ではなくて、睡眠を短くすることで調整している傾向にある。これに対して女性パート・アルバイトについては、家事の固定時間費用が低く、労働時間の変動を家事時間で吸収する傾向にある。
そして、睡眠時間の固定時間費用は高く、睡眠時間で調整は正規雇用者に比べて小さい。
以上の結論は、我が国において労働時間管理が、人々の健康管理の上でも重要な役割を果たすことを示唆する。特に正規雇用者の場合、他の雇用形態と比べて、労働時間の長さを睡眠時間で調整しようとする傾向にあり、長時間労働は睡眠不足をもたらす。たとえば、表4 の男性正規雇用者の労働時間の係数は、0.147 だが、これは労働時間が1 時間長くなる毎に9 分ほど睡眠時間が短くなることを意味する。ワーク・ライフ・バランス政策の推進は、仕事と家庭の両立だけでなく、国民の健康促進の上でも重要である。

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(論文)REM睡眠とnonーREM睡眠の両方を調節する神経を同定

さすがに今日は寒いです。うちの楓も良い色になり始めましたが、きれいな紅葉の為にはこの寒さが必要です。でも寒いです。

昨日ご紹介した筑波大学の柳沢教授はフォワードジェネティクス解析で特定遺伝子を発見する手法です。人為的な突然変異を起こした多くのマウスを作り、その中から目的とするマウスを見つけ出してその遺伝子の変異を確認するという手法です。
本日ご紹介の名古屋大学の山中教授はオプトジェネティクスで、機序を解析する手法です。特定の光に反応する部位を持つ遺伝子を組み込んだマウスを作り、特に脳内に光と反応する部位を作り出すことで、生きた状態でその機能を確認するという手法です。

名古屋大学 山中教授による「レム睡眠とノンレム睡眠の両方を調節する神経を同定」のプレスリリースがありましたのでご紹介させていただきます。
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20140515_riem.pdf

いびきや睡眠時無呼吸を調べていくと、レム睡眠時とノンレム睡眠時の状態での違いが示唆されていて、ノンレム睡眠時は、睡眠時無呼吸患者でも静かに寝ている状態がみられるようです。しかしながら、なぜそうなのかまだまだ分かっていないことが多く、多くの研究者が眠りの科学的な解明を目指しています。

2014/5/14
レム睡眠とノンレム睡眠の両方を調節する神経を同定

名古屋大学環境医学研究所 ストレス受容・応答研究部門 神経系分野IIの研究グループ(山中章弘教授、常松友美研究員等)は、メラニン凝集ホルモン(MCH)を作る神経細胞(MCH 神経)が睡眠・覚醒の制御に関わっていることを様々な遺伝子改変マウスを用いることで解明しました。これまで、MCH 神経は摂食行動やエネルギー代謝に重要であることが報告されてきましたが、正確な生理的役割については十分わかっていませんでした。 今回研究グループは、MCH 神経の活動を光で操作すること、また運命制御することに成功し、以下の知見を見出しました。(1)MCH 神経を活性化させると、レム睡眠が始まる、(2)MCH 神経だけを脱落させると、ノンレム睡眠時間が減少した。これらのことから、MCH神経が睡眠の制御に関わっており、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方の調節に重要な役割を担っていることを見出しました。今回の発見により、レム睡眠、ノンレム睡眠を調節する新たな神経回路が明らかになりました。未だに謎が多い睡眠覚醒を調節する神経回路とその動作の原理を理解することにつながり、今後睡眠薬の開発といった創薬に期待できると考えています。
なお、この研究成果は、5 月 14 日付(米国東部時間)で、米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」に掲載されました。

レム睡眠とノンレム睡眠を調節する神経を同定
-睡眠覚醒を調節する新たな神経を発見-

【概要】
名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II の研究グループ(山中章弘教授、常松友美研究員等)は、メラニン凝集ホルモン(MCH)を作る神経細胞(MCH 神経)が睡眠・覚醒の制御に関わっていることを様々な遺伝子改変マウスを用いることで解明しました。これまで、MCH 神経は摂食行動やエネルギー代謝に重要であることが報告されてきましたが、正確な生理的役割については十分分かっていませんでした。今回研究グループは、MCH 神経の活動を光で操作すること、また運命制御することに成功し、以下の知見を見出しました。(1)MCH 神経を活性化させると、レム睡眠が始まる、(2)MCH 神経だけを脱落させると、ノンレム睡眠時間が減少する。これらのことから、MCH神経が睡眠の制御に関わっており、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方の調節に重要な役割を担っていることを見出しました。

【ポイント】
○ 神経活動の光操作技術を使って、MCH 神経だけの活動を光を使って活性化、抑制できる遺伝子改変マウスを作成しました。
○ MCH 神経の活動を活性化することで、レム睡眠を増やすことに成功しました。
○ MCH神経だけを脱落させたマウスでは、ノンレム睡眠時間が減少することが分かりました。

【背景】
ヒトの場合、1 日 8 時間の睡眠をとるとすると、実に人生の約 1/3 を睡眠に費やすことになります。睡眠には、脳が休んでいるノンレム睡眠と、脳が活動しているレム睡眠があります。必ずノンレム睡眠が先行し、その後にレム睡眠が現れます。一晩のうちにこのサイクルを約 90 分の周期で数回繰り返し、朝を迎えます。このノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えの時に脳の中でどの神経が働いているのかよく分かっていませんでした。
今回の研究では、本能行動の制御に重要な脳の領域である視床下部に局在しているメラニン凝集ホルモン(MCH)を産生する神経に着目しました。MCH 神経はこれまで摂食行動やエネルギー代謝に関わっており、一方で睡眠にも関わっているという報告もあり、その生理的役割は研究者の中でも議論の的となっていました。そこで今回、MCH 神経だけの活動を急性的に光で操作する技術と、MCH 神経だけを慢性的に脱落させる技術を使って、MCH 神経の生理的役割を明らかにすることにしました。

【研究の内容】
本研究では、MCH 神経だけの活動を自在に制御したり、MCH 神経だけを脱落させたりするために、新たに 3 種類の遺伝子改変マウスの作出を行いました(図)。

(1) 青色の光を照射することで神経活動を活性化できる光スイッチ分子、チャネルロドプシン 2(注 1)を MCH 神経だけに発現するマウスを作成しました。このマウスの脳内に青色光を照射し、MCH 神経の活動だけを活性化すると、レム睡眠の割合が約 3 倍に増えることが分かりました。また、ノンレム睡眠の時にMCH神経を活性化した場合に、速やかにノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わることを見出し、レム睡眠を誘導することに成功しました。このことから、MCH 神経の活性化がレム睡眠のスイッチとしての役割を持っている可能 性が考えられます。

(2) 緑色の光を照射することで神経活動を抑制できる光スイッチ分子、アーキロドプシン T (注 2)を MCH 神経だけに遺伝子導入したマウスを作成しました。このマウスの脳内に緑色光を照射し、MCH 神経の活動を抑制しました。しかし、マウスの睡眠覚醒の状態に変化は見られませんでした。このことは、MCH 神経の活動はレム睡眠を誘導するために十分条件であって、必要条件ではないことを示しています。脳の中には MCH 神経以外にもレム睡眠制御を担っている神経が存在している可能性を示唆する結果です。

(3) 次に、MCH 神経だけを特異的に脱落させてしまったら、マウスの睡眠がどう変化するのかを調べました。細胞死を誘導することのできるジフテリア毒素 A 断片を MCH 神経だけに発現させたマウスを作成しました。MCH 神経だけが脱落すると、1日の中での覚醒時間が増加し、ノンレム睡眠の時間が減少することが明らかとなりました。予想されたレム睡眠への影響は全く見られませんでした。このことから、MCH 神経は長期的にはノンレム睡眠の制御に関わっている可能性が考えられます。
以上のことから、MCH 神経は睡眠の制御に重要な神経であり、ノンレム睡眠とレム睡眠の制御に関わっていることを明らかにしました。

【成果の意義】
MCH 神経の生理的役割は十分わかっていませんでした。今回、MCH 神経だけの活動や運命を制御することで、MCH 神経がノンレム睡眠とレム睡眠の制御に関わっていることを示しました。 これらの結果からノンレム睡眠とレム睡眠を調節する神経回路とその動作原理を理解することにつながり、今後睡眠薬の開発など創薬に期待できる結果と考えています。

【用語説明】
注1、 青色光によって活性化される緑藻類クラミドモナス由来のタンパク質。陽イオンを通す膜タンパク質。光を照射することで神経細胞の活動を活性化することができる。
注2、 緑色光によって活性化される古細菌由来のタンパク質。水素イオンを細胞の中から外 に汲み出す膜タンパク質なので、光を照射することで神経細胞の活動を抑制すること ができる。

【論文名】
“Optogenetic manipulation of activity and temporally-controlled cell-specific ablation reveal a role for MCH neurons in sleep/wake regulation”
(MCH 神経活動の光操作と時期特異的な細胞死誘導の手法を用いた睡眠覚醒制御機構の解明)
Tomomi Tsunematsu, Takafumi Ueno, Sawako Tabuchi, Ayumu Inutsuka, Kenji F. Tanaka, Hidetoshi Hasuwa, Thomas S. Kilduff, Akira Terao, Akihiro Yamanaka
(常松友美、上野貴文、田淵紗和子、犬束歩、田中謙二、蓮輪英毅、Thomas S. Kilduff、寺尾晶、山中章弘)
掲載誌;The Journal of Neuroscience
研究内容を表した図

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(論文)REM睡眠non-REM睡眠の切り替えを担うニューロンの同定

安眠のための科学って、実はそれほど進んでいるわけではありません。
人がなぜ眠るのか?
なぜ夢を見るのか?
なぜいびきをかくのか?
等は実はまだすべてわかったわけではないのです。それだけに情報はばらばらだし、いびきを止めるようなサプリやツールもたくさんあります。
医者でさえ、治せるわけでもないと断りながら、手術や対症療法を進めます。
その中でも論文として発表されるものは、少なくとも何人かの被検者を科学的に調査し、仮説を立て検証するという手順を踏んでいるだけ、調査結果データについては信ぴょう性が高いとみてよいと思っています。

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構のレム睡眠ノンレム睡眠のプレスリリース論文をご紹介します。
レム睡眠の役割は、ノンレム睡眠の徐波の発生に寄与している。ノンレム睡眠の徐波とは、記憶の定着やシナプスの結合を強める効果があることが分かっているので、レム睡眠が阻害されると、記憶力が弱くなったりするのかもしれません。

これまで、夢を見るのは睡眠の状態の中でもREM睡眠(急速眼球運動)の時とされていましたが、non-REM睡眠時であっても、脳の活動状況によって夢を見ていることが確認されました。

実はこれまでもnon-REM睡眠時にも、夢を見ていることがある事はわかっていたのですが、その仕組みについてはわかっていませんでした。
夢を見ているときには、脳の中で高周波電気活動が生じるのですが、脳の後部が高周波電気活動を示す「ホットゾーン」の活動をモニタリングすることで、92%の確率で夢を見ていることが確認でき、81%の確率で夢を見ていないことが確認できたということです。

更には、夢の内容も脳の活動領域の活性を確認することで特定できることが分かりました。
言語知覚及び理解に関与する大脳皮質の領域で活動を引き起こしたときには、夢の中で会話をしていたり、人が出てくる場合には脳の顔認識をつかさどる領域が活動していたということです。

実験には46人のボランティアに256の電極で覆われたネットを着用して眠ってもらい、脳内の電気活動のモニタリングと被検者の夢の報告を比較したもので調べた結果です。

この実験は人の意識を研究する一環で、夢を見ているときは、起きて活動しているときと同じ脳の領域を使っており、夢はその人の本当の経験となっている。
「人の意識と脳領域の関係を理解する」意識の根幹をなすものが何かということの研究です。
今話題のAI研究でも意識というものを最終的に機械が持てるのかということが話題になったりします。
人間とは何かというものを研究するうえで、夢を見ることも謎を解明する糸口なのですね。

フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気ひつじの夢を見るか?」というSF(映画ブレードランナーの原作)を思い出します。

(論文)REM睡眠non-REM睡眠の切り替えを担うニューロンの同定
「レム睡眠とノンレム睡眠との切り替えを担うニューロンの同定により明らかにされたレム睡眠の役割」(1筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構,2理化学研究所脳科学総合研究センター 行動遺伝学技術開発チーム)
http://first.lifesciencedb.jp/archives/11921

目 次
要 約
はじめに
1.レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンの同定
2.睡眠から覚醒への切り替えを担うニューロンも同一の発生学的な起源から生じる
3.レム睡眠からノンレム睡眠の切り替えを担うGABA作動性ニューロンの同定
4.レム睡眠はノンレム睡眠における徐波の発生に寄与する
おわりに
文 献
生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク
著者プロフィール

要 約
哺乳類の睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠という2つの独立したステージからなる.レム睡眠において夢をみることがよく知られているが,その役割は脳科学における最大の謎のひとつであった.また,レム睡眠とノンレム睡眠はそれぞれ特徴的な脳の活動をともなうが,そのあいだをすばやく切り替える機構についてもよくわかっていなかった.今回,筆者らは,マウスの胎生期において特定の細胞系譜を遺伝学的に標識し,生後にその神経活動を化学遺伝学的に操作するという新規のアプローチにより,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンを同定した.さらに,同じ細胞系譜から生じ隣接する位置へと移動するニューロンが睡眠から覚醒への切り替えを担うことも明らかにされた.そして,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンの下流においてはたらく抑制性のニューロンも同定された.これらの発見を生かし,従来とはまったく異なる,外部からの刺激によらないレム睡眠の操作法を確立したことにより,レム睡眠には記憶の形成や脳の機能の回復において重要な神経活動とされる除波をノンレム睡眠において誘発する役割のあることが明らかにされた.この作用を介し,レム睡眠が脳の発達や学習に貢献している可能性が示唆された。

