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(論文紹介)ストレス対処行動

汽笛が聞こえる?もしかしてSLが走っているのかもと思って見に行くと、鉄道博物館の脇の線路をSLが何度も往復しています。
思いのほか小さく感じたのですが、音はすごく迫力がありました。
車が電気で走る時代。SLをあえて走らせる必要は全くないのでしょうが、やはり良いのですよ。アナログなメカニカル。

現代日本は、高度な医療体制や清潔な環境等により、世界でも最も長寿の国となりました。
3月20日の「国際幸福デー」に先んじて、国連が発表した世界各国の幸福度では、156か国中54位となっています。昨年から3位順位を落としてしまいましたね。細かい指標もありますが、日本は人生選択の自由度や性の平等性、他者への寛容さ等が低く見られたようです。
戦争や飢餓などに悩まされない長寿国ではあっても、仕事や人間関係などストレスが多く、それほどの幸福感が得られていないのが現代の日本なのでしょうか?
そのストレスに関しての疫学研究論文がありますので、ご紹介したいと思います。
ストレスと睡眠不足による不休養に相関があるようですが、余暇の過ごし方でストレスが解消され、睡眠不足が解消されるようですね。余暇に寝て過ごすよりはより能動的にストレス解消に動くほうがよいようです。

日本人のストレス対処行動および余暇の過ごし方についての疫学研究
http://exploredoc.com/doc/7142926/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E5%AF%BE%E5%87%A6%E8%A1%8C%E5%8B%95%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E4%BD%99%E6%9A%87%E3%81%AE%E9%81%8E%E3%81%94%E3%81%97%E6%96%B9—-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E9%83%A8

厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)
分担研究報告書
日本人のストレス対処行動および余暇の過ごし方についての疫学研究
研究分担者 兼板佳孝1 三島和夫2
研究協力者 池田真紀1
1 日本大学医学部社会医学系公衆衛生学分野
2 国立精神・神経センター精神保健研究所精神生理部
研究要旨
本研究課題は、日本国民のストレスおよびストレス対処行動、睡眠による休養不足、不眠症状、余暇の過ごし方に関する疫学データを集計するとともに、これらの間にみられる関連性を明らかにすることを目的とした。厚生労働省が実施した平成19年国民健康・栄養調査データ(男性3,622人 女性4,197人)を用いて統計解析を行った。
ストレスの自覚は男女共に20歳代~40歳代に多く認められた。睡眠による休養不足(睡眠休養不足)は男女共に20歳代~40歳代に多く認められた。一方、不眠症状は男女共に50歳以上に多く認められた。ストレスの程度が大きくなるほど、睡眠休養不足や不眠症状の有訴者率は高値を示した。男性では、ストレスの対処として趣味を行うことにおいて、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が低値を示した。一方、刺激や興奮を求めることにおいては、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が高値を示した。女性では、ストレスの対処として趣味を行うこと、テレビやラジオを視聴すること、楽観的に考えることにおいて、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が低値を示した。男性では、ストレスの対処として趣味を行うことにおいて、不眠症状に関する調整オッズ比が低値を示した。一方、我慢して耐える、刺激や興奮を求める、飲酒することにおいては、不眠症状に関する調整オッズ比が高値を示した。女性では、ストレスの対処として趣味を行う、悩みを聞いてもらうことにおいて、不眠症状に関する調整オッズ比が低値を示した。
余暇をどのように過ごすかは、性別や年齢階級によって異なる傾向にあった。男性では、余暇の過ごし方として自宅でのんびりする、友人と過ごすことにおいて、ストレスに関する調整オッズ比が低値を示した。女性では、余暇の過ごし方として友人と過ごす、運動スポーツ、買い物において、ストレスに関する調整オッズ比が低値を示した。
男女共通してストレスの軽減には、友人と過ごすことが効果的であることが示唆された。能動的な休養においては、人との交流を図ることが重要と考えられた。

A. 研究目的
厚生労働省は、昭和63年に第2次健康づくり対策として“アクティブ80ヘルスプラン”を提唱して以来、栄養、運動、休養を健康づくりの3要素として、健康づくり運動においては、欠かすことのできない重要な項目として挙げられてきた。平成6年には、健康を基本にすえた休養の普及を図り、より健康で豊かな活力ある生活の想像に役立てられることを目的として、「健康づくりのための休養指針」が策定された。この指針の策定に当たって、休養は、「休む」ことを目的とした消極的な休養と、「養う」ことを目的とした積極的休養の二つの概念に分けて捉えられ、「休む」こと、すなわち消極的な休養は心身の疲労からの回復を目指したものとして、「養う」こと、すなわち積極的な休養は心の糧となる活動を通して生きがいの創造を行うものとして理解された。
近年、国民の生活スタイルや国民の勤労形態は多様化し、社会経済情勢も大きく変化した状況にあって、平成6年に策定された「健康づくりのための休養指針」では現在の国民生活には対応できない点が多いと考えられるようになった。そのため、国民の健康づくり運動の更なる発展のためには、現在の国民生活に応じた、より実行性の高い指針へと改訂することが求められている。
本研究課題は、「健康づくりのための休養指針」の改訂に必要となる科学的および疫学的根拠を得ることを目的として、平成20年度より開始された。これまでの研究では、大規模疫学調査を実施して、「休む」ことを目的とした静的・消極的な休養と、「養う」ことを目的とした動的・積極的休養の両方の概念が独立して成人の主観的健康感と関連することを明らかにした。今年度の研究においては、日本国民のストレスおよびストレス対処行動、睡眠による休養不足、不眠症状、余暇の過ごし方に関する疫学データを集計するとともに、これらの間にみられる関連性を明らかにすることを目的とした。
B. 研究対象と方法
調査対象者およびデータの収集
本研究は、厚生労働省が実施した平成19年国民健康・栄養調査によって収集されたデータを利用したものである。国民健康・栄養調査は国民の健康増進の推進を図るための基礎資料を得ることを目的に健康増進法に基づいて毎年実施されている。本調査の対象は、国民生活基礎調査のために日本全国に設定された地区の中から、無作為に抽出された300地区に暮らす1歳以上の住民の約15,000人であった。
本調査は、(1)身体状況、(2)栄養摂取状況、(3)生活習慣の3つの部門から構成された。データ収集の実務は対象地区を所管する保健所のスタッフが行った。
身体状況の部門では、対象者は地区内の公共施設に集められ、1歳以上の参加者の身長、体重が測定され、それに加えて、15歳以上の参加者では腹囲と血圧が測定された。さらに20歳以上の参加者には、常用薬に関する問診が行われたとともに、血液検査に用いるための採血が行われた。
栄養摂取状況の部門では、保健所のスタッフが対象世帯を訪問し、調査票を配布して記入要領を説明した。栄養摂取状況調査票には、1歳以上の世帯員全員の調査日一日間に摂取した食事内容が記入された。
生活習慣の部門では、栄養摂取状況調査票の配布の際に、15歳以上の住民を対象に自記式アンケート調査票が配布されて実施された。生活習慣調査票には、食事、喫煙、飲酒、運動、睡眠、歯磨きに関する質問が設定された。
すべての調査において、対象者には個人情報の保護と管理には充分配慮されることが説明された。
測定項目と定義
生活習慣調査票に設定された睡眠による休養に関する質問は以下の通りであった「ここ1ヵ月間、あなたは睡眠で休養が充分とれていますか?」 回答形式は、{ 1充分とれている、2まあまあとれている、3あまりとれていない、4まったくとれていない}の4つの選択肢から一つを選ばせるものであった。統計解析においては、カテゴリー3と4を統合し、「睡眠休養不足」とした。不眠症状については、「ここ1ヵ月間、あなたは睡眠に関して次のようなことを感じたことがありますか。ア.夜、眠りにつきにくい イ.夜中に何度も目が覚める ウ.朝早く目覚めてしまう」と質問した。回答形式は、それぞれの不眠症状について{ 1全くない、2めったにない、3時々ある、4しばしばある、5常にある}の5つの選択肢から一つを選ばせるものであった。カテゴリー4と5を統合し、それぞれに症状が有りとし、これらの3つの質問のうち1項目以上満たす者を不眠症状有りと定義した。
ストレスに関しては、「ここ1ヵ月間に、不満、悩み、苦労などによるストレスなどがありましたか?」の質問に対し、{大いにある/多少ある/あまりない/まったくない}の4つの選択肢が設定され、“大いにある”との回答をストレスありとした。
ストレスがあったときの対処法については、以下の項目を設定し、該当するものをすべて選ばせた。1積極的に問題解決に取り組む、2体を動かして運動する、3趣味を楽しんだりリラックスする時間をとる、4テレビを見たり、ラジオを聴く、5家族や友人に悩みを聞いてもらう、6解決を諦めて放棄する、7我慢して耐える、8なんとかなると楽観的に考えようと努める、9刺激や興奮を求める、10酒を飲む、11たばこを吸う、12食べる、13特にない、14その他。
余暇の過ごし方については、以下の項目を設定し、該当するものをすべて選ばせた。1自宅でのんびりする、2友人・知人と過ごす、3運動する・スポーツジム・フィットネスクラブに行く、4ギャンブルをする、5ドライブや旅行にでかける、6習い事や資格取得に利用する、7ボランティア活動に参加する、8インターネットをする、9買い物にでかける、10宗教や信仰活動に利用する、11その他、12わからない。
統計解析
平成19年国民健康・栄養調査の参加者のうち、20歳以上の者を解析の対象とした。統計解析では、最初に、ストレスに関する質問への回答を性別、年齢階級別に集計した。二番目に、性別、年齢階級別に睡眠休養不足と不眠症状の有訴者率を算出した。三番目に、ストレスに関する質問への回答ごとに睡眠休養不足と不眠症状の有訴者率を算出した。四番目に、ストレスの対処法に関する質問への回答を性別、年齢階級別に集計した。五番目に、多重ロジスティック回帰分析を行って睡眠休養不足とストレス対処法の関連性を検討した。この時には、睡眠休養不足を目的変数に、個々のストレス対処法を共変量に投入した。六番目に、多重ロジスティック回帰分析を行って不眠症状とストレス対処法の関連性を検討した。この時には、不眠症状を目的変数に、個々のストレス対処法を共変量に投入した。七番目に、余暇の過ごし方に関する質問への回答を性別、年齢階級別に集計した。最後に、多重ロジスティック回帰分析を行ってストレスと余暇の過ごし方の関連性を検討した。すべての統計解析にはSPSS15.0 for Windowsを用いた。
倫理面への配慮
貸与された平成19年国民健康・栄養調査のデータからは個人識別情報は削除されており、参加者のプライバシーは保護された。
C. 結果
解析例は男性3,622人 女性4,197人、合計7,819人であった。解析例の年齢構成を表1に示した。

