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労働時間と睡眠時間

労働時間が睡眠時間にどう影響するかを調べた報告書です。仕事とストレス。ストレスと睡眠。よく考えなければいけません。

今から7年前。民主党政権時代から報告書は出ているのですが、変わらないですね。
電通の事件を契機に、やっと残業時間についての見直し提言が出ていますが、経済界が反発している。
見直しといっても基準は過労死ラインとの線引きの話。
仕事って死ぬか生きるかのラインでやることでしょうか?

http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou054/hou54_03_02.pdf
3 研究論文集

労働時間と睡眠時間

獨協大学経済学部 教授 阿部 正浩

要旨

この論文の目的は、日本人の睡眠行動と労働の関係を探ることにある。社会生活基本調査を用いて実証分析した結果、次のような結論が得られた。
一つ目の結論は、労働時間の長さは睡眠時間に影響するということである。男性の平均的な睡眠時間は女性に比べて長いが、その分布は広く、労働時間によって睡眠時間の長さが変化していることになる。女性の場合には雇用形態によってその度合いは異なるが、全般的に労働時間が長いほど睡眠時間は短くなる。二つ目の結論は、男性と女性正規雇用者の睡眠に関する固定時間費用は小さく、労働時間の変動を睡眠時間の長さで調整していることだ。1 日24 時間だから、一つの行動が長くなれば他の行動を短くするのは当然だ。しかし、男性と女性の正規雇用者に関しては、労働時間の長さを、他の行動ではなくて、睡眠を短くすることで調整している傾向にある。これに対して女性パート・アルバイトについては、家事の固定時間費用が低く、労働時間の変動を家事時間で吸収する傾向にある。
そして、睡眠時間の固定時間費用は高く、睡眠時間で調整は正規雇用者に比べて小さい。
以上の結論は、我が国において労働時間管理が、人々の健康管理の上でも重要な役割を果たすことを示唆する。特に正規雇用者の場合、他の雇用形態と比べて、労働時間の長さを睡眠時間で調整しようとする傾向にあり、長時間労働は睡眠不足をもたらす。たとえば、表4 の男性正規雇用者の労働時間の係数は、0.147 だが、これは労働時間が1 時間長くなる毎に9 分ほど睡眠時間が短くなることを意味する。ワーク・ライフ・バランス政策の推進は、仕事と家庭の両立だけでなく、国民の健康促進の上でも重要である。

1 はじめに
この論文の目的は、日本人の睡眠行動と労働の関係を探ることにある。
ヒトはその生涯の三分の一ほどを眠って過ごすと言われる。睡眠はヒトの生存や健康にとって重要な役割を果たす生理現象であるにも関わらず、睡眠の科学的研究は最近になって行われるようになったに過ぎない。(※睡眠に関する医学的研究を紹介した櫻井(2010)を参照されたい。)最近の睡眠に関する医学的研究によれば、睡眠は、身体を休息させるのみならず、脳の修復や整備を行う役割を果たすと考えられている。また、睡眠不足は心血管疾患や代謝異常のリスクを高めるとの指摘もあるし、夜更かしは体温上昇を遅くし体調に影響するとも指摘されている。
1964 年にアメリカのある一人の高校生によって行われた「不眠実験」は、ヒトが眠らずにいるとどのような症状が起きるかを我々に教えてくれる(Dement[1999])。この実験では11 日間(264 時間)もの間、17 歳の高校生が一睡もせずに起き続けたが、体調不良をはじめとして、記憶障害や妄想、言語障害、などの症状がみられた。これ以外の例からも、長時間にわたる断眠は、体調不良や精神障害を引き起こすことがわかっている。(※ なお、多少の断眠が続いたとしても、その後の睡眠で回復することもわかっている。休日のいわゆる「寝だめ」は、したがって、平日の睡眠不足による障害を回復するのに役立っている。【※※最近寝だめは意味がないと言われていますね。後挿入】)
では、睡眠時間は何によって規定されているのだろうか。
これまでの研究では、長時間労働が平均的に睡眠時間を短くしているとの指摘はあるものの、十分な研究蓄積があるわけではない。とくに、労働時間制度や労働時間の長さが個人の起床と就寝行動にどのような影響を与えているかまで踏み込んで研究を行ったものは、筆者の知る限り存在しない。
また、職種や職業などと睡眠時間との関連性を分析している研究もない。たとえば、経済のサービス化の進展で不定期に働く人々も増加しているが、そうした人々の睡眠時間はどうなっているのか。早朝や深夜に働かなければならない人々の睡眠行動はどうなっているのか。さらに、労働時間管理をされていないはずの管理的職業従事者、フレックスタイムなどが適用されるケースが多い専門的・技術的職業従事者と、労働時間管理されている事務・販売従事者との違いはどうなのか。雇用者と自営業者との違いもどうなっているのか。
起床や就寝時間は労働時間だけでなく、通勤時間や家事・育児時間とも関連する。通勤時間が長い都市部とそれ以外では、起床・就寝時間に違いがあるだろう。また、子供の有無や三世代同居の有無など、世帯構成は家事・育児時間に影響することを通じて、睡眠時間にも影響する可能性がある。果たして、どうなっているのだろうか。
睡眠と労働時間との関係について検討している研究はほとんどないが、以下の論文は、今回の研究の問題意識に近い研究を行ったものである。
上でも触れたように、長時間労働は睡眠の質の低下をもたらし、健康状態に影響する。我々の健康を支える医師の労働時間も長時間化しており、しばしば問題視されている。我が国でも研修医の労働環境が劣悪であり、長時間労働により過労死が起きているという報道はしばしばなされるが、米国でも状況は似ているようだ。
そこで、米国では研修医の労働条件を改善するため、2003 年2 月に研修医の労働時間を4 週間あたり320 時間(週80 時間)未満に制限している(詳細はThe Accreditation Council for Graduate Medical Education (ACGME)のホームページを参照)。しかしながら、例外として32 時間までは追加で研修を行っても良いことになっている。また、この規制が実施される直前まで研修医は週140 時間もの労働を行っていることから、実際にこの規制が研修医の労働条件の改善に結実するかどうかに関して、不明な点が多かった。
Lockly et.al[2004]は、この米国の研修医の労働時間規制が効果的かどうかを調査したHarvard Work Hours, Health and Safety Group の結果をまとめたものである。Locklyらのグループは、2002 年3 月に、卒業1 年目の内科臨床研修医51 名について、異なる二つの研修スケジュール・シフトを設計して、それぞれのグループの研修医たちの労働時間と睡眠時間の違いについて検討を行った。
その結果、通常行われている研修スケジュール・シフトでは労働時間が長くなりがちで、睡眠時間は短い。他方、もう一方の研修スケジュール・シフトで仕事を行った研修医たちの労働時間は短く、睡眠時間は長くなった。これは研修スケジュール・シフトによって、同一の労働を行ったとしても、労働時間や睡眠時間に差がつくことを示唆している。
Basner et.al[2007]は、American time use survey を用いて、起きている間の各種活動と睡眠時間との関係を検討している。彼らが行った回帰分析の結果、まず労働時間が睡眠時間に強く影響し、次いで通勤時間が睡眠時間に影響していることを見いだした。
Hamermesh et.al[2006]は、American time use survey を用いて、アメリカ各地の標準時間とTV 放映時間の違いが、人々の行動にどのような影響を与えているかを検討している。その結果、標準時間とTV 放映時間が労働と睡眠の時間に強く影響していることがわかった。
こうした過去の研究はあるものの、労働時間と睡眠時間の関係に関する研究はこれ以外にない。

2 素朴な観察
2-1 データ
この稿で用いたデータは、『平成18 年社会生活基本調査』(総務省統計局)の調査票B(個票)である。『社会生活基本調査』は平成13 年調査から、それまでのプリコード方式調査に加えて、アフターコード方式調査を実施するようになった。両者の違いは、回答者の回答方法である。プリコード方式では、調査票には回答の分類肢があらかじめ設けられており、回答者はそれらを選択して回答する。他方、アフターコード方式では、調査段階では回答者が自由に調査票に回答を記入し、集計段階で事前に定められた分類基準に従って分類コードを与えている。したがって、アフターコード方式による調査票B のほうが人々のより詳細な行動がわかる。
さて、『社会生活基本調査』では、調査期間(平成18 年10 月14 日から22 日)の間に連続する2 日間に関して生活時間を調査しており、1 日目の0 時から15 分刻みで翌日の23 時59 分まで調査される。このため、行動がその開始から終了まで2 回以上識別出来る仕事などの行動とは違って、就寝から起床まで連続する睡眠時間がわかるのは1 回だけである。
なお、行動の開始と終了はデータ上に明示されているわけではない。以下では、連続する時間帯でそれぞれの行動の分類コードに変化があった場合に、当該行動の開始あるいは終了とした。ただし、仕事の場合には休憩時間が挟まれる場合があるため、連続する二つの時間帯に仕事と仕事以外が入った場合でも、その45 分から1 時間15 分後に仕事を再開している場合には、仕事を継続中とした。また、家事や育児の場合には、他の活動と断続的あるいは交互に行われるケースが多く、この二つの活動の開始と終了を特定化することはしなかった。
以下の分析で用いるサンプルは、特に記述がない場合は学校を卒業した15 歳以上の男女で、仕事をしている者に限られる。在学中の者は、就業者であってもサンプルには含まれていない。また、既卒者であっても就業中でない者はサンプルに含まれない。

2-2 睡眠時間
表1 には、調査された二日間平均の睡眠時間の基本統計量が示されている。上述したように、就寝と起床時間とその間の睡眠時間がわかるのはそれぞれ1 回だけである。しかし、それを用いると日常の行動がわからない恐れがある。そこで、睡眠時間は二日間の平均値を計算した。
全サンプル(既卒の15 歳以上男女)の睡眠の平均時間は、約470 分(7 時間50 分)である。男性に限ると約482 分(8 時間2 分)、女性は455 分(7 時間35 分)であり、男性に比べて女性の睡眠時間は短い。ちなみに、睡眠は約90 分毎にノンレム睡眠とレム睡眠が交互に繰り返され、このサイクルを4 回から5 回程度繰り返すのが一般的だ。だとすれば、7 時間程度の睡眠が望ましいということになる。その意味でも、日本人の男女の睡眠時間は平均的である。
図1 には、平均睡眠時間の分布が男女別に示されている。この図からわかることは、平均よりも長い睡眠時間の者は相対的に少なく、対照的に短い睡眠時間の者が多いことだ。これは男女ともに言えることであるし、主に仕事をしている者についても言えることだ。ただし、女性に比べて男性のほうが分布の右側に裾野が長くなっている。これは、平均よりも長い睡眠をとっている男性が相当にいるということを意味している。

表1 にもどって、サンプルを幾つかの個人属性に分けて、睡眠の平均時間をみてみよう。
まず、主に就業している者にサンプルを限ると、若干だが全サンプルに比べて睡眠時間は長くなる。これは主に就業しているのは男性に多く、男性の平均時間以上に睡眠をとっているサンプルが全体の平均を押し上げていることと、女性の睡眠時間が長くなっていることが影響している。ただし、主に就業している男性の睡眠時間の平均値は、全サンプルよりも短い。
未婚者は、睡眠時間が長い。男女計でみると、それは約8 時間となる。ただし、男性に限ると全サンプルとの違いは3 分程度だ。他方、女性未婚者は全サンプルと比べて20 分程度長い。
既婚者は、睡眠時間は短くなる。特に既婚女性の睡眠時間は短くなり、447 分(7 時間27 分)となる。女性全体と比べて、8 分ほど短くなる。他方、既婚男性は全サンプルと比べて1 分だけ短くなるだけである。
死別・離別者の睡眠時間は、未婚者と既婚者のちょうど間にある。
配偶関係によって、特に女性で、睡眠時間に相違があるのは、女性の家事育児時間が男性に比べて長時間になるからであろう。この点は、以下でも検討してみたい。
表1 には、正規雇用者とパート・アルバイトのそれぞれについても、睡眠時間をみている。正規雇用者の場合には全サンプルと大きな違いはないが、男性正規雇用者に限れば4分ほど男性全体に比べて睡眠時間は短い。女性正規雇用者も約1 分だけ女性全体に比べて短くなっている。
他方、パート・アルバイトの場合には、全サンプルと比べて16 分ほど睡眠時間が短い。これは、パート・アルバイトでは女性比率が高まることと、女性パート・アルバイトの睡眠時間が女性全体と比べて5 分ほどさらに短くなっていることが影響している。女性パート・アルバイトが女性正規雇用者に比べて睡眠時間を短くしている理由については、以下でも検討してみたい。

2-3 睡眠時間の分布
表1 では睡眠時間の平均値だけでなく、標準偏差にも男女や配偶関係ごとの特徴がある。
まず、女性に比べて男性の睡眠時間の標準偏差は大きくなる。平均値の大きさの影響を除くために変動係数を計算しても、女性に比べて男性のそれは大きい。つまり、睡眠時間の分布に関しては、男性が女性よりも大きいことを意味する。これは図1 でも見たことだ。
また、配偶関係によっても分布の大きさが違う。既婚者に比べて未婚者の標準偏差が大きく、変動係数も大きい。これは男女ともに言えることである。
正規雇用者とパート・アルバイトを比較すると、前者の分布が大きい。
分布の大きさは、睡眠時間の個体間の散らばり具合をみたものである。それが、個人属性によって変化するのは、なぜなのか。

一つの要因は、個人属性によって時間制約が変化することが考えられる。未婚者に比べて既婚者は、家事労働や育児の時間が増加するかもしれない。また、正規雇用者はパート・アルバイトに比べて勤務時間や勤務日が長かったり、固定されていたりするだろう。こうした時間制約の変化は、当該グループをある一定時間に行動パターンを集約させてしまっているのかもしれない。

2-4 就寝・起床時間
表1 には、平均睡眠時間とともに、起床時間と就寝時間の平均が示されている。
起床時間と就寝時間は、0:00〜0:15 を1、0:15〜0:30 を2、というように15 分間毎の階級値で示されている。たとえば、男女計の就寝時間の平均は95.17 とあるが、これは調査1 日目の午後11 時30 分から45 分の間であることを意味する。また、男女計の起床時間は123.82 とあるが、これは調査2 日目の午前6 時45 分〜7 時の間であることを意味する。
男女で就寝と起床時間を比較すると、就寝の平均時間は女性の方が遅く、起床の平均時間は男女ともにほぼ同じである。女性は睡眠時間が男性よりも短かったが、それは就寝時間が遅く、起床時間が同じであるところに原因がある。
図2 には就寝時間の分布が、図3 には起床時間の分布が、それぞれ示されている。
概して、平均就寝時間よりも早く寝る人が多く、平均起床時間よりも遅く起きる人が多いことを、これらのグラフは示している。また、就寝時間と比べると起床時間の分布は大きくないこともわかる。特に、男性と比較して女性の起床時間の分布は小さい。
就寝時間と起床時間を、個人属性別にみると、睡眠時間と同様な特徴があることがわかる。
未婚者の就寝時間は相対的に遅く、未婚者の起床時間も遅い。他方、既婚者の就寝時間は早い。また、起床時間も早いが、それは特に女性既婚者の起床時間が相対的に早いことが影響している。
正規雇用者の場合、相対的に就寝時間は遅い。特に男性正規雇用者の就寝時間は男性全体に比べて遅くなっており、パート・アルバイトと比較すると平均して30 分ほど就寝時間は遅い。女性の場合も、正規雇用者はパート・アルバイトと比較して15 分ほど就寝時間は遅い。

2-5 労働時間、家事・育児時間、自己啓発の時間
表2 には、労働時間や家事・育児時間の基本統計量が掲げられている。ここで、これらの数値に関しては説明を補足しておく。先にも触れたように、社会生活基本調査は連続する二日間で調査されている。したがって、これらの時間は二日間の平均値を計算した。ただし、二日間のうち「休日」あるいは「休暇」の日もあるので、その場合には通常の労働日とは異なる活動時間が計算される可能性がある。

男女計の労働時間は4 時間47 分、家事時間は1 時間38 分、育児時間は13 分となっている。男女別には、男性の場合はそれぞれ順に5 時間23 分、37 分、9 分、女性は4 時間、2 時間56 分、19 分、となっている。
個人属性別に見ると、未婚者の労働時間は既婚者に比べて長い一方、家事や育児時間は短い。特に女性で顕著に見られる特徴だ。
正規雇用者とパート・アルバイトを比較すると、正規雇用者の労働時間は長く、家事や育児時間は相対的に短い。