はじめに
レム睡眠およびノンレム睡眠がみられるのは鳥類や哺乳類など発達した大脳をもつ脊椎動物のみである.したがって,レム睡眠およびノンレム睡眠は脳の高等な機能にかかわると考えられてきた.レム睡眠は新生児期1) や学習の直後に多い2) ことが知られていたが,レム睡眠を強制的な覚醒により阻害する実験では刺激そのものによるストレスが生じてしまうなど,レム睡眠を有効に阻害する方法がなかったため,その具体的な役割はわかっていなかった.
また,レム睡眠とノンレム睡眠との切り替えの機構を解き明かそうと数多くの研究がなされてきた.これまでに,脳幹の橋被蓋野とよばれる領域がノンレム睡眠からレム睡眠への切り替えに重要であることが示唆されていたが3-5),その反対の,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えの機構についてはよくわかっていなかった.おもに用いられてきた薬理学的な実験では細胞種や厳密な領域に対する特異性を欠くこともあり,複数の研究グループにより,レム睡眠とノンレム睡眠との切り替えに関する異なるモデルが提唱されてきたが,いずれも決定的な証拠はなかった.
脳幹は明確な神経核の構造を欠き複雑なうえ,機能的にも多様なニューロンのあつまりである.これまでの技術では,特定の機能をもつニューロンのみを解析することは困難であった.今回,筆者らは,ニューロンの機能はその発生学的な起源とリンクするという仮説にたち,発生学的な手法と化学遺伝学的な手法とを組み合わせ,特定の細胞系譜に由来するニューロンのみを標識して操作し睡眠の制御への関与について検討した.その結果,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンの同定に成功した.また,これらの新たに同定したニューロンの操作により,刺激に依存しない新規なレム睡眠の阻害法を確立し,レム睡眠の機能についても解析した.
1.レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンの同定
脳幹はヘテロな性質および機能をもつニューロンのあつまりであり,正確な機能の解析や評価は困難であった.そこで,発生学的な手法により特定の細胞系譜に由来するニューロンのみを標識し操作することにより,特定の機能をもつニューロンを抽出することを試みた.ここで注目した小脳菱脳唇は胎生期に一過的に現われる神経上皮で,小脳の顆粒細胞の発生学的な起源としてよく知られている.一方,近年,小脳菱脳唇の一部の細胞が大きく移動して脳幹の橋のグルタミン酸作動性ニューロンへと分化することが報告された6,7).そこで,これらの小脳菱脳唇に由来する脳幹のニューロンが睡眠の覚醒に関与しているかどうか検討した.
これらのニューロンを特異的に操作するため,胎生期において小脳菱脳唇の神経前駆細胞を遺伝学的に標識し,出生ののち,その標識に依存してニューロンの活動の人為的な操作を可能にするような遺伝子を発現させた.具体的には,小脳菱脳唇のマーカー遺伝子であるAtoh1遺伝子のプロモーターの制御のもとでタモキシフェンに依存的なCreを発現するマウスを作製した.このマウスを,Creに依存して転写因子tTAを発現するマウスと交配し,小脳菱脳唇から脳幹の細胞が生じる胎生期10.5日目にタモキシフェンを投与した.これにより,小脳菱脳唇の神経前駆細胞およびその子孫の細胞はtTAを発現するようになる.そして,成体になったのち,人工的にデザインされたGタンパク質共役受容体DREADD-hM3DqをtTAに依存して発現するアデノ随伴ウイルスベクターを局所に注入し,これらのニューロンのみを操作することを可能にした.このDREADD-hM3DqはリガンドであるCNOを腹腔内投与することにより一過的に神経興奮をひき起こす8).
小脳菱脳唇に由来する脳幹のニューロンは,その分布からおおまかに2つ,正中線の近くに位置するものと遠くに位置するものとに分けられた(図1).正中線に近いニューロンは外背側被蓋核から内側傍小脳脚核にかけて分布していた.一方,正中線から遠いニューロンは外側傍小脳脚核を中心に分布していた.
図1 共通の発生学的な起源に由来するニューロンによる睡眠と覚醒およびレム睡眠とノンレム睡眠の制御
胎生期に小脳菱脳唇において生じた神経前駆細胞のうち,脳幹橋の正中線の近くに移動したニューロンはレム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを,正中線から遠くに移動したニューロンは睡眠から覚醒への切り替えを制御する.

正中線の近くに位置するニューロンにDREADD-hM3Dqを発現させ,CNOの投与により活性化させたのち,睡眠と覚醒のサイクルを観察した.その結果,レム睡眠が強く抑制され,代わりに,ノンレム睡眠が増加した.一方,覚醒の量に影響はみられなかった.したがって,正中線の近くに位置するニューロンはレム睡眠からノンレム睡眠の切り替えを担うことが判明した.
2.睡眠から覚醒への切り替えを担うニューロンも同一の発生学的な起源から生じる
小脳菱脳唇に由来する脳幹のニューロンのうち,正中線から遠くに位置するニューロンを活性化させたところ,さきの結果とは対照的に,睡眠そのものの量が大幅に減少し覚醒が強く誘導された.ほかの研究グループから,この近辺のグルタミン酸作動性ニューロンが覚醒を促進することが報告されていたが9),同定された正中線から遠いニューロンと同一のニューロンである可能性が高いと考えられた.以上のことから,小脳菱脳唇は,レム睡眠とノンレム睡眠,覚醒と睡眠など,さまざまな脳の状態の切り替えを担うニューロンの共通の発生学的な起源であることが判明した.
3.レム睡眠からノンレム睡眠の切り替えを担うGABA作動性ニューロンの同定
正中線の近くに位置するニューロンがどのような機構によりレム睡眠を制御しているのか調べるため,その投射先を調べたところ,軸索を吻側へと伸ばし中脳深部核の背側の領域へと投射していた.この領域には古典的な薬理学的な実験からレム睡眠を抑制するニューロンの存在が示唆されていたが,どのような細胞種がかかわるかについては不明であった4,10).この領域の抑制性のGABA作動性ニューロンに注目し,DREADD-hM3Dqを発現させて神経活動を誘導したところ,正中線に近いニューロンを活性化したときと同様に,ノンレム睡眠が増加しレム睡眠が抑制された.反対に,神経活動を抑制するDREADD-hM4Diを発現させて神経活動を抑制したところ,レム睡眠が誘導された.これらの結果から,正中線の近くに位置するニューロンは,中脳深部核の背側部のGABA作動性ニューロンをつうじてレム睡眠を制御していることが強く示唆された.
4.レム睡眠はノンレム睡眠における徐波の発生に寄与する
レム睡眠の役割はほとんど不明である.これまでのレム睡眠の機能に関する研究においては,対象がレム睡眠に入るとただちに外部から刺激をくわえ,覚醒させることによりレム睡眠を強制的に終了させる方法が広く用いられてきた.しかしながら,この方法では,レム睡眠だけでなくノンレム睡眠の量も大幅に減少させてしまう点や,対象に大きなストレスがかかる点などから,その結果は解釈がむずかしく,純粋にレム睡眠が減少したためとはいえないという問題があった.一方,レム睡眠を制御する中枢に対する化学遺伝学的な操作によりレム睡眠を阻害することが可能になったことから,この新規に確立されたレム睡眠の阻害法を用いてレム睡眠の機能について検討した.
レム睡眠を阻害されたマウスにはいっけん影響はないようにみえたが,時間がたつにつれ,睡眠そのものの質に影響が現われた.具体的には,ノンレム睡眠において生じる徐波とよばれる脳の活動がしだいに低下した.徐波とは周波数4 Hz以下のゆっくりとした脳波であり,大脳皮質のニューロンの膜電位が同調してゆっくり振動することにより生じる.深いノンレム睡眠の際に生じやすく,神経の可塑性に貢献することが知られている11,12).今回のレム睡眠の阻害実験では,この徐波はしだいに減弱したが,レム睡眠の操作の効果がきれてふたたび正常なレム睡眠に入ると,その直後に,ノンレム睡眠における徐波の成分ももとのレベルに回復した.反対に,レム睡眠を人為的に増加させるとノンレム睡眠における徐波は強まった.また,レム睡眠を操作していない自然な睡眠においても,レム睡眠の長さとそれにつづくノンレム睡眠における徐波の成分とのあいだには正の相関関係があった.これらの結果をあわせて,レム睡眠がノンレム睡眠における徐波の発生に寄与していることが明らかにされた.マウスでは睡眠のあいだ頻繁に短い覚醒がみられるが,これらの覚醒については,レム睡眠のような徐波を促進する効果は確認されなかった.したがって,レム睡眠と覚醒は大脳の活動が活発となるという点においては共通するが,徐波の誘導に関しては効果が異なると考えられた.
おわりに
今回,筆者らは,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えの起こる機構,および,レム睡眠が徐波の発生に関与するというその生理的な意義の一端について明らかにした.レム睡眠が誘導する徐波には,記憶の定着を促進する効果11) やシナプスの結合を強める効果12) のあることが知られている.今回の結果をふまえると,レム睡眠が徐波の発生をつうじて記憶の定着に関与している可能性が示唆される.今後,レム睡眠の操作の可能なマウスにおいて学習能力や記憶力を検証することにより,レム睡眠が記憶や学習にどのように寄与するのかについてさらなる解明が期待される.
なお,今回の筆者らの報告とほぼ同じ時期に,米国の研究グループにより,延髄に存在するGABA作動性ニューロンが,筆者らにより同定された中脳深部核のGABA作動性ニューロンと同一と考えられるニューロンに投射し,レム睡眠を制御しているという報告が発表された13).筆者らの結果とあわせると,中脳深部核のGABA作動性ニューロンはレム睡眠からノンレム睡眠への切り替えにおいて中枢的な役割を担うことが推察される.
一方,ノンレム睡眠からレム睡眠への切り替えに関しては,どのような細胞種が重要なのか詳細は不明なままである.ネコの橋被蓋野の青斑下核という領域にアセチルコリン受容体の作動薬を注入するとレム睡眠が強く誘導されることが知られている3).このレム睡眠の誘導にかかわる青斑下核のニューロンのアイデンティティの解明は今後の重要な課題のひとつである.
また,今回の研究においては,レム睡眠からノンレム睡眠への切り替えを担うニューロンがどの神経前駆細胞に由来するのかを調べることにより,その発生学的な起源として小脳菱脳唇が同定された.興味深いことに,この小脳菱脳唇の神経前駆細胞からは,レム睡眠とノンレム睡眠との切り替えを担うニューロンだけでなく,睡眠から覚醒への切り替えを担うニューロンも生じることが判明した.この研究から,小脳菱脳唇から脳の状態の切り替えを担うスイッチとなる多様なニューロンを生じることがはじめて明らかにされた.小脳菱脳唇はレム睡眠およびノンレム睡眠のみられない硬骨魚類においても保存されており,今回の発見は,睡眠と覚醒だけの単純な脳の状態しかもたない生物から,レム睡眠やノンレム睡眠といったより複雑な脳の状態をもつ生物が進化した歴史の理解にもつながると期待される.

文 献
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著者プロフィール
林 悠(Yu Hayashi)
略歴:2008年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了.同年 理化学研究所脳科学総合研究センター 基礎科学特別研究員を経て,2013年より筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 助教.
研究テーマ:睡眠の意義,機構,進化.
抱負:なぜ眠るのか,なぜ夢をみるのかについて明らかにしたい.
柏木 光昭(Mitsuaki Kashiwagi)
筑波大学大学院人間総合科学研究科修士課程 在学中.
糸原 重美(Shigeyoshi Itohara)
理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー.

© 2015 林 悠・柏木光昭・糸原重美 Licensed under CC 表示 2.1 日本

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(論文)総説:日本における睡眠障害の頻度と健康影響

睡眠障害と健康との因果関係については、誰でも承知と思ってはいるものの、実際のエビデンスに基づいた資料などが体系的に示されているものがあまりなかった。
それを様々な実験結果や調査結果と関連付けて総説とした論文です。最終的なまとめも結果的には私の安眠家具につながると思いますが、一つだけ気に入らないのが、睡眠薬を医師の指導で正しく使えば安全というところですね。少なくとも日本の医師で不眠症の症状を患者の申告ではなく、検査を行ったうえで正しく処方しているほうが、圧倒的に少ない現状が正しくないと思っています。

(論文)総説:日本における睡眠障害の頻度と健康影響
https://www.niph.go.jp/journal/data/61-1/201261010002.pdf

土井由利子
国立保健医療科学院統括研究官(疫学調査研究分野)
Prevalence and health impacts of sleep disorders in Japan

抄録
近年,国内外の数多くの睡眠研究によって,睡眠障害が罹病のリスクを高め生命予後を悪化させるというエビデンスが積み重ねられて来た.世界的に睡眠研究が進む中,睡眠問題は取り組むべき重要課題として認識されるようになり,日本を含む各国で,国家的健康戦略の1 つとして取り上げられつつある。このような流れの中で,過去10 年間を振り返って,日本における睡眠障害の頻度(有症率)と睡眠障害による健康影響について,エビデンスをもとにレビューすることは,公衆衛生上,有意義なことと考える。
文献レビューの結果,睡眠障害の有症率は,慢性不眠で約20%,睡眠時無呼吸症候群で3% ~ 22%,周期性四肢運動障害で2 ~ 12%, レストレスレッグス症候群で0.96 ~ 1.80%,ナルコレプシーで0.16 ~ 0.59%,睡眠相後退障害で0.13 ~ 0.40%であった。
健康影響に関するコホート研究では,死亡に対し短時間睡眠で1.3 ~ 2.4,長時間睡眠で1.4 ~ 1.6,2 型糖尿病の罹病に対し入眠困難で1.6 ~ 3.0,中途覚醒で2.2 と有意なリスク比,入眠困難と抑うつとの間で1.6 と有意なオッズ比を認めた.日本国内外のコホート研究に基づくメタアナリシス研究でも同様の結果であった。
以上より,睡眠障害へ適切に対処することが人々の健康増進やQOL の向上に大きく寄与することが示唆された。そのためには,睡眠衛生に関する健康教育の充実をはかるとともに,それを支援する社会や職場での環境整備が重要である。また,睡眠障害の中には,通常の睡眠薬では無効な難治性の神経筋疾患なども含まれており,睡眠専門医との連携など保健医療福祉における環境整備も進める必要がある。
キーワード:睡眠障害,睡眠時間,不眠,死亡,罹病

Ⅰ.はじめに
近年,国内外の数多くの睡眠研究によって,睡眠障害が罹病のリスクを高め生命予後を悪化させるというエビデンスが積み重ねられて来た.世界的に睡眠研究が進む中,睡眠問題は取り組むべき重要課題として認識されるようになり,日本を含む各国で,国家的健康戦略の1 つとして取り上げられつつある.このような流れの中で,過去10 年間における日本の睡眠障害の実態を明らかにし,その健康影響についてエビデンスをもとに概観することは,公衆衛生上,有意義なことと考える。
そこで,本稿では,ヒトの正常睡眠と睡眠障害について概説した上で,これまでに蓄積された疫学研究の成果をもとに,日本における睡眠障害の頻度(有症率)と健康影響についてレビューする。

Ⅱ.睡眠の量,質,リズム
私たちの眠り(睡眠)と目覚め(覚醒)は,体内にある生物時計による時刻依存性(サーカディアンリズム)と,時刻に依存しないで覚醒時間の長さによって量と質が決定される恒常性維持機能(ホメオスターシス)によって制御されている.以下に,ヒトの正常睡眠について簡単に解説する。