比較的50歳代以上が多い集団であった。
性別、年齢階級別のストレスの自覚状況を表2に示した。
ストレスが「多少ある」あるいは「大いにある」と回答した者は男女共に20歳代~40歳代に多く認められた。
性別、年齢階級別の睡眠休養不足と不眠症状の有訴者率を表3に示した。
睡眠による休養不足(睡眠休養不足)は男女共に20歳代~40歳代に多く認められた。一方、不眠症状は男女共に50歳以上に多く認められた。
ストレスの程度と睡眠休養不足と不眠症状の関連性を図1に示した。
ストレスの程度が大きくなるほど、睡眠休養不足や不眠症状の有訴者率は高値を示した。
性別、年齢階級別のストレス対処法を表4に示した。
男性の「体を動かして運動する」と「テレビを見たり、ラジオを聴く」の2項目以外のすべての項目において、年齢階級による違いが認められた。「趣味を楽しんだりリラックスする時間をとる」ことを選んだのは、男女共に若年者ほど多かった。
睡眠休養不足とストレス対処法の関連性を検討した多重ロジスティック回帰分析の結果を表5と表6に示した。


男性では、ストレスの対処として趣味を行うことにおいて、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が低値を示した。一方、刺激や興奮を求めることにおいては、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が高値を示した。女性では、ストレスの対処として趣味を行うこと、テレビやラジオを視聴すること、楽観的に考えることにおいて、睡眠休養不足に関する調整オッズ比が低値を示した。
不眠症状とストレス対処法の関連性を検討した多重ロジスティック回帰分析の結果を表7と表8に示した。

男性では、ストレスの対処として趣味を行うことにおいて、不眠症状に関する調整オッズ比が低値を示した。一方、我慢して耐える、刺激や興奮を求める、飲酒することにおいては、不眠症状に関する調整オッズ比が高値を示した。女性では、ストレスの対処として趣味を行う、悩みを聞いてもらうことにおいて、不眠症状に関する調整オッズ比が低値を示した。
性別、年齢階級別の余暇の過ごし方を表9に示した。

男性の「自宅でのんびりする」と「宗教や信仰活動に利用する」の2項目以外のすべての項目において、年齢階級による違いが認められた。余暇をどのように過ごすかは、性別や年齢階級によって異なる傾向が認められた。
ストレスと余暇の過ごし方の関連性を検討した多重ロジスティック回帰分析の結果を表10と表11に示した。