3 労働時間と睡眠時間の関係
3-1 モデル
労働経済学の教科書を紐解くと、時間配分の問題では予算制約の下で労働時間とそれ以外の余暇時間をどのように配分するかが説明されている。この余暇時間は、1 日24 時間から労働時間を差し引いた時間に等しく、家事や育児、学習やテレビを見る、そして入浴や睡眠時間が余暇時間にすべて含まれる。
基本的な時間配分モデルにしたがえば、労働時間M は、所得制約の下で余暇L から得られる効用を最大化するように求められる。
U(I+w[24-L],L)
ただし、w は時間あたり賃金率、I は非労働所得である。
この基本モデルでは、余暇に含まれる様々な行動が同一の価値を持つことが暗に仮定されることになる。たとえば、家事に費やす時間価値と友人とショッピングに出かける時間価値が同じであるとか、育児に費やす時間価値と友人とゴルフに費やす時間価値が同じである、ということを仮定しているのである。果たして、そうなのか。
上述したように、睡眠はヒトの恒常性機能を維持する上で大事な役割を果たす。睡眠不足は、心血管疾患や代謝異常のリスクを高めたり、精神障害を引き起こしたりすることがわかっている。睡眠時間は我々の健康、強いては生死にまで関わる問題だ。日本人にとっての睡眠の価値は、他の行動とどのような位置づけにあるのだろうか。
Hamermesh[2007]は、労働以外の各行動はそれぞれ価値が異なるのではないかという問題意識から、American Time Use Survey を用いて分析を行っている。そこでは、次のようなモデルを考える。貯蓄を無視すれば、人々の効用は、
U(I,S,L) if M=0
U(I+w[24-S-L], μSS, μLL) if M > 0 (0≦μS, μL≦1)
となる。ただし、S は家事や育児、L は余暇時間である。また、μs、μl は固定時間費用と呼ばれる係数である。固定時間費用とは、Hamermesh[2007]では、労働のために犠牲にする他の行動時間のことをいう。たとえば、仕事に遅刻しないように早く起きて、早く食事をするとか、次の日に寝坊しないように前夜のテレビを見ずに早く寝るとか、そうした労働以外の行動を労働のために犠牲にすることが、これに該当する。そして、こうした固定時間費用は、もしそれがなければ当該行動から得られたはずの効用よりも、効用水準を低下させるはずだ。たとえば、家族とゆっくり夕食をとることの効用と、残業から帰って一人で夕食をとることの効用では、どちらが高いだろうか。人によっては後者の場合もあるかもしれないが、一般的には前者であろう。
さて、効用単位での労働の固定時間費用V は、
V = U(I,S,L) – U(I,μSS,μLL) > 0
人々は、効用を最大化するように、最適な家事や育児時間S*、最適な余暇時間L*、最適労働時間M*を選択することになる。もし最適労働時間が0、つまり働かないことが最も効用が高いのであれば、
U2/U3 = 1、
他方、最適労働時間が正であれば、
U2/U3 = μL/μS
が、それぞれ得られる。
固定時間費用の存在によって、労働から得られる便益が固定時間費用を上回らない限り、労働供給時間は正にはならないはずだから、
U(I+w[24-S*-L*],μSS*,μLL*) – U(I,μSS*, μLL*) > V
もし労働時間が正であれば、S とL の相対価格は1 からμL/μS≠1 に変化しているに違いない。
しかしながら、我々は固定時間費用を直接観察することはできない。また、この費用は個人によって異なる。たとえば、固定時間費用が変化したときに、非労働所得が高い人ほど、時間を家事や育児に割く代わりに、お金を使って商品やサービスを市場から調達するかもしれない。

3-2 分析結果
固定時間費用を推定する一つの方法は、労働供給行動を識別することが可能な操作変数を用いることである。しかしながら、特に男性については、適当な操作変数を見つけることは至難である。
ここでは、睡眠時間や家事時間、そして育児時間について労働時間を回帰することで、労働時間が各行動にどう影響しているかを見ていきたい。
表3 は、既卒者で仕事をしている者に限って推定した結果が示されている。この回帰式には、平均労働時間、雇用形態ダミー(自営業・家族従業員がレファレンス・グループ)、性別ダミー(男性がレファレンス・グループ)、年齢、配偶関係(未婚者がレファレンス・グループ)、学歴(中学・旧小卒がレファレンス・グループ)、末子の年齢(0:子供なし、1:末子0 歳、2:末子1〜2 歳、3:末子3〜5 歳、4:末子6〜8 歳、5:末子9〜12 歳、6:末子12〜14 歳、7:末子15〜17 歳、8:末子18 歳以上)、休日ダミー(労働日がレファレンス・グループ)が説明変数として含まれている。
平均労働時間の係数は、睡眠時間については−0.129、家事時間については−0.144、育児時間については−0.0301 で、それぞれ統計的に有意な結果が得られた。これは、平均労働時間が1 分長くなると、睡眠時間は0.13 分、家事時間は0.14 分、育児時間は0.03 分だけ短くなることを意味する。

他の変数についてみると、雇用形態別については、まず役員は家事時間と育児時間に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されている。この結果は、役員の家事や育児時間は自営業者・家族従業員と比較して短いことを意味する。正規雇用者については、全ての時間について統計的にマイナスの係数が推定されており、睡眠も家事も育児も短い。パート・アルバイトは、睡眠時間と育児時間については統計的に有意なマイナスの、家事時間については統計的に有意なプラスの係数がそれぞれ推定されている。つまり、パート・アルバイトの家事は相対的に長く、睡眠や育児時間は短い。派遣社員については家事と育児に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されており、その他の雇用者については睡眠と育児に関して統計的に有意なマイナスの係数が推定されている。
女性は、男性と比べて睡眠時間は37 分ほど平均して短く、家事時間は122.4 分ほど長く、育児時間は6.6 分ほど長いことがわかる。
年齢については、加齢とともに睡眠時間は短くなり、家事時間は長くなる。育児時間は加齢とともに短くなっている。
配偶関係別には、配偶者有りの人たちは、未婚者と比べて、睡眠時間が短く、家事時間と育児時間は長い。配偶者と離死別した人たちは、家事と育児は長く、睡眠時間は未婚者と同じ程度である。
学歴別には、高学歴者ほど睡眠時間は長く、育児時間もやや長い。しかし、家事時間に大きな違いはない。
休日は、睡眠時間が長くなっている。
以上の結果は、労働時間が長くなると他の行動時間が短くなるだけでなく、それぞれの行動に対する労働時間の影響が異なることを示している。つまり、睡眠時間よりも家事時間をより短くしており、睡眠時間の固定時間費用が相対的に高いことを示唆している。
ただし、推定結果では雇用形態や性によって各行動時間が異なっていることも示されており、労働時間が与える各行動時間への影響も雇用形態によって異なっている可能性も考えられる。
そこで、性別に正規雇用者とパート・アルバイトに限定して回帰式を推定した。結果は表4 の通りである。
まず、正規雇用者についてみる。男性に関しては、睡眠時間の係数が最も大きく、睡眠時間の固定時間費用が低いことを示唆している。他方、女性に関しては、睡眠時間と家事時間の係数が同じであり、同等の固定時間費用であることがわかる。男女を比較すると、睡眠時間の係数は男性のほうが大きな値であり、家事時間については女性のほうが大きな値である。

パート・アルバイトに関しては、男性では睡眠時間の係数が大きく、やはり固定時間費用が低いことを示唆する。ただし、家事時間の係数は正規雇用者よりも大きく、男性パート・アルバイトの家事時間の固定費用は相対的に低いことを示唆する。他方、女性パート・アルバイトについては、家事時間の係数が最も大きく、家事の固定時間費用は低い。一方、睡眠時間の係数は小さな値であり、女性パート・アルバイトにとっての睡眠時間は固定時間費用が高い行動ということになる。
では、女性の家事や育児時間の固定時間費用は、その重要性によって変化するだろうか。たとえば、末子の年齢が低ければ家事や育児に要する時間は増えるだろうから、相対価格は高くなるだろう。
表5 は、女性にサンプルを限定し、正規雇用者とパート・アルバイト別に、末子の年齢が固定時間費用にどう影響するかを検討した結果である。この表では、末子の年齢と平均労働時間の交差項を説明変数に加えており、この交差項の推定された係数が固定時間費用の効果を見ていることになる。

結果によれば、家事時間の固定時間費用は末子の年齢によって変わることはないが、育児の固定時間費用には影響している。末子年齢が0 歳の場合、パート・タイマーの育児時間の係数はプラスとなっており、労働時間よりも育児時間の相対価格が高いことを示唆している。(※末子0 歳がいる正規雇用者は数が少なく(育児休業取得者が多い可能性が高い)、係数は推計できなかった。)
ただし、末子が1〜2 歳と3〜5 歳の係数は統計的に有意なマイナスが正規雇用者とパート・アルバイトで計測されており、これらのグループで育児の固定時間費用が低いことを示唆している。(※5 歳以下の子供を持つグループでは、正規雇用者やパート・アルバイトが長く働くために、保育サービスを購入しているのではないだろうか。)

4 むすびにかえて
この稿の結論は、ふたつある。
一つ目は、労働時間の長さは睡眠時間に影響するということである。男性の平均的な睡眠時間は女性に比べて長いが、その分布は広く、労働時間によって睡眠時間の長さが変化していることになる。女性の場合には雇用形態によってその度合いは異なるが、全般的に労働時間が長いほど睡眠時間は短くなる。
二つ目の結論は、男性と女性正規雇用者の睡眠に関する固定時間費用は小さく、労働時間の変動を睡眠時間の長さで調整していることだ。1 日24 時間だから、一つの行動が長くなれば他の行動を短くするのは当然だ。しかし、男性と女性の正規雇用者に関しては、労働時間の長さを、他の行動ではなくて、睡眠を短くすることで調整している傾向にある。
これに対して女性パート・アルバイトについては、家事の固定時間費用が低く、労働時間の変動を家事時間で吸収する傾向にある。そして、睡眠時間の固定時間費用は高く、睡眠時間で調整は正規雇用者に比べて小さい。
以上の結論は、我が国において労働時間管理が、人々の健康管理の上でも重要な役割を果たすことを示唆する。特に正規雇用者の場合、他の雇用形態と比べて、労働時間の長さを睡眠時間で調整しようとする傾向にあり、長時間労働は睡眠不足をもたらす。たとえば、表4 の男性正規雇用者の労働時間の係数は、0.147 だが、これは労働時間が1 時間長くなる毎に9 分ほど睡眠時間が短くなることを意味する。ワーク・ライフ・バランス政策の推進は、仕事と家庭の両立だけでなく、国民の健康促進の上でも重要である。

参考文献
Basner, Mathias, Kenneth M. Fomberstein, Farid M. Razavi, Siobhan Banks, Jeffrey H.William, Roger R. Rosa, and David F. Dinges. [2007] “American Time Use Survey:Sleep Time and Its Relationship to Waking Activities,” Sleep 30(9): pp.1085–95.
Dement, William C. [1999] “The Promise of Sleep: A Pioneer in Sleep MedicineExplores the Vital Connection Between Health, Happiness, and a Good Night’sSleep,” Delacorte Press.
Hamermesh, Daniel S., Caitlin Knowles Myers, Mark L. Pocock. [2006]. “Time Zones asCues for Coordination: Latitude, Longitude, and Letterman,” NBER WorkingPapers 12350, National Bureau of Economic Research, Inc.
Hamermesh, Daniel S., Stephen Donald. [2007] “The Time and Timing Costs of MarketWork”, NBER Working Papers No 13127, National Bureau of Economic Research,Inc.
Lockley, Steven W., John W. Cronin, Erin E. Evans, Brian E. Cade, Clark J. Lee,Christopher P. Landrigan, Jeffrey M. Rothschild, Joel T. Katz, Craig M. Lilly, PeterH. Stone, Daniel Aeschbach, Charles A. Czeisler. [2004] “Effect of ReducingInterns’ Weekly Work Hours on Sleep and Attentional Failures,” The New EnglandJourgnal of Medicine 351(18): pp.1829-37

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総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果

安眠と香りを調べるうちに見つけた論文です。ハーブなので香りというより効能かもしれません。
昔から寝る前にハーブティーを飲むとよく眠れるなどと言われてはいますが、その実証ということです。カモミールは母の薬草と言われるように、女性に効果があると言われていたようですが、実験でも男女で大きく効果の差があるようです。男性よりも女性のほうがハーブティーを好むと思っていたのですが、実際に効果に違いがあるわけですから当然と言えば当然だったのですね。論文をご紹介いたします。

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/14686/1/2005-97-95.pdf
北海道大学大学院教育学研究科
紀要第97号2005年12月
Title 総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果
Author(s) 角田(矢野), 悦子; 森谷, 絜
Citation 北海道大学大学院教育学研究科紀要, 97: 95-103
Issue Date 2005-12-20
DOI 10.14943/b.edu.97.95
Doc URL http://hdl.handle.net/2115/14686
Right
Type bulletin
Additional
Information
File
Information 2005-97-95.pdf

総説植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果
角田(矢野)悦子* 森谷**
*北海道大学大学院教育学研究科健康スポーツ科学講座修士課程(健康科学・健康教育研究グループ)
**北海道大学大学院教育学研究科健康スポーツ科学講座教授(健康科学・健康教育研究グループ)

Physiological and Psychological Effects in Humans
of Chamomile (a kind of plants)Drinking and Eating
Etsuko YANO-KAKUTA Kiyoshi MORIYA
【要旨】植物カモミール(Matricaria chamomilla)は,ヨーロッパを中心に古くから鎮静効果をもつ植物として利用されてきた。カモミールの摂食によるリラックス効果及び睡眠影響について報告された論文を総説としてまとめた。カモミール茶の摂食が末梢皮膚温を上昇させる,心拍数を低下させる,自律神経系を副交感神経優位にするという報告,感情測定尺度(MCL-S.1)によってリラックス感得点の上昇を認めたことが報告されている。
また,カモミールエキスを添加したゼリーを温めた状態で摂食した場合には末梢皮膚温の上昇や心拍数の低下が起こり,副交感神経優位の傾向が示されたが,低温で摂食した場合にはその効果が認められなかったと報告されている。OSA 睡眠調査票を用いた睡眠実験から,カモミールエキス添加ゼリー摂食日の夜間睡眠では,ねむ気の因子,寝つきの因子などが無添加ゼリーを摂食した日に比べて改善したことが報告されている。
【キーワード】カモミール,摂食,自覚的感覚,睡眠,中高年女性

1.はじめに
近年,日本の社会では経済活動の停滞や急速な高齢化の進行などが顕著となり,それに伴い人々の心身に対するストレスが増加してきている。厚生労働省の保健福祉動向調査1)では,心身の健康とストレス,睡眠の結果が以下のように報告されている。ストレスの程度別構成割合では,最近1か月間の日常生活においてストレスがあったとする者の割合が54%を超えており,ストレスが「大いにある」とする者の割合は,男性が10.8%,女性12.8%であり,一方ストレスが「多少ある」とする者の割合は男性39.7%,女性44.9%である。なんらかのストレスありの者のストレス要因をみると,「仕事上のこと」30.5%が最も多く,「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」「職場や学校での人づきあい」が続いている。性別にみると男性は「仕事上のこと」が41.3%ときわだって多く,女性は「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」が25%を超え,年齢階級別にみると,男性65歳以上,女性55歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多いと報告されている。また,睡眠について最近1か月で問題と感じていることは「朝起きても熟睡感がない」が24.2%で最も多く,加齢とともに「朝早く目が覚めてしまう」「夜中に何度も目が覚める」が増加している。
加齢とともに睡眠障害で悩む人の割合が増加し,女性で男性よりも多いとの報告もある2)。特に中高年の女性(55歳以上)がストレスの内容として「自分の健康・病気・介護」をあげている一方で,睡眠不足の理由として「悩みやストレスなどから」をあげる者が66%(45歳~54歳および55歳~64歳)程度と報告されている1)。一方,更年期の女性の睡眠の質に関する調査3)では,閉経後の人達では何らかの睡眠困難を感じることが多く,入眠しにくく睡眠効率が低下し,日中の眠気や意欲の低下を感じ,総合的に睡眠の質の悪化を示唆すると報告されている。
このようなストレスに対する対処法の一つとして,生活の質(QOL)の向上と健康増進などを目的として植物を用いる補充療法の社会的認知と普及が進みつつある。例えば薬用人参(Panax Ginseng),イチョウ葉(Ginkgo Biloba)などの摂取による身体的ストレスの改善効果やハーブのセントジョンズワート(Hypericum Perforatum)によるうつ症状の緩和などが良く知られている4)。また,植物の香り成分によるアロマセラピーやフィトンチッドと呼ばれる森の香りを利用した森林浴による鎮静・リラックス効果などを,生活の中により積極的に取り入れることが注目されている。
筆者らはこのような観点に立ち,植物カモミール(Matricaria chamomilla)を食品のお茶やゼリーとして摂食することによる生理・心理的効果,夜間睡眠への影響について研究を続けてきた5)6)。
本稿では植物カモミールの摂食が心身に及ぼす効果について,歴史的背景や食文化とその生理心理的効果および夜間睡眠に対する影響についての研究をまとめることを意図する。