1.睡眠の量と質
夜間ヒトの睡眠中に電極を付けて終夜ポリグラフ(脳波・眼球運動・筋電位)をとると,脳波では,覚醒→ノンレム睡眠(段階1 →段階2 →段階3 →段階4)→レム睡眠を1 サイクル(約90 分)として,1 晩に3 ~ 5 サイクルを繰り返す.覚醒と浅いノンレム睡眠(段階1 と段階2)が混在する移行期を入眠過程という。浅いノンレム睡眠から,徐波睡眠(段階3 と段階4)とよばれる深いノンレム睡眠へ進み,レム睡眠(脳波↑,筋電位↓,急速眼球運動)を経て1 サイクルが終わる[1]。
Ohayon ら[2] は,5 ~ 102 歳の健常人3,577 人(5-19 歳:1,186 人,20-102 歳: 2,391 人)を対象に実施された終夜ポリグラフまたはアクチグラフから得られた睡眠変数(総睡眠時間,睡眠潜時,睡眠効率(睡眠/(睡眠+覚醒)),睡眠段階1(%),睡眠段階2( %),徐波睡眠(%),レム睡眠(%),レム睡眠潜時,中途覚醒時間)をプールし,年齢による睡眠変数への影響についてメタアナリシスを行った(図1)。
この研究によれば,年齢が進むにつれて,総睡眠時間,睡眠効率,徐波睡眠,レム睡眠,レム睡眠潜時が減少,睡眠潜時,中途覚醒時間,睡眠段階1,睡眠段階2 が増加することが認められた.年齢以外では,精神疾患,身体疾患,服薬や飲酒,睡眠時無呼吸などの睡眠障害,性別,睡眠習慣などが,睡眠変数の分布に影響を及ぼすことが確認された。

2.睡眠・覚醒リズム
ヒトの睡眠・覚醒リズム(概日リズム)の概念図を示す(図2)[3,4].生物時計の機能は,①自律性の概日リズム,②昼夜変化(明暗サイクル)への同調,③生体機能への概日リズムの伝達と発現の3 要素に分解できる.睡眠・覚醒リズムあるいは睡眠・覚醒傾向は,生物時計,恒常性維持機能,明暗サイクル(光)によって制御され,その他の要因(図2 の左上のボックス内,右のボックス内)によって影響を受ける。
生物時計自体の発する概日リズムを直接測定することはできないが,深部体温,メラトニン,ホルモン(コルチゾール,成長ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,プロラクチンなど)の測定値が概日リズムを示すことによって,生物時計の概日リズムを間接的に観測することができる。

Ⅲ.睡眠障害
睡眠障害に関する国際分類には,世界保健機関(WHO)による「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(ICD)),米国精神医学会(APA)による「精神障害の診断と統計の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders( DSM))」などがあるが,ここでは,米国睡眠障害連合(ASDA)が中心となってまとめた「睡眠障害国際分類(International Classifi cation of Sleep Disorders(ICSD))」を紹介する。加えて,主な睡眠障害が日本ではどのくらいの頻度でみられるのか,これまでに行われた疫学研究をもとに紹介する。

1.睡眠障害国際分類
2005 年に改訂された睡眠障害国際分類第2 版(ICSD-2)[5,6] による主要な睡眠障害(8 項目)を表1 に示す。
それぞれの睡眠障害は,さらに次のように,細分類される。
不眠症(適応障害性,精神生理性,逆説性,特発性,精神障害,不適切な睡眠衛生,行動的(小児期),薬剤・物質,内科的疾患,特定不能(非器質的),特定不能(器質的)),睡眠関連呼吸障害(中枢性睡眠時無呼吸症候群,閉塞性睡眠時無呼吸症候群,睡眠関連低換気/ 低酸素血症症候群,その他),中枢性過眠症(ナルコレプシー,反復性,特発性,行動起因性睡眠不足症候群,内科的疾患,薬剤・物質,特定不能(非器質的),特定不能(器質的)),概日リズム睡眠障害(睡眠相後退型,睡眠相前進型,不規則睡眠・覚醒リズム,自由継続型,時差型,交代勤務型,内科的疾患,薬剤・物質,その他),睡眠時随伴症(ノンレム睡眠からの覚醒障害,レム睡眠関連,その他),睡眠関連運動障害(レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群),周期性四肢運動障害,睡眠関連下肢こむらがえり,睡眠関連歯ぎしり,睡眠関連律動性運動障害,特定不能,薬剤・物質,身体疾患),孤発性の諸症状・正常範囲内の異型症状・未解決の諸問題(長時間睡眠者,短時間睡眠者,いびき,寝言,ひきつけ,ミオクローヌス),その他の睡眠障害(環境性,その他)。
いずれの睡眠障害も,疾患特異的な症状のほかに,夜間の不眠や日中の眠気といった症状を呈する。睡眠障害に応じて治療方法が異なるので,ICSD-2 に基づいて,正しく診断・分類することが肝要である。

2.睡眠障害の頻度
表2 に,それぞれの睡眠障害を有する人々がどれくらいいるのか,日本で実施された主な疫学研究の結果(有症率)を示す。

いずれも地域・職域で行われた比較的大規模なヒト集団を対象としたものであるため,その多くは,目的とする睡眠障害に適した質問紙を用いて,対象者の自己申告に基づき,睡眠障害があるかどうかの判定を行っている。
1997 年に実施された全国調査によれば,入眠困難(寝付きが悪い)や中途覚醒(夜間・早朝に目が覚める)などの不眠の症状が一時的ではなく1 ヶ月以上続く,慢性不眠の有症率は約20% と推定された[7,8].ICSD-2(2005 年)の不眠症の判定基準では[5],夜間の不眠の症状に,日中の機能障害(日中の眠気,注意力・集中力の低下など)が追記されたので,この判定基準に照らし合わせると,不眠症の有症率は,これよりも低くなるであろう。
閉塞性睡眠時無呼吸症候群の判定の場合には,終夜ポリグラフ検査による睡眠中の呼吸イベント(無呼吸・低呼吸/ 睡眠1 時間)の確認が必須であるが[5],疫学研究では,携帯型の簡易装置(パルスオキシメーター,鼻口呼吸センサー,気道音センサー)を用いて睡眠1 時間あたりの動脈血酸素飽和度の3%以上の低下や無呼吸・低呼吸の頻度を測定して代用している.睡眠時無呼吸症候群の有症率は,おそらく対象とした集団や測定方法の違いなどからであろう,低いものでは約3%(地域住民女性),高いものでは
約22%(職域男性)と,大きな開きがみられた[9-12]。
ナルコレプシーの有症率は0.16 ~ 0.59%[13,14],睡眠相後退障害の有症率は0.13 ~ 0.40% [15,16],レストレスレッグス症候群の有症率は0.96 ~ 1.80%[17-19] と,不眠症や睡眠時無呼吸症候群に比べると,その頻度は低い。
周期性四肢運動障害は,ノンレム睡眠期に足関節の周期的な不随意運動によって夜間の睡眠が妨げられる障害であるため,判定には終夜ポリグラフ検査が必須である[5]。
ここで報告されている周期性四肢運動障害の有症率2 ~12%[20,21] は,第3 者(ベッドパートナーやルームメイトなど)による評価(眠っている間に足のビクンとする動きがある)に基づいて判定されたものである。

Ⅳ.睡眠と健康
ここでは,睡眠時間と死亡(総死亡)や罹病(2 型糖尿病),慢性不眠と併存疾患や罹病(2 型糖尿病,うつ病)に関して,これまでに蓄積された疫学研究の成果から,現時点で明らかになっていることについて解説する。

1.睡眠時間
1)分布
2007 年に厚生労働省によって実施された2 つの実態調査(国民健康・栄養調査[22]) と労働安全衛生特別調査[23])の報告をもとに,睡眠時間の分布を示す(図3)。

無作為に抽出された全国の15 歳以上の一般住民(8,119 人)および20 歳以上の民営事業所従業員(11,440 人)ともに,6-6.9 時間を中央値・最頻値とした正規分布をしていた。睡眠時間が6 時間未満の者の割合は,15 歳以上の住民では,男性26%,女性31%,20 歳以上の従業員では,男性41%,女性45% であった.年齢階級別(図4)では40-49 歳(37%),

職種別(図5)では保安(68%),運輸(50%),営業・サービス(49%)が高い割合を示した.一般住民[24],ホワイトカラー[25],シフトワーカー[26] を対象とした先行研究では,睡眠時間が6 時間を下回ると,日中に過度の眠気を来すことが報告されている。

睡眠時間が9 時間以上の者に関しては,従業員ではみられなかったが,15 歳以上の一般住民では全体で3% であった(図3)。これを年齢階級別に見ると,70 歳以上では10% に上っていたが,70 歳未満は2% 以下であった(図4).終夜ポリグラフから客観的に得られた健常人の睡眠時間は,年齢とともに減少することが確認されている(図1)。
高齢者の場合,本人の自己申告(アンケート調査や生活時間調査など)による睡眠時間には,実際の睡眠時間(図1の総睡眠時間に相当)の他に,床の中で寝付くまでに要する時間(図1 の睡眠潜時に相当)や途中で目が覚めた時間(図1 の中途覚醒に相当)や午睡の時間が含まれている可能性がある。

2)死亡
近年,多くの疫学研究(コホート研究)により,睡眠時間が総死亡と有意な関連(U字型)を示したとする報告が相次いだ.これらのコホート研究をもとに,Gallicchio Lら[27] とCappuccio FP ら[28] は,それぞれ独自に睡眠時間と死亡に関するメタアナリシスを行った.メタアナリシスには,異質性や公表バイアスなど研究方法上の限界はあるものの,ここでは,2009 年3 月までに発表された論文をもとにCappuccio FP ら[28] が行ったメタアナリシスによる最新の知見を紹介する.この中には,日本からのコホート研究[29-33] が含まれているが,同一のコホート研究からの発表論文[32,33] は基準に合致した方が採用されている.その結果,死亡に対する相対リスク(95% 信頼区間)は,短時間睡眠(7 時間未満,6 時間未満,5 時間未満,4時間未満と定義は異なる)で1.12(1.06-1.18),長時間睡眠(8時間以上,9-9.9 時間,9 時間以上,10 時間以上,12 時間以上と定義は異なる)で1.30(1.22-1.38)と有意に高くなっていた(表3)。

短時間睡眠と死亡との因果関係の機序については,充分に解明されているわけではないが,短時間睡眠による糖代謝および交感神経系や免疫系への影響が示唆されている。長時間睡眠と死亡との因果関係については,その機序を示唆する研究は今のところ無い。むしろ,調整しきれなかった交絡要因(潜在要因を含む)や併存疾患によるものではないかと考えられている.例えば,長時間睡眠と関連があるとされる,芳しくない健康状態,診断のついていない病気,身体活動状態の低下,抑うつ状態,良好ではない社会経済状態などである。

3)2 型糖尿病
Cappuccio FP ら[34] は,2009 年4 月までに発表されたコホート研究の論文をもとに,睡眠の量(睡眠時間)や質(不眠)と2 型糖尿病の罹病に関するメタアナリシスを行った(表3).その結果,2 型糖尿病の罹病に対する相対リスクは,短時間睡眠(7 時間未満,6 時間未満,5 時間未満,と定義は異なる)で1.28(1.03-1.60),長時間睡眠(8 時間以上9 時間以上と定義は異なる)で1.48(1.13-1.96)と有意に高くなっていた.これらの因果関係の機序については,Ⅳ -1-2)と同様に,考えられている。
なお,この中には,日本から職域でのコホート研究(6,509人)[35] が含まれているが,2 型糖尿病の罹病に対する相対リスクは,短時間睡眠,長時間睡眠,いずれにおいても有意ではなかった。

2.不眠
1)併存する症状や疾患
不眠の症状は,さまざまな心身の症状と関連しており,身体疾患や精神疾患などと併存している[5].前述のⅢ- 2で紹介した全国調査によれば,慢性不眠の症状(入眠困難や中途覚醒)と関連する心身の症状として,腰痛,心窩部痛,体重減少,頭痛,疲労,心配,いらいら,興味の喪失[36],併存疾患として,高血圧症,心疾患,糖尿病,筋骨格系疾患,胃・十二指腸潰瘍[37] が認められた。

2)2 型糖尿病
前述したCappuccio FP ら[34] による,睡眠の量(睡眠時間)や質(不眠)と2 型糖尿病の罹病に関するメタアナリシスでは,2 型糖尿病の罹病に対する不眠の症状の相対リスクは,入眠困難で1.57(1.25-1.97),中途覚醒で1.84(1.39-2.43)と有意に高くなっていた.これらの因果関係の機序については,Ⅳ -1-2)と同様に,考えられている。
なお,この中には,日本から,前述の職域でのコホート研究[35] と地域でのコホート研究(2,265人)[38] が含まれている. 地域のコホート研究では, 入眠困難で2.98(1.36-6.53),中途覚醒で2.23(1.08-4.61),職域のコホート研究では入眠困難で1.62(1.01-2.59)と有意であったものの,中途覚醒では1.36(0.87-2.14)と有意差を認めることができなかった.職域のコホート研究では,睡眠時間でも有意差を認めなかったことなどを考え合わせると,理由の1 つとして,健康労働者効果などが考えられる。

3)うつ病
Baglioni C ら[39] は,2010 年2 月までに発表されたコホート研究の論文をもとに,主としてDSM- ⅣまたはTR に基づく不眠症とうつ病の罹病に関するメタアナリシスを行った(表3).その結果,うつ病の罹病に対する不眠症のオッズ比(95% 信頼区間)は,2.10(1.86-2.38)であった.なお,この中には,日本からの研究は含まれていなかった。
近年,日本において,不眠の症状と抑うつの関連をみたコホート研究では,65 歳以上の地域住民3,065 人を3 年間追跡した結果,入眠困難を有する者はそうでない者に比べ抑うつを呈したオッズ比が1.59(1.01-2.50)であったと報告されている[40]。

Ⅴ.おわりに
以上,日本における睡眠障害の頻度と睡眠障害による健康影響について,解説した.夜間の睡眠障害と日中のQOL(主観的健康感の低下や仕事上・人間関係上のトラブルや事故など)の低下には有意な関連がある[41].しかしながら,睡眠が障害されても適切な対処行動が取られず,寝酒を常用する(男性37.4%,女性10.0%)などして,かえって早朝覚醒を来し充分な睡眠を維持できず悪循環に陥る[42]。
睡眠障害に適切に対処することによって,人々の健康増進やQOL の向上に,大いに貢献できるものと考えられる。
表4 に睡眠障害に対処するための指針を示した。
一人一人が睡眠衛生の面から自分に合った睡眠を確保できるよう,健康教育の充実をはかるとともに,それを支援する社会や職場での環境整備が求められている.睡眠障害の多くが,夜間の不眠の症状に日中の眠気など不眠症に共通の症状を呈するが[5],通常の睡眠薬では効果が期待できない疾患,あるいは憎悪してしまう疾患もある.この中には,難治性の神経筋疾患や神経変性疾患なども含まれている[43].症状が改善しない場合には,睡眠障害を専門とする医師による診断と治療が必要となる.保健医療福祉の諸機関と睡眠専門医療機関との連携といった環境面での整備も望まれるところである。

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(論文)総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果