男性では、余暇の過ごし方として「自宅でのんびりする」、「友人・知人と過ごす」ことにおいて、ストレスに関する調整オッズ比が低値を示した。女性では、余暇の過ごし方として「友人・知人と過ごす」、「運動する・スポーツジム・フィットネスクラブに行く」、「買い物にでかける」において、ストレスに関する調整オッズ比が低値を示した。
D. 考察
本研究では、全国規模の調査データを利用して、日本国民のストレスおよびストレス対処行動、睡眠による休養不足、不眠症状、余暇の過ごし方に関する疫学データを集計するとともに、これらの間にみられる関連性を明らかにした。これまでのところ、我が国においては、国民のストレス対処行動や余暇の過ごし方に関する疫学研究報告は乏しい。そのため研究結果は、今後の健康づくりに関わる休養の在り方を考えるうえでの基本的な資料となるものである。
本研究において、不満、悩み、苦労などによるストレスの程度が大きくなるほど睡眠休養不足や不眠症状の有訴者率は高くなり、これらの間には量-反応関係が認められた。これらの所見から、ストレスはヒトの睡眠を妨げる要因として極めて重要な意味を有することが伺える。日本で実施された一般住民を対象にした調査においても心理的ストレスが不眠症状や日中の過剰な眠気と促進的に関連することが報告されている。また、日本人の就労者を対象にした調査でも職業上のストレスが不眠症状や悪い睡眠の質と有意に関連することが知られている。
睡眠は、休養の中でも最も重要な要素であり、充分に睡眠を確保して休養を図るためには不満、悩み、苦労などによるストレスに対して対処していくことが重要である。実際、ストレスに対して上手く対処できていると感じている人は不眠症状についてのオッズ比が有意に低いことも知られている。今回の研究結果から、男性においては、「趣味を楽しんだりリラックスする時間をとる」ことは好ましいストレス対処行動であり、反対に、「我慢して耐える」、「刺激や興奮を求める」、「酒を飲む」ことは好ましくないものと考えられた。女性においては、「趣味を楽しんだりリラックスする時間をとる」、「テレビを見たり、ラジオを聴く」、「家族や友人に悩みを聞いてもらう」、「なんとかなると楽観的に考えようと努める」ことは好ましいストレス対処行動であることが示唆された。
休養は、「休む」ことと「養う」ことの独立した2つの概念で構成されるわけであるが、「養う」ことについては、余暇をどのように過ごすかということが直接的に関連する。そこで本研究では、余暇の過ごし方とストレスとの関連性を検討し、好ましい余暇の過ごし方を検索した。その結果、男性では「自宅でのんびりする」と「友人・知人と過ごす」、女性では「友人・知人と過ごす」、「運動する・スポーツジム・フィットネスクラブに行く」、「買い物にでかける」などがストレスの軽減の観点から好ましいものと考えられた。特に興味深いのは、男女共通して「友人・知人と過ごす」ことが検出されたことである。ストレスを貯め込まないためには、人とのコミュニケーションを図っていくことが重要であると考えられる。
E. 結語
充分な睡眠をとるためにはストレスを軽減することが重要であり、ストレス対処法として「趣味を楽しんだりリラックスする時間をとる」、「テレビを見たり、ラジオを聴く」、「家族や友人に悩みを聞いてもらう」、「なんとかなると楽観的に考えようと努める」ことが重要である。また、余暇の過ごし方としては「自宅でのんびりする」、「友人・知人と過ごす」、「運動する・スポーツジム・フィットネスクラブに行く」、「買い物にでかける」などが重要である。
参考文献
1. 厚生省.健康づくりのための休養指針.
2. 原野悟,野崎貞彦.適正な休養のあり方.日大医学雑誌.1994;53:7-11.
3. 野崎貞彦.健康づくりのための休養-よりよい自己実現のために.公衆衛生 1994;58:861-4.
4. 厚生労働省.平成19年国民健康・栄養調査報告 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou09/01.html
5. Kim K, Uchiyama M, Okawa M, Liu X, Ogihara R. An epidemiological study of insomnia among the Japanese general population. Sleep. 2000;23:41-7.
6. Kaneita Y, Ohida T, Uchiyama M, Takemura S, Kawahara K, Yokoyama E, Miyake T, Harano S, Suzuki K, Yagi Y, Kaneko A, Tsutsui T, Akashiba T. Excessive daytime sleepiness among the Japanese general population. J Epidemiol. 2005 ;15:1-8.
7. Doi Y, Minowa M, Tango T. Impact and correlates of poor sleep quality in Japanese white-collar employees. Sleep. 2003;26:467-71.
8.Utsugi M, Saijo Y, Yoshioka E, Horikawa N, Sato T, Gong Y, Kishi R. Relationships of occupational stress to insomnia and short sleep in Japanese workers. Sleep. 2005;28:728-35.
F. 健康危険情報
特になし
G. 研究発表
G-1. 論文発表
1. Suzuki H, Kaneita Y, Osaki Y, Minowa M, Kanda H, Suzuki K, Wada K, Hayashi K, Tanihata T, Ohida T. Clarification of the factor structure of the 12-item General Health Questionnaire among Japanese adolescents and associated sleep status. Psychiatry Res (in press).
2. Furihata R, Uchiyama M, Takahashi S, Konno C, Suzuki M, Osaki K, Kaneita Y, Ohida T. Self-help behaviors for sleep and depression: A Japanese nationwide general population survey. J Affect Disord (in press).
3. Kanda H, Osaki Y, Ohida T, Kaneita Y, Munezawa T. Age verification cards fail to fully prevent minors from accessing tobacco products. Tob Control. 2011;20:163-5.
4. Munezawa T, Kaneita Y, Osaki Y, Kanda H, Ohtsu T, Suzuki H, Minowa M, Suzuki K, Higuchi S, Mori J, Ohida T. Nightmare and sleep paralysis among Japanese adolescents: a nationwide representative survey. Sleep Med. 2011;12:56-64.
5. Yokoyama E, Kaneita Y, Saito Y, Uchiyama M, Matsuzaki Y, Tamaki T, Munezawa T, Ohida T. Association between depression and insomnia subtypes: a longitudinal study on the elderly in Japan. Sleep. 2010;33:1693-702.
6. Ohtsu T, Kokaze A, Shimada N, Kaneita Y, Shirasawa T, Ochiai H, Hoshino H, Takaishi M. General consumer awareness of warnings regarding the consumption of alcoholic beverages. Acta Med Okayama. 2010;64:225-32.
7. Akahoshi T, Uematsu A, Akashiba T, Nagaoka K, Kiyofuji K, Kawahara S, Hattori T, Kaneita Y, Yoshizawa T, Takahashi N, Uchiyama M, Hashimoto S. Obstructive sleep apnoea is associated with risk factors comprising the metabolic syndrome. Respirology. 2010 ;15:1122-6.
8. Tamaki T, Kaneita Y, Ohida T, Yokoyama E, Osaki Y, Kanda H, Takemura S, Hayashi K. Prevalence of and factors associated with smoking among Japanese medical students. J Epidemiol. 2010;20:339-45.
9. Kaji T, Mishima K, Kitamura S, Enomoto M, Nagase Y, Li L, Kaneita Y, Ohida T, Nishikawa T, Uchiyama M. Relationship between late-life depression and life stressors: large-scale cross-sectional study of a representative sample of the Japanese general population. Psychiatry Clin Neurosci. 2010;64:426-34.
10. Kaneita Y, Uchida T, Ohida T. Epidemiological study of smoking among Japanese physicians. Prev Med. 2010;51:164-7.
11. Enomoto M, Tsutsui T, Higashino S, Otaga M, Higuchi S, Aritake S, Hida A, Tamura M, Matsuura M, Kaneita Y, Takahashi K, Mishima K. Sleep-related problems and use of hypnotics in inpatients of acute hospital wards. Gen Hosp Psychiatry. 2010 ;32:276-83.
G-2. 学会発表
ア. 兼板佳孝: 第69回日本公衆衛生学会総会奨励賞受賞講演,睡眠習慣に関する公衆衛生学研究. 第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
イ. 兼板佳孝: 交替制勤務が心血管疾患危険因子に及ぼす影響(睡眠衛生シンポジウム:睡眠と生活習慣病).第80回日本衛生学会学術総会,仙台,2010.5
ウ. 兼板佳孝: 思春期の睡眠(シンポジウム:小児の睡眠習慣を考える).日本睡眠学会第35回定期学術集会, 名古屋, 2010.7
エ. 兼板佳孝: 学校保健における睡眠公衆衛生(シンポジウム4:睡眠公衆衛生の推進に向けて).第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
オ. 西村美八,松坂方士,高橋一平,壇上和真,梅田孝,兼板佳孝,大井田隆,中路重之:農村部に在住する一般住民における睡眠時間と肥満との関係について.第80回日本衛生学会学術総会,仙台,2010.5
カ. 降旗隆二,大嵜公一,今野千聖,鈴木正泰,高橋栄,兼板佳孝,大井田隆,内山真:うつ病と自己睡眠対処行動の関連.第106回日本精神神経学会学術総会,広島,2010.5
キ. 榎本みのり,北村真吾,有竹清夏,肥田昌子,守口善也,草薙宏明,兼板佳孝,筒井孝子,三島和夫:日本における5年間の睡眠薬の処方実態.日本睡眠学会第35回定期学術集会,名古屋,2010.7
ク. 宗澤岳史,兼板佳孝,尾崎米厚,神田秀幸,簑輪眞澄,鈴木健二,樋口進,大井田隆:中学生・高校生を対象とした消灯後の携帯電話使用と不眠症状に関する全国調査.日本睡眠学会第35回定期学術集会,名古屋,2010.7
ケ. 山本隆一郎,兼板佳孝,大井田隆,横山英世,玉城哲雄,宗澤岳史,鈴木博之,大津忠弘,有竹清夏:日中の過剰な眠気と睡眠障害との関連-高校生を対象とした縦断調査研究-.日本睡眠学会第35回定期学術集会,名古屋,2010.7
コ. 宗澤岳史,兼板佳孝,尾崎米厚,神田秀幸,簑輪眞澄,大井田隆:中学生・高校生の衝動性と怒りに関する全国調査.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
サ. 井谷修,大井田隆,横山英世,兼板佳孝,玉城哲雄,村田厚,宗澤岳史,山本隆一郎:労働時間、休養、余暇と生活習慣病との関連性について.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
シ. 神田秀幸,尾崎米厚,大井田隆,兼板佳孝,宗澤岳史,谷畑健生,簑輪眞澄,鈴木健二:Taspoは中高生の自動販売機によるタバコ購入を完全に防止していない.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
ス. 谷畑健生,尾崎米厚,神田秀幸,兼板佳孝,大井田隆,簑輪眞澄,和田清,鈴木健二,林謙治:青少年の喫煙、睡眠障害と精神的健康度:2004年度、全国規模調査の断面調査結果.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
セ. 大津忠弘,兼板佳孝,中路重之,宗澤岳史,小風暁,島田直樹,大井田隆:休養の在り方と主観的健康感との関連についての疫学研究.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
ソ. 山本隆一郎,兼板佳孝,大井田隆:医師の飲酒習慣とその関連要因の探索.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
タ. 西村美八,壇上和真,松坂方士,高橋一平,梅田孝,兼板佳孝,大井田隆,中路重之:一般住民における睡眠時間と肥満との関係-岩木健康増進プロジェクトの結果から-.第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
チ. 近藤修治,若尾勇,岩佐翼,眞川幸治,西垣明子,塚本和秀,兼板佳孝,石津博子:初発患者情報及び接触状況の相違による結核接触者健診対象者へのQFT結果への影響. 第69回日本公衆衛生学会総会, 東京,2010.10
ツ. 中込 祥,兼板佳孝,玉城哲雄,横山英世,大井田隆:妊婦の日中の過度の眠気に関する疫学的研究.第500回 日大医学会例会, 東京,2010.11
テ. 金野倫子,今野千聖,降旗隆二,高橋栄,兼板佳孝,大井田隆,赤星俊樹,赤柴恒人,内山真:一般成人における睡眠習慣と不眠の関連性について.第26回不眠研究会研究発表会,東京,2010.12
ト. 降旗隆二,内山真,高橋栄,今野千聖,鈴木正泰,大嵜公一,兼板佳孝,大井田隆:日本におけるうつ病と自己睡眠対処行動の関連:大規模疫学調査の解析.第26回不眠研究会研究発表会,東京,2010.12
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(論文紹介)睡眠障害が糖尿病の治療ターゲット