2.カモミール摂食の歴史と文化
上述のように人々はその社会活動や食生活の中で増加する多種類の人為的ストレスにさらされているが,その解決には必ずしも現在の西洋医学だけで充分とはいえない。近年になり西洋医学を補う医療として補充医療(Alternative Therapies)が再評価されつつある。例えば東洋医学における漢方やインドのアーユルヴェーダなどの伝統的医学が知られている4)。これらの医療体系の中では,ハーブ(香草)を含むさまざまな植物を薬草として治療手段に用いている。
また,漢方の分野では医食(薬食)同源と呼ばれる概念があり,人間の健康維持や医療における食物摂取の役割や機能を認めている。またアーユルヴェーダでは1000種類もの薬用植物が記載されており,古代のエジプトでは薬草療法にハーブが利用され,例えばフェンネル,クミン,アロエなどのハーブが食品・薬・化粧品・香水・香料や殺菌剤などに広く利用されていた7)。また,古代ギリシャ・ローマ時代においても,古くは植物誌(Theophrastus,BC 3世紀頃)に数百種類のハーブが記載されその利用が行われていた。その後16世紀頃から草本書(ハーバル,Herbal)が多数著される時代になり,数千種類ものハーブが記載され栽培法や料理法が詳しく知られるようになった。17世紀には草本家のカルペパー(Nicholas Culpeper,1616-1654)により,占星術とハーブの医学的効用などを関連づけた本草百科(The Complete Herbal)が著された。一方,アメリカ新大陸では健康を維持するために,家庭菜園にラベンダー,ローズマリー,カモミールなどの多種類のハーブが栽培された。このようにハーブは薬草療法の素材植物として,例えばうがい薬や煎じ薬,入浴剤そして誘眠効果をもたらす自然の睡眠薬などとして広く用いられてきている8)。このようなハーブ植物の一つにカモミール(カミルレ,カミツレ,Chamomile)があり,補充医療の一つであるアロマセラピー(Aromatherapy,芳香療法)や日常の食生活においてハーブティーなどに広く用いられている9)。このカモミールはサクソン人の時代からイギリスでよく用いられている薬用植物の一つで,ラベンダーやペパーミントなどとならぶイギリス産精油植物として知られている。ギリシャ人はこの花の香りがリンゴの香りに例えられることから「カマイ・メロン」(地面のリンゴ)と呼びこれがChamomileの語源とされている10)。また,スペインでは現在でも薬草としてカモミールがシェリー酒マンサニリャの香り付けに使用されている。
カモミールはヨーロッパ,北アフリカおよびアジアの地域に生育し四つ程度の属に分類される11)。薬用・香料用として用いられるのは,主にローマンカモミール(Chamomile Roman,学名Anthemis nobilis L.)とジャーマンカモミール(Chamomile blue,学名Matricariachamomilla L.)の二種類である。両者ともに開花した花部から精油を水蒸気蒸留により抽出・生産されている12)。
ジャーマンカモミールは世界的に各国の薬局方に公定薬品として登録されていることが多く,抗炎症,鎮痙,消毒用に用いられている。また化粧品業界ではスキンケア製品に利用されている。主な生産国はアルゼンチン,エジプト,ハンガリーそしてドイツなどである。カモミールの精油の主要な化学成分としてテルペノイド類(モノテルペン,セスキテルペンなど)が含まれ,ジャーマンカモミールの特徴成分としてはアズレン(azuren)誘導体,ビサボロール(bisabolol)誘導体があり,ローマンカモミールはアンゲリカ酸エステル,チグリン酸エステルが特徴的成分であると報告されている12)。精油に含まれるカマズレンは品種や産地により含有量には差があるが,抗ヒスタミン作用とロイコトリエン生合成阻害などのメカニズムにより抗炎症作用があるといわれている。また,嘔吐抑制や精神的ストレスによる鼓腸性消化不良,喫煙・水泳などが原因の目の刺激,擦過傷や虫さされなどに用いられている13)。
ローマンカモミールはジャーマンカモミールと異なり多年生植物であり,精油が豊富に含まれ,消化器疾患や毛・頭皮の治療や鎮静・鎮痙剤そして発汗剤などに使用される。その精油の主な用途は化粧品などであり,主産地はベルギー,オランダ,イギリス,フランス,ローマなどである。一般的にカモミールは強肝,強壮,駆虫,解熱,健胃,抗うつ,抗アレルギー,抗リウマチ,抗神経障害,消化促進,鎮痛,通経,瘢痕形成,皮膚軟化,癒傷,利尿作用などがあるとされている14)。
カモミールの食品への応用では,菓子,デザート類およびゼリーなどの香料として用いられているほか,お茶として世界中で慣習的に飲用されている。また苦味酒,ベルモット,ハーブビールなどにも使用されている。近年の日本では高齢化が進行し,高齢者は外部から水分や食物を口に取り込み咽頭と食道を経て胃へ送り込む運動(嚥下)に異常の生じる傾向がある。この嚥下(swallowing,degulutition)障害の結果,栄養摂取不良,誤嚥そして食べる楽しみの喪失などの問題が生ずる15)。この問題を解決するための食品として多種類のゲル化食品(ゼリー)が開発されているが,今後は病院食だけではなくハーブなどを用いた日常の嗜好にかなう嚥下障害の少ないゼリーが期待されていると考える。

3.カモミールの摂食による生理・心理的影響
カモミールは日常生活のなかで食品としても用いられており,健康に良い効果があるお茶としてヨーロッパやアメリカを始め世界的に飲まれている。童話のピーターラビット(PETERRABBIT)では,母さんウサギが子供のピーターに就寝前にカモミール茶を飲ませる場面が記載されている。童話の世界だけではなくカモミール茶の利用は古くから行われているが,就寝前に飲むことから鎮静や催眠効果を期待していると考えられる。しかし,その作用や効果についての学術的報告は極めて少ない。食生活に取り入れられているハーブ茶の効果については,森谷らがカモミール(Matricaria chamomilla)について,カモミール茶(55℃,150ml)摂取による青年男性の自律神経機能と感情指標の変化について白湯と比較した検討を行い,心拍数や末梢皮膚温の変化および感情得点の変化を計測した報告を行った5)。この報告ではカモミール茶と白湯を飲用後の心拍数変化量について検討した。飲む直前の心拍数の平均値には2群間に有意差は無く,白湯に比べカモミール茶を飲用後30分間の心拍数の平均低下量が有意に大きいことが示された。また,心拍R-R 間隔変動周波数解析の結果から,交感神経の指標として参考にされるLF/HF 比について,同様に飲用後30分間の2群の平均低下量はカモミール茶を飲用したほうが有意に大きいことが明らかにされた。一方,副交感神経の指標と考えられているHF パワー成分にはカモミール茶と白湯を飲む直前の,2群間には有意差はなく,それぞれを飲んだ後の30分間の変化量についても有意差は認められなかったと報告している。末梢皮膚温変動については,右足の第5趾趾根部で計測が行われ,飲む直前の末梢皮膚温平均値については2群間に有意差はなく,飲用後の時間変動に有意差が認められ,白湯に比べカモミール茶を飲用後30分間の平均上昇値が有意に大きいことが示された。心理指標については,橋本と徳永により開発されたMood Check List -Short Form 1(MCL-S.1)16)を用いて感情得点の変化について検討された。飲む直前のリラックス感得点には有意差はないが,カモミール茶を飲用後15分後と30分後には白湯およびカモミール茶のそれぞれの場合に有意なリラックス感得点の上昇が認められた。飲用後の2群間に有意差は認められなかった。また,快感情得点についても同様の検討が行われたが,有意差はなかったと報告している。


森谷と小田は,感情得点と自律神経機能の関連について,心拍数,LF/HF,末梢皮膚温とリラックス感得点などとの相関について検討を行った17)。その結果,図1に示すように心拍数とリラックス感得点の変化量に負の相関(ピアソンの相関係数(r)=-0.496,P=0.019,n=22)が認められた。またピアソンの相関係数による評価から,リラックス感得点とHF の変化量の間に有意な正の相関があることが認められた。さらに末梢皮膚温の実測値とリラックス感得点の間にも有意な正の相関が明らかにされた((r)=0.465,P=0.006,n=22)。このようにカモミール茶飲用後には,自律神経機能の心拍数や末梢皮膚温の測定値とMCL-S.1によって評価したリラックス感得点の間にかなり良い対応関係があることが示されている。この報告ではカモミール茶の飲用は白湯の飲用よりも副交感神経系優位の効果が現れることを明らかにしているが,感情指標についてはその効果が必ずしも明確でない場合があり,嗜好の影響の可能性について示唆している。
近年,井上らは18)ジャスミン茶の香りの嗜好性と自律神経系の活動の関係について,POMSで評価した感情得点を用いた報告を行っている。香りが高濃度と低濃度の場合について,嗜好性の違いによる感情得点とその自律神経活動に対するへの影響について検討し,ジャスミン茶の香気成分が低濃度の場合は好む群と好まない群の両方とも副交感神経活動が上昇し,高濃度の香りの場合は好みの群で副交感神経活動を亢進させ心理状態を鎮静化させ,好まない群においては交感神経活動を上昇させると報告している。
また,角田らはカモミール(Matricaria chamomilla)エキス入りの温めたカモミールゼリーを摂食させたときの自律神経機能と感情指標に対する影響について検討を行った6)。この報告では無農薬栽培のジャーマンカモミール(Matricaria chamomilla)を原料として抽出したエキスに,果糖・砂糖,ゲル化剤等を加え,ブリックス糖度を14としたゼリーを調製試作(北海道夕張市,S社製造)し,実験に用いている。カモミールエキス以外の成分をほぼ同一とし,同エキスを添加および無添加(対照)のゼリー(75ml)の2種類を用意し,飲食前に60℃あるいは10℃の2種類の温度に調整したものを被験者(健常な30代及び40代の男女40名)に摂食させ,末梢皮膚温(左足第5趾趾根部)および脳波・感性スペクトルの計測および心理指標値としてMCL-S.1による感情得点の測定を行った。その結果,低温で摂食させた場合には末梢皮膚温の上昇は認められないが,温めた状態で摂食させた場合には男性(n=7)および女性(n=8)の両グループともに摂食後22分間に有意(二元配置分散分析,P<0.05)に末梢皮膚温が上昇することを明らかにした。また同エキス無添加のゼリーを摂食した場合には,低温および温めた状態の両者ともに有意な末梢皮膚温上昇は認められなかったと報告している。
MCL-S.1による感情得点の結果から,温めたカモミールゼリーを摂食後の男女のグループについてはリラックス感の増加する傾向が認められたと報告している。また同実験において自律神経活動を評価した報告19)によれば,温めたゼリーを摂食した男女のグループともに心拍数の低下と副交感神経優位の傾向が示された。
これらの結果から,カモミールエキスを添加したゼリーを温めた状態で摂食した場合,お茶より少ないカモミール量で,揮発性香り成分がより効果的に発散し,生理的効果を与える可能性が示唆されたと考えられる。

4.カモミール摂食と睡眠
近年になり,夜間睡眠における睡眠不調・睡眠障害に悩む人たちが多く,中でも中年期以降に睡眠不調・障害の多発することが知られるようになってきた。健康づくりに関する意識調査20)において,「眠りを助けるための睡眠剤や安定剤などの薬やアルコール飲料を使いますか」の質問に対して「時々ある」「しばしばある」「常にある」と答えた人の割合が14.1%あり,健康日本21「3.休養・こころの健康づくり」では2010年までの到達目標を13%としている。
例えばハーブ植物の一種のバレリアン(吉草根)については,鎮静作用等のほかに,OSA 睡眠調査票を用いた実験調査による睡眠の改善作用が最近報告されている21)。また,樹木由来の香気成分の一種であるセドロールについて,その睡眠に与える影響の検討が報告された22)。この報告では,何らかの睡眠不満を自覚している20代女性の性周期低温期において,自宅で3日間の生活調整期間後6日間の宿泊試験を1クールとして実験を実施している。セドロール使用量は被験者が全く感じないかあるいはかすかに感じる程度の濃度に調節され,就寝前・就寝時合わせて4時間提示している。この実験では睡眠段階(覚醒,睡眠深度,レム・ノンレム睡眠など)の判定は睡眠脳波により行われ,眼振電位,オトガイ筋筋電位,心拍,呼吸および皮膚電位反応が記録され,プラセボ夜およびセドロール夜の試行はダブルブラインドテストで実施されている。この実験結果から,総睡眠時間はプラセボ夜では平均394.7分に対し,セドロール夜では平均408.0分であり,有意に延長したことが示された。入眠潜時は前者が平均16.8分に対し,セドロール夜では9.3分と有意に短縮し,睡眠効率については前者が91.9%に対し,セドロール夜では95.2%まで上昇する傾向が認められている。中途覚醒時間には,有意差はなかったと報告している。この報告では,セドロールが交感神経系を鎮め,睡眠前に副交感神経活動優位に切り替えることをスムーズに行うことで心身がリラックスし,入眠が円滑に起こり良好な睡眠が維持されたと推察している。一方,徐波睡眠出現率および段階REM 出現率に関する解析では全く差がなく,セドロールは本来の睡眠構造自体には変化を与えず,睡眠を良好な状態にすることを示唆している。
カモミールについては伝統的に睡眠改善に良いといわれてきているが,明確な実証データや学術報告は多くない。一つの報告としては23),心臓病患者を被験者として心室カテーテル実施の際にカモミール茶(約170ml,白湯摂取などの対照実験なし)を飲用させ,血行力学的反応について評価した実験である。この実験結果ではカモミール茶飲用後に全ての患者(10名)が眠りについたと報告され,催眠効果があるとされている。カモミールの催眠効果については殆どがこの報告を基に引用されているが,その後詳細な研究報告は未だ行われていない。
既に報告されているように,カモミール茶やカモミールエキスを含んだゼリーの摂食がリラックス感得点の上昇や副交感神経活動優位の傾向をもたらすことから,睡眠への影響が期待されると考えられる。そこで,筆者らはカモミールゼリーの摂食が被験者の副交感神経系および自覚的睡眠感に及ぼす影響について検討を行った24)。この実験では前述の摂食実験と同様の実験条件下で,カモミールエキス添加ゼリーと同エキス無添加ゼリーを温めて摂食させ,OSA睡眠調査票起床時調査によって検討がされた。睡眠感の評価には,睡眠現象を統合的に把握するために小栗ら25)が開発したOSA 睡眠調査票を用いた。この調査票は,睡眠前調査により不適切な被験者の除外と生活態度や就寝前の身体的・精神的状況を把握するための21項目の質問と,起床時の調査により睡眠感を構成する因子のもとになる31項目の質問および身体的愁訴とその有無に関する質問に答えてもらうよう構成されている。この報告ではOSA 睡眠調査票の結果をもとに,小栗らの抽出した①ねむ気の因子,②睡眠維持の因子,③気がかりの因子,④統合的睡眠の因子そして⑤寝つきの因子の5つの下位因子に分けて検討が行われた。同実験は第1期と第2期に分けて実施され,第1期の被験者は特に睡眠障害を持たない健常な30代および40代の男性7名を被験者として実施され〔年齢:37.7±5.4(mean±SD)〕,第2期は同様に健常な閉経後の50代および60代の女性7名を被験者として〔年齢:60.3±2.7(mean±SD)〕実施されている。第1期の実験結果では,無添加(対照)と比較し,カモミール添加ゼリーの摂食夜は3つの因子,①ねむ気の因子(t=-2.4679,p=0.0486),②睡眠維持の因子(t=-2.5809,p=0.0417),⑤寝つきの因子(t=-2.5262,p=0.0449)について有意に高い値を示した。(図2参照)

この報告の第2期の実験では,第1期と同様に温めたゼリーを摂食させ,睡眠に関する5つの下位因子について比較分析を行った。その結果,①ねむ気,②睡眠維持,③気がかり,④統合的睡眠そして⑤寝つきの5因子について対照と比較し,カモミール添加ゼリー摂食夜には②睡眠維持の因子について有意差(t 検定,p=0.0313)が認められた。(図3参照)