安眠と香りを調べるうちに見つけた論文です。ハーブなので香りというより効能かもしれません。
昔から寝る前にハーブティーを飲むとよく眠れるなどと言われてはいますが、その実証ということです。カモミールは母の薬草と言われるように、女性に効果があると言われていたようですが、実験でも男女で大きく効果の差があるようです。男性よりも女性のほうがハーブティーを好むと思っていたのですが、実際に効果に違いがあるわけですから当然と言えば当然だったのですね。論文をご紹介いたします。

(論文)総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/14686/1/2005-97-95.pdf

総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果

角田(矢野)悦子* 森谷**
*北海道大学大学院教育学研究科健康スポーツ科学講座修士課程(健康科学・健康教育研究グループ)
**北海道大学大学院教育学研究科健康スポーツ科学講座教授(健康科学・健康教育研究グループ)

Physiological and Psychological Effects in Humans
of Chamomile (a kind of plants)Drinking and Eating
Etsuko YANO-KAKUTA Kiyoshi MORIYA
【要旨】植物カモミール(Matricaria chamomilla)は,ヨーロッパを中心に古くから鎮静効果をもつ植物として利用されてきた。カモミールの摂食によるリラックス効果及び睡眠影響について報告された論文を総説としてまとめた。カモミール茶の摂食が末梢皮膚温を上昇させる,心拍数を低下させる,自律神経系を副交感神経優位にするという報告,感情測定尺度(MCL-S.1)によってリラックス感得点の上昇を認めたことが報告されている。
また,カモミールエキスを添加したゼリーを温めた状態で摂食した場合には末梢皮膚温の上昇や心拍数の低下が起こり,副交感神経優位の傾向が示されたが,低温で摂食した場合にはその効果が認められなかったと報告されている。OSA 睡眠調査票を用いた睡眠実験から,カモミールエキス添加ゼリー摂食日の夜間睡眠では,ねむ気の因子,寝つきの因子などが無添加ゼリーを摂食した日に比べて改善したことが報告されている。
【キーワード】カモミール,摂食,自覚的感覚,睡眠,中高年女性

1.はじめに
近年,日本の社会では経済活動の停滞や急速な高齢化の進行などが顕著となり,それに伴い人々の心身に対するストレスが増加してきている。厚生労働省の保健福祉動向調査1)では,心身の健康とストレス,睡眠の結果が以下のように報告されている。ストレスの程度別構成割合では,最近1か月間の日常生活においてストレスがあったとする者の割合が54%を超えており,ストレスが「大いにある」とする者の割合は,男性が10.8%,女性12.8%であり,一方ストレスが「多少ある」とする者の割合は男性39.7%,女性44.9%である。なんらかのストレスありの者のストレス要因をみると,「仕事上のこと」30.5%が最も多く,「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」「職場や学校での人づきあい」が続いている。性別にみると男性は「仕事上のこと」が41.3%ときわだって多く,女性は「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」が25%を超え,年齢階級別にみると,男性65歳以上,女性55歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多いと報告されている。また,睡眠について最近1か月で問題と感じていることは「朝起きても熟睡感がない」が24.2%で最も多く,加齢とともに「朝早く目が覚めてしまう」「夜中に何度も目が覚める」が増加している。
加齢とともに睡眠障害で悩む人の割合が増加し,女性で男性よりも多いとの報告もある2)。特に中高年の女性(55歳以上)がストレスの内容として「自分の健康・病気・介護」をあげている一方で,睡眠不足の理由として「悩みやストレスなどから」をあげる者が66%(45歳~54歳および55歳~64歳)程度と報告されている1)。一方,更年期の女性の睡眠の質に関する調査3)では,閉経後の人達では何らかの睡眠困難を感じることが多く,入眠しにくく睡眠効率が低下し,日中の眠気や意欲の低下を感じ,総合的に睡眠の質の悪化を示唆すると報告されている。
このようなストレスに対する対処法の一つとして,生活の質(QOL)の向上と健康増進などを目的として植物を用いる補充療法の社会的認知と普及が進みつつある。例えば薬用人参(Panax Ginseng),イチョウ葉(Ginkgo Biloba)などの摂取による身体的ストレスの改善効果やハーブのセントジョンズワート(Hypericum Perforatum)によるうつ症状の緩和などが良く知られている4)。また,植物の香り成分によるアロマセラピーやフィトンチッドと呼ばれる森の香りを利用した森林浴による鎮静・リラックス効果などを,生活の中により積極的に取り入れることが注目されている。
筆者らはこのような観点に立ち,植物カモミール(Matricaria chamomilla)を食品のお茶やゼリーとして摂食することによる生理・心理的効果,夜間睡眠への影響について研究を続けてきた5)6)。
本稿では植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果について,歴史的背景や食文化とその生理心理的効果および夜間睡眠に対する影響についての研究をまとめることを意図する。

2.カモミール摂食の歴史と文化
上述のように人々はその社会活動や食生活の中で増加する多種類の人為的ストレスにさらされているが,その解決には必ずしも現在の西洋医学だけで充分とはいえない。近年になり西洋医学を補う医療として補充医療(Alternative Therapies)が再評価されつつある。例えば東洋医学における漢方やインドのアーユルヴェーダなどの伝統的医学が知られている4)。これらの医療体系の中では,ハーブ(香草)を含むさまざまな植物を薬草として治療手段に用いている。
また,漢方の分野では医食(薬食)同源と呼ばれる概念があり,人間の健康維持や医療における食物摂取の役割や機能を認めている。またアーユルヴェーダでは1000種類もの薬用植物が記載されており,古代のエジプトでは薬草療法にハーブが利用され,例えばフェンネル,クミン,アロエなどのハーブが食品・薬・化粧品・香水・香料や殺菌剤などに広く利用されていた7)。また,古代ギリシャ・ローマ時代においても,古くは植物誌(Theophrastus,BC 3世紀頃)に数百種類のハーブが記載されその利用が行われていた。その後16世紀頃から草本書(ハーバル,Herbal)が多数著される時代になり,数千種類ものハーブが記載され栽培法や料理法が詳しく知られるようになった。17世紀には草本家のカルペパー(Nicholas Culpeper,1616-1654)により,占星術とハーブの医学的効用などを関連づけた本草百科(The Complete Herbal)が著された。一方,アメリカ新大陸では健康を維持するために,家庭菜園にラベンダー,ローズマリー,カモミールなどの多種類のハーブが栽培された。このようにハーブは薬草療法の素材植物として,例えばうがい薬や煎じ薬,入浴剤そして誘眠効果をもたらす自然の睡眠薬などとして広く用いられてきている8)。このようなハーブ植物の一つにカモミール(カミルレ,カミツレ,Chamomile)があり,補充医療の一つであるアロマセラピー(Aromatherapy,芳香療法)や日常の食生活においてハーブティーなどに広く用いられている9)。このカモミールはサクソン人の時代からイギリスでよく用いられている薬用植物の一つで,ラベンダーやペパーミントなどとならぶイギリス産精油植物として知られている。ギリシャ人はこの花の香りがリンゴの香りに例えられることから「カマイ・メロン」(地面のリンゴ)と呼びこれがChamomileの語源とされている10)。また,スペインでは現在でも薬草としてカモミールがシェリー酒マンサニリャの香り付けに使用されている。
カモミールはヨーロッパ,北アフリカおよびアジアの地域に生育し四つ程度の属に分類される11)。薬用・香料用として用いられるのは,主にローマンカモミール(Chamomile Roman,学名Anthemis nobilis L.)とジャーマンカモミール(Chamomile blue,学名Matricariachamomilla L.)の二種類である。両者ともに開花した花部から精油を水蒸気蒸留により抽出・生産されている12)。
ジャーマンカモミールは世界的に各国の薬局方に公定薬品として登録されていることが多く,抗炎症,鎮痙,消毒用に用いられている。また化粧品業界ではスキンケア製品に利用されている。主な生産国はアルゼンチン,エジプト,ハンガリーそしてドイツなどである。カモミールの精油の主要な化学成分としてテルペノイド類(モノテルペン,セスキテルペンなど)が含まれ,ジャーマンカモミールの特徴成分としてはアズレン(azuren)誘導体,ビサボロール(bisabolol)誘導体があり,ローマンカモミールはアンゲリカ酸エステル,チグリン酸エステルが特徴的成分であると報告されている12)。精油に含まれるカマズレンは品種や産地により含有量には差があるが,抗ヒスタミン作用とロイコトリエン生合成阻害などのメカニズムにより抗炎症作用があるといわれている。また,嘔吐抑制や精神的ストレスによる鼓腸性消化不良,喫煙・水泳などが原因の目の刺激,擦過傷や虫さされなどに用いられている13)。
ローマンカモミールはジャーマンカモミールと異なり多年生植物であり,精油が豊富に含まれ,消化器疾患や毛・頭皮の治療や鎮静・鎮痙剤そして発汗剤などに使用される。その精油の主な用途は化粧品などであり,主産地はベルギー,オランダ,イギリス,フランス,ローマなどである。一般的にカモミールは強肝,強壮,駆虫,解熱,健胃,抗うつ,抗アレルギー,抗リウマチ,抗神経障害,消化促進,鎮痛,通経,瘢痕形成,皮膚軟化,癒傷,利尿作用などがあるとされている14)。
カモミールの食品への応用では,菓子,デザート類およびゼリーなどの香料として用いられているほか,お茶として世界中で慣習的に飲用されている。また苦味酒,ベルモット,ハーブビールなどにも使用されている。近年の日本では高齢化が進行し,高齢者は外部から水分や食物を口に取り込み咽頭と食道を経て胃へ送り込む運動(嚥下)に異常の生じる傾向がある。この嚥下(swallowing,degulutition)障害の結果,栄養摂取不良,誤嚥そして食べる楽しみの喪失などの問題が生ずる15)。この問題を解決するための食品として多種類のゲル化食品(ゼリー)が開発されているが,今後は病院食だけではなくハーブなどを用いた日常の嗜好にかなう嚥下障害の少ないゼリーが期待されていると考える。

3.カモミールの摂食による生理・心理的影響
カモミールは日常生活のなかで食品としても用いられており,健康に良い効果があるお茶としてヨーロッパやアメリカを始め世界的に飲まれている。童話のピーターラビット(PETERRABBIT)では,母さんウサギが子供のピーターに就寝前にカモミール茶を飲ませる場面が記載されている。童話の世界だけではなくカモミール茶の利用は古くから行われているが,就寝前に飲むことから鎮静や催眠効果を期待していると考えられる。しかし,その作用や効果についての学術的報告は極めて少ない。食生活に取り入れられているハーブ茶の効果については,森谷らがカモミール(Matricaria chamomilla)について,カモミール茶(55℃,150ml)摂取による青年男性の自律神経機能と感情指標の変化について白湯と比較した検討を行い,心拍数や末梢皮膚温の変化および感情得点の変化を計測した報告を行った5)。この報告ではカモミール茶と白湯を飲用後の心拍数変化量について検討した。飲む直前の心拍数の平均値には2群間に有意差は無く,白湯に比べカモミール茶を飲用後30分間の心拍数の平均低下量が有意に大きいことが示された。また,心拍R-R 間隔変動周波数解析の結果から,交感神経の指標として参考にされるLF/HF 比について,同様に飲用後30分間の2群の平均低下量はカモミール茶を飲用したほうが有意に大きいことが明らかにされた。一方,副交感神経の指標と考えられているHF パワー成分にはカモミール茶と白湯を飲む直前の,2群間には有意差はなく,それぞれを飲んだ後の30分間の変化量についても有意差は認められなかったと報告している。末梢皮膚温変動については,右足の第5趾趾根部で計測が行われ,飲む直前の末梢皮膚温平均値については2群間に有意差はなく,飲用後の時間変動に有意差が認められ,白湯に比べカモミール茶を飲用後30分間の平均上昇値が有意に大きいことが示された。心理指標については,橋本と徳永により開発されたMood Check List -Short Form 1(MCL-S.1)16)を用いて感情得点の変化について検討された。飲む直前のリラックス感得点には有意差はないが,カモミール茶を飲用後15分後と30分後には白湯およびカモミール茶のそれぞれの場合に有意なリラックス感得点の上昇が認められた。飲用後の2群間に有意差は認められなかった。また,快感情得点についても同様の検討が行われたが,有意差はなかったと報告している。

森谷と小田は,感情得点と自律神経機能の関連について,心拍数,LF/HF,末梢皮膚温とリラックス感得点などとの相関について検討を行った17)。その結果,図1に示すように心拍数とリラックス感得点の変化量に負の相関(ピアソンの相関係数(r)=-0.496,P=0.019,n=22)が認められた。またピアソンの相関係数による評価から,リラックス感得点とHF の変化量の間に有意な正の相関があることが認められた。さらに末梢皮膚温の実測値とリラックス感得点の間にも有意な正の相関が明らかにされた((r)=0.465,P=0.006,n=22)。このようにカモミール茶飲用後には,自律神経機能の心拍数や末梢皮膚温の測定値とMCL-S.1によって評価したリラックス感得点の間にかなり良い対応関係があることが示されている。この報告ではカモミール茶の飲用は白湯の飲用よりも副交感神経系優位の効果が現れることを明らかにしているが,感情指標についてはその効果が必ずしも明確でない場合があり,嗜好の影響の可能性について示唆している。
近年,井上らは18)ジャスミン茶の香りの嗜好性と自律神経系の活動の関係について,POMSで評価した感情得点を用いた報告を行っている。香りが高濃度と低濃度の場合について,嗜好性の違いによる感情得点とその自律神経活動に対するへの影響について検討し,ジャスミン茶の香気成分が低濃度の場合は好む群と好まない群の両方とも副交感神経活動が上昇し,高濃度の香りの場合は好みの群で副交感神経活動を亢進させ心理状態を鎮静化させ,好まない群においては交感神経活動を上昇させると報告している。
また,角田らはカモミール(Matricaria chamomilla)エキス入りの温めたカモミールゼリーを摂食させたときの自律神経機能と感情指標に対する影響について検討を行った6)。この報告では無農薬栽培のジャーマンカモミール(Matricaria chamomilla)を原料として抽出したエキスに,果糖・砂糖,ゲル化剤等を加え,ブリックス糖度を14としたゼリーを調製試作(北海道夕張市,S社製造)し,実験に用いている。カモミールエキス以外の成分をほぼ同一とし,同エキスを添加および無添加(対照)のゼリー(75ml)の2種類を用意し,飲食前に60℃あるいは10℃の2種類の温度に調整したものを被験者(健常な30代及び40代の男女40名)に摂食させ,末梢皮膚温(左足第5趾趾根部)および脳波・感性スペクトルの計測および心理指標値としてMCL-S.1による感情得点の測定を行った。その結果,低温で摂食させた場合には末梢皮膚温の上昇は認められないが,温めた状態で摂食させた場合には男性(n=7)および女性(n=8)の両グループともに摂食後22分間に有意(二元配置分散分析,P<0.05)に末梢皮膚温が上昇することを明らかにした。また同エキス無添加のゼリーを摂食した場合には,低温および温めた状態の両者ともに有意な末梢皮膚温上昇は認められなかったと報告している。
MCL-S.1による感情得点の結果から,温めたカモミールゼリーを摂食後の男女のグループについてはリラックス感の増加する傾向が認められたと報告している。また同実験において自律神経活動を評価した報告19)によれば,温めたゼリーを摂食した男女のグループともに心拍数の低下と副交感神経優位の傾向が示された。
これらの結果から,カモミールエキスを添加したゼリーを温めた状態で摂食した場合,お茶より少ないカモミール量で,揮発性香り成分がより効果的に発散し,生理的効果を与える可能性が示唆されたと考えられる。