今日紹介する論文は、糖尿病による血管障害の程度を睡眠障害を改善する事で緩和するというものです。糖尿病自体睡眠障害が発生しやすくなることが知られており、症状としての睡眠障害を睡眠薬(オレキシン阻害薬)により改善する事で、糖尿病の症状を改善する結果につながったということです。
オレキシン阻害薬は睡眠導入剤としては穏やかな作用となり、自然な入眠を促すとされています。NHKの「ガッテン!」でも紹介されたのですが、その後「糖尿病に効く睡眠薬をくれ」という問い合わせが増えたという話があります。
間違ってはいけないのが、糖尿病に睡眠薬が効くのではなく、レム睡眠のレベル3とか4の段階の深い睡眠を得ることが、体の修復を助けるために、糖尿病の症状である血管障害を緩和したということです。何でもかんでも薬に頼ろうという考え方はよろしくないと思います。大阪市立大学
睡眠障害が糖尿病の血糖改善や血管障害防止に有効な治療ターゲットであることを解明
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/pdfs/press_150414.pdf

概要
医学研究科 代謝内分泌病態内科学の稲葉雅章(いなばまさあき)教授らのグループは、糖尿病の血糖コントロール悪化で睡眠の質の劣化を伴う睡眠障害が引き起こされること、また睡眠障害が早朝高血圧を起こすことで糖尿病の心血管障害の原因となることを明らかにしました。
以前から、睡眠障害の患者は糖尿病の有病率や将来高い確率で発症することが分かっていましたが、糖尿病の肥満に伴う睡眠時無呼吸症候群の関連は必ずしも明らかではありませんでした。私たちは今回の研究で、脳波計を用いて糖尿病の血糖コントロール指標であるHbA1c増悪が、睡眠の質を決定する睡眠第1相の時間短縮、さらに、脳を休息させる深睡眠である徐波睡眠の短縮と有意に関連することを明らかにしました。さらに、それらの睡眠の質の増悪が動脈硬化指標であり、心血管イベントリスク因子である頸動脈の内膜中膜肥厚度と関連することを示しました。また、これまでの研究で、糖尿病患者での血糖コントロール増悪が心血管イベントリスクである早朝の血圧上昇に有意に関連していることを認めています。
睡眠に対する治療が夜間・早朝血圧の改善を示した研究を考慮すると、糖尿病での血糖コントロール悪化→睡眠障害→早朝血圧上昇→心血管エベントリスク上昇となり、糖尿病での睡眠障害が、血糖コントロール増悪で悪化すること、および睡眠時無呼吸とは独立して糖尿病での心血管イベントを防止するための治療ターゲットであることが、脳波計を用いた本研究で初めて明らかとなりました。さらに、睡眠障害は交感神経系賦活化を通じて夜間・早朝血圧上昇のみならず、血糖コントロールの悪化をもたらすことが示唆されています。今回の研究から、糖尿病患者への積極的な睡眠障害に対する治療は、不眠によるQOL増悪を改善するだけでなく、交感神経活動の低下により夜間・早朝血圧改善による動脈硬化進展予防や、血糖コントロール改善を目的とする治療として位置づけられます。睡眠導入薬の進歩や新規薬剤の投入により、不眠治療が臨床の場で安全かつ効率よく行えるようになったことに加え、不眠治療に対する認識を変えることができる研究であるといえます。
【論 文 名】
Association between poor glycemic control, impaired sleep quality, and
increased arterial thickening in type 2 diabetic patients
「2型糖尿病患者における血糖コントロール増悪、睡眠の質劣化、動脈壁肥厚度 増加の関連」
【 著 者 】
Koichiro Yoda, Masaaki Inaba, Kae Hamamoto, Maki Yoda, Akihiro Tsuda,
Katsuhito Mori, Yasuo Imanishi, Masanori Emoto, Shinsuke Yamada
【掲載URL】
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0122521

研究の背景
一夜の睡眠段階は、覚醒からStage1→Stage2→Stage3→Stage4と移行します。入眠から90~120分経過すると最初のレム睡眠が出現する。Stage1~レム睡眠の終わりまでを睡眠周期といい、一夜の睡眠で睡眠周期は4~5回繰り返されます。一夜の睡眠の前半では深い眠りで大脳皮質を休息させる徐波睡眠(睡眠段階3・4)が多く、後半ではレム睡眠が増加します。
図1.一晩の睡眠パターン

Stage1-4のノンレム睡眠は脳を休息させる睡眠で眠りの20-25%を占め、特にstage3-4の徐波睡眠は熟眠感が得られる質の高い睡眠といわれています。一方、レム睡眠を睡眠の75-80%を占め、体を休息させる睡眠といわれています。徐波睡眠の役割として、脳の休息以外に交感神経活動の低下とともに副交感神経活動の上昇が見られ、夜間の血圧低下や血糖コントロールの改善が起きるといわれています。

糖尿病患者では、一般人に比べて約2倍の不眠が見られるといわれています。これは肥満に伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群を除いた数字で、種々の原因が指摘されてきました。疫学研究では睡眠時間の短縮とともに糖尿病の有病率が上昇することや、睡眠障害を有する患者では2型糖尿病の発症確率が有意に高くなることから、睡眠障害で糖尿病増悪の可能性は示唆されましたが、糖尿病での血糖コントロールと睡眠障害の直接の関与は明らかではなく、血糖増悪による夜間排尿回数の増加などが挙げられてきました。

研究の内容
今回の研究は、63名の2型糖尿病患者に脳波計を用いて精密な睡眠の質判定を行い、その結果、血糖コントロール指標であるHbA1cの増悪につれて、深睡眠の程度を示すレム睡眠潜時が短縮すること。また、レム睡眠潜時は徐波睡眠の程度を示すデルタパワーと正相関することより、血糖コントロール増悪により深睡眠の徐波睡眠相が減少することを明らかにしました(図2)。

図2.睡眠指標(レム睡眠潜時、ログデルタパワー)とHbA1c・頸動脈内膜中膜肥厚度との相関

次に、多変量解析を用いてREM睡眠潜時と関連する因子を検定したところ、睡眠時無呼吸症候群の指標である無呼吸・低呼吸インデックス(AHI)と独立して血糖コントロール指標であるHbA1cはREM睡眠潜時と独立した有意の負の関連を示しました。これは、血糖コントロール増悪を示すHbA1c上昇が、深睡眠指標であるレム睡眠潜時の短縮をもたらすことを示唆する結果でした。
興味深い点は、これら2型糖尿病患者においてREM睡眠潜時やログデルタパワーなどの深睡眠指標は、動脈硬化指標である頸動脈内膜中膜肥厚度と有意な逆相関を示したことです。多変量解析でも両者は有意な負の関連を示したことから、深睡眠の障害は動脈硬化進展につながる可能性が本研究より示唆されました(表1)。

 表1.2型糖尿病患者での頸動脈内膜・中膜肥厚度との関連(多変量解析)

糖尿病での睡眠障害が動脈硬化進展に関連していることは明らかとなったが、その機序についても我々は一つの機序を示すことができている。それは、睡眠障害が夜間高血圧・早朝高血圧を引き起こすことによる。とくに早朝高血圧は種々の血圧指標のなかで最も強力に心血管エベントを抑制する因子であることが示されている。50名の2型糖尿病患者において、血糖コントロール指標であるHbA1cと空腹時血糖は早朝の血圧上昇と有意に正に相関し、またインスリン抵抗性指標も早朝血圧上昇と有意な正関連を示しています。多変量解析でも、HbA1cとインスリン抵抗性指標であるHOMA-Rと血清中性脂肪値は正の有意な関連を示しました。さらにこれら患者で早朝血圧上昇は、多変量解析で血管内皮依存性の血管拡張反応低下と有意な負の関連を示したことから、2型糖尿病患者では、血糖コントロール悪化→早朝血圧上昇→血管障害が起こっていると考えられます。この以前の研究に加え、本研究で血糖コントロール指標悪化が睡眠の質劣化と関連すること、および以前の研究により睡眠障害の治療が夜間高血圧・早朝高血圧低下につながることが示されていることを包括的に考えると、2型糖尿病患者での睡眠障害の積極的な介入が、血糖コントロール改善や動脈硬化進展の防止に向けた重要な治療ターゲットであることが浮かび上がってきました。