筆者らは,温めたカモミールゼリーを摂食した場合に,皮膚温の上昇と末梢血流の増大,副交感神経優位状態やリラックス感が増大することを既に報告している。一般に情動が睡眠状態に関係しリラックス感のようなポジティブな感情が睡眠を良好にすることが知られており,これらの結果から温めたカモミールゼリー摂食の心理生理的効果が帰宅後の就寝前まで持続し,ねむ気,寝つきを良くする傾向をもたらし,睡眠維持に効果のあった可能性が示唆されている。前述のセドロールの場合においても,就寝前の精神的・生理的状態の重要性が指摘され,眠りにつく前の自律神経活動が交感神経支配から副交感神経支配優位に切り替わることが入眠を円滑にすると指摘されている。
また最近,セドロールが野生のカモミール(Chamomilla recutita,Matricaria chamomilla)とその組織培養株に含まれる新しいテルペノイドとして報告され,カモミールの自覚的睡眠感や自律神経系へ影響する作用物質としての可能性が注目される26)。

5.おわりに
植物カモミールは人類の歴史や食文化,医薬学などの進歩・発展とともに,その補充・伝統医療や身近な生活の場面などに用いられてきている。今後の日本は高齢化社会が進み,人々の日常生活のなかでの健康維持やストレスが大きな課題になると考えられる。それにともない加齢による睡眠障害に悩む人の割合が増加し,ストレスに悩む中高年の男性や女性にとって大きな心身上の課題となり,この解決に植物カモミールの摂食が貢献できる可能性が期待される。
既にカモミール茶や温めて食べるカモミールゼリーが自律神経活動に影響を与え副交感神経優位をもたらし,この現象と相関して感情評価尺度によるリラックス感得点が上昇することが明らかにされた。一方,植物カモミールに含まれる香気成分やその他の含有成分が心身に及ぼす作用機構や作用物質などについて,新しい知見も見出されつつあるが未解明の部分がまだ多く,特に睡眠に対する影響などについての研究が必要と考えられる。
今後はこれらの研究成果が,例えば睡眠不満やストレスに悩む中高年世代や介護高齢者の睡眠改善へ応用され,人々の健康維持や向上に貢献することが期待される。
[引用文献]
1) 厚生労働省:平成12年度保健福祉動向調査,2000,http://www.mhlw.go.jp/
2) 中沢洋一,小鳥居湛:不眠,睡眠の科学(鳥居鎮夫編),朝倉書店,224-227,1989.
3) 香坂雅子:固有の診療科を離れた立場から―女性に特有な睡眠障害,診断と治療,92⑺,1207-1212,2004.4) Christine Maguth Nezu, Arthur M.Nezu, Kim P.Baron, and Elizabeth Roessler:Alternative Therapies,
Encyclopedia of stress, 1, 150-158, 2000.
5) 森谷,小田史郎,中村裕美,矢野悦子,角田英男:カモミール茶摂取による自律神経機能と感情指標の変化―青年男性における検討―バイオフィードバック研究,28,61-70,2001.
6) 角田英男,矢野悦子,前田智雄,武藤俊昭,森谷:カモミールのリラックス効果とその応用―機能性を有する温めるゼリー食品―AROMA RESEARCH,Vol.3,No.2,31-36,2002.
7) 陽川昌範:ハーブの科学,養賢堂,1998.
8) 鳥居鎮夫:香りの謎,フレグランスジャーナル社,1994.
9) Shirey Price(高山林太郎訳):実践アロマテラピー,1983.
10) Robert Tisserand(高山林太郎訳):アロマテラピー芳香療法の理論と実際,フレグランスジャーナル社,1985.
11) 阿部誠:カモミールとその近縁種,Aromatopia 8,44-47,1994.
12) 和智進一:カモミールの精油と分析,Aromatopia 8,52-55,1994.
13) K.P.ズボボダ,J.B.ハンプソン:エッセンシャルオイルとその成分の生理活性―ローマンカモミール―(Chamaemelum nobile L.),AROMA RESEARCH Vol.1,No.3,80-85,2000.
14) ワンダー・セラー(高山林太郎訳):アロマテラピーのための84の精油,フレグランスジャーナル社,1996.
15) 聖隷三方原病院嚥下チーム:嚥下障害ポケットマニュアル,医歯薬出版,2003.
16) 橋本公雄,徳永幹雄:運動中の感情状態を測定する尺度(短縮版)作成の試み―MCL-S1尺度の信頼性と妥当性―,健康科学,18,109-114,1996.
17) 森谷,小田史郎:香り効果判定における自律神経機能と感情指標の対応,AROMA RESEARCH,Vol.3,No.4,72-77,2002.
18) Naohiko Inoue, Kyoko Kuroda, Akio Sugimoto, Takami Kakuda, and Tohru Fushiki:AutonomicNervous Responses According to Preference for the Odor of Jasmine Tea,Biosci.Biotechnol.Biochem.,67(6), 1206-1214, 2003.
19) 橋本恵子:カモミールゼリーの摂食がもたらす生理心理的効果,北海道大学大学院教育学研究科修士論文,2002.
20) 財団法人健康・体力づくり事業財団:平成8年度健康づくりに関する意識調査,1997.
21) 株式会社ファンケル:プレスリリース,重工記者クラブ,平成14年11月22日配布資料,1-5,2002.
22) 山本由華吏,白川修一郎,永嶋義直,大須弘之,東條聡,鈴木めぐみ,矢田幸博,鈴木敏幸:香気成分セドロールが睡眠に及ぼす影響,日本生理人類学会誌,Vol.8,No.2,25-29,2003.
23) Lawrence Gould, C.V.Ramana Reddy, Robert F.Gomprecht:The Journal of Pharmacology, Nov.-Dec., 475-479, 1973.
24) 矢野悦子,橋本恵子,生野寿恵,角田英男,森谷:温めたカモミールゼリーの摂食が自覚的睡眠感に与える影響,日本生理人類学会誌,Vol.9,特別号⑴,132-133,2004.
25) 小栗貢,白川修一郎,阿住一雄:OSA 睡眠調査票の開発,精神医学27⑺,791-799,1985.
26) Eva Szoke, Emoke Maday, Erno Tyihak, Inna N Kuzovkina, Eva Lemberkovics:New Terpinoidesin cultivated and wild chamomile (in vivo and in vitro), Jouranal Of Chromatography. B, AnalyticalTechnologies In The Biomedical And Life Sciences, Vol. 800, Issue 1-2, Feb. 5, 231-238, 2004.

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なぜ安眠家具「Sleep Labo」がいびきを解決する唯一の方法なのか

1、いびきの原因は何か
① いびきはなぜうるさいのか
  a、いびきの音を小さくする

その為、いびき対策でよく言われるのは、口を閉じること。鼻呼吸にして口を閉じれば、いびきをかいても、口を開けているよりは静かです。

舌の奥や喉の周辺の組織をふるわせて音を出すいびきは、鼻呼吸では出せません。

では、口呼吸を防止して鼻呼吸になれば、いびきをかかないかというとそうではありません。
鼻で呼吸をしていても根本の原因が別にあるので、やはりいびきはかきます。
口呼吸ほどうるさくないかもしれませんが、気になる他人の睡眠を妨げます。

② いびきはなぜかくのか

  a、どういう時にいびきをかくのか

これまでは、肥満や顎が小さい、舌が大きい、鼻炎があるなどの身体的特徴により気道の周りの組織が
厚く、気道が狭小となっている場合、いびきをかくと言われていましたが、そうではない人もいびきをかき
ます。
どんな時にいびきをかくかを見ると、身体的特徴とは直接関係がないように感じますね。

  b、胃食道逆流症

  c、対症療法の危険

逆流性食道炎や肺炎を予防するために、食道が狭まり、同時に気道も狭くなるため呼吸で音が出てしまうのが「いびき」ですが、いびきを予防する様々なサプリやツールなどは、果たして効果が
あるのでしょうか?

根本的には胃食道逆流症を直さなければいけないわけですが、胃食道逆流症の自覚症状が出る前はいびきや睡眠時無呼吸症候群としてしか現れないので、ついついいびきを止めようとしてしまいます。

注意をしなければいけないのは、その作用によって、食道が開いたり、逆流性肺炎になる危険を増加させないようにしなければいけません。
やみくもに、気道を広げればいいわけではないのです。
睡眠時無呼吸症候群の治療で使われるCPAPは、対症療法ではありますが、加圧空気を気道に送る際、同時に食道にも送られるため、逆流性肺炎を防ぐ効果もあります。
しかしながら、根本治療をしなければ、いつまでも使い続ける必要があるのです。

2、いびきをかかなくする方法
① 生活習慣の改善
  a、いびきの根治
原因がわかれば、治療も根治もできそうな気がします。
暴飲暴食を避ける。腹八分目にする。寝る5時間前までに食事を済ませ、寝るときには胃の中が空っぽになるようにする。
酒たばこもできるだけ控える。睡眠薬を飲まない、ストレスのたまらない生活にする。
規則正しい生活をし、
でも、早めの治療で、生活習慣を切り替えることができれば、いびきも根治可能です。
たまのお酒や、疲れによるいびきも継続しなければ問題ではありません。
ただ、生活習慣を切り替えても体がそれに慣れるまでは少し時間がかかります。

  b、根治不可能
さて、根治可能と書いた直後ですが、落とし穴があるのです。
胃と食道の間の仕切りを噴門といいますが、この噴門は一度緩んでしまうと元に戻らないようです。また、老化や女性の場合は閉経に伴うホルモンの影響なども噴門が緩む原因となるそうです。そのため生活習慣を切り替えて、胃の中を空っぽにしても、胃酸が出れば寝ているときに逆流してしまう可能性が残ります。
逆流した胃酸が食道を焼けば逆流性食道炎となりますし、胃酸が肺に入れば、逆流性肺炎となり、誤嚥性肺炎以上に肺へのダメージが大きくなります。
噴門は弁のようなものではなく、ぞうきんを絞るような形でしまります。子供がいびきをかかないのは、噴門の力が強く逆流しないからで、暴飲暴食やストレスなどで、胃に負担をかけているのは大人と変わりません。赤ん坊のいびきは、逆に成長しきっていない為、噴門が弱くミルクなどを吐くのを抑えているからと思われます。

3、いびきの「解決」とは
① 家族の安眠
  a、安眠家具というカテゴリー
さて「いびき」の原因や、「いびき」をかかなくする方法などを書いてきました。
いびきをかいているのは、決していい状態ではありません。特に激しい大きな音が出るのはそれだけ体への負担が大きく、体からのSOSと受け止めるべきです。
そして、家族の安眠を脅かしています。
家族に迷惑をかけないようにするために、生活習慣を見直す決意と、音の対策をしましょう。
毎日激しいいびきをかいている方は、生活習慣の根本的改善が絶対に必要です。
それには、大変な決意と時間が必要です。
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本気でいびきを解消する方法

これまでいびきや睡眠時無呼吸症候群の原因を研究した論文などをまとめてみましょう。

肥満や顎が小さい、舌が大きい、鼻炎があるなどの身体的特徴により気道の周りの組織が厚く、気道が狭小となっている場合、筋弛緩状態で口腔側からの陰圧で容易に閉そくが起きる。(実験は生きている人体に対して行っているため、肺側からの陰圧で確認していない)覚醒時は呼吸による陰圧を受けても、気道の周りの筋肉が閉塞しないように働き、呼吸が止まらないようになっている。睡眠時には筋肉が弛緩するため、呼吸の気流で組織に振動が起き、いびきとなる。また、組織が非常に厚い場合は睡眠時無呼吸の症状が出る。1)

さて、いびきをかくのは、太った人や顎の小さい人だけでなく、基本的に誰でもかくし、普段かかなくても、お酒を飲んだりしたときにかくというのは知られています。

お酒を飲んだ時はアルコールで弛緩しているからという説明がありますが、寝ている時点で筋肉は弛緩しています。もしそれを言うなら、普段いびきをかいている人は、お酒を飲んだ時点で起きていてもいびきをかかなきゃいけない。

そのほかにも、口呼吸、たばこ、消化に悪いものや脂肪分の多いものを食べる、老化、ストレス、疲れ等がいびきをかく原因と言われます。

身体的特徴とは関係がないように感じますね。

実は実験で行った筋弛緩状態での気道の閉塞は、口腔側から陰圧をかけています。生きている人間で実験するわけですから、肺側から空気を吸い込む実験はなかなか難しい。しかし肺側からと口腔側からの陰圧による実験の一番の違いは何でしょう?陰圧をかけた反対側が閉じているか開いているかの違いですね。

例えば、ワインボトルのようなビンに水を入れてさかさまにすると、水は落ちてきませんね。口のところで止まっている。でもビンの底に空気穴があったら水はきれいに落ちてきます。気道の実験でどうでしょう?肺側から陰圧をかけて、気道が閉塞したままになるでしょうか?もし相当の圧をかけても閉塞するとしたら、睡眠時無呼吸の方の致死率はとんでもなく上がります。

さて、いびきを止める方法でよく言われるのが、横向で寝るという方法。実は左を下にして横向きに寝なければいけません。右では効果がありません。舌の落ち込みであればどちらでも良いはずです。心臓の位置?関係ありません。テレビでやってましたね、カレーのにおいでいびきが止まるのはなぜか? 電車の中で座っていびきかいている人は、うつむいていますが、どうやって閉塞しているのでしょう?

いびきも睡眠時無呼吸ものどや鼻での気道閉塞が原因であれば説明がつかないのです。

ではほかに原因があるはずです。

気道が狭くなっていびきの音が出たり閉塞するのは、現象としては同じです。単に物理的な作用として閉塞するのか、自立した反応としての閉塞かということです。要するに必要があるから体が、いびきをかいたり呼吸を止めたりしているかということです。

医学博士新谷弘実の著書「病気にならない生き方」に紹介されている内容で、“寝る前に胃に物が入っていると、横になることでその内容物がのどまで上がってきてしまいます。すると体は、気管にその内容物が入らないように、気道を狭め、呼吸を止めてしまうのです。・・・寝る前にものを食べるという習慣が、睡眠時無呼吸症候群の発病と肥満の原因を同時に作り出しているということです。“

さらに、碧南市民病院の岩田義弘氏ら8人の「胃食道逆流症 (GERD) と睡眠障害:ランソプラゾール内服と睡眠内容の検討」(第8回食道逆流症(GERD)と咽喉頭疾患研究会にて報告、収録刊行物「耳鼻と臨床 52(2)、145-151、2006」によると、薬の服用により、胃酸の逆流が減少した結果、無自覚であったが胃酸逆流により起こっていた気道狭窄を抑え、無呼吸の症状が減少したということが言える。

また、日本東洋医学雑誌 Vol. 44 (1993-1994) No. 1 P 31-35 Copyright © 社団法人 日本東洋医学会 公開日2010/3/12

臨床経験  ”いびき”に対する柴胡桂枝湯の治療効果

Efficacy of Saiko-keishi-to for Snoring竹迫賢一 日吉俊紀Kenichi TAKESAKO Toshiki HIYOSHI

「いびきに対する柴胡桂枝湯の検討により, 柴胡桂枝湯はいびきに有効な漢方薬の1つであることが明らかとなった。またこの方剤の特徴は, (1)効果発現に3~6日の日数経過を要する。(2)治療効果はいびきの音量の減弱であるが時にほぼ消失も見られる。(3)薬剤中止により2~4日でいびきの音量も元に戻ることである。」

ツムラ柴胡桂枝湯は、発熱汗出て、悪寒し、身体痛み、頭痛、はきけのあるものの次の諸症//感冒・流感・肺炎・肺結核などの熱性疾患、胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胆のう炎・胆石・肝機能障害・膵臓炎などの心下部緊張疼痛。

いびきをかいて胃食道逆流を防ぎ、逆流性肺炎を防止する。いびきでも止められなければ呼吸を止めて食道に逆流する胃内容物を胃に押し戻す作用。

吐き気を抑える。胃の内容物が逆流することを防ぐ目的のためにいびきをかくとすると、いろいろと説明が付きます。

食べてすぐに寝る、アルコール、たばこ、消化に悪いものや脂肪分の多いものを食べる、老化、ストレス、疲れ。すべて胃食道逆流の原因になります。またそのような生活習慣は肥満につながるでしょう。口呼吸、鼻炎などは、いびきをかいたときに音が大きくなる原因です。いびきの直接の原因ではないでしょう。左を下にした横向き寝は、胃の入り口を上にして寝る形です。カレーのにおいも、においの刺激が食道や胃に蠕動運動を促します。

実は、脳梗塞や脳溢血の時に非常に激しいいびきをかきます。脳の疾患では嘔吐を伴うことが多く、逆流性肺炎の原因となる場合が多いので、激しいいびきがそれの防止であると考えると説明が付きます。

さて、では胃食道逆流症から逆流性肺炎防止の為の作用としていびきや睡眠時無呼吸症状があるとした場合、どうすればいびきや睡眠時無呼吸が抑えられるでしょうか?