4.カモミール摂食と睡眠
近年になり,夜間睡眠における睡眠不調・睡眠障害に悩む人たちが多く,中でも中年期以降に睡眠不調・障害の多発することが知られるようになってきた。健康づくりに関する意識調査20)において,「眠りを助けるための睡眠剤や安定剤などの薬やアルコール飲料を使いますか」の質問に対して「時々ある」「しばしばある」「常にある」と答えた人の割合が14.1%あり,健康日本21「3.休養・こころの健康づくり」では2010年までの到達目標を13%としている。
例えばハーブ植物の一種のバレリアン(吉草根)については,鎮静作用等のほかに,OSA 睡眠調査票を用いた実験調査による睡眠の改善作用が最近報告されている21)。また,樹木由来の香気成分の一種であるセドロールについて,その睡眠に与える影響の検討が報告された22)。この報告では,何らかの睡眠不満を自覚している20代女性の性周期低温期において,自宅で3日間の生活調整期間後6日間の宿泊試験を1クールとして実験を実施している。セドロール使用量は被験者が全く感じないかあるいはかすかに感じる程度の濃度に調節され,就寝前・就寝時合わせて4時間提示している。この実験では睡眠段階(覚醒,睡眠深度,レム・ノンレム睡眠など)の判定は睡眠脳波により行われ,眼振電位,オトガイ筋筋電位,心拍,呼吸および皮膚電位反応が記録され,プラセボ夜およびセドロール夜の試行はダブルブラインドテストで実施されている。この実験結果から,総睡眠時間はプラセボ夜では平均394.7分に対し,セドロール夜では平均408.0分であり,有意に延長したことが示された。入眠潜時は前者が平均16.8分に対し,セドロール夜では9.3分と有意に短縮し,睡眠効率については前者が91.9%に対し,セドロール夜では95.2%まで上昇する傾向が認められている。中途覚醒時間には,有意差はなかったと報告している。この報告では,セドロールが交感神経系を鎮め,睡眠前に副交感神経活動優位に切り替えることをスムーズに行うことで心身がリラックスし,入眠が円滑に起こり良好な睡眠が維持されたと推察している。一方,徐波睡眠出現率および段階REM 出現率に関する解析では全く差がなく,セドロールは本来の睡眠構造自体には変化を与えず,睡眠を良好な状態にすることを示唆している。
カモミールについては伝統的に睡眠改善に良いといわれてきているが,明確な実証データや学術報告は多くない。一つの報告としては23),心臓病患者を被験者として心室カテーテル実施の際にカモミール茶(約170ml,白湯摂取などの対照実験なし)を飲用させ,血行力学的反応について評価した実験である。この実験結果ではカモミール茶飲用後に全ての患者(10名)が眠りについたと報告され,催眠効果があるとされている。カモミールの催眠効果については殆どがこの報告を基に引用されているが,その後詳細な研究報告は未だ行われていない。
既に報告されているように,カモミール茶やカモミールエキスを含んだゼリーの摂食がリラックス感得点の上昇や副交感神経活動優位の傾向をもたらすことから,睡眠への影響が期待されると考えられる。そこで,筆者らはカモミールゼリーの摂食が被験者の副交感神経系および自覚的睡眠感に及ぼす影響について検討を行った24)。この実験では前述の摂食実験と同様の実験条件下で,カモミールエキス添加ゼリーと同エキス無添加ゼリーを温めて摂食させ,OSA睡眠調査票起床時調査によって検討がされた。睡眠感の評価には,睡眠現象を統合的に把握するために小栗ら25)が開発したOSA 睡眠調査票を用いた。この調査票は,睡眠前調査により不適切な被験者の除外と生活態度や就寝前の身体的・精神的状況を把握するための21項目の質問と,起床時の調査により睡眠感を構成する因子のもとになる31項目の質問および身体的愁訴とその有無に関する質問に答えてもらうよう構成されている。この報告ではOSA 睡眠調査票の結果をもとに,小栗らの抽出した①ねむ気の因子,②睡眠維持の因子,③気がかりの因子,④統合的睡眠の因子そして⑤寝つきの因子の5つの下位因子に分けて検討が行われた。同実験は第1期と第2期に分けて実施され,第1期の被験者は特に睡眠障害を持たない健常な30代および40代の男性7名を被験者として実施され〔年齢:37.7±5.4(mean±SD)〕,第2期は同様に健常な閉経後の50代および60代の女性7名を被験者として〔年齢:60.3±2.7(mean±SD)〕実施されている。第1期の実験結果では,無添加(対照)と比較し,カモミール添加ゼリーの摂食夜は3つの因子,①ねむ気の因子(t=-2.4679,p=0.0486),②睡眠維持の因子(t=-2.5809,p=0.0417),⑤寝つきの因子(t=-2.5262,p=0.0449)について有意に高い値を示した。(図2参照)

この報告の第2期の実験では,第1期と同様に温めたゼリーを摂食させ,睡眠に関する5つの下位因子について比較分析を行った。その結果,①ねむ気,②睡眠維持,③気がかり,④統合的睡眠そして⑤寝つきの5因子について対照と比較し,カモミール添加ゼリー摂食夜には②睡眠維持の因子について有意差(t 検定,p=0.0313)が認められた。(図3参照)

筆者らは,温めたカモミールゼリーを摂食した場合に,皮膚温の上昇と末梢血流の増大,副交感神経優位状態やリラックス感が増大することを既に報告している。一般に情動が睡眠状態に関係しリラックス感のようなポジティブな感情が睡眠を良好にすることが知られており,これらの結果から温めたカモミールゼリー摂食の心理生理的効果が帰宅後の就寝前まで持続し,ねむ気,寝つきを良くする傾向をもたらし,睡眠維持に効果のあった可能性が示唆されている。前述のセドロールの場合においても,就寝前の精神的・生理的状態の重要性が指摘され,眠りにつく前の自律神経活動が交感神経支配から副交感神経支配優位に切り替わることが入眠を円滑にすると指摘されている。
また最近,セドロールが野生のカモミール(Chamomilla recutita,Matricaria chamomilla)とその組織培養株に含まれる新しいテルペノイドとして報告され,カモミールの自覚的睡眠感や自律神経系へ影響する作用物質としての可能性が注目される26)。

5.おわりに
植物カモミールは人類の歴史や食文化,医薬学などの進歩・発展とともに,その補充・伝統医療や身近な生活の場面などに用いられてきている。今後の日本は高齢化社会が進み,人々の日常生活のなかでの健康維持やストレスが大きな課題になると考えられる。それにともない加齢による睡眠障害に悩む人の割合が増加し,ストレスに悩む中高年の男性や女性にとって大きな心身上の課題となり,この解決に植物カモミールの摂食が貢献できる可能性が期待される。
既にカモミール茶や温めて食べるカモミールゼリーが自律神経活動に影響を与え副交感神経優位をもたらし,この現象と相関して感情評価尺度によるリラックス感得点が上昇することが明らかにされた。一方,植物カモミールに含まれる香気成分やその他の含有成分が心身に及ぼす作用機構や作用物質などについて,新しい知見も見出されつつあるが未解明の部分がまだ多く,特に睡眠に対する影響などについての研究が必要と考えられる。
今後はこれらの研究成果が,例えば睡眠不満やストレスに悩む中高年世代や介護高齢者の睡眠改善へ応用され,人々の健康維持や向上に貢献することが期待される。

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5) 森谷,小田史郎,中村裕美,矢野悦子,角田英男:カモミール茶摂取による自律神経機能と感情指標の変化―青年男性における検討―バイオフィードバック研究,28,61-70,2001.
6) 角田英男,矢野悦子,前田智雄,武藤俊昭,森谷:カモミールのリラックス効果とその応用―機能性を有する温めるゼリー食品―AROMA RESEARCH,Vol.3,No.2,31-36,2002.
7) 陽川昌範:ハーブの科学,養賢堂,1998.
8) 鳥居鎮夫:香りの謎,フレグランスジャーナル社,1994.
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11) 阿部誠:カモミールとその近縁種,Aromatopia 8,44-47,1994.
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15) 聖隷三方原病院嚥下チーム:嚥下障害ポケットマニュアル,医歯薬出版,2003.
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17) 森谷,小田史郎:香り効果判定における自律神経機能と感情指標の対応,AROMA RESEARCH,Vol.3,No.4,72-77,2002.
18) Naohiko Inoue, Kyoko Kuroda, Akio Sugimoto, Takami Kakuda, and Tohru Fushiki:AutonomicNervous Responses According to Preference for the Odor of Jasmine Tea,Biosci.Biotechnol.Biochem.,67(6), 1206-1214, 2003.
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20) 財団法人健康・体力づくり事業財団:平成8年度健康づくりに関する意識調査,1997.
21) 株式会社ファンケル:プレスリリース,重工記者クラブ,平成14年11月22日配布資料,1-5,2002.
22) 山本由華吏,白川修一郎,永嶋義直,大須弘之,東條聡,鈴木めぐみ,矢田幸博,鈴木敏幸:香気成分セドロールが睡眠に及ぼす影響,日本生理人類学会誌,Vol.8,No.2,25-29,2003.
23) Lawrence Gould, C.V.Ramana Reddy, Robert F.Gomprecht:The Journal of Pharmacology, Nov.-Dec., 475-479, 1973.
24) 矢野悦子,橋本恵子,生野寿恵,角田英男,森谷:温めたカモミールゼリーの摂食が自覚的睡眠感に与える影響,日本生理人類学会誌,Vol.9,特別号⑴,132-133,2004.
25) 小栗貢,白川修一郎,阿住一雄:OSA 睡眠調査票の開発,精神医学27⑺,791-799,1985.
26) Eva Szoke, Emoke Maday, Erno Tyihak, Inna N Kuzovkina, Eva Lemberkovics:New Terpinoidesin cultivated and wild chamomile (in vivo and in vitro), Jouranal Of Chromatography. B, AnalyticalTechnologies In The Biomedical And Life Sciences, Vol. 800, Issue 1-2, Feb. 5, 231-238, 2004.

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(論文)中枢性睡眠時無呼吸症候群の機序解明に大きな進歩。

中学生の下校風景
リュックがでかい。私の時代とは違い学校に体操着や教科書などを置きっぱなしにできないのだそうです。40年前は鞄には弁当しか入っていないような時代でしたから、勉強している質も量も違うんでしょうね。

さて、いびきを伴わない無呼吸ですが、胃食道逆流症からの無呼吸であれば普通にあります。胃食道逆流症で食道が絞められるに伴って気道が狭められる際に、一般的にいびきをかく体形でない方や、口呼吸でもなければいびきまで行かない場合があります。
鼻呼吸ですから鼻から息を吸い込みますが、吐き出すときは口から吐き出します。この時に胃食道逆流症による症状で食道が数秒間絞められると、口から息を吐きだした状態で、数秒呼吸が止まります。
次に通常なら鼻から息を吸うのですが、呼吸が止まっていた苦しさから、一気に吸おうとして口で一息グガッと吸い込み、その後鼻呼吸に移行します。
中枢性無呼吸症候群ですが、先天性の場合は、これまで世界中で1000例ほどしか事例がありません。非常に珍しい疾患です。
また本日紹介した実験による機序も、呼吸神経の損壊です。そんなに簡単に誰でも症状として現れるとは到底考えづらいと思います。
しかしながら、現在の検査でやると、睡眠時無呼吸の中に中枢性と言われるいびきを伴わない無呼吸が5%程度は誰にでも見られ、特に男性で60歳を超えると、その比率が多くなります。
単純に定年を迎えた男性の食事時間(生活習慣)が変わって、症状が緩和されているだけのような気がしますがいかがでしょうか?

中枢性睡眠時無呼吸症候群の機序解明に大きな進歩
「中枢性睡眠時無呼吸症候群の機序解明に大きな進歩」という論文紹介の記事がありました。覚醒時にも呼吸障害が出ているので、中枢性無呼吸の機序と言えるのか疑問ですが、論文をご紹介いたします。

preBotC neuronを破壊すると中枢性無呼吸症候群に似た睡眠障害がみられる点は、研究で明らかになっているが、中枢性睡眠時無呼吸症候群患者のpreBotC neuronに障害がみられるのかどうかの記述がなく、ALS,PD,MSAでの睡眠中の突然死を関連付けることでCPAPの有効性を指摘することが非常に恣意的に感じられる報告であると思います。

http://blog.goo.ne.jp/pkcdelta/e/8441db0adfc7b59170d8e20ac77031c2

中枢性睡眠時無呼吸症候群の機序解明に大きな進歩

2005年08月11日 | 睡眠に伴う疾患
睡眠時無呼吸症候群は,上気道の閉塞により生じる閉塞型,呼吸調節をする脳幹領域の障害で生じる中枢型,および混合型に大別される.中枢型睡眠時無呼吸症候群(CSAS)の機序についてはよく分かっていなかったが,今回,その機序を解明する上で非常に重要な研究が報告された.
まず,呼吸中枢神経回路の中核をなすpreBotzinger complexと呼ばれる吻側部領域が腹外側延髄に存在する.この領域にはneurokinin 1 receptor(NK1R)を高発現するpreBotC neuronが一側で300個ほど存在すると言われる.これまでにratを用いた実験で,このpreBotC NK1R neuronを80%以上,障害させると,覚醒時において失調性呼吸パターンが出現することが分かっていた.今回,睡眠呼吸障害におけるpreBotC neuronの関与について詳細に検討された.
方法としては,簡単に言うとpreBotC neuronを選択的に障害する毒素を注入し,その後,ポリソムノグラフィー(PSG)を経時的に観察し,睡眠中および覚醒時の呼吸パターン,apnea(無呼吸),hypopnea(低呼吸;50%未満の呼吸flowの減少)の頻度,持続時間を経時的に観察している.具体的にはratに筋電図(横隔膜,腹,頚部)および脳波電極を植え込み,術後14日目にpreBotC NK1R neuronを選択的に傷害する毒素としてsubstance-p conjugated saporin(SP-SAP)を両側のpreBotzinger complexめがけて注入(対照としてとしてconjugateさせてないsubstance-p とsaporin混合物を使用).実際にNK1R抗体を用いた免疫染色にて,preBotC NK1R neuronの選択的な減少を確認している.
結果としては,対照では注入前との比較で,注入後に各睡眠パラメーターに有意差を認めなかったのに対し,SP-SAP注入群では注入後4日目の時点でREM期においてのみhypopnea およびapnea(中枢型)の頻度が有意に増加.注入後5-6日目ではこの傾向が顕著となり,Non-REM期でも対照と比べ,hypopnea およびapneaが軽度ながらも有意に増加した.覚醒時でも短時間のapneaが生じ始めた.7日目以降ではNon-REM期におけるhypopnea およびapnea(とくに持続時間より頻度)が顕著となり,睡眠の断片化と全睡眠時間の減少が生じた(データとしてはarousalの増加として観察される.つまりapneaに伴いStage-Wに入ってしまう).覚醒時でも呼吸パターンはさらに不規則化した.9-10日目で覚醒時の失調性呼吸が出現し,なかにはCheyne-Stokes呼吸パターンを呈するratも出現した.以上の結果は,中枢型無呼吸にpreBotC NK1R neuronが深く関与する可能性を示唆する.
ではなぜ先にREM期に変化が現れるのだろうか? たしかにヒトでも中枢性無呼吸はREM期に出現しやすい.REMではセロトニンやノルエピネフリン産生ニューロンは不活化傾向にあり,preBotC neuronはセロトニンやノルエピネフリンにより刺激を受けるため,REM期ではpreBotC neuronニューロン活動は減少する.よってREM期ではpreBotC neuronニューロンの変化が表出しやすいのではないかと著者らは考察している.
またこの結果から神経変性疾患における睡眠呼吸障害(SDB)におけるpreBotC NK1R neuronの関与を考える必要がクローズアップされる.ALS,PD,MSAでも睡眠中の突然死が生じることがあるが,PDでは60%程度,MSAでは89%ものNK1R neuronの減少が生じることがすでに報告されている.さらにMSAではセロトニン作動性ニューロンの減少も知られている.MSAの夜間突然死については,声帯外転麻痺による閉塞性の呼吸障害がその原因として考えられてきたが,preBotC neuronニューロンの減少が突然死に関与している可能性も十分に考えられる.こうなると気管切開をしても突然死は防げない(実際にこのような症例は存在する).むしろCPAP,BiPAPのほうが有効である可能性があり,呼吸障害パターンを判断した上で,適切な治療を選択を必要するがあるものと思われる.