期待される効果
現在、睡眠障害により特異的に有効とされるオレキシン阻害薬を用いて、睡眠障害改善によってもたらされる現象について解析中です。また血糖コントロールについてのみ、わずかな症例の結果しか得られていませんが、睡眠障害治療によって交感神経系の改善がもたらされること、それに伴って血糖の改善が有意に得られるという結果を得ています。今、血圧や血管障害指標の改善の有無についても検討しているところです。それらの研究が進展して、もし睡眠障害治療によって血糖コントロールの改善、夜間高血圧、早朝高血圧の改善、血管障害の緩和を期待できる結果が得られるなら、睡眠障害治療を2型糖尿病での重要な治療ターゲットとして位置づけることができます。最近の新規の異なった機序による睡眠障害治療薬の導入もあいまって、本研究が睡眠障害の治療目的を新たに位置づけるうえで重要な研究となりうると期待されます。

今後の展開について
今回の横断研究で明らかになった睡眠障害と血糖コントロール、血圧、動脈硬化の3者間での因果関係を明らかにするため、睡眠を特異的に改善する薬剤を用いて、睡眠障害によって引き起こされる代謝異常を検討しています。現在の予備段階の研究では、睡眠障害による交感神経系の活動性低下や血糖コントロール改善が認められています。今後患者数を増やして睡眠障害に対する治療の位置づけを確立できるように研究を進めていく計画です。

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(論文紹介)いびきが気になる人ミソフォニア

いびきの音が気になって我慢がならないとか、人の咀嚼音がダメだとか、どうしても特定の音に嫌悪感を強く持ってしまう人がいます。こういう人にとっては「いびき」が凶器となりうるのです。いびきなんて本人がかきたくてかいているわけじゃないんだからどうしようもないじゃないかと、開き直る前に、その実態をよく見てみましょう。

イギリスニューキャッスル大学の神経科学研究所による研究発表がなされました。
「ミソフォニア(音嫌悪症)」と呼ばれる、特定の音に対し極端に嫌悪を示し、場合によっては神経症や不安、パニックを引き起こす症状の原因が、脳の構造にあるのかもしれないという報告です。
気になる音というのは、いびきだけではなく、くちゃくちゃ食べる音や、ズルズルと麺を吸い込む音だったり様々です。

これといった解消法はないのですが、ほかの雑音で気を紛らわすのが効果的だそうです。
長距離深夜バスの中でいびきとか寝息が気になっても、実は車の走行音のほうが大きいのです。それでも気になる音というのは耳についてしまうし、それが自分の気分を害していると思うだけで我慢できない大きさに聞こえます。
イヤホンの音を大きくするよりも、好きな映画やドラマなどの何度も聞いているセリフのシーンを少し小さい音で聞くようにすると、雑音に紛れるセリフに気持ちが集中するので、ほかの音を頭から追い出す効果があります。
ただラジオなどでは、聞こえづらい声を一生懸命聞こうとして、目がさえてしまいますので、映画などのよく知っているシーンで、聞こえづらくても脳が補える程度が寝るためにもいいのです。
集合住宅で、隣の音や上の階の音が気になるという方が多いのも、ミソフォニアの可能性があります。重症となると、ほかの人には聞こえない音まで、幻聴のように聞こえ、本人は非常に不快になります。場合によっては刑事事件に発展することがあります。
以下は英語論文を機械翻訳しているため、若干日本語が分かりづらいですが、ご紹介いたします。

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982216315305
ミソフォニア(Misophonia)の脳の基礎

ハイライト
•トリガー・サウンドは、ミソフォニアの前孤立部で誇張された反応を引き出す
•ミソフォニアでは、前部膵島(island of Reil):「大脳半球の外側溝の底にある大脳皮質の一部;自律機能,嗅覚きゅうかく,情動などをつかさどる.」の異常な機能的接続性がある
•自律神経反応の亢進は、ミソフォニアの前腸内括約筋によって媒介される
•ミソフォニアは相互作用の変化に関連している

概要

ミソフォニアは、他の人々が食べたり、飲んだり、噛んだり、呼吸したりするような日常的な音に反応して、強い負の感情(怒りと不安)を経験するという情動的な音声処理障害である[ 1-8 ]。これらの音の一般的な性質(しばしば「トリガー音」と呼ばれる)は、ミソフォニアを被害者およびその家族にとって壊滅的な障害にするが、根底にあるメカニズムについては何も知られていない。生理学的測定と連動した機能的および構造的MRIを用いて、ミソフォニック被験者は脳および身体において特定のトリガー音関連反応を示すことを示す。具体的には、fMRIは、発声された被験者において、トリガー音が、誇張された血液酸素レベル依存性(sensory processing)の知覚に重要な「顕著性(salience)」ネットワークの中枢である前部皮質皮質(anterior insular cortex :AIC)における応答(BOLD)ミソフォニックのトリガー音は、腹側前頭前野(vmPFC)、後頭皮質(PMC)、海馬および扁桃体を含む感情の処理および調節を担当する領域のネットワークと、AICとの間の異常な機能的接続と関連していた。トリガー・サウンドは、心拍数(HR)の上昇と皮膚反応(GSR)を測定した。アンケート分析によれば、ミソフォニックの被験者は、身体を異なる方法で知覚することができ、AICの異常な機能と一致して、対照よりも感覚的感受性が高いスコアを示した。最後に、脳構造測定は、ミソフォニア個人においてvmPFC内でより大きな髄鞘形成を示唆した。全体として、我々の結果は、ミソフォニアは、AICの異常な活性化および機能的接続性に基づいて異常な顕著性が特定の音に起因する障害であることを示している。

キーワード
ミソフォニア ;感情障害 ;fMRI ;機能的な接続性。自律的な応答 ;介入

結果と考察
fMRIデータは、20音色のミソフォンと22の年齢と性別が一致した対照群で取得され、トリガー音(食べること、呼吸する音などのミソフォニックな反応ではミソフォニックな反応を引き起こす)、不快な音両方のグループによって迷惑であると認識されるが、赤ちゃんの叫び声、悲鳴を上げる人物などのミソフォニック・ストレスを感じさせない)、中立的な音(例えば雨)を感じる。被験者は、それぞれの音を聞いた後、(1)どのように迷惑をかけるか(両方のグループ)、(2)効果的に典型的なミソフォニック反応(ミソフォニックグループのみ)を引き起こしたか、音が発生する環境にあること)、音は(制御グループのみ)であった。行動反応、電気的皮膚反応(GSR)および心拍数(HR)は、fMRIデータの取得中に取得された(パラダイム図の図1A 参照)。全脳構造のMRIデータは、髄鞘形成の含量、水分、および鉄分量を測定するためのマルチパラメータマップ(MPM)[ 9 ]として取得された。

図1。
実験的パラダイムと主観的評価
(A)fMRIパラダイム:音を15秒間提示する標準的なブロックデザインを使用した。すべての音の後、被験者は、(1)音がどのように迷惑であったか、および(2)音がミソフォニック反応(ミソフォニア群)を引き起こすか、または反社会的であるか(対照群)であった。fMRIデータは、繰り返し時間(TR)が3.12秒で連続的に取得された。GSRおよびHRも実験を通してモニターした。
(B)主観評価:(i)ミソフォニックグループによる3種類の音のミソフォニック遭難評価。(ii)音の反社会的評価(対照被験者)。(iii)両方のグループによる音の苛立ち評価。不快感のある被験者は、不快な音(p <0.001)および中立的な音(p <0.001)と比較して、より大きなミソフォニック反応を引き起こすとトリガー音を評価した。ミソフォニックの被験者による不快な音は、迷惑であると認識され(中性音と比較してp <0.001)、一般的な迷惑とミソフォニック反応との間の解離を実証した。体感に関する主観的スコアについては、図S4も参照のこと。データは平均(±SEM)として表す。

行動データ(図 1B)は、トリガーサウンドがミソフォニックの被験者においてミソフォニック苦痛を引き起こした一方、不愉快なサウンドは、迷惑ではあるものの、ミソフォニック反応をもたらさなかったことを示した。ミソフォニックグループによるトリガー音のミソフォニック苦悩評価と、対照グループによる不快音の苛酷度格付けとの間に差はなかった。しかし、2つのグループは音を評価しながら異なる主観的尺度を使用した可能性が高い。グループ(2つのレベル)と音のタイプ(3つのカテゴリ)を因子とする一般線形モデル(GLM)[ 10 ]を用いたfMRIデータのランダム効果分析は、前部皮質皮質(AIC)における相互作用を左右対称に示した(図 2A;さらに地域が表S1)。さらなる分析は、AICにおける相互作用がサウンドをトリガーに応答して対象を制御するために比べミソフォニック被験者においてより大きな活性化によるものであったことが示された(参照、図2のB及び図S1を確認するためのプロット;参照S2図)。ミソフォニックとコントロールの被験者間の有意な活性化の差異は、不快な音や中立的な音には生じなかった。で確認プロットに示すように、左右のAICの両方における活性が、ミソフォニックグループ内ミソフォニック苦痛の主観的評価に伴って直線的に変化し、図2証拠のC. A大体[ 11]は、AICが怒りを含む感情に関連する主観的感情に関与することを示唆している。機能的には、AICは、顕著性ネットワーク〔のキーノードであることが知られている12 ]、検出および個人の行動関連性と意味のある刺激に向かって注意を向けるための固有の大規模な脳ネットワーク。AICの特有の活動亢進は、発声者がこれらの音に異常に高い顕著性を割り当てるという仮説を支持する。