睡眠時無呼吸症候群では日中の激しい眠気が問題になります。そのほか心臓病や様々な病気の原因とされていますが、長時間残業により、食事が夜9時以降になるなどの生活習慣が原因で、無呼吸症状があらわれるものと思います。同時に睡眠時間そのものも少ないのではないでしょうか。長時間残業の弊害を隠して、無呼吸症を事故や問題の責任にしているのではないかと思います。

まずは、仕事の在り方など、生活習慣を改善しなければいびきや睡眠時無呼吸を改善することは難しいでしょう。たとえサプリや様々なツールによりいびきを一時的に消すことができても、その見返りとして逆流性肺炎のリスクが高まるだけではないでしょうか。

さて、生活習慣を改善することでいびきや睡眠時無呼吸症が改善できるのでしょうか?実はさらに込み入った問題があります。胃の噴門のゆるみという問題を後日まとめたいと思います。

1)「睡眠障害をめぐって」睡眠呼吸障害:閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸症候群(OSAHS)における上気道閉塞発症のメカニズム 日大医学雑誌 2010; 69(1): 17-22.」

「咽頭気道を閉塞させる圧をcritical closing pressure(Pcrit)と称し、この概念を発展させた。咽頭気道内圧を示すこのPcritは、下咽頭部の内圧ではなく閉塞部位の上方(口側)での内圧を示す。」

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レム睡眠とノンレム睡眠の両方を調節する神経を同定

以前ご紹介した筑波大学の柳沢教授はフォワードジェネティクス解析で特定遺伝子を発見する手法です。人為的な突然変異を起こした多くのマウスを作り、その中から目的とするマウスを見つけ出してその遺伝子の変異を確認するという手法です。
本日ご紹介の名古屋大学の山中教授はオプトジェネティクスで、機序を解析する手法です。特定の光に反応する部位を持つ遺伝子を組み込んだマウスを作り、特に脳内に光と反応する部位を作り出すことで、生きた状態でその機能を確認するという手法です。

名古屋大学 山中教授による「レム睡眠とノンレム睡眠の両方を調節する神経を同定」のプレスリリースがありましたのでご紹介させていただきます。
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20140515_riem.pdf

いびきや睡眠時無呼吸を調べていくと、レム睡眠時とノンレム睡眠時の状態での違いが示唆されていて、ノンレム睡眠時は、睡眠時無呼吸患者でも静かに寝ている状態がみられるようです。しかしながら、なぜそうなのかまだまだ分かっていないことが多く、多くの研究者が眠りの科学的な解明を目指しています。

2014/5/14

レム睡眠とノンレム睡眠の両方を調節する神経を同定

名古屋大学環境医学研究所 ストレス受容・応答研究部門 神経系分野IIの研究グループ(山中章弘教授、常松友美研究員等)は、メラニン凝集ホルモン(MCH)を作る神経細胞(MCH 神経)が睡眠・覚醒の制御に関わっていることを様々な遺伝子改変マウスを用いることで解明しました。これまで、MCH 神経は摂食行動やエネルギー代謝に重要であることが報告されてきましたが、正確な生理的役割については十分わかっていませんでした。 今回研究グループは、MCH 神経の活動を光で操作すること、また運命制御することに成功し、以下の知見を見出しました。(1)MCH 神経を活性化させると、レム睡眠が始まる、(2)MCH 神経だけを脱落させると、ノンレム睡眠時間が減少した。これらのことから、MCH神経が睡眠の制御に関わっており、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方の調節に重要な役割を担っていることを見出しました。今回の発見により、レム睡眠、ノンレム睡眠を調節する新たな神経回路が明らかになりました。未だに謎が多い睡眠覚醒を調節する神経回路とその動作の原理を理解することにつながり、今後睡眠薬の開発といった創薬に期待できると考えています。

なお、この研究成果は、5 月 14 日付(米国東部時間)で、米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」に掲載されました。

レム睡眠とノンレム睡眠を調節する神経を同定

-睡眠覚醒を調節する新たな神経を発見-

【概要】

名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II の研究グループ(山中章弘教授、常松友美研究員等)は、メラニン凝集ホルモン(MCH)を作る神経細胞(MCH 神経)が睡眠・覚醒の制御に関わっていることを様々な遺伝子改変マウスを用いることで解明しました。これまで、MCH 神経は摂食行動やエネルギー代謝に重要であることが報告されてきましたが、正確な生理的役割については十分分かっていませんでした。今回研究グループは、MCH 神経の活動を光で操作すること、また運命制御することに成功し、以下の知見を見出しました。(1)MCH 神経を活性化させると、レム睡眠が始まる、(2)MCH 神経だけを脱落させると、ノンレム睡眠時間が減少する。これらのことから、MCH神経が睡眠の制御に関わっており、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方の調節に重要な役割を担っていることを見出しました。

【ポイント】

○ 神経活動の光操作技術を使って、MCH 神経だけの活動を光を使って活性化、抑制できる遺伝子改変マウスを作成しました。

○ MCH 神経の活動を活性化することで、レム睡眠を増やすことに成功しました。

○ MCH神経だけを脱落させたマウスでは、ノンレム睡眠時間が減少することが分かりました。

【背景】

ヒトの場合、1 日 8 時間の睡眠をとるとすると、実に人生の約 1/3 を睡眠に費やすことになります。睡眠には、脳が休んでいるノンレム睡眠と、脳が活動しているレム睡眠があります。必ずノンレム睡眠が先行し、その後にレム睡眠が現れます。一晩のうちにこのサイクルを約 90 分の周期で数回繰り返し、朝を迎えます。このノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えの時に脳の中でどの神経が働いているのかよく分かっていませんでした。

今回の研究では、本能行動の制御に重要な脳の領域である視床下部に局在しているメラニン凝集ホルモン(MCH)を産生する神経に着目しました。MCH 神経はこれまで摂食行動やエネルギー代謝に関わっており、一方で睡眠にも関わっているという報告もあり、その生理的役割は研究者の中でも議論の的となっていました。そこで今回、MCH 神経だけの活動を急性的に光で操作する技術と、MCH 神経だけを慢性的に脱落させる技術を使って、MCH 神経の生理的役割を明らかにすることにしました。

【研究の内容】

本研究では、MCH 神経だけの活動を自在に制御したり、MCH 神経だけを脱落させたりするために、新たに 3 種類の遺伝子改変マウスの作出を行いました(図)。

  • 青色の光を照射することで神経活動を活性化できる光スイッチ分子、チャネルロドプシン 2(注 1)を MCH 神経だけに発現するマウスを作成しました。このマウスの脳内に青色光を照射し、MCH 神経の活動だけを活性化すると、レム睡眠の割合が約 3 倍に増えることが分かりました。また、ノンレム睡眠の時にMCH神経を活性化した場合に、速やかにノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わることを見出し、レム睡眠を誘導することに成功しました。このことから、MCH 神経の活性化がレム睡眠のスイッチとしての役割を持っている可能 性が考えられます。
  • 緑色の光を照射することで神経活動を抑制できる光スイッチ分子、アーキロドプシン T (注 2)を MCH 神経だけに遺伝子導入したマウスを作成しました。このマウスの脳内に緑色光を照射し、MCH 神経の活動を抑制しました。しかし、マウスの睡眠覚醒の状態に変化は見られませんでした。このことは、MCH 神経の活動はレム睡眠を誘導するために十分条件であって、必要条件ではないことを示しています。脳の中には MCH 神経以外にもレム睡眠制御を担っている神経が存在している可能性を示唆する結果です。
  • 次に、MCH 神経だけを特異的に脱落させてしまったら、マウスの睡眠がどう変化するのかを調べました。細胞死を誘導することのできるジフテリア毒素 A 断片を MCH 神経だけに発現させたマウスを作成しました。MCH 神経だけが脱落すると、1日の中での覚醒時間が増加し、ノンレム睡眠の時間が減少することが明らかとなりました。予想されたレム睡眠への影響は全く見られませんでした。このことから、MCH 神経は長期的にはノンレム睡眠の制御に関わっている可能性が考えられます。

以上のことから、MCH 神経は睡眠の制御に重要な神経であり、ノンレム睡眠とレム睡眠の制御に関わっていることを明らかにしました。

【成果の意義】

MCH 神経の生理的役割は十分わかっていませんでした。今回、MCH 神経だけの活動や運命を制御することで、MCH 神経がノンレム睡眠とレム睡眠の制御に関わっていることを示しました。 これらの結果からノンレム睡眠とレム睡眠を調節する神経回路とその動作原理を理解することにつながり、今後睡眠薬の開発など創薬に期待できる結果と考えています。

【用語説明】

注1、 青色光によって活性化される緑藻類クラミドモナス由来のタンパク質。陽イオンを通す膜タンパク質。光を照射することで神経細胞の活動を活性化することができる。

注2、 緑色光によって活性化される古細菌由来のタンパク質。水素イオンを細胞の中から外 に汲み出す膜タンパク質なので、光を照射することで神経細胞の活動を抑制すること ができる。

【論文名】

“Optogenetic manipulation of activity and temporally-controlled cell-specific ablation reveal a role for MCH neurons in sleep/wake regulation”

(MCH 神経活動の光操作と時期特異的な細胞死誘導の手法を用いた睡眠覚醒制御機構の解明)

Tomomi Tsunematsu, Takafumi Ueno, Sawako Tabuchi, Ayumu Inutsuka, Kenji F. Tanaka, Hidetoshi Hasuwa, Thomas S. Kilduff, Akira Terao, Akihiro Yamanaka

(常松友美、上野貴文、田淵紗和子、犬束歩、田中謙二、蓮輪英毅、Thomas S. Kilduff、寺尾晶、山中章弘)

掲載誌;The Journal of Neuroscience

研究内容を表した図

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睡眠・覚醒制御の新規遺伝子の発見

新年早々のニュースで、「睡眠メカニズムの解明に前進:制御する2遺伝子を発見—筑波大の柳沢教授ら」がネット上に配信されております。調べてみると、昨年11月にNature誌に(Nature DOI: 10.1038/nature20142)「ランダム変異マウスにおける睡眠のフォワード・ジェネティクス解析」と題して論文が掲載されているものでした。

論文そのものは英文であることと、日本語翻訳されたものも要約でしたので、一番詳しかったプレスリリース文を紹介させていただきます。

http://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/japanese/wp-content/uploads/sites/2/2016/11/1103_FG_PR.pdf

いびきや睡眠時無呼吸などの機序を調べると、ノンレム睡眠の在り方がキーワードになってきます。ノンレム睡眠と対になるレム睡眠の減少にかかわる遺伝子や、覚醒にかかわる遺伝子など、今後の研究で睡眠障害のみならず、生活習慣病や、精神疾患にまで遺伝子レベルでの解決策につながる可能性を秘めた研究であると思います。

プレスリリース

2016.11.3|国立大学法人 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)

睡眠・覚醒制御の分子ネットワーク解明への道を拓く

新規遺伝子の発見

研究成果のポイント

  1. ランダムな突然変異を起こさせた多数のマウスをスクリーニングするフォワード・ジェネティクスという手法により、これまで全く知られていなかった、睡眠・覚醒を制御するふたつの遺伝子変異(Sleepy、Dreamless)を発見しました。
  2. 覚醒時間が大幅に減少する Sleepy 変異家系では Sik3 遺伝子変異を見出しました。SIK3 タンパク質はリン酸化酵素*1で、睡眠・覚醒を制御する細胞内シグナル伝達系の解明につながる初めての発見です。
  3. 断眠させて「眠気」が強くなったマウスでは、SIK3 のリン酸化酵素活性を制御するアミノ酸が強くリン酸化されていました。これは、SIK3 が「眠気」の細胞内シグナル伝達経路を構成していることを示唆しています。
  4. レム睡眠*2が著しく減少する Dreamless 変異家系では Nalcn 遺伝子変異を見出しました。NALCNタンパク質はイオンチャネル*3で、ノンレム睡眠とレム睡眠のスイッチング機構の初めての解明につながることが期待されます。
  5. Sik3 遺伝子はショウジョウバエや線虫でも睡眠様行動を制御していることが明らかになりました。また、Dreamless 変異マウスでは、レム睡眠の終止に関わるニューロンが含まれる領域の活動パターンが変化しており、レム睡眠の減少に関与していると考えられます。

睡眠・覚醒制御の根本原理は、未だ謎に包まれています。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の船戸弘正教授と柳沢正史機構長/教授らの研究グループは、この謎に真正面から挑み、睡眠・覚醒制御において重要な役割を果たす2つの遺伝子を見出しました。

研究手法としては、具体的な作業仮説を置かず、ランダムな突然変異を入れた多数のマウスをスクリーニングする方法(フォワード・ジェネティクス)を採用し、覚醒時間が大幅に減少するSleepy 変異家系と、レム睡眠が著しく減少する Dreamless 変異家系を樹立することに成功しました。そしてそれぞれの責任遺伝子(Sik3 および Nalcn)を同定し、その機能を詳細に明らかにしました。

Sik3 は、他の分類群の生物(ショウジョウバエ、線虫)でも睡眠様行動を制御していることを確認しました。また、Dreamless 変異マウスでは、レム睡眠の終止に関わるニューロンを含む領域の活動パターンが変化していることを発見しました。これらは、睡眠・覚醒制御において中心的な役割を果たす遺伝子を世界で初めて見出した成果です。

今後、この結果を足がかりとして、睡眠・覚醒ネットワークの全容解明が進むとともに、将来的には睡眠障害の解決にもつながることが期待されます。

本研究は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)、東邦大学、University of Texas Southwestern Medical Center、名古屋市立大学、The Jackson Laboratory、筑波大学生命科学動物資源センター、理研バイオリソースセンター、新潟大学、国立長寿医療研究センターによる共同研究として行なわれました。本研究の成果は、11月2日(日本時間3日午前3時)に Nature 誌オンライン版で先行公開されました。

研究の背景

私たちが人生のおよそ三分の一を費やす睡眠は、誰もが毎日行なう身近な行動でありながら、未だにメカニズムや役割をきちんと説明できていない現象です。たとえば「眠気」は誰もが日常的に体験する現象ですが、その脳内での物理的実体や、日々の睡眠量をほぼ一定に保つメカニズムは全く不明のまま残されています。しかもさまざまな要因で睡眠が撹乱される睡眠障害は、個人にも社会にも多大な経済損失をもたらしており、大きな問題となっています。睡眠は、古来より科学者の好奇心を惹きつけてきた対象であるとともに、その障害および関連する疾患を制御する方法の開発が求められてきた、きわめて重要な研究分野なのです。

睡眠研究は、柳沢正史らにより 1998 年に発見された神経ペプチド・オレキシンが睡眠・覚醒制御において重要な役割を果たすことが明らかになったことにより大きく進展し、近年では睡眠・覚醒を切り替えるスイッチの回路についても知見が蓄積されつつあります。しかし、この睡眠・覚醒のスイッチをどちらに傾かせるかを決める要因や、一日の睡眠量を規定しているメカニズムについては全く分かっておらず、現代神経科学最大のブラックボックスとも言われています。本研究ではこれらの謎に挑むべく、フォワード・ジェネティクスによる探索研究のアプローチを用いました。

研究内容と成果

フォワード・ジェネティクスは、注目する性質や表現型をもつ個体から遺伝子型を調べていく方法です。ここでは、明らかな睡眠異常を示すマウス家系を樹立してその原因遺伝子変異を同定し、原因遺伝子変異がどのようなしくみで睡眠・覚醒を変化させるかを調べました。まず遺伝性の睡眠異常を示す家系を樹立するため、化学変異原であるニトロソウレア(ENU)を雄マウスに投与し、精子に多数のランダム遺伝子変異を生じさせました。これをさらに野生型雌と交配させて変異が入った次世代マウスをつくり、これらのマウス各個体についてそれぞれ脳波・筋電図を精査し、睡眠・覚醒異常の有無を確認しました。これまでにランダムな点突然変異をもつ約 8,000 匹のマウスの睡眠・覚醒を詳細に検討し、覚醒時間が顕著に減少する Sleepy 変異家系と、レム睡眠が顕著に減少するDreamless 変異家系を樹立しました。これらの家系について、連鎖解析*4 により表現型に連鎖する染色体領域を絞り込み、全エクソームシーケンシング*5によって責任遺伝子を同定することで、Sleepy変異マウスでは Sik3 遺伝子変異、Dreamless 変異マウスでは Nalcn 遺伝子変異を見出しました。

次に、これらの遺伝子変異が睡眠異常の原因となっていることを確実に証明するために、同定した遺伝子変異を再現したマウスをゲノム編集技術*6を用いて作成し、睡眠・覚醒行動を解析しました。