Nat neurosci. published online 7 August, 2005

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(論文)GERD胃食道逆流症と睡眠障害

氷川神社の下宮の稲荷神社。鳥居は崇敬者の奉納品です。京都の伏見稲荷大社の千本鳥居が有名ですね。お稲荷さんには、商売繁盛を願う人がお参りされますが、もともとは五穀豊穣の神様。農業じゃない方の五穀豊穣が商売繁盛だからOKってことでしょう。庶民の神様だけにこだわりなくお願いを聞いてくれるのでしょうね。

(論文)胃食道逆流症(GERD)と睡眠障害
胃食道逆流症(GERD)と睡眠障害の論文です。これまで何回か説明文の中で一部の引用をさせていただいておりましたが、全体をご紹介させていただきます。
いびきや睡眠時無呼吸症候群の原因として、ほぼ間違いのない結果ではないかと思うのですが、これまでの喉の周りの肉が多くて自然に喉が詰まる原因に比べて自然であると思えます。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi1954/52/2/52_145/_pdf

耳鼻52:145~151,2006
原著
胃食道逆流症(GERD)と睡眠障害
―ランソプラゾール内服と睡眠内容の検討―

岩田義弘(1)・大山敏廣(2)・門山浩(3)
三村英也・小串善生・桜井一生
内藤健晴(4)・戸田均(5)

近年、胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease: GERD)と閉塞型睡眠時無呼吸(O-SAS)の関係が注目されている。咽喉頭異常感と睡眠障害のない正常男性5例にランソプラゾール15mg/day、7日間内服を行い、睡眠障害パラメーターの変化を検討した。epworth sleepiness scale(ESS)は全員スコアの減少を認めた。睡眠時無呼吸検査ではapnea-hypopnea index:AHIの減少を認めた。特に閉塞性無呼吸の減少と鼻腔抵抗の減少を示した。
咽頭食道は逆流胃酸等攻撃因子と唾液等中和する因子が拮抗していると考えられた。今回の検討は正常例において攻撃因子を減少し、中和などの防御因子を優位にした状態を作り出したと考えた。結果、正常例においても胃食道逆流は存在する可能性を示したと考えた。また、GERD治療を行うに当たり、攻撃と防御因子の双方を考え治療する必要性を感じた。

Key words:ランソプラゾール、正常成人、AHI、鼻腔通気度、睡眠障害

はじめに
閉塞型睡眠時無呼吸(O-SAS)の治療に伴い、胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GERD)の症状の減少を認める報告を日常臨床で経験したり、また同様の報告1)-4)をみる。GERDの症状好発臨床的背景と、睡眠時無呼吸を引き起こす臨床的背景が酷似しているため、両者の間には強い関連性が指摘されている。
では、GERD症状のない正常例では睡眠中の呼吸状態への影響はないのであろうか?症状を訴えない正常例と考えられる例にもある程度の頻度をもって胃酸逆流が存在するが、その影響は自覚しないだけではないかと考えた。
正常例に胃内容物の食道へ逆流が恒常的にあるのであれば、胃酸の気道への影響もあることも予想され、先の例と逆で睡眠への影響があるのではないかと疑った。これらを検討するに当たり、正常例においてどの程度逆流による影響があるか、またその結果見られる睡眠障害がどの程度隠れているのか明らかにする必要を感じた。
これらの疑問を明らかにするためPPI内服で胃酸の量を減少させ、逆流症状と睡眠への影響の測定を試みた。咽喉頭異常感と睡眠障害の訴えのない正常例にランソプラゾール15mg/day、7日間内服を行い、睡眠障害にかかわるパラメーターのその前後で行い、その変化を検討した。

対象と方法
対象:健康診断などで異常を指摘されていない成人男性で、咽喉頭異常感や自覚的な睡眠障害を有しない例で本検討に了解を得たボランティア5名(平均年齢32.6歳、24から46歳)について検討を行った。5名につては扁桃肥大や鼻中隔彎曲症やアレルギー性鼻炎など認めなかった。またbody-mass index BMIは平均24.5であった(表1)。
方法:被験者には検討の内容を説明し、ランソプラゾール15mgを一日1錠ずつ内服を7日間行ってもらった。その前後で以下の検査を行った。
GERDの症状や睡眠の自覚的状況をQUEST問診票5)とepworth sleepiness scale(ESS)6)を用いアンケート形式で行った。問診票の聴取には筆者が症状など直接説明しながら行った。また、器質的疾患の否定と咽頭所見の確認のため喉頭ファイバースコ― プを行った。睡眠障害の有無確認のため、チェスト社製携帯型睡眠時無呼吸検査装置Apuno V(R)を用い検査装置の指示書に従い装着、AHI、AHI with desaturationを測定した。測定結果は閉塞性成分と中枢性成分も抽出した。さらに、睡眠障害部位の検討に役立つよう鼻腔通気度をリオン社製通気度鼻腔検査装置にて測定した。

結果
協力いただいたボランティア男性5名の身長、体重は表1のとおりで平均のBMIは24-5であった。
アンケート結果を図1に示す。

QUESTの問診票では、内服前は平均0.4点であった。内服後では著明な変化無く平均0.0点となった。ESSでは内服前では内服前が平均8.6で内服後は6.6と減少を認めた(図2)。

睡眠検査では経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)は一晩の平均と最低酸素飽和度で検討を行った。内服前では平均96.3%から内服後96.3%と変化を認めなかった。最低酸素飽和度は平均86.0から内服後84.2と同様に大きな変化を認めなかった(図3)。

睡眠時無呼吸低呼吸指数AHIは内服前の平均11.4に対し内服後では3.1と減少を認めた(図4)。
AHIは閉塞性成分と中枢性成分と1時間当たりの回数で検討を行った。1時間当たり無呼吸低呼吸のうち閉塞性成分は内服前に平均8,4回であったが、内服後3.0回と減少した。中枢性成分は平均3.0回から2.3回と現象を示した。AHIwith desaturationは内服前3.1から内服後2.5とやや減少をした(図5)。
鼻腔通気度は両側の合成である最大呼気/吸気抵抗は内服前平均1.50/1.44(cm/L/sec)から内服後1.27/1.51(cm/L/sec)となった(図6)。

喉頭ファイバー所見では、鼻腔、咽頭に内服前後に著明な変化を見いだすことはできなかったが、下鼻甲介後端の色調の変化と両側披裂間部の粘膜の色調の変化を認めた。

考察
正常と思われる成人においても24時間pHモニタリングを行うと食道内のpHが減少する例が確認されている7)。しかしながらこれらの正常成人がGERD特有の症状を訴えるわけではない。今回検討を行った5名のボランティアにおいても同様で、QUESTの問診票では胃酸逆流の症状は認められなかった。胸部や咽頭の不快感のない5名のボランティアではランソプラゾールの内服前後で行ったESSアンケートで睡眠の自覚的改善を4名自覚しており、内服前後で点数は有意に減少を示していた。GERD症状のない成人例において、PPI内服は、何らかの形で睡眠へ影響していると考えられた。では、どこが睡眠として良いと思われる変化を来したか。

SpO2は1回の測定の平均SpO2と一回の測定の最低SpO2とも大きな変化を示さなかった。しかしながらAHIはいずれの例でもPPI内服に伴い減少を来し、睡眠中の無呼吸および低呼吸が減少したことを確認した。特にAHI減少のうち、中枢性無呼吸低呼吸の減少より、閉塞性無呼吸低呼吸の減少が著しいことも今回確認できた。睡眠時無呼吸の検査においてファーストナイト効果8)と呼ばれる「検査の慣れ」現象が見られ、これによりAHIの現象が指摘されている。が、今回は中枢性の無呼吸成分の減少が示されている。検討において短期間の検討であったが、「検査の慣れ」については考慮しなくてよいと判断した。その上で、ランソプラゾール内服のこのボランティア群は閉塞性無呼吸低呼吸成分の減少がAHI全体の減少を来し、その結果ESSスコアの減少に影響したと考
えられた。
鼻腔通気度検査では1名を除き最大呼気/吸気鼻腔抵抗は減少が見られた。BMIと鼻腔通気度の関係において有意な相関関係は認められていない9)。機序は不明であるが、ランソプラゾール内服により鼻腔粘膜の容積に変化が生じ鼻腔通気度に影響を与えたものと考える。内服後、鼻腔通気度の値が上昇している1名においてもAHIの減少が見られ、鼻腔抵抗の減少がAHIの減少のすべての要因ではないことが示唆された。
喉頭ファイバースコープの観察から、喉頭披裂間部の粘膜の色調の変化からも喉頭粘膜の変化の存在が疑われた。これらの所見10)も胃酸逆流の症状が疑われる。この事実からも逆流した胃分泌液は何らかの形で喉頭や咽頭、鼻腔粘膜に影響を与えていると考える。
ランソプラゾール内服を行ったこのボランティア群ではこの胃酸分泌物減少による鼻咽喉頭への影響を軽減させその結果、気道抵抗全体を減弱させ、AHIの減少からESSの減少につながったと考えられた。
症例1、3と年齢の進んだ二人がAHIの変化が大きかった。この2例はともに検診胃内視鏡で異常は指摘されていなかった。内視鏡的異常所見を認めない狭義の症候性GERD症例(s-GERD)においてpHモニタリングでも異常を認めない症例も多く、酸分泌抑制剤で治療効果が低いことが報告されている2)。また、これらは健常人とオーバーラップすることが知られている11)。また、後の聞き取りからs-GERDの影響の一つである心理150 耳鼻と臨床 52巻2号的ストレス12)は他の3名とも特に自覚はなく、これらの影響は少ないと考えられた。
老人性の口腔内乾燥症13)や糖尿病に伴う唾液の減少が見られる病態において胃酸逆流に対する防御機構の減少がGERD症状の増悪因子として指摘されている14)。
唾液分泌能力は年齢などに影響されると考えられが、喫煙や口腔内乾燥の自覚はなかった。これらこの2症例はs-GERDに近い状態であることが疑われ胃酸逆流の影響を受けやすいことが考えられた。
健常成人においても潜在的に胃酸逆流が存在していても、胃酸そのものを中和する機構(唾液分泌など)が十分機能していれば症状として表れてこないことが考えられる。
ボランティア群はいずれも、咽喉頭の違和感や逆流に伴う胸部症状の自覚のない集団であった。胃酸分泌の抑制を行いその結果、睡眠等に影響が見られたことから、逆流した胃酸の中和などにより症状を抑制する能力が相対的に強く働いていた結果、普段からGERD症状の訴えがなかったと考えられる。
今回の検討は正常成人において潜在的に逆流した胃分泌物よりも、その中和機構が優位になった状態を作り出したと考えられる。その結果、上部気道に作用する要因が減少し、気道の狭窄にかかわるパラメ-タ― を中心に睡眠の質に影響を与えたものと考えられた。下部食道括約筋の機能障害がGERDの症状発現には重要な因子であることは間違いないと考えるが、症状の抑制因子としての口腔咽頭機能の存在を改めて認識する結果となった。このことはGERD症状の診断・治療において、攻撃因子である胃分泌物の逆流と、症状の抑制因子である唾液分泌などの双方を考慮に入れていく必要があると考えた。

本稿の内容は第8回食道逆流症(GERD)と咽喉頭疾患研究会にて報告した。
本検討を行うに当たり、ご協力いただいた当院検査部生理検査部門の協力に感謝します。

文献
1) Demeter P et al:Correlation between severityof endoscopic findings and apnea-hypopneaindex in patients with gastroesophageal refluxdisease and obstructive sleep apnea.World J Gastroenterol 11 : 839-841, 2005.
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14) 松井秀隆他: 日常診療で診るGERD(胃食道逆流症)-GERDを起こす病態糖尿病とGERD-.Medicina 42: 96-98, 2005.
(受付2005年10月24日)

Relationship between gastroesophageal reflux disease andsleep disorder : An examination of sleep after the oral administrationof lansoprazole
Yoshihiro IWATA(1), Toshihiro OYAMA(2), Hiroshi KADOYAMA(3), Hideya MIMURA,Yoshio OGUSHI, ISShO SAKURAI, Kensei NAITO(4) and Hitoshi TODA(5)
Recent studies have reported a relationship between gastroesophageal reflux disease (GERD)and obstructive sleep apnea syndrome (O-SAS). We orally administered 15mg/day of lansoprazoleto 5 healthy males without pharyngeal/laryngeal discomfort and sleep disorder for 7 days and thisinvestigated the changes in the parameters of sleep disorder. The epworth sleepiness scale (ESS)scores decreased in all 5 males. A sleep apnea test showed a marked decrease in the apnea-hypopneaindex (AHD. In particular, the frequency of obstructive apnea and nasal resistance decreased. Inthe pharyngeal esophagus, attack factors such as the reflux of gastric acid may antagonize neutralizingfactors such as saliva. In this study, the attack factors including neutralization were enhancedin these healthy adults. The above findings suggest that GERD occurs in healthy adults. In treatingGERD, both attack and preventive factors should be carefully considered.
(1)碧南市民病院診療部耳鼻咽喉科
Department of Otolaryngology, Hekinan Municipal Hospital, Hekinan 447-0084, Japan
(2)大同病院耳鼻咽喉科
Department of Otolaryngology, Daido Hospital, Nagoya 457-8511, Japan
(3) 門山医院
Kadoyama Clinic, Fujisawa 251-0872, Japan
(4)藤田保健衛生大学医学部耳鼻咽喉科学教室
Department of Otolaryngology, School of Medicine, Fujita Health University, Toyoake 470-1192,Japan
(5)耳鼻咽喉科武豊醫院
Department of Otolaryngology, Taketoyo Clinic, Chita 470-2380, Japan