図2  グループレベルのランダム効果GLMによるfMRIデータの解析
GLMは、グループ(2つのレベル)と音のタイプ(3つのレベル)を要因とする階乗的な設計としてモデル化されました。
(A)2つの因子(群および聴覚のタイプ)の間の重大な相互作用のために標準的なMNI-152テンプレート脳にオーバーレイされた統計的パラメータマップ(SPM)であり、p = 0.05家族全体の誤差(FWE) 。この効果はMNI座標(-41,6,0)で最大値を有するAIC(両側)において最大である。
(B)AICのクラスターで平均した活動の確認プロット(図S1およびS2および表S1も参照)は、対話効果が、対照と比較して、ミソフォニック対象におけるトリガー音の活動が高いことによって引き起こされたことを示している。
(C)ミソフォニック科目におけるミソフォニック・レーティングを用いたAICにおける活動の確認プロット。
(B)および(C)のデータは平均(±SEM)を示す。

ミソフォニック参加者のトリガー音を区別する重要な領域としてAICを特定したので、ミソフォニアに特有のネットワークレベルの変更があるかどうかを確認するために、刺激依存の接続プロファイルを探求しました。左AICをシード領域として使用して、2つの群における刺激依存性の接続性を分析した。腹側前頭前野(vmPFC)、後内皮層(PMC;後部帯状疱疹および後退性皮質)、海馬および扁桃体を含む脳領域のネットワークにおいて、ミソフォニック対象に対するAICのより大きな機能的連結性が観察された(図3A)。この増加した機能的な接続性は、トリガー音に特有のものであった。不快な音に関しては、接続性に大きな違いは見られなかった。重要なことに、同じ音に対する2つのグループ間の機能的接続パターンは、量的にも質的にも異なっていただけでなく、vmPFCへの接続性はミソフォニックの被験者における(ニュートラルな音の接続性に関して)音のセットは否定的です。右AICの機能的接続性の分析はまた、vmPFCおよびPMCに対するトリガー音に特異的な増加した結合性を示した(図S3A ;扁桃体および海馬への機能的連結も観察されたが、わずかに緩和した閾値であった)。vmPFCとPMCは、デフォルトモードネットワーク(DMN)[ 13 ](参照図S3被験者が内部向け思考および記憶の検索に従事しているときに活性化されるDMNとAICの機能的接続ネットワークとの間のオーバーラップのためにB)を、[ 14 ]及び非活性化されます注目は外部刺激に向けられています。AICとDMNのより大きな結合は、発声音を聞くとミソフォニックな被験者がAICをDMNから「解放」することができないことを示唆している。これは最近の研究[ 15多変量パターン分類を用いて、vmPFCおよびPMCにおける活性のパターンが、異なるタイプの感情を区別するのに最も有益であることを示した。AICとvmPFCとPMCとの間で、ミソフォニックと同じ音に対する制御が明確に異なることは、これらの領域が、2つのグループのトリガー音に対して異なる感情反応を起こす上で重要な役割を果たすことを示唆しています。したがって、この非定形的な機能的接続性は、AICの異常な活性化、およびミソフォニックグループによって音を誘発するように割り当てられた異常な顕著性の根底にある可能性がある。

図3  機能的接続性と構造データ解析

(A)左AICをシード領域とし、脳のすべてのボクセルに対する機能的連結性を分析した。この図は、ミソフォニックな被験者(コントロールと比較して)におけるトリガーサウンド(ニュートラルサウンドと比較して)のより大きな接続性を示す脳領域を示しています。閾値を超えて生存する4つの領域は、(1)PMC(後部帯状皮質[PCC] /プレグネナス)、(2)vmPFC、(3)海馬、および(4)扁桃体である。各地域の棒グラフは、中立的な音に関するトリガーと不快な音の接続性の確認プロットを示しています。表示された接続強度は、p <0.05でクラスター閾値に設定され、クラスター形成しきい値はp <0.001になります(図 A-3の右側のAICの機能接続性および接続ネットワークとデフォルトモードネットワークのオーバーラップ)。
(B)失調症の脳構造変化。ミソフォニック被験者は、vmPFCのコントロールと比較して、より高い髄鞘形成を反映するより高いMT飽和を示す。複数の比較のために補正した場合(発声するためにミソフォニックでより高い機能的結合性を示す脳領域、すなわち、(A)のシード領域AICとともに示される機能的ネットワーク)で補正した場合、15個のボクセルのvmPFCが最大値(-3、44、-2)は補正後も残る。図の表示目的のために、補正されていないp <0.001の閾値が使用される。pu、パーセント単位。
棒グラフのデータは平均(±SEM)を示す。

ミソフォニアの症状は人生の早い段階で開始する(発症年齢は約12歳であると早くも5年もすることができます意味[ので1 ])、我々はまた、対照と比較してミソフォニック被験者における脳の構造的な違いがあるだろうと予測しました。我々は、脳灰白質における髄鞘形成を反映する磁化転移(MT)飽和の全脳構造マップを作成した。有意性試験のために、私たちは、シード領域と共に対照と比較して、ミソフォニックにおけるAICとのより高い機能的結合性を示す脳領域への探索を制限した。構造地図の分析は、ミソフォニック対象がMT飽和を変化させたことを示し、これはvmPFCの灰白質における有意に高いミエリン化と一致する(図 3B)。この変化は、ミソフォニックの被験者で観察されたvmPFCへの変化した機能的接続のための可能な構造的基礎を示唆している。

脳の機能的および構造的変化を同定した後、我々は次に、脳における身体およびその駆動源の生理学的反応を決定した。我々はGSRとHRを測定し、被験者はMRIスキャナーで3セットの音を聞いた。トリガー音は、ミソフォニックな被験者において、対照被験者よりも大きなGSR応答およびHR応答を誘発した(図4A)。生理的反応は健全な呈示の持続期間を通じて持続し、不快なニュートラルな音のための2つのグループ間のGSR応答またはHR応答に差異がなく、音を誘発することに特有であった。私たちが観察したトリガー特有の自律神経反応の高まりは、トリガー音の環境から逃れる発声者の強い傾向と一致している[ 1] 。 2 ]逃げることができなければ強い不安と怒りを経験する(戦闘/飛行の応答)。


図4。脳領域による精神生理学的反応と仲介

(A)ミソフォニックおよびコントロール被験者のHRおよびGSR。ミソフォニックの被験者では、トリガー音がHRおよびGSRの持続的な増加をもたらす。GSRおよびHRの統計分析は、fMRI分析と同様に、2×3のANOVAを用いて時々実行された。HR時系列では、因子間の相互作用は、発症後2.4〜10.4秒、その後12.4〜17秒に有意であった。GSRの時系列では、発症後7〜21.4秒の有意な相互作用が観察された(GSRとHRが有意に異なる時点をパネル間に黒色の水平バーで示す)。HRおよびGSR時系列の両方は、p <0.05でクラスター閾値を有し、クラスター形成閾値はp <0.05であった。ポストホック比較は、HRとGSRの両方における相互作用効果が、ミソフォニックな被験者のトリガー音に対するより高い応答によって引き起こされることを示した。2つのグループの間には、不快でニュートラルな音に対する反応に違いはなかった。bpm、1分あたりのビート。

(B)調音分析は、発声音を発するために、対照と比較して、発声された被験者においてどの脳領域がHRおよびGSRの増加を仲介するかを決定する。入力Xはカテゴリーベクトル(ミソフォニックの場合は+1、コントロールの場合は-1)であり、応答ベクトルYはHR / GSRの平均的な増加を含んでいる(ニュートラルサウンドと比較して)全脳の一段階仲介分析が使用された)を各被験者のトリガー音のトライアルで聴く。仲介変数Mは、中立的な音と比較されるトリガー音のベータ値(SPMを使用して決定される)です。(i)左AICはGSRの変化を媒介する。(ii)AICのクラスターを平均した2つのグループのGSRのメディエーション強度の確認プロット。(iii)AICは、ミソフォニックにおける高められたHRを仲介する。(iv)AICのクラスターを平均した、2つのグループのHRの調停強度の確認プロット。