その結果、Sik3 遺伝子変異および Nalcn 遺伝子変異を再現したマウスは、オリジナルの Sleepy 変異マウスおよび Dreamless 変異マウスとそれぞれ同じ表現型を示したことから、因果関係が実証されました。

Sik3 遺伝子がコードするタンパク質 SIK3 はタンパク質リン酸化酵素で、中央部にプロテインキナーゼ A 認識部位がありますが、Sik3 遺伝子変異ではこの認識部位が欠損していました。この SIK3 プロテインキナーゼ A 認識部位は、ショウジョウバエや線虫でも保存されています。この認識部位が睡眠様行動に関与しているかどうかを検討するため、ショウジョウバエについては名古屋市立大学の粂和彦教授、線虫については WPI-IIIS の林悠准教授と共同研究を行なった結果、これらの生物でもSIK3 が睡眠様行動を制御していることが判明しました。これは、脊椎動物以外の幅広い動物種における睡眠様行動も、哺乳類と同じく Sik3 遺伝子を介した分子機構で制御されていることを意味しており、きわめて興味深い結果といえます。

また、断眠させて「眠気」が強まったマウスでは、断眠させていないマウスよりも SIK3 のリン酸化酵素活性を制御するアミノ酸が強くリン酸化されていました。これは、野生型の動物においても、SIK3 が「眠気」を表出する細胞内シグナル伝達経路の構成要素であることを示唆しています。Nalcn遺伝子がコードする NALCN タンパク質は細胞膜イオンチャネルであり、遺伝子変異によって膜貫通部位のアミノ酸がひとつ変化していることがわかりました。Dreamless 変異マウスの脳幹部を電気生理学的に詳しく調べたところ、深部中脳核という場所にあるニューロンの活動が有意に増加していました。この脳領域にはレム睡眠の終止をもたらすニューロンが含まれることから、Dreamless 変異マウスにおけるレム睡眠の減少が説明できます。

今後の展開

本研究により、Sik3 と Nalcn という2つの遺伝子が睡眠・覚醒制御に関わる新たなキープレイヤーであることが世界で初めて示されました。これらの遺伝子と睡眠との関連性はこれまで全く知られておらず、睡眠学の概念を大きく変えるだけのインパクトを与えることは間違いありません。今後は、SIK3 や NALCN タンパク質を手がかりとして、睡眠と覚醒の切り替えや、ノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えに関わる細胞内シグナル伝達系、さらには「眠気」の分子メカニズムの全貌が明らかになることが期待されます。睡眠・覚醒ネットワークの全容解明が進めば、将来的には睡眠障害や関連疾患等の社会問題の解決に貢献できます。

参考図

図 1|Sleepy 変異をもつマウスの睡眠図(ヒプノグラム)。6 時間ごとの睡眠(赤:レム睡眠、緑:ノ ンレム睡眠)と覚醒(青)を示す。Sleepy 変異をもつ個体では覚醒時間が極端に短縮し、夜行 性であるマウスが通常活動する夜間にも睡眠量が増加する。

図 2|本研究で発見された 2 つの遺伝子が調節に関わる睡眠の各ステージ。SIK3 はノンレム睡眠の 必要量を決定づけるのに対し、NALCN はレム睡眠の終止に関わっていると考えられる。

用語解説

1)   リン酸化酵素

高エネルギーリン酸結合をもつアデノシン三リン酸(ATP)などの分子から、ターゲットとなる分子にリン酸基を転移する(=リン酸化する)酵素。キナーゼとも呼ばれる。ターゲットとなる分子の活性制御に関わっている。

2)   レム睡眠、ノンレム睡眠

急速眼球運動(Rapid eye movement, REM)を伴う睡眠をレム睡眠、伴わない睡眠をノンレム睡眠と呼ぶ。レム睡眠中は体の骨格筋が弛緩して休息状態にあるが、脳は活発に活動している。一方ノンレム睡眠は徐波(じょは)睡眠とも呼ばれる深い眠りの状態である。健常人における通常の睡眠では、眠りに落ちるとまずノンレム睡眠が現れ、その後レム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返す。

3)   イオンチャネル

細胞の生体膜を貫いて存在するタンパク質。生体膜そのものはイオンを透過しないため、イオンチャネルは膜の内外にイオンを透過させるために必須である。細胞内外のイオンを流入・流出を行ない、細胞の膜電位を維持・変化させる役割をもつ。

4)   連鎖解析

注目している遺伝子の染色体上の存在領域を絞り込むため、すでに位置がわかっている目印(DNA マーカー)との連鎖を手がかりとして統計学的に解析する方法。目的遺伝子と DNA マーカーの染色体上の距離が近いほど連鎖しやすい。

5)   全エクソームシーケンシング

タンパク質をコードしている DNA の領域はエクソンと呼ばれる。全エクソームシーケンシングとは、ゲノム上のすべてのエクソン領域(エクソーム)について網羅的に DNA 塩基配列を解析する方法である。ヒトやマウスでは参照できるゲノム配列が公表されているため、これらを比較することでどの遺伝子に変異があるのか検出できる。

6)   ゲノム編集技術

飛躍的に進展しつつある最新技術。部位特異的にはたらく核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)を利用して、ターゲットとなる遺伝子を狙い通りに改変することができる。CRISPR(クリスパー)、ZFN、TALEN などさまざまなヌクレアーゼが用いられる。

掲載論文

【題 名】Forward genetic analysis of sleep in randomly mutagenized mice.

「ランダム変異マウスにおける睡眠のフォワード・ジェネティクス解析」

【著者名】Funato H, Miyoshi C, Fujiyama T, Kanda T, Sato M, Wang Z, Ma J, Nakane S, Tomita J, Ikkyu A, Kakizaki M, Hotta N, Kanno S, Komiya H, Asano F, Honda T, Kim SJ, Harano K, Muramoto H, Yonezawa T, Mizuno S, Miyazaki S, Connor L, Kumar V, Miura I, Suzuki T, Watanabe A, Abe M, Sugiyama F, Takahashi S , Sakimura K, Hayashi Y, Liu Q, Kume K, Wakana S, Takahashi JS, Yanagisawa M.

【掲載誌】 Nature DOI: 10.1038/nature20142

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自殺とうつ病と睡眠

会社設立の発端ともなった、ストレス社会への警鐘として、名古屋工業大学大学院産業戦略工学専攻 粥川 裕平教授 の論文がありましたのでご紹介いたします。一般社団法人日本損害保険協会の「予防時報」という雑誌への掲載のようです。学会論文などではないので、要約せず図など一部見づらい部分の修正を行って紹介させていただきます。

https://sonpo.or.jp/archive/publish/bousai/jiho/pdf/no_228/yj22808.pdf
論文掲載の2007年時点では、日本の自殺者数33,093人10万人当たり25.9人と高いレベルであったのですが、2015年時点では自殺者数24,025人10万人当たり18.9人となり、自殺率が20を切るまでに減少しています。しかしながらOECD(経済協力開発機構)は、平均12.4人に比べ明らかに高く、要注意と勧告しています。

2007 予防時報228

自殺とうつ病と睡眠
粥川 裕平*

*かゆかわ ゆうへい/名古屋工業大学大学院産業戦略工学専攻 教授/名古屋工業大学保健センター センター長

1.はじめに
自殺が社会問題となっている。自殺の要因はさまざまだが、精神疾患とりわけ「うつ病」との関連が注目されている。そしてそのうつ病患者には、かなりの確率で睡眠障害が見られる。
そこで、自殺とうつ病と睡眠障害の関係を解説し、睡眠時間と労働環境の視点を交えながら、日本における自殺問題を考察する。

2.日本における自殺問題

1)自殺者数の推移
世界の人口65 億人のうち毎年100 万人が自殺している。世界の人口の1/50 を占める日本人は、世界の自殺者の1/30 を占めている。過去最悪となった1999 年は33,048 人が自ら命を絶ち、人口10 万人あたりで示す自殺率は26.1 人になった。
警察庁の統計によれば、1978 年から1997 年まで、自殺者数はだいたい2万人台の前半で推移していた。しかし、特にバブル崩壊後自殺者は急増し、1998 年には一挙に前年比1.35 倍の32,863 人に達した。年代では19 歳以下と50 歳代の増加率が、他の年代の増加率を上回っている。動機別で見ると、経済・生活問題と勤務問題の増加率が高い。

2)不況との関係
日本の戦後の自殺者の増加は、いずれも不況を契機にしている。完全失業率と自殺率の年次推移を見ると、男性で明らかな相関があることがわかる(図1)。倒産やリストラで職を失う人も少なくないが、無職の男性では、職に就いている男性よりも自殺のリスクが5倍以上高い。失業心理学研究によれば3年以上持続する失業は、確実に生き甲斐を奪い、自殺のリスクを高める。
しかし国際的に見ると、失業率の高さと自殺率が必ずしも比例するわけではない。失業補償がセーフティネットとなって、自殺率の減少に成功している国もある。自殺予防を、医療・保健対策の枠内だけで位置づけていては限界もある。

図1 失業率と自殺(日本)

3)自殺は止められる
世界保健機関(WHO)が2002 年にまとめた99カ国の自殺率を見ると、旧ソ連諸国が上位を占めているが、日本はG7(先進7か国)各国では2位フランスに大きく差をつけての1位となっている。
国別の自殺予防では、フィンランドでは自殺率20%減を目標に掲げ、1992 ~ 96 年に医療関係者の教育や市民への啓発活動などの自殺予防策が実施された。その結果、実施前と比較して9%減らすことに成功した(最悪期との比較では20%の減少)。スウェーデンでは1993 年に自殺と心の病気に関する国立センターを設置し、啓蒙・普及活動を行っている。その結果、1990 年から2000 年の間に男性の自殺率は、10 万人あたり25 人から20人に下がった。
こうした経験に学び、日本でも自殺予防対策が始まってはいるものの、まだまだ不十分である。日本の持つ社会的な背景を考慮した、自殺予防対策を実施しなければならない。

3.自殺とうつ病の関係
うつ病の社会的および経済的損失は、高血圧、糖尿病などの慢性疾患を遥かにしのぐ甚大なものとして、世界銀行もいち早く注目し、1990 年からうつ病の発病率を報告している。もちろんうつ病に罹患すると、自己評価が著しく低下するので絶望感に支配され、自殺念慮をしばしば伴う。
ここでは、うつ病について自殺との関係や特徴について考える。

1)自殺との関係
精神疾患で自殺の危険性が高いものは、統合失調症、アルコール依存症、そしてうつ病で、この3つの疾患の自殺完遂率は、いずれも10%を越える。精神疾患そのものに自殺親和性があるという一面も否定できない。さらに、精神疾患を長期に患うことによる失職、生活の不安定、経済的不安などの社会的ハンディが、ますます生きづらくし、それを促進している点に着目しなくてはいけない。
精神疾患の中でも、生涯罹患率が約5人に1 人と最も高いうつ病は、自殺との関連が特に注目される。うつ病に罹患すると、それまでの普通の社会生活が営めなくなり、その結果、自信喪失に陥ることに注目しなくてはいけない。先進国においては、うつ病の発症頻度の増加によって、生産性の低下、休業補償、そして自殺者の増大という巨大な社会的損失に直面している。
うつ病は完治する疾患なので、その正しい治療がなされることと、そもそもうつ病にならないようにする対策が求められる。そしてそのことが、自殺予防にも直結していることに留意すべきである。

2)うつ病の特徴
うつ病とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安、焦燥、精神活動の低下などの精神症状、食欲低下や不眠といった身体症状などを特徴とする、精神疾患である。かつては、うつ病は心の病といわれたが、今日では、うつ病は「脳と精神と身体の全身性疾患」という捉え方が提唱されている。
うつ病の原因は、ほかの疾病と同様、個体と環境の相互作用によるが、素因よりは、環境要因、特にストレスの強度が大きな要因として考えられている。うつ病発症のストレス要因としては、納期の迫った知的労働、長時間の頭脳労働といった業務起因性ストレス、失恋、離婚、死別、失職、定年等の喪失体験といったライフイベントが主なものである。
うつ病の診断は、「気分が憂うつですぐれない」「興味や関心が薄れて楽しめない」「疲れやすい」という3つの症状のうち2つが、2週間以上持続する場合になされる。
重症度によって異なるが、精神症状としては主に、抑うつ気分、気分の日内変動、悲哀、絶望感、不安、焦燥、苦悶感、自殺観念、自殺企図、心気妄想、罪業妄想等があり、抑制症状と呼ばれる行動の変化が顕れることもある。
身体症状としては、睡眠障害(特に早朝に目覚め、寝付くことが出来ない例が多いとされる)、過眠、食欲不振、過食、全身の倦怠感、疲労感、吐き気や腹痛、過呼吸症候群、頻脈や心悸亢進、頻尿、口渇、発汗、眩暈、便秘、インポテンツ、性行為時の絶頂感喪失、月経不順などの自律神経や内分泌系の症状が顕れる。
身体症状の自覚が目立ち、抑うつ状態などの精神症状の自覚が目立たない状態のうつ病の患者には、自らがうつ病であるとの意識がないため、精神科ではなく内科等を受診し、その結果原因がうつ病であると発見されないことが多い。事実自殺完遂者の90%は、その1か月以内に身体的不調で内科などの身体科を受診していたと報告されている。

3)うつ病の治療と復職
うつ病の治療の基本は、必ず完全に回復する病であることを繰り返し患者に伝え、回復不能感、絶望感から自殺に至ることのないようにメッセージを送り続けることである。回復に要する時間は、短くても3か月、平均で1 年はかかることを最初に告げることも重要である。
治療の基本は、職場や家庭内でのすべての業務や役割から解放し、全面的な休息を保障することである。業務に関する責任から仕事を休まずに治したいと希望する労働者も多いが、うつ病の治療では休養こそ最大の治療手段であることを認識しなくてはいけない。休養の上での薬物療法でないと、実際に好転は見られない。
重症の場合、ストレスから身を遠ざけるために仕事を休むなど、しっかりとした休養を取ることが必要になる。また、場合によっては入院を要する。ストレスケア病棟での休息入院とうつ病に関する認知療法、集団療法などはとても効果的である。特に自殺の危険が高い場合などには、医療保護入院という本人の意思によらない強制的な入院(家族、保護者等の同意は必要)が必要になる場合もある。ただし、入院によっても自殺が完全に防げるわけではない。
うつ病は完全に回復する病相性疾患であるが、うつ病相から完全に脱出したという指標は、1か月連続して、睡眠、食欲、起床時の気分が良好で、新聞やテレビに興味を持てて、散歩、買い物、趣味のスポーツなどに出かけられるような状態になることである。2週間程度の安定で、脱出と判断するのは時期尚早である。治療の専門家もこのうつ病からの脱出の指標を理解しているわけではなく、うつ病の患者が求めるままに「復職可能」と診断書を書いてしまい、早すぎる復職で再発を招く事態もいまだに克服されてはいない。
すっかりうつ病相を脱してから、復職可能の診断書が出されると、復職判定会議を当事者、上司、人事課スタッフ、産業医、精神科医で行い、復職可と判定された場合に、リハビリ勤務(4 時間、6 時間、8 時間)を3か月から6か月(ケースによりそれ以上)行うことになる。復職不可と判定されれば、引き続き休養できるように主治医に連絡をする。リハビリ勤務システムの導入により、復職後早期の再発は激減している。外見上普通にしているように見えても、復職後2年までは、再発の不安を抱いていることがしばしばである。通院や服薬は復職後1 年で終了するケースもあるが、職場でのアフターケアは2年を目途に続けることが望ましい。
こうしたリハビリ勤務が正式に導入される以前は、休養加療中に「試験勤務」「ならし勤務」と称して1~2か月出勤させ、業務遂行を管理者が見た上で復職可能の判断を行うというインフォーマルでリスキーな方法を取り入れていた職場もあった。リスキーというのは通勤時も含めた災害時の補償がないこと、インフォーマルというのは労働安全衛生法にも抵触する可能性があるからである。安全配慮義務は治療の保障であり、再発予防のための復職後の就業時間や業務内容の配慮である。「休養中の試験勤務」をすでに導入しているところは、早急に撤廃し、復職決定後のリハビリ勤務制度に移行すべきである。

4.うつ病と睡眠の関係
うつ病発症・再発の危険因子としての睡眠障害が近年注目を集めている。以下ではうつ病と睡眠の関係について、長時間労働による睡眠時間の減少という切り口で探る。