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(論文)安眠へ誘う香り

香りと安眠についての論文がありましたので紹介いたします。これまで例えばラベンダーの香りが安眠に良いなどと言われることがありましたが、具体的に体がどういう反応を示しているのかなどは、実験の方法などによりとらえられ方が難しい部分もありました。
被検者へのストレスを極力減らす方法で、微妙な心理的反応を見た実験の論文です。

余談ですが、いびきを止めるのにカレーの臭いをかがせるという方法があるそうです。いびきの原因である気道の狭小化をもたらす胃食道逆流症が、カレーの臭いにより胃が刺激されて、一時的に改善されるのではないかと個人的な興味があります。

http://www.kinki-shasej.org/upload/pdf/kaori.pdf

香りと睡眠
The effect of odor inhalation during sleep
滋賀大学 教育学部 健康科学研究室
Faculty of Education, Shiga University
大平 雅子 Masako OHIRA

キーワード:睡眠(sleep)、香り(odor)、バイオマーカー(biomarker)、唾液(saliva)、
オルファクトメーター(olfactometer)

1.新たな睡眠評価指標の提案
睡眠障害による経済損失は年間 3 兆 4,700 億にものぼるという試算があるように 1),現在,睡眠に纏わる諸問題は個々人のみならず,社会・経済においても重大な関心事となっている.本来睡眠は日々の疲れを癒すものであり,脳や身体にとって必要不可欠な活動である.
しかしながら一方で,現代社会においては睡眠時間の減少や夜型生活による睡眠の質の低下が進行しており 2),睡眠が健康状態に直接的な影響を及ぼす例も相次いで報告されている 3, 4).こうした背景から,睡眠環境における「精神的な」影響・負担を正確に評価することの重要性が増してきている.
一方,人間の精神的なストレスを体内に分泌されるホルモン等の生化学物質により,客観的に(物質的に)評価する試みがなされている 5).現在最もよく用いられている精神的ストレスマーカーの指標として,コルチゾールがある.コルチゾールはアカデミックな口頭試問など,急性でかつ強い社会心理的なストレッサーに対して唾液中や血中の濃度が増加することが知られており 6),ストレスの物質的指標(ストレス・バイオマーカー)として期待されている.特に,起床後 30‐60 分に濃度が上昇する起床時コルチゾール反応(cortisol awakening response: CAR)7, 8)には慢性的なストレスとの関連も数多く報告されている 9. 10).
ストレス・バイオマーカーはコルチゾールの他にも 10種類以上研究されており,前述した睡眠環境における「精神的な」負担を評価する方法論としても期待できる.しかしながら,我々が知る限り,これまで睡眠中にこれらストレス・バイオマーカーを検証した研究は例えばSpiegel ら(2004)11)などごく僅かである.またさらに,同研究を含め,検体として血液を用いている研究は,そもそも血液採取による精神的な負担が無視できないと想像される.そこで,我々は生体試料として唾液に着目し,唾液中に分泌される標記ストレス・バイオマーカーを経時的に定量する手法を提案する.また,本研究において注目する物質は,コルチゾール,免疫グロブリン A 型(secretory Immunoglobulin A: sIgA),α アミラーゼの3 種類である.コルチゾールは CAR について数多くの知見があるが,睡眠中の唾液による定量の報告は無い.一方,sIgA と α アミラーゼも急性ストレスのマーカーとしてよく研究されているものの 12-15),やはり睡眠中の濃度変化については知られていない.
以上をまとめると,睡眠の状態(あるいは睡眠の質)を客観的に評価することは現代社会において重要な課題である.しかしながら,従前の血液採取による手法では心身にかかる負荷が大きく,とりわけ精神的な影響を正確に測定できないと想定される.これに対し, 我々は非侵襲的な方法で睡眠中の唾液を断続的に採取する方法を提案する.本研究ではこの方法を用いて,睡眠中及び睡眠前後におけるストレス・バイオマーカーの変化を経時的に捉え,睡眠様態の新たな評価手法の提案とその応用可能性について検証した.

1.1 評価方法
1.1.1 被験者
男子大学生を対象とし,本研究に関する説明と被験者として協力することの要請を行った.承諾を得られた男子大学生 10 名(22.8±1.0 歳)を被験者とした.被験者は罹患しておらず,また薬物などの処方も受けていないことを確認した.実験に際しては,被験者よりインフォームド・コンセントを得た.
なお,本実験は事前に長岡技術科学大学倫理審査委員会の承認を受けて実施された.

1.1.2 実験手続き
図1に実験の概要を示す.本研究では,各被験者に対して6時間の就寝時間中および起床後1時間にわたる唾液を採取し,唾液中の生化学物質を分析した.以下にその詳細を述べる.
本研究では被験者に午前 0 時に就床させ,午前 6 時に起床させた.ただし,就寝時間・起床時刻を統制する意図により,被験者にはあらかじめ起床時刻(午前 6 時)は知らせなかった.実験当日,被験者には 22 時までに実験室に入室してもらい,実験の説明,インフォームド・コンセント,および測定機器の装着・動作確認を行った.実験は空調管理された実験室(平均室温 22°C, 平均湿度 55%)において 1 晩(22 時~翌朝 7 時まで) に 1 人ずつ実施した.
また,被験者が午前 6 時(起床予定時刻)よりも前に 自然に覚醒してしまう可能性を低減させる意図により, 全被験者に対してそれぞれの実験実施日の 3 日前から 午前 0 時前に就床し,6 時間以上の睡眠をとるよう指示した.さらに,唾液中の生化学物質の分泌への影響を考慮し,被験者には実験実施日の前日からアルコールの摂取を禁止し,実験開始 1 時間前(21 時)より終了後 (翌日午前 7 時)まで飲食,喫煙,激しい運動を禁止した.また,被験者の就寝中はビデオカメラにより監視を行った.

1.1.3 電気生理指標
生体アンプ(BIOPAC MP150,Biopac System Inc., 米国)により,就床直前から起床後 1 時間までの被験者の心電図(Electrocardiogram:ECG)を測定した. ECG の測定電極は,左鎖骨下窩(N),右鎖骨下窩(-),及び左前脇窩線上最下肋骨(+)の 3 点に配置し(第II誘導),サンプリングレートは 500Hz とした.さらに,連続血圧測定システム(Finometer,Finapres Medical Systems B.V., オランダ)により,起床時刻 1 時間前(午前 5 時)から起床時刻 1 時間後(午前 7 時)までの血圧を測定した.

1.1.4 唾液採取方法
本研究では,カスタムメイドされたマウスピースによる吸引部とペリスタルティックポンプ(Peristaltic pump)(SJ-1211H ペリスタポンプ® 高流量タイプ,ATTO)による輸液部からなる唾液採取系を構成し,睡眠時における継続的な唾液採取を実現させた.マウスピース(NIGHT GUARD ADVANCED COMFORT, Doctor’s Co. Ltd., 米国)は実験当日に被験者が入室してから成形し,装着感を確認した.成形したマウスピースにメラ唾液持続吸引チューブ(SP-2,泉工医科工業株式会社)を固定し,シリコンチューブを介してペリスタルティックポンプに接続した(図 2).メラ唾液持続吸引チューブの先端部分はコットンで保護して長時間の採取による口腔内の鬱血を予防した.
唾液採取は,就床 10 分前,睡眠中(就床後 4 時間は30 分間隔,その後,起床前 2 時間は 20 分間隔),起床直後,20 分後,40 分後,および 60 分後の計 19 回実施した.睡眠中の唾液は上述したペリスタルティックポンプによる方法で採取し,就床前・起床後の唾液は,ストローを使って 3 分間に自然に分泌される唾液を採取した(passive drooling)16).
採取した唾液サンプルは-25°Cの冷凍庫に保存し,コルチゾールと sIgA の定量分析には酵素免疫測定法 ( Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay : ELISA ) (cortisol: High Sensitivity Salivary Cortisol Enzyme Immunoassay Kit, Salimetrics LLC , sIgA : SIgA Immunoassay Kit, Salimetrcs LLC)を用い,α アミラーゼの測定には酵素反応測定(Salivary α-Amylase Assay Kit, Salimetrics LLC)を用いた.


1.2 評価結果
1.2.1 睡眠条件統制
全被験者における実験日前 3 日間の平均睡眠時間 は 7.0±1.1 時間であり,被験者は実験日前 3 日間に与えた指示を遵守していた.全ての被験者は就床後直ぐに就寝したこと(なかなか寝つけなかったという報告は無かった),および,実験中に覚醒しなかったことを内省報告したが,これは実験の記録ビデオにおいても追認された.さらに,実験者は起床予定 時刻(午前 6 時)に被験者が睡眠状態であったことを直接確認し,その後,被験者を起床させた.

1.2.2 電気生理指標
図 3 に ECG より求めた被験者の心拍数の平均値(標準誤差)(図 3(a))および血圧の平均値(標準誤差)(図 3(b))の推移を示す.同図に眺められるように,心拍数・血圧ともに就寝中は低い値で安定的に推移し,起床直後において急激に上昇した.このことからも,本実験において中途覚醒はなく,起床の指示により覚醒したことが示された.

1.2.3 唾液中の生化学物質濃度
図 4 に唾液により定量したコルチゾール,sIgA,αアミラーゼの濃度変化(平均値±標準誤差)を示す.また,就床前,就寝中,起床後のコルチゾール, sIgA,αアミラーゼそれぞれの平均値の濃度比較を 図 5 に示す.統計処理については一元配置分散分析および Bonferroni 法による多重比較を検討した.全 ての検定について有意水準は 5%とした.

1.2.3.1. 唾液コルチゾール濃度
図 4(a)に示されるように,コルチゾールは就床前から就寝中にかけてほぼ濃度変化は認められなかった.その後,起床直後から徐々に濃度が上昇し,起床 40 分後にピークに達した.また,就床前,就寝中,起床後を比較すると,コルチゾール濃度では就床前,就寝中から,起床後にかけて濃度が有意に上昇した(p<.001)(図 5(a)).

1.2.3.2. 唾液 sIgA 濃度
図 4(b)に示されるように,sIgA は就寝後徐々に濃度が増加していき,平均値で眺めた場合,6 時間の睡眠中に就寝前の約 5 倍にまで達した.その後,起床直後に急激に濃度が減少し,起床 1 時間後までに就床前とほぼ同程度まで回復した.また,就床前,就寝中,起床後を比較すると,就床前から就寝中にかけて濃度が有意に増加し(p<.001),その後,起床とともに上昇した濃度が有意に減少した(p<.05)(図 5(b)).

1.2.3.3 唾液αアミラーゼ濃度
図 4(c)に示されるように,αアミラーゼは就寝直後に減少し,睡眠中には徐々に濃度が上昇していった.起床後は sIgA と同様に起床後 20 分までに急激に濃度が減少し,その後は安定したレベルを示した.また,就床前,就寝中,起床後を比較しても,有意な変動は認められなかった(図 5(c)).

1.2.3.4. 生化学物質間の相関
sIgAとαアミラーゼは比較的似た傾向の濃度変化を示しており,2 つの物質間には有意な正の相関が認められた(r=0.55, p<.001).一方,コルチゾールは,sIgAあるいはαアミラーゼとの間に有意な相関関係は認められなかった(sIgA:r=-0.09, p>0.05, αアミラーゼ:r=1.93, p>.05).

1.3 考察
1.3.1 睡眠中の唾液採取について
本研究では内省報告および心拍数・血圧により全被験者が就床時刻帯(あるいは,少なくとも午前 1 時から午前 6 時)において睡眠状態にあったこと,また,起床時刻に実験者の指示により覚醒したことが確認できた.また,唾液の採取においては各生化学物質の定量分析に必要充分な量の唾液が採取できた.
したがって,我々が構築した唾液採取系により,被験者を中途覚醒させることなく,当初の期待通り唾液を継続的に採取することができた.

1.3.2 唾液中の生化学物質の変動特性
1.3.2.1 就寝中の生化学物質の変動特性
本研究では睡眠時に唾液中に分泌される 3 種類の物質(コルチゾール・sIgA・α アミラーゼ)の経時変化を検証した. 過去の研究において“日中”に採取された検体の定量分析により,各物質には朝に濃度が高く夜にかけて減少するという概日変動が報告されている 7, 8, 17, 18).しかしながら,本研究結果を眺めた場合,sIgA と αアミラーゼでは既に就寝中から濃度の増加が認められ, コルチゾールでは就寝中は一定のレベルを保ち,起床後に初めて増加することが詳細に示された.したがって,コルチゾール・sIgA・α アミラーゼは一様に朝高夕低の概日変化を示すものの,就寝中には異なる分泌特性をもつことが示され,これは本研究により得られた新しい知見である.

1.3.2.2 起床時コルチゾール反応(CAR)研究の課題 と本研究の方法論
諸言に述べたように,CAR は日常的なストレス状態を反映する評価指標として注目を集めている 7, 8).過去のCAR 研究によると,コルチゾールは起床後 30~60 分の 間にその濃度が 1 日のピークを迎えることが報告されている 7, 8).本研究においても,コルチゾール濃度は起床 40 分後にピークに達し,これは先行研究の結果を支持している.ただし,これまでの CAR に関する研究は,“起床直後”からのコルチゾールを定量したものであり,睡眠中から起床後にかけての経時的変化を報告した研究はほとんどない.さらに,CAR 研究はほぼ全てが唾液を用いた研究であるが,それらの研究は多くの場合,被験者自身に自宅で起床時の唾液を採取させている.そのため,起床時刻や“起床直後”という唾液の採取時間が正確に統制されているとは言い難く,翻って起床時のCAR が観察されていない場合も散見される.実際, Michaud ら(2006)の CAR 研究ではやはり自宅で行ったセッションにおいて起床時刻が統制できていないことが示されており,実験統制上の課題として挙げられている 19).
先行研究において,唯一睡眠中のコルチゾールの経時変化を報告しているのが,Spiegel ら(2004)の研究である 11).しかしながら,同研究では起床予定時刻の前からコルチゾールの増加が認められ,ひいては起床後のCAR も明確には認めることができない.これは,実験条件における睡眠時間(より正確には「ベットに居る」時間)の設定が 8-12 時間睡眠と非常に長いため,被験者が 途中覚醒していることに由来すると考えられる.
また,何よりも同研究では 24 時間の間に 10~30 分間隔で採血を繰り返し行っており,被験者の精神的・肉体的負担は甚大であると想定され,明確な CAR が観察されなくても不思議ではない.
これに対し,本研究で用いた唾液連続採取による評価方法は被験者への負担も非常に小さく,また被験者の途中覚醒も生じない.したがって,本研究で構成した唾液採取方法は睡眠時および起床時の生化学物質の変動特性を検証する上で有用な方法であると考えられる.