データは平均(±SEM; Aの陰影区域およびBのエラーバー)として表される。

ミソフォニアにおけるこれらの自律神経反応の脳の原因は何ですか?これに答えるために、我々は、変数X(グループメンバーシップ、すなわちミソフォニックまたはコントロール)からY(GSRまたはHR)への関係が第3の変数によって説明(媒介)できるかどうかをテストすることを目的とする仲介分析[ 16 ] M(脳活性化)。重大な仲介は、グループメンバーシップ(X)によって説明される以上に、観察されるGSR / HR(Y)を仲介することができるY(XからMからY)への間接的経路があり、 。我々はGSRとHRのために全脳仲介分析を別々に実施した。本発明者らは、AICにおける活性が、ミソフォニック対象におけるGSRおよびHRの上昇(図 4B)の両方を媒介することを見出した。

過去10年間で、インタオプション(内部身体状態の認識)が刺激に関連する感情の顕著さと経験に影響を与える可能性があるという認識が高まっている[ 17-20 ]。興味深いことに、AICは身体からの内臓の内臓入力を外部の感覚入力と統合する重要な脳構造である。これに伴い、AICの非定型的な介入と活性化は、多くの社会的情動障害の根底にあることが示されている[ 21,22 ]。最近、インターレセプションのモデルとして、予測に基づく階層的ベイズ推定を拡張への関心が高まってきた、19 23]。このモデルでは、インタセプトには、ボトムアップのインターセプト信号とその原因の事前の信念(予測)を組み合わせることで、インターセプト信号の原因を推測することが含まれます。このマルチレベルで階層的に構成された推論スキームでは、AICは階層の最上位にあり、身体の全体的な状態を推測することが示唆されている[ 24 ]。身体意識アンケート[ 25 ]を用いた身体知覚に関する主観的信念の評価は、ミソフォニクスが、ミソフォニックにおける変化した知覚感受性と互換性のある内部感覚(図S4)のより大きな意識を報告することを示した[ 22 ]。身体状態を表すAICの役割を考えると、アンケートデータはまた、ミソフォニアにおける異常なAIC機能と一致している。

結論
全体的に、我々のデータは、ミソフォニックの場合、トリガー音がAICの活動亢進およびこの領域の内側前面、内側頭頂および側頭領域との異常な機能的連結を引き起こすことを示している。AICとの異常な機能的接続性を示す内側前頭皮質における異常髄鞘形成が存在すること; 異常な神経応答が、ミソフォニック体験に伴う感情的な発色および生理的な覚醒を媒介することを示唆している。一緒になって、私たちのデータは、内的身体状態の非定型的な知覚と相まって、それ以外の無害な音に起因する異常な顕著性は、ミソフォニアの根底にあることを示唆している。利用可能なデータでは、ミソフォニアが非定型的な相互受話の原因であるのかそれとも結果であるのかを判断することは不可能であり、両者の関係を描写するためにさらなる作業が必要である。

ミソフォニアは、障害の神経学的または精神医学的分類を特徴としない。被害者は、これが引き起こす恐れの恐怖のためにそれを報告せず、医師は一般にその障害に気づいていない。この研究は、この悪性疾患を分類し治療するための継続的な努力を導く、行動、自律神経反応、および脳活動および構造の変化に基づく明確な表現型を定義する。

著者寄稿
SK、OT-H。、WS、JSW、およびTDGは実験を設計した。SKおよびOT-H。データを収集した。SKは、WS、JSW、MFC、TDGの助けを借りてデータを分析しました。SK、OT-H、WS、JSW、MFC、MA、TEC、PEG、D.-EB、およびTDGはこの論文を書いた。TDGは作業の全側面を監督しました。

謝辞
TDGは、このプロジェクトの財政的支援のためにウェルカム・トラストに感謝したい(付与WT091681MAおよびWT106964)。JSWは、MB / PhD卒業生のためのウェルカム・トラスト・ポスドク研修フェローシップ(グラント095939)を保持しています。ウェルカム・トラスト・センターは、ウェルカム・トラスト(助成金091593)からのコア・ファンドにより支援されています。この調査はUCL倫理委員会によって承認された

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(論文紹介)補完代替医療としての笑い

以前のブログでも書きましたが、睡眠は、脳の排泄機能ではないかという考え方。
不眠症は言ってみれば脳の便秘だということですね。
出したいのに出ない便秘の苦しさと、眠いのに眠れない不眠の苦しさは確かに似ている気がします。
便秘の解消には水溶性食物繊維を取るとか、腸内フローラを整えるとかいろいろと解消方法が言われますが、脳にとっての食物繊維って何だろうと考えると、幸福ホルモンといわれるセロトニン分泌を促すこと。本日紹介の論文はセロトニンを増やす方法について笑いが有効というところに目を向けてみました。「補完代替医療としての笑い」です。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcam/4/2/4_2_51/_pdf
日本補完代替医療学会誌 第 4 巻 第 2 号 2007 年 6月:51–57
【総 説】

補完代替医療としての笑い

The Laughter Therapy
高 柳 和 江*
Kazue TAKAYANAGI*
日本医科大学医療管理学教室

【要 旨】
医学文献では笑いについての科学的研究が少ないが, 人間のコミュニケーションには大切である.補完代替医療では,笑いは特筆された存在である.上手に使うと,状態を軽くして,患者家族,介護者そして医療提供者との間の連携を強くするが,ブラックユーモアな どは,時に鬱の患者さんに,反対の効果をもたらす可能性もあるリスクの高い戦略である.
多くの患者さんは苦しみを抱えていて,笑おうと思っても笑う状況にない.補完代替医療での笑いとはこういう人たちが本当に心から笑えるような場と空気を提供し笑いをひきだすことで精神的・身体的効果を得ることにある.
I.総説で笑いの中枢と回路,笑いと表情,笑いによるからだの動き,笑いの発達段階などを俯瞰した後,II.具体的な補完代替医療として,病気の軽快を目的とした試みや方法を述べ,III.現場での取り組みとして,著者が行っている笑い療法士について紹介する.
【キーワード】
笑い,NK細胞,幸せ感,笑い療法士,パッチ・アダムス,癒しの環境研究会
I. 笑いについての総説

補完代替医療では,笑いは特筆された存在である.笑いの効果における科学についての論文は少ないが,笑いは昔から百薬の長とされ,笑い関連の話題も多い.医学領域以外の笑いについて総説的に記述し,具体的な笑いの補完代替医療の医学的側面,および現状などについて,論述してみたい.
補完代替医療における笑いとは,自己治癒力を高める 療法である.

1. 笑いの中枢と回路
笑いをつかさどる中枢には大脳新皮質,辺縁系,視床 下部の 3 つがある(図 1).

笑いの回路には二つの独立したものが存在する.先天的で情動的な笑いを担う回路では,古い脳である前帯状回と扁桃体が中心的役割を果たす.後天的で認知的な笑いを担う回路では,意志の中枢である大脳皮質の前頭前野が指令を発し,緊張緩和としての笑いになる.笑いの出力回路は,最終的に脳幹に至るが,その途中で,小脳が介在して,笑い発現を状況にあわせて微調整している.

2. 笑いと表情
母親の表情が複雑で豊かなほうが,6 か月以降の乳児の笑顔の発達は,良い反応が出てよい笑顔に育つ1).一般に,ほとんどのポジティブな表情はシンメトリーに右左両方の顔にあらわれる.顔の対称性と利き腕の機能とは関係ないというが,人間は顔の片側だけで表情を表すことができる2).ポジティブな表情を片側だけに表すのは男性のみであるが,ネガティブの表情は男女関係なく,左側であらわされる2).
口の一端だけが笑い,あとの顔の部分が笑っていないものを引きつり笑いという.また,口角下制筋と口輪筋をつかって,口角を上げるときに,唇の真ん中だけをと がらせるという高等テクニックができる.これは,ゆがんだお世辞信号の一つである固い笑いだ3).以下に笑いと関係する表情筋をあげる.
1)大頬骨筋
この筋肉が収縮すると口角を斜め上外側に引き上げ,笑い顔に特有な口の形を作る.口輪筋が哺乳の際乳首を吸いつく働きをするが,そのあとで,乳汁を吸い取るときに大頬骨筋が働く.
2)眼輪筋
目を閉じる内側の筋肉と眼裂を細くし,目じりにしわを寄せる外側の筋肉があり,快や緊張緩和のときに働く.
3)皺眉筋
鼻の付け根から両側にやや上向きに走り,眉間のたて皺を作る.目の上のひさしで,まぶしさをさえぎるのが本来の役目だが,眼の笑いを抑制して,苦笑いなどのメッセージ性を加える.
4)口角下制筋
口の笑いを抑制する.
5)口輪筋
口をすぼめて前に突き出す.
6)眼球
人間は他の霊長類と異なって,白眼という特殊な顔面要素がある.つまり,視線,特に,一瞥をしっかり見立たせる笑いの強調の役目をする4).凝視には,視線を外すものと,視線を向けるもの二つがある.視線を向けるのは,愛,敵意,恐れという積極的な感情を示し,視線をそらすのは,恥じらい,さりげなく示す高慢さ,しおらしい服従を示す4).