1)うつ病に伴う睡眠障害
WHO によれば、先進国で生活に支障を来す疾患の中で、虚血性心疾患に次ぐ第2位の位置にあるうつ病は、2020 年にはその位置を第1位にすると予測されている。うつ病を始めとする気分障害は、長期の休業だけでなく、自殺による甚大な社会的損失をもたらす。
うつ病に随伴する最も一般的な睡眠障害は不眠で、うつ病患者の80%から85%程度で認められる。典型的には中途覚醒が頻回または長期化したり、早朝に目を覚ましたりする。入眠障害型不眠が起きることもある。一方うつ病の15%から20%程度で過眠を発現することがあり、日中の眠気や疲労感が増大したりする。さらに気分障害になりやすい患者の場合、これらの睡眠異常は症状の消失後も持続する、あるいは初回のうつ病の発症前に認められることもある。

2)24 時間型社会と健康障害
徹夜や夜なべが美徳とされる「睡眠軽視」の国である日本は、この40 年間で確実に夜型化が進行し、睡眠奪取社会に陥っている。加えて「24 時間社会」「国際化社会」の名のもと、最近ますます交代勤務や夜勤労働が広がっている。
厚生労働省が5年に1度行っている「労働環境調査」によると、深夜労働には労働者全体の20.7%が従事し、そのうち体調不良を訴える人が36%で、具体的には「深夜労働の期間が長いほど体調不良が多い」、「医師に病気と診断された人が17%で、内訳は胃腸病(51%)、高血圧(23%)、睡眠障害(19%)、肝疾患(13%)」と発表した。
さらに厚生労働省からは「1か月100 時間、2か月平均80 時間、6か月平均45 時間」を超えた労働者には、産業医による保健指導をさせるとした通達が出ている。通達では、長時間労働は、睡眠時間を減じ、そのことがさまざまな健康障害を引き起こし、ひいては過労死を生むとしている(図2)。
長時間労働は「睡眠不足」につながり、結果としてうつ病を発生せしめ、自殺に至る危険性が高い。

図2 厚労省の過重労働対策

3)不眠の要因
睡眠には、個人差、年齢差、性差、季節変動があるが、加えて心理社会的ストレス、心身の病、飲酒や治療薬などの影響を受ける。わが国では、日々ストレスを感じるという人が60%を超えており、不眠を始めとする心身の不調の訴えが多い。現代人の睡眠障害の特徴を列挙すると、以下の3つになる。
①あたかも眠りが無駄であるかのように睡眠を削っている。
②加齢とともに不眠を訴える人が増えている。先進国ほどその傾向が著しい。
③昼間の良好な運動、適度なストレス、食事、飲酒などが確実に睡眠に影響する。
人間が体験するストレスは、戦争、テロ、恐慌、大災害など、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすほど強烈なレベル、職業上では、納期に迫られる過重労働(overwork)、長時間の過密労働(overtime work)、陰湿ないじめ、ノルマを強要するパワーハラスメントなどの重大なレベル、人生上では、愛する人との死別、離婚、リストラや失業、結婚などの中程度レベル、日常生活では夫婦喧嘩、駐車違反といった軽微なレベルまでいろんな段階がある。もちろんストレスの対処能力には個人差があるが、こうした内外のストレスで確実に睡眠は障害される。

4)うつ病発症の危険因子としての不眠と睡眠不足
先に述べたように、うつ病発症・再発の危険因子としての睡眠障害が近年注目を集めている。睡眠障害の訴えのない群に比べて、不眠を訴えるものに占めるうつ病の頻度は5倍、過眠を訴えるものに占めるうつ病の頻度は2 倍という横断面でのデータがある。また、睡眠障害を訴えた人を数年から数十年追跡した結果、うつ病の発症率が2 倍から5倍という結果が報告され、睡眠障害自体がうつ病発症の危険因子であることが明らかとなっている。うつ病が回復した後も、睡眠障害を持続する場合は、再発率も高いことが明らかとなっている。こうした知見から、うつ病の発症予防に睡眠学的介入が寄与する可能性が示唆されている。
これだけ重要な位置を睡眠が占めているにもかかわらず、職場のストレス負荷要因と脳・心臓疾患との関連についての国内での認識の多くは、長時間労働による睡眠不足や不眠は、ストレス反応や疲労の指標という程度の位置づけに留まっている。

5.21 世紀の日本の睡眠問題
平日の睡眠が本来必要とする睡眠時間より2 時間以上少なくなっている状態が長期化すると週末に「寝だめ」をしても、疲労は回復せず、昼間の眠気、集中困難、作業能率の低下、胃腸障害など心身の不調を引き起こす。睡眠不足症候群は人口の2%とされているが、慢性的睡眠不足の人は、5人に1 人と推定されている。1 日24 時間をどのようにマネージするのか。現代人の健康管理に夜間の十分な睡眠という視点が欠落している。
さらにノルマや納期に追われ、休むまもなく、睡眠を犠牲にして日々働く人々の心身の健康障害が、メタボリックシンドロームであり、睡眠時無呼吸症候群である。近年、睡眠不足や不眠が過食に関連し、その結果生じる肥満が、睡眠時無呼吸症候群につながるという悪循環を形成していることが示唆される報告もある。こうした心身の健康を阻害する現状をトータルに見て今日のわが国睡眠と健康問題をまとめると、図3のようになる。

図3 今日の日本の睡眠問題

6.自殺予防のために
産業革命以後、労働形態は革命的変化を遂げた。エジソンによる白熱電灯の発明はそれに拍車をかけた。特にコンピュータがすべての産業に導入されてからは、10kg 以上のモノを持つ労働(肉体労働)は激減し、頭脳労働中心の労働形態に変化してきている。脳はどの程度の使用頻度に耐えうるのか?マラソン選手の心肺能力、筋肉疲労などのように、科学的管理が可能なのか?頭脳労働の現場で、「頑張れば出来る」という言葉に象徴される精神主義がまかり通ってはいないか?そこで、わが国における自殺予防に関して、いくつかの検討課題と提言を整理してみたい。

(1)莫大な経済損失
効率、生産性の影に自殺やうつ病が存在しているのだとすれば、生産管理と会社経営を行う首脳陣は、自殺やうつ病に伴う経済的損失が、日本国内で2兆円(推計)にも達しているという現実を直視しなくてはいけない。

(2)職域における健康管理
メンタルヘルスケアの重要性が増しているが、うつ病の初期兆候に注目して、早期発見・早期治療を行い、自殺予防に寄与しようというアイデアは不十分である。うつ病の危険因子としての不眠(睡眠不足も含む)に注目して、その段階で発症予防が出来るような介入が必要である。

(3)長期休暇制度の導入
高度な頭脳は、迫り来る納期と長時間過密労働による二重のストレスに晒されているので、プロジェクトの完成などの課題達成後は、少なくとも2か月の休暇制度の導入によるクーリングが必要ではないか。激増しているシステムエンジニアのうつ病の予防には、早期の導入が望まれる。コンピュータも、携帯電話もない自然な空間で、燦燦と輝く太陽光を浴び、日の出の後目覚め、日没とともに床に入る地球上の生命体が行っている生活リズムによって脳の疲労回復ができるような健康管理システムを導入すべきであろう。

(4)強力な自殺予防策の推進
欧米人はキリスト教の教えもあり、自殺は他殺と同様「殺人」の罪という死生観があるのに対して、日本人は自殺を人生選択の一つとして容認したり、自己犠牲の極限として美化したり、一族の恥だと卑下したりする特殊な文化背景を持っている。これは、仕事観、労働観にも関連しているが、人生の半分(20 歳前後から60 歳前後)程度参画する労働で、命を削る、命を落とす程の価値はないとする西欧型の労働観に学ぶ必要がある。青年失業者、高齢者などの自殺も相当数を占めるわが国においては、自殺予防対策会議を持つことは端緒に過ぎず、実際的な効力のある活動(地域でも職域でもいくつかのモデルが登場し始めている)を欧米にもまして推進することである。

7.おわりに
少子高齢社会に突入したわが国で、世界に誇るものづくりの技を伝承し、経済発展を続けるには、結婚や育児が可能な職場環境が急務であることは政府財界も認めるところである。人類の拡大再生産が社会発展の基盤であるという観点を失っていないのであれば、人間こそが最大の資産であり、「壊れたら捨てる」というモノの様に扱う時代は前世紀の遺物にしなければならない。ところが最近の政府・経団連の目論む労働時間無制限の提案は、少子化対策とは矛盾している。人間の頭脳労働の中枢であるBrain(脳)も、車のバッテリーのように過剰に使用し続けると放電ばかりで、作動しなくなる臓器である。裁量労働制の拡大などはそのことを認識していない非科学的なもので、反人類史的ですらある。脳の充電は、数百万年の昔から、十分な睡眠と余暇によって保たれてきたことを銘記すべきである。
21 世紀のメンタルヘルスケアの最重点課題となっているうつ病の爆発的増加とそれに伴う自殺増加の防止のための科学的解明と抜本的施策が切望されている。2010 年を目標に2000 年に策定された「健康日本21」の自殺率20% 削減目標は一向に進展がなく、2015 年に先延ばしされたままである。わが国で巨大なパラダイムシフトが今ほど要請されている時はない。政府や財界の首脳が認識すべき最優先課題の一つであろう。
参考文献
1) American Academy of Sleep Medicine: theInternational Classification of Sleep Disorders:Diagnostic and coding manual. 2nd edition. 2005(日本睡眠学会診断分類委員会監訳・松浦千佳子訳 医学書院 発刊予定)
2) 藤野善久、堀江正知、寶珠山務、筒井隆夫、田中弥生:労働時間と精神的負荷との関連についての体系的文献レビュー 産衛誌2006, 48: 87-97
3) 粥川裕平:復学や復職段階でのうつ病のケア 上島国利編:うつ病診療のコツと落とし穴 中山書店 2005、143-145
4) 粥川裕平、北島剛司、岡田 保:抑うつ症状・ストレスに伴う睡眠障害の特徴と問題点をみる 清水徹男編:睡眠障害治療の新たなストラテジー 先端医学社2006121-127
5) 川人 博:過労自殺と企業の責任 旬報社 2006
6) 本橋 豊ほか著: STOP! 自殺 海鳴社 2006
7) 森岡孝二:働きすぎの時代 岩波新書 2005

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グリシンは安眠に効くのか?

最近安眠のためのサプリとして「グリシン」が注目されています。非必須アミノ酸であるグリシンは体内で合成されるため、基本的に不足することはないのですが、経口摂取からの作用機序に関しての論文があったので、紹介したいと思います。
結果的にはグリシンを食べることで、脳脊髄液や脳の中のグリシンが増加し、体の表面が熱を放散することで、深部体温が低下して深い眠りが得られるというメカニズムが解明されました。グリシンを食べると、質の良い眠りが得られるとのことです。
なお、食べてから4時間後が最大効果を発揮するので、眠りにつきやすい効果というよりは、寝たときの眠りの質に影響するようです。
グリシンを多く含む食品(コラーゲンとか、エビカニなど)を食べて4時間後に寝るといいのかもしれませんし、寝る前にサプリなどで摂取して寝ると、寝ている間の作用が期待できるのかもしれません。

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タイトル アミノ酸グリシンによる睡眠改善効果の作用機序解明
著者名   河合 信宏
学位授与大学 東京大学
取得学位 博士(薬学)
学位授与番号 乙第17909号
学位授与年月日 2014-02-12

【序論】
不眠症の治療の一環として処方される睡眠導入剤は、ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系の薬剤であるが、これらは徐波睡眠量を減少させる。
また、運動障害・記憶障害・依存性などの有害作用を誘発し、鎮静の持越し効果や反跳性不眠等も問題となっている。
これらの有害作用を持たない新たな作用機序の睡眠導入剤、もしくは、不眠症状が重症化する前に摂取できる、安全で効果的な食品成分が求められている。
近年、我々はグリシン経口摂取によって睡眠に不満を持つヒトの睡眠が改善されることを発見した。しかし、なぜグリシン摂取により睡眠が改善するか、更には、経口摂取したグリシンがどのような体内動態を示すかも不明であった。

【本論】
① ラット睡眠妨害モデルの構築とグリシン経口投与によるラットノンレム睡眠増加作用の検証
睡眠妨害モデルを構築したラットに、水またはグリシン 2g/kg を経口投与したところ、投与0-90 分間でグリシン投与群は水投与群に比べ有意に覚醒時間が減少し、ノンレム睡眠時間が増加した。
ラットの深部体温上昇はグリシン投与群で投与20-90 分後に有意に抑制された。

② 経口投与グリシンの体内動態
オートラジオグラフィーを用いて放射性同位体標識14C グリシンをラットに尾静脈投与した際の体内および脳内分布を調べた。血中に分布したグリシンは末梢組織のみならず血液脳関門を通過した上で脳脊髄液及び一部脳実質にも移行することが示された。
ラットにグリシン 2 g/kg を経口投与し、投与後5分から24 時間までの血中・脳脊髄液中・脳実質中のグリシン濃度及び関連アミノ酸濃度の推移を観察した。
グリシンは経口投与後速やかに血中濃度が上昇し、30 分後に最大濃度を示した。
脳脊髄液中のグリシン濃度は血中と同様のタイムコースで最大濃度を示した。
脳実質内グリシン濃度は血中・脳脊髄液中に比べ緩やかな濃度推移を示し、投与4 時間後に最大濃度を示した。

③ グリシンは脳内のNMDA 受容体を介し表面血流量増加作用を示す
深部体温低下の原因は熱放散増加と仮説を立て、グリシン 2 g/kg 経口投与30-45 分後の表面血流量は水投与群に比べ有意に増加した。
更に、作用点は脳中であると仮説を立て、グリシンを脳室内投与したところ、経口投与時と同等の表面血流量の増加が認められた。

④ 免疫組織化学染色および脳内直接投与法によるグリシン作用部位の同定
中枢の睡眠関連部位は主に視床下部に集中している。
水もしくはグリシンを投与した30 分後に脳組織を摘出、固定し、c-Fos に対する免疫組織化学染色を行った。
その結果、グリシン経口投与により視交叉上核と内側視索前野中のc-Fos 発現細胞数が増加した。
グリシンの直接の作用部位は視交叉上核もしくは内側視索前野であると仮説を立て、視交叉上核にグリシンを投与した場合にのみ表面血流増加作用が認められた。
グリシンは視交叉上核のNMDAR を直接の作用点とし、内側視索前野への投射を介して表面血流量を増加させ、その結果深部体温が速やかに低下し、睡眠改善作用が発現することが示唆された。

⑤ 視交叉上核破壊によりグリシンのノンレム睡眠増加作用・深部体温低下作用は消失する
視交叉上核を熱破壊したところ、グリシンは視交叉上核を介して深部体温低下作用・睡眠改善作用を示すことが強く示唆された。

⑥ その他のグリシンの睡眠関連因子に対する影響の検討
睡眠関連物質の一つであるメラトニンに対する影響が考えられた。また、グリシン経口投与が視交叉上核内の時計遺伝子及び機能調節ペプチドのmRNA 発現に与える影響が考えられた。結果は、グリシンが視交叉上核を介して明期に深部体温低下作用・睡眠改善作用を示すことと合致している。

【総括】
食成分の一つであるアミノ酸グリシンを経口投与することにより、脳脊髄液中及び脳中のグリシン濃度が上昇することが確認された。このグリシン濃度上昇下に於いて、視交叉上核のNMDARを介する表面血流増加作用に伴う深部体温低下が起こること、その結果、ラット睡眠妨害モデルに対する睡眠改善効果が示されることが示唆された。

 

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音・音楽・振動と眠り

「音・音楽・振動と眠り」-情報を持つ体感音響振動の誘眠効果考察試論-

小松 明*

ボディソニック(株) 研究開発センター

1995年12月 日本睡眠環境学会誌

http://www.bodysonic.cc/j_sleep.htm

小松 明:音・音楽と眠り -体感音響振動と誘眠効果への考察-

日本睡眠環境学会誌「睡眠と環境」Vol.2 Suppl 1994年,9月 P28-31

騒音と睡眠に関する学会論文を探しているうちに見つけた、面白い発表資料がありましたので紹介させていただきます。

1970年代くらいから、ボディソニック(体感音響装置)という技術というか理論のようなものが、音楽や映画・ゲームなどのエンターテイメントの世界で、利用されてきているのですが,これがリラクゼーション効果から医療や睡眠に応用されるという内容です。

個人的には胎児記憶という考えが嫌いではないですが、仮説をさらに突っ込んで、証明までもっていってほしいと思いました。

要旨

ボディソニック(体感音響装置)で眠り込む人たちが大勢いる。また、受容的音楽療法に適用された、ボディソニックによる臨床報告が医学分野で多数なされてもいる。しかし、なぜボディソニックが誘眠や音楽療法、リラクセーションなどに効果があるのか、その効果メカニズムについての言及は少ない。

そこで、これらが及ぼす根源的な効果の手がかりとしての仮説を立て、「人間の聴く音の原点は振動を伴っている」「意識下に残る胎児期の記憶とリラクセーション」「胎児の鼓動と母親の鼓動の関係」などの視点から、体感音響振動の効果メカニズムについて考察する。また、そこから導き出された、さまざまな心理的効果を及ぼす感性振動波形(メンタルバイブレーション)の例を示す。

はじめに

「眠りと音」の関係を言われれば、静かなことだけが眠りの絶対条件でもない。もともと自然界には風の音、川の音、波の音、鳥の鳴き声…などさまざまな音が存在している。

また我々が最初に聴く音は母親の胎内音であるが、胎内は、母親の心臓の鼓動、血流音など、生理的な音が絶え間なく聞こえている。音・音楽と眠りの関係から、さらに一歩進めて、情報を持つ体感音響振動とリラクセーション・眠りの関係について考察を試みたい。

目的

本論文では「音・音楽・振動と眠り」について検討し、情報を持つ体感音響振動 の誘眠効果について考察を試みる。

検討

  • 音・音楽と誘眠の検討

1.1眠りを誘う音・音楽

眠りを誘う音として「雨だれ」の音が良いといわれている。ゆっくりとした単調な繰り返し(時計のような正確さではなく、少し遅くなったり早くなったりするゆらぎがある)は眠気を誘うことが多く、雨だれの音とも共通する要素がある。

1.2眠りを誘う音楽の条件

筒井1)は 眠りを誘うのに適した音楽の条件として、

①ゆっくりしたテンポで小さい音量の音楽

②シンコペーションのない規則正しいリズムの音楽

③小さい音程(急激な音程変化のないゆるやかな旋律)の音楽

④柔らかで暗い音色の音楽

参考文献

1)筒井末春:心身症・内科的疾患と不眠

日本医師会雑誌 Vol.105,No.11, FC16-FC18, 1991.