1.3.2.3 生化学物質間の変動特性の比較
図 5 による物質の変化傾向及び物質間の相関分析の結果,sIgA と α アミラーゼ間には弱いながらも正の相関が認められた.また,その濃度は睡眠中から徐々に増 し,起床直後にピークを迎えるという類似した変化傾向を示した.これに対し,コルチゾールでは起床後に濃度が上昇し始めるという全く異なる変化傾向を示した.これらの生化学物質間の変動特性の差異は,それぞれの物質の分泌機序に由来しているのかもしれない.生体にストレスが負荷されると視床下部―下垂体―副腎の内分泌系(HPA 系)と視床下部で分かれて橋―延髄―脊髄―副腎髄質の自律神経系(NA 系)の 2 つの系が腑活されることが知られている 5, 20).コルチゾールはHPA 系のストレス応答ホルモンであり,ノルアドレナリン系に関連した物質である α アミラーゼ,および免疫系物質である IgA は NA 系の物質であることが知られている5, 20).したがって,これら生化学物質の経時変化はそれぞれの物質の分泌機序(HPA 系と NA 系)を反映している可能性が考えられる.ただし,この点は他の HPA 系・NA 系の生化学物質の分泌の様態も明らかにしなければならず,本稿でこれ以上の議論をすることはできない.

1.3.2.4 本研究の制約
本研究で構成した唾液採取系は,睡眠中の唾液を継続的に採取することを可能にした上,仕組みが非常に簡便であり,操作方法も容易である.これまで睡眠中の内分泌系指標の評価には,採血が必須であったが,本研究の方法を用いれば,非侵襲的な方法で生化学物質の定量が可能になり,被験者の負担も軽減し得る.ただし,一般に睡眠時の唾液分泌量は覚醒時や,刺激を与えた場合と比べて減少することが知られており,少ない唾液量を出来るだけ安定して確保が行えるように今後工夫の余地もある. また,本研究の参加者は全員が男子大学生(21~24歳)であり,唾液分析に係るコストの制約から被験者の数も小規模である(10 名),したがって,本研究を解釈するうえで,被験者選択によるサンプリングバイアスには充分注意が必要である.

2. 香りを用いた介入研究
香りの効能は,近年,心理学または生理学の分野で実証的に研究がなされ多くの知見がもたらされている. 例えば,ラベンダーは,リラックス状態の促進および副交感神経の亢進作用をもつことが知られている 21, 22).一方で,ジャスミンは抑うつ状態の改善や気分の向上を示す効果および交感神経の亢進作用をもつことが知られている 23).しかしながら,これまでの香りの生理・心理研究は,その殆どが脳・中枢神経系や自律神経に対する効果を評価したものである.これに対し,本研究で扱う内分泌系に対する生理効果を検証した研究報告は極めて少ない. 例えば,Fukuiら(2007)は,ジャコウ,またはローズの香りが急性ストレス刺激に対するコルチゾールの分泌を抑制することを報告している 24).しかしながら,香りに対する内分泌系の効果についての研究は未だ限定的であり統一的な理解はなされていない.
そこで,本研究では先行研究 25)で構築した実験系を踏襲し,ラベンダーが内分泌系に及ぼす効果を検討した.更にラベンダーと拮抗する作用を有すると想定されるジャスミンについても検証した.

2.1 評価方法
2.1.1 被験者
本研究の被験者は,実験参加への承諾が得られた男子大学生 18 名(平均年齢(標準偏差):22.0(1.2)歳, 平均 BMI(標準偏差):23.0(5.0))であった.被験者はいずれも健常者であり,薬物等の処方も受けていないことを確認した.ただし,この内 2 名は定量分析に必要な唾液量が採取できず分析から除外した. なお,本実験は事前に長岡技術科学大学倫理審査委員会の承認を受けて実施された.

2.1.2 実験手続き
本研究の概要を図 6 に示す.実験は空調管理された実験室(平均室温 24.6°C,平均湿度 51.9%)において 1 晩(23 時から翌朝 7 時まで)に 1 人ずつ実施した. 被験者の就寝時間は合計 6 時間であり,午前 0 時に就床させ,実験者が午前 6 時に被験者を起床させた.
また,被験者が午前 6 時(起床予定時刻)よりも前に自然に覚醒してしまう可能性を低減させる意図により, 全被験者に対して,実験初日の 5 日以上前から睡眠統制(1午前 0 時までに就床する,2毎日 6 時間以上の睡眠を確保する)を実施した.各被験者の睡眠統制の状況については就寝前・起床後にメールで報告させることで確認した.
さらに,唾液中の生化学物質の分泌への影響を考慮し,実験実施日の前日からアルコール摂取の禁止,実験開始 2 時間前(21 時)より終了(翌日午前 7 時)までの間の飲食・喫煙・激しい運動・入浴を禁止した.また,就寝中の被験者の様子をビデオカメラにより観察した.

2.1.3 香りの呈示条件
本研究では,香り条件としてラベンダー精油(フランス産,高砂香料工業株式会社),およびジャスミン精油(モロッコ産,高砂香料工業株式会社)を用いた.また,コントロール条件として無臭空気を用いた.精油は,それぞれ無臭溶媒のクエン酸トリエチル(Triethyl cit-rate: TEC) を用いて 10 wt%に希釈した.
香りおよび無臭空気の呈示は,マルチチャンネル・オルファクトメーター(株式会社テクニカ(東京都)設計・製作)により制御した.本研究では同装置により,被験者の鼻孔直下に設置したカニューレを用いて香りを呈示した.香りの呈示は,5 分毎に 1 回・1 分間とし,これを被験者の就寝時間(午前 0 時から 6 時)中,断続的に繰り返した(合計 72 回(同分)).実験初日は第 1 夜として解析から除外し,残りの 3 条件は順序効果に配慮した被験者内デザインにより比較した.また,各条件の実施日には,3 日以上のインターバル期間を設けた(各被験者は約 20 日間の期間に計 4 回実験を実施した).

2.1.4 電気生理指標
生体アンプ(PolymateII,ティアック株式会社)により,就床直前から起床後 1 時間までの被験者の心電図 (Electrocardiogram:ECG)を測定した. ECG の測定電極は,左鎖骨下窩(G),右鎖骨下窩(-),及び左前脇窩線上最下肋骨(+)の 3 点に配置し,サンプリングレートは 500Hz とした.

2.1.5 唾液の採取方法・分析
唾液採取は,就床 10 分前,就寝中(30 分毎・計 12回),起床後(0分,15分,30分,45分,および60 分後)の計 17 回実施した(図 1).睡眠時の継続的な唾液採取には,我々が過去の研究で独自に構築した唾液採取法を用いた 26).就床前・起床後の唾液は,ストローを使って 3 分間に自然に分泌される唾液を採取した(passive drooling 法)16).
採取した唾液は定量分析の日まで-25°Cの冷凍庫に保存した.唾液のコルチゾールの定量分析には,酵素免疫測定法(Enzyme-linked immuno-sorbent assay: ELISA ) ( High Sensitivity Salivary Cortisol Enzyme Immunoassay Kit, Salimetrics LLC., 米国)を用いた.

2.1.6 心理指標
被験者の睡眠前後の心理状態を評価するため,就床前と起床直後に日本語版 POMS 短縮版 26)に回答させた.この心理指標は, T-A: 緊 張-不 安( Tension- Anxiety),D:抑うつ-落込み(Depression-Dejection), A-H:怒り-敵意(Anger-Hostility),V:活気(Vigor), F:疲労(Fatigue),C:混乱(Confusion)の 6 つの気分尺度について,それぞれに対応する計 30 項目の質問からなる.

2.2 評価結果
2.2.1 電気生理指標
図 7 に ECG より求めた被験者の心拍数の平均値(標準誤差)の推移を示す.ただし,心拍数は個人差が大きいため,被験者・実験条件毎の心拍数の最小-最大値 を 0~1 に規格化している.また,平均値の算出区間については後述するコルチゾール定量のための唾液採取区間に準じている.同図に眺められるように,心拍数は就寝後徐々に減少していき,その後,起床直後に急激に上昇し,ピークに達した.この変動傾向は,いずれの香り条件においても同様であった.
一方,ジャスミン呈示時において,就寝後 1 時間半の心拍数(平均値)がコントロール条件よりも高い傾向が認められた(p< 0.10,Bonferroni 補正 t 検定).

2.2.2 唾液中のコルチゾール濃度
図 8 に唾液により定量したコルチゾールの濃度の平均値(標準誤差)を示す.ただし,同図はコルチゾール分泌における個人差を考慮し,被験者・実験条件毎のコルチゾール分泌の最小-最大値を 0~1 に規格化し ている.同図に示されるように,コルチゾールの分泌は就寝後徐々に濃度が増加していき,平均値で眺めた場合,6 時間の睡眠中に就寝前の 3~4 倍に達した.その後,起床直後より濃度が顕著に上昇し,起床 30~45 分後 にピークに達した.この変動傾向は,いずれの香り条件においても同様であった.
一方,各香り条件における起床直後(6:00)と起床後15 分(6:15)のコルチゾール濃度の平均値(標準偏差)を図 10 に示す.同様に,同図でも被験者毎のコルチゾール分泌を規格化した値を用いている.同図に示されるように,起床後 15 分間のコルチゾール濃度の平均値にお い て ,ラ ベン ダ ー 呈 示 時 は ジ ャ ス ミ ン ( p<0.05,Bonferroni 補正 t 検定)およびコントロール(p<0.01, 同t 検定)より有意に濃度が高かった.

2.2.3 心理指標
表 1 に就床前と起床直後に回答させた日本語版POMS 短縮版の得点(標準偏差)から,各香り条件における睡眠前後の主観的な気分の変化を示す.同表に示すとおり,疲労感(要因「F(疲労)」)において,ラベンダー呈示時はジャスミンよりも有意に疲労感が回復し(p<0.05, Bonferroni 補正 t 検定),またコントロールに対してもその傾向が認められた(p<0.10, 同 t 検定).

2.3 考察
本研究は,香りが睡眠中の内分泌系に及ぼす効果を明らかにするために,就寝中の香り呈示に対する唾液中コルチゾールの分泌を評価した.その結果,図 8 に示すように,就寝中のラベンダー呈示により(香りを呈示していない)起床後のコルチゾール分泌の増大が認められた.
もともと,コルチゾールには起床後に 1 日のピークを迎える“起床時コルチゾール反応(cortisol awak-ening response: CAR)”と呼ばれる分泌特性がある 7, 8).しかしながら,本研究で観察されたラベンダー呈示による起床後のコルチゾール分泌の増加は,次に挙げる2つの理由から,この CAR とは別の生理機序を背景とする生理効果であると考えられる.
第一に,ラベンダーの呈示によるコルチゾールの分泌への影響が起床直後~15 分に限定されていた点が挙げられる.CARはコルチゾールの濃度が起床 30~45分後に 1 日のピークに達する顕著な分泌特性である 7, 8). 本研究においても図 8 のコントロール条件で起床後 45分をピークとする CAR が確認できる.ただ同時に同図に認められる様に,本研究では香り条件間でこの CARのピーク値には差異は認められなかった.その一方で, 通常 CAR がピークを迎えるよりも“前の”時間帯-起床直後~起床後 15 分-においてコルチゾールの分泌に有意な差異が認められた(図 9 および図 8:矢印).したがって,本研究で観察された起床後のラベンダーの分泌動態は,通常の CAR の他にラベンダー自体による(起床直後の)生理効果が重畳したものであったと考えられる.
第二に,通常 CAR の増大は心理状態の悪化を示唆するが,本研究ではラベンダーの呈示によりむしろポジティブな心理状態が導かれた点が挙げられる.生体にストレスが負荷されるとコルチゾールの分泌,あるいはその起床時反応である CAR も増大することが知られている9, 10).これに対し,本研究ではラベンダーの呈示によりコルチゾールの分泌が増大した一方で(図 9),同時に疲労感(要因「F(疲労)」)の改善傾向も認められた.したがって,本研究で観察されたコルチゾールの増加は,少なくとも心理的なストレスが媒介する生理的なストレス反応ではないと考えられる.
一方,このラベンダーによるコルチゾールの分泌変化は,自律神経系が直接的に関与する生理応答であるとは考えにくい.CAR と自律神経活動の関係性については交感神経 27)あるいはその反対に副交感神経 28)との関連が報告されているものの,研究数はごく僅かであり統一的な理解も得られていない.本研究でも,ジャスミン呈示時に就寝時の心拍数低下が抑制される傾向が認められた(図 7)ものの, CAR 自体はジャスミンとコントロール条件において差異は認められなかった.その反対に,就寝中の心拍数においてコントロール条件と差が無かったラベンダーにおいて起床時のコルチゾール分泌に有意な差が認められた.つまりラベンダーで観察された起床後 15 分間のコルチゾールの増大は自律神経系を介する生理応答とは考えにくい. このことについて,本稿の中でこれ以上の考察を進めることは難しい.今後, 中枢神経系を含む統合的研究が望まれる.

3. まとめ
我々の研究により,就寝中のラベンダーの呈示により,“起床直後”から HPA 系が活性化される場合,それはむしろ起床時の生理的な覚醒を促し,心理的には疲労回復効果をもたらすのかもしれないことが示唆された.
香りには,個人の好み・感受性に依存しない一定の生理効果があることは明らかである.しかしながら,その効果がポジティブなものであるのか,ネガティブなものであるのかという議論は尚早である.これまでの研究では, 香りの定量的な呈示方法が確立しておらず,再現性に大きな問題がある.呈示方法のばらつきには,呈示手段 (例えば,試香紙,ディフューザー,精油を直接嗅ぐ)以外にも,濃度や呈示時間等多くの可変要素が含まれる.こうした背景から,ヒトの心身へもたらす影響については統一的な理解がなされていない.
さらに,評価軸の問題がある.我々は,既述したように,就寝中の体内のホルモンレベルが特定の香りによって大きく変動することを明らかにした。これらの成果は, 我々が開発した新しい方法論により明らかになったものである.この方法論を用いたことで,ホルモンを睡眠評価における新機軸として導入することが可能になり,これまで捉えることができなかった香りの影響を明らかにすることができた.したがって,今後も従来の指標に新たな指標を組み合わせた統合的な評価方法を用いることで,香りの効果をより正確に評価することが可能になる.
将来的に,香りを日常生活や医療現場の中で用いるためにも,「香り」が心身にもたらす影響については,現時点ではひとつひとつ基礎的な知見を積み上げていくことが重要である.

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