1.3音楽受容性の個人差

音楽療法において、どんな症状の患者にどんな曲を聴かせるかについては、古典的ともいえるポドルスキーの音楽処方曲目リスト(表1)などが良く知られている。しかし、音楽の及ぼす効果は、その国の音楽風土、個人の音楽来歴や嗜好、病態などにより、受容性に個人差がでる。薬と同じような作用機序を適用することは困難であり、「何々の曲が何々に効く」という風には行かない面もあるので注意を要する。

表1 ポドルスキーの音楽処方曲目リスト
●不安神経症の音楽処方

バルトシュ   :「町人貴族」組曲
ベルク     :「抒情組曲」
ビゼー     :「幼児の遊び」
ブリス     :「ゴーバル家の奇蹟」
ボッケリーニ  :「イ長調交響曲」
ボロディン   :「第2交響曲」
シャブリエ   :「ポーランド・ダンス」
ドリーブ    :「シルビア」
デュカ     :「魔法使いの弟子」
ガーシュイン  :「キューバ序曲」

●うつ状態の音楽処方

リスト     :「ハンガリー狂詩曲 第2番」
ミロー     :「謝肉祭」
モーツァルト  :「劇場支配人」
オッフェンバッハ:「トロイのヘレン」
プロコフィエフ :「シシリア組曲」
プッチーニ   :「妖精の女王」
レスピーギ   :「ローマの祭」
リムスキー
=コルサコフ:「シエラザード」
ロジャース   :「オクラホマ」
ロッシーニ   :「ウィリアム・テル」序曲
シベリウス   :「フィンランディア」
スメタナ    :「ワレンシュタインの陣営」
J・シュトラウス:「古きウィーンの音楽」
スッペ     :「詩人と農夫」序曲
ワーグナー   :「パルシファル」前奏曲

●神経衰弱状態の音楽処方

バッハ     :「コーヒー・カンタータ」
ベートーヴェン :「プロメテウスの創造」
ブラームス   :「マリアの歌」
ブリテン    :「ピータークライムス」
ショパン    :「ノクターン」
クープラン   :「劇場風の合奏曲」
ドビュッシー  :「選ばれし乙女」
ドヴォルザーク :「フス党」
ファリャ    :「スペインの庭の夜」
グリンカ    :「六重奏曲」
グリーク    :「抒情組曲」
ヘンデル    :「水上の音楽」
ハイドン    :「ト長調のトリオ」
フンメル    :「七重奏」
リスト     :「メフィスト・ワルツ」

●心身症の音楽処方

高血圧の処方

バッハ     :「ヴァイオリン協奏曲
ニ短調」
バルトーク   :「ピアノ・ソナタ」
ベートーヴェン :「ピアノ・ソナタ 第8番」
ボッケリーニ  :「フルートと弦楽のための
協奏曲 ニ長調」
ボロディン   :「4重奏曲 第2番 ニ長調」
ブラームス   :「4重奏曲 第1番 ト短調」
ブルックナー  :「ミサ ホ短調」
ドビュッシー  :「ピアノの為に」

●心身症の音楽処方

胃腸障害の処方

ブラームス   :「ピアノ・トリオ ハ長調」
バルトーク   :「ヴァイオリン・ソナタ」
バッハ     :「2つのヴァイオリンの
ための協奏曲 ニ短調」
ベートーヴェン :「ピアノ・ソナタ 第7番」
モーツァルト  :「ソナタ イ短調」
プロコフィエフ :「組曲夏の日」
ラヴェル    :「ワルツ」
サティ     :「梨の形をした三つの小品」

  • 体感音響振動についての検討

2.1ボディソニックで眠り込む人達

ボディソニックを展示、実演すると、展示会場でよく眠ってしまうお客さんがいる。

かけている音楽は低音成分の多い、ボディソニックのデモンストレーション効果を重視したものが多く、眠りを誘う音楽というわけではない。

2.2根源的効果の仮説

2.2.1人間が聴く音の原点は体感振動を伴っている

     -意識下に残る胎児期の記憶とリラクセーション-

人間が聴く音の原点は、振動を伴った音を聴いている状態といえる。母親が健康で情緒が安定している時のリズミカルな鼓動は、胎児に安心感を与える音と振動である。そして鼓動には1/fゆらぎがある。体感できる音の振動→「体感音響振動」が人間に及ぼす効果の最も根源的なことが胎児期の記憶にある。胎児期の記憶につながることは、リラクセーション効果をもたらす。

これらが、情報を持つ体感音響振動を伝えるボディソニックによる効果の根源的な要素である。

2.2.2強すぎる振動は害がある 公害や地震

同じ振動でも強過ぎるものは害がある。振動公害(人間にとって医学的に有害な振動周波数帯域は3~6Hz辺り)がそれである。自然現象でも、地震、津波、山崩れなどから発生する振動(地響き)は、巨大なエネルギーの低周波振動(主として10Hz以下)であり、振動公害と物理的性質が似ている。

2.2.3生命の根源に関わるサイエンス

胎児期に赤ちゃんは、お母さんのおなかの中で体感音響振動を伴った音を聴いている。母親のリズミカルな鼓動は、胎児に安心感を与える振動であり、この状態が人間にとって最も心やすらぐ状態の原点であろう。これは生命の根源に関わるサイエンスとして捉えられるであろう。生命の根源に関わるが故に、眠りなどにも効果を及ぼす可能性がある。

  • ボディソニックについての検討

3.1ボディソニックと音楽療法の効果

ボディソニックは音楽療法に応用されて、心身症、不眠症、うつ病、不登校児、摂食障害、過敏性腸症候群などの心療内科領域、老人痴呆、末期医療、人工透析、成分献血、歯科、外科領域、ストーマなど、医学分野で多くの臨床報告があり注目されている。

ボディソニックは、椅子方式(写真1)の他、ベッドパット方式、ベッドドライバ、クッション、床駆動方式などさまざなものがあるが、更に医療用として、外科手術台用(写真2)、分娩台用、人工透析椅子用(写真3)、献血台用(写真4)、歯科診療装置用、医療ベッド用(写真5)などもある。

写真1 椅子方式のボディソニック・リフレッシュ1
音楽療法用として心療内科領域での臨床例が多い。
リラクセーション用としても多数使用されている。

写真2 ボディソニックを搭載した外科手術台での
局所麻酔術中写真
 ボディソニックによって
不安や緊張を緩和する。写真は済生会横浜市
南部病院・手術室。

写真3 人工透析椅子専用 体感音響・パット
QOLの向上、スムーズな透析などの効果がある。
写真は、聖路加国際病院・人工透析室。

写真4 ボディソニックを搭載した献血台
日本赤十字社・北大坂血液センター

写真5 医療用ボディソニック・ベッドパット
ベッドのマットレスの上にボディソニック・パットを敷く。
人工透析、外科手術前後の不安や痛みの緩和、ターミ
ナルケァ、ストーマケァなど、多くの領域で音楽療法用に
使用されている。
3.2 ボディソニックの1/fゆらぎと誘眠

ボディソニックの振動は基本的には入力される音楽の特性によるが、150Hz以下の低音部を取り出して体感音響振動に変えるので、比較的単調な振動となる。ゆらぎで言えば、1/f2ゆらぎに近い振動である。単調ということは雨だれの音にも似て、眠りを誘い易い要素である。

3.3 感性振動波形(メンタルバイブレーション)

ボディソニックで、音楽を用いる代りに鐘の音や波の音の感じを抽象化した信号を、電子回路で合成して駆動すると非常に高い効果が得られる感性振動波形となる。

3.3.1 胎児の鼓動と母親の鼓動の相互関係

成人すれば自分の鼓動は胎児期に比べ遥かに遅くなるので、胎内にいた状態にするには、母親に相当する鼓動の相対速度を遅く換算する必要があり、リラクセーションを得ようとすれば、現実の母親の鼓動の周期より遥かにゆっくりしたものが必要である。

3.3.2 感性振動の信号波形の種類

①感性振動用の波形は、自分の鼓動や 呼吸を忘れてしまうような非常にゆっくりした周期の場合、リラクセーションや誘眠の効果が大きい。

②信号波形の周期を早くし、自分の呼吸や鼓動を意識す るようになると、落ち着かなくなったり、緊迫感を与える効果が有る。

③上記の中間的な周期を持つ信号波は、快活、快適などの心理的効果をもたらす性質がある。

3.3.3 感性振動の信号波形名と効果

著作権主張の為転載を控えます。URLから確認してください。

3.3.4 能動的機能を持つ寝具の可能性

音楽によるボディソニックや感性振動について述べてきたが、これらの機能を巧く組み合せると、誘眠機能や、目覚し機能を持った「快眠快醒寝具(ベッド)」が実現可能になってくる。

4.工学的な技術面からの検討

“ボディソニック”“感性振動”などの工学的な技術面からの検討は、筆者(小松明氏)による特許、その他の文献を参照願います。

結果

ボディソニックは受容的音楽療法に応用されて、不眠症、うつ病、不登校児、摂食障害、過敏性腸症候群など、心療内科領域で多くの研究・臨床報告がなされている。これらはストレスに起因するもので、症状の改善は体感音響振動のリラクセーション効果を示す。ストレスや興奮は眠りを妨げるものであり、リラックスしていることは眠りに就きやすい条件のひとつで、ストレス社会の今日では重要である。

考察

  • 情報を持つ体感音響振動

情報を持つ体感音響振動は、物理現象としての振動・エネルギーの面と、情報の面を併せ持った、触振動覚的に身体で感じとることの出来る幅広いものと捉えることができる。

  • 通信における情報伝達との相違点

情報を持つ体感音響振動は、通信におけるような純粋で効率的な情報のみの伝達手段としての技術とは趣を異にする。

  • 情報を持つ体感音響振動の効果、概念の体系化

「情報を持つ体感音響振動の心理的効果、生理的効果、化学的効果、物理的効果などの応用の有用性の概念を体系的に捉える」ことの必要性を指摘したい。

むすび

展示会などで多くの人が見ている中で、ボディソニックで寝てしまう人が多いことや、音楽療法で得られている数多い臨床例など、さまざまな経験から、ボディソニックの開発者として、情報を持つ体感音響振動と眠り、リラクセーションとの関わりの考察を試みた。

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安眠と明るさ

安眠と明るさ

安眠家具「Sleep Labo」は、「騒音」防止と同時に「明るさ」や「温度変化」も少なくするようにしています。
さてその中でも睡眠の質に「明るさ」がどのような影響を与えているのか、発表論文から面白いものがあるので見ていきたいと思います。

公益社団法人 空気調和・衛生工学会 近畿支部
平成27年10月30日(金)15時~17時
講習会「(大阪)環境工学研究会「睡眠に影響を及ぼす環境要因」」
2. タイトル:光環境と睡眠

http://www.kinki-shasej.org/upload/pdf/hikari.pdf

■報告者
小山恵美(京都工芸繊維大学 情報工学・人間科学系 生理環境工学研究室)
■内 容
眼球から大脳視覚領域に伝わる途中で分岐した光の信号は、総じて覚醒方向の生理作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。したがって、良質な睡眠確保のために、朝は目覚めを助け、日中は覚醒維持のために光を活用し、夜には余分な覚醒作用を生じないよう不必要な光を減らし、就寝時はできるだけ暗い環境を確保することが、光環境整備の原則である。また、光の量だけでなく分光分布にも留意する必要がある。

1. はじめに
①概日リズムの規則性の確保、②日中や就床前の良好な覚醒状態の確保、③適正な睡眠環境の整備、④就床前のリラックスと睡眠への脳の準備をとりあげ、睡眠衛生の向上という観点から、光環境と睡眠について概説する。

2. 睡眠衛生と光環境
光環境をはじめとする生活環境整備や生活行動の工夫などによって睡眠衛生の向上を図る場合に、1日の時間帯を考慮に入れて、それぞれの生活時間帯に適した方法を選択することの必要性が導かれる。


3. 光が心身に及ぼす影響
日常の生活空間における「光」は、対象物の形や色を認知するために必要な「あかり」としての役割が大きい。日常の生活空間に対する適合性や満足感の向上、あるいは、暗闇に対する不安感の軽減などの心理的・精神生理的な影響を人間にもたらすと一般に考えられている。
一方、生物としてのヒトにとって、光の信号は、生物時計の調節の他、直接的な脳の覚醒作用、交感神経の亢進作用、夜間に分泌されるメラトニンの生合成を(夜間の光曝露で)抑制する作用など、総じていうと覚醒・緊張方向の生理的作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。
照度と相関色温度を白色光範囲内で変化させて主観評価を比較した結果をまとめると、1940年代の古典的研究から1990年代の3波長型蛍光ランプを用いた複数の研究を通して大筋で一貫性がみられる。相関色温度が低い空間(~3000K程度)については落ち着いた暖かい雰囲気となって比較的低照度(~200 lx程度)条件が適切であるのに対し、相関色温度が高い空間(4000K程度~)については低照度では寒々とした陰気な雰囲気となるので高照度条件が適切である、という結果が示されている。
良質な睡眠確保のために睡眠と覚醒のサイクルに着目すると、1日の時間帯に応じて光環境の生活適合性が変動することが示される。すなわち、夜間は眠りに入ろうとする心身の状態を妨げないように覚醒方向の作用を弱める(受光量を減らす)必要があり、逆に昼間は覚醒維持を助けるように受光量を確保する必要がある。さらに、光環境が心理的違和感を生じないような分光分布(相関色温度)の光源を選択する必要がある。


4. 睡眠と光環境の現状問題点と解決方向性について
昼間の受光量が不足することよりも、夜間の光が過剰であることの方がより深刻な問題点と考えられ、相関色温度の高い分光分布を有する光源が夜間に使われた場合には、青色波長成分も増大することが懸念される。昼夜の覚醒と睡眠のサイクルを健康的に維持するためには、昼間はできるだけ明るくするとともに青色波長成分を白色光としてのバランスの範囲内で確保し、日没後は相関色温度の低い光環境で過ごし、さらにパラメトリック同調を成立させるために、夜間就寝前から就寝中にかけてまとまった時間の暗さを確保し、起床前には暗から明への移行部分の薄明漸増状態を作ることが重要と考えられる。

5.おわりに
眼球から大脳視覚領域に伝わる途中で分岐した光の信号は、総じて覚醒・緊張方向の生理作用を視覚情報処理とは無関係にもたらすことが知られている。したがって、睡眠衛生の向上という観点から適正な睡眠確保を考える場合に、朝は目覚めを助け、日中は覚醒維持のために光を活用し、夜には余分な覚醒作用を生じないよう不必要な光を減らし、就寝時はできるだけ暗い環境を確保することが、光環境整備の原則である。さらに、光の量や相関色温度だけでなく分光分布・光源の種類にも留意する必要がある。

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