3. 笑いによるからだの動き
人間は,非日常を感じると,驚きという反応をする.肩をあげ,深く息を吸い,腹筋を動かし胸を張り腰をそらすという全身運動を行う.この全身を大きく見せて,口を大きく開けるという態勢は,威嚇の動作にもつながる.愛と敵意は相反する感情であるが,笑いも威嚇と同じ行動を示す.
この後で,安心した時は,腰を曲げて,全身で息を吐き,笑いになる.安心できなかったときに怒りになる.笑いと怒りは表裏一体である.精神障害者に正面を向いて凝視すると敵意と受け取られる可能性がある.
笑うと頬の表情筋が頻繁に動き,顔面静脈が伸縮し, 脳から心臓へ戻る血流が増加する.笑っている時は激しく横隔膜を上下させるため腹筋が運動し,全身運動になる.
脳が興奮し酸素を消費すると,脳細胞への酸素の供給量が不足し,脳の働きが低下する.そこで笑いによって新鮮な血液を脳へ送る.脳細胞へ栄養供給が増え,情動をつかさどる右脳が笑いで活性化され,ストレスで左脳を使う人にとって,リラックス効果があると考えられる.
笑った後は,集中しやすく記憶力もアップできる.怒りや恐怖を感じたときなどの異常な事態の時に交感神経は優位になり,その状態が長く続くとストレスの原因になる.コルチゾールが高まり,免疫力が低下する.血圧も高くなる.
脇を触られるくすぐり笑いは脇の内側にある心臓,肺などの内臓を守るために,筋肉が緊張する.この時,全身の筋肉に力が入り緊張する.脇を触られると心拍数が上昇し急激にストレス状態になり,ストレスを和らげようと笑いが起こると考えられている.これをくすぐり笑いといい,酸素摂取量は,有酸素運動並みに多い.
1)副腎ホルモンが変化
笑いにより酸素が増えるとコルチゾールの分泌が減り,ストレスが鎮まる.単純笑いよりもゲームによる積極的な笑いのほうが効果が大きい5).
2)セロトニン神経の活性化
脳幹の縫線核から出た神経からセロトニンという神経伝達物質が放出される.人間の攻撃性と関連があり元気になる.これは覚醒時に持続的な放出があり,睡眠時に発射が抑制される6).呼吸,咀嚼,歩行などのリズム運動を行うことによっても,放出が増強される.不足状態では,うつ病,パニック障害,摂食障害になるなど,心の疾患と密接な関係がある.
3)副交感神経優位
笑いで副交感神経優位になると,安らぎ・安心感を感じた状態になりストレスが解消される7).
4)血糖値が下がる
血糖値はストレスによって上昇するが,笑いには,インシュリンを分泌する遺伝子作用に働いて,血糖を正常化させる作用もある8).
5)脳内麻薬物質の放出
笑いによって自然な幸福を感じさせる化学物質脳内モルヒネであるエンドルフィンやドーパミンを血液中に大量に分泌させる9).
6)免疫能が高まる
自律神経の頻繁な切り替えによる脳への刺激により,神経ペプチド(免疫機能活性化ホルモン)が全身に分泌される.NK 細胞には神経ペプチドの受容体があり,NK細胞は活性化される10).
著者の実験では,高圧酸素室にいれた大学生 10 人と笑いのビデオを見た大学生 10 人を比較すると,前者(コントロール群)はうつ傾向,緊張,疲労,混乱,が高まり11),活動性は落ちた.お墓に入ったみたいな長い時間だった,二度といやだという感想であった.後者は(笑い群)は心理テストもまったく逆の結果である.おわったの?もう一回?いいよと,あっけらかんとしていた.後者の NK細胞活性は有意に高まっていた(図 2).

4. 笑いの発達段階
1)自然微笑
新生児微笑は産まれたばかりの赤ん坊が眠っている間に微笑する現象で本能的なものである.親子のコミュニケーションを活性化する.赤ん坊の姿とそれを好ましく思う親の認知特性,つまり親に奉仕させ子どもの生存率を高める行動は Care Eliciting Behavior のひとつである.自然の生き残り戦略の上で,遺伝子に組み込まれた仕組みらしい.3 カ月で消失するが,6 カ月まで,565 回の自然微笑と 15 回の声出し笑いが観察された例もある12).
2)受動的笑い
自発的に起こる自然なもので嬉しさの表現である.親の顔の視覚情報が脳の情動中枢である大脳辺縁系に到達し,続いて,大脳基底核に中継される.大脳基底核は脳の高次の皮質とそれよりも進化的に古い視床との間に位置するいくつかのニューロン集団である.この基底核が自然な微笑を生み出すのに必要な顔面筋の一連の活動をまとめる.この事象のカスケードはいったん作動すると瞬く間に完了し,思考をつかさどる皮質が関与する余地は無い.
人の脳には相手の感情を読み取るミラーニューロンがある.これが働くと,つられ笑いが起こる.共感するミラーニューロンである.脳の前頭葉にある神経細胞は,人の表情,声から感情を読み取り,同じ感情になるよう命令を出している.つられ笑いやもらい泣きが起こる.
親の微笑みかけという介入で,微笑み返す.親が使う赤ちゃん言葉は親にとっては退行現象であるが,こどもは言葉を聞き取る能力を発揮する.3 ヶ月を過ぎると,おいしい食事にありついたとほっとしたとき,おもわずこぼれる微笑なども受動的な笑いだ.快の笑いとも言う13).
ただし,笑顔を見ても,笑いを拒否する行動をとる時もある.大人は目をそらすか,敵意の目線を返す.親が笑いながら目をみつめても,機嫌が悪い乳児は意図的に首を曲げて目をそらす.本人はミルクがのみたいとか抱いてくれとか,問題が解決されるまでは,笑いたくないという意思を示す.
3)能動的笑い
笑おうとする意思があって,積極的に介入を取り入れる笑いである.漫画,落語,映画,本など,能動的に笑えるもので,意思の力が入る.社交上の笑い,前頭葉の笑い,さらに,達成感のある霊的な笑いをも含む11,13).
4)信号としての笑い
①笑いの発現時間,持続時間
笑いで顔の表情がかわるスピード,笑いの発現時間は,本人が感覚を探す能力に反映しており,また,個人的なスタイルと関係する1).典型的な笑いは,十分な強さがあり,消えるまでに時間がかかる.ちらっと浮かび,すぐに別の無表情な顔に変わり,笑いが直ちに消える断片的笑いもある.セロトニンをだす機能とも関係するらしい.
②信号としての強さ
ぎこちない,またはあいまいな表情は不足信号としての笑いである.
③作り笑い
人間は完全な作り笑いをすることができる.舞台俳優は,笑いと言う信号を強調して 30 メートル以上離れたところに,伝えるという不自然な課題をこなすことができる.
5)病的な笑い
笑うべき刺激でない時に,笑い発作がおこるコントロールできない笑いと,脅迫笑いという病的なものがある14).小脳と橋核の笑いの中枢の異常と,笑いの出力を調節する神経回路に異常がある 2 つの場合がある.

II. 具体的な補完代替医療
1. 病気
アメリカのノーマン・カズンズは,強直性脊椎炎にかかったが「笑い療法」とビタミン C の大量投与を行い,1 週間ほどで症状が改善し始め,半年でもとの編集長職に復帰した15).
1)病気の軽快,治癒
笑いが,がん,心筋梗塞,アトピー,リウマチなどの膠原病等にも好影響を及ぼしていることが報告されてい る.リウマチ患者に落語を聞かせると,リウマチ悪化因子が減り,関節の痛みも和らいだ7).ノーマン・カズンズも 10 分間腹を抱えて笑うと,少なくとも 2 時間は痛みを感じずに眠れたという15).
悪性腫瘍の自然治癒は,神経芽細胞腫で有名であるが,笑いや前向きな生き方で消化器がん,悪性リンパ腫での自然治癒もまれに報告されている.
2)苦痛の軽減
妊娠,出産,出産後の親のケアなど,抗がん剤治療でも緩和ケアでも医療に笑いとユーモアが有効である16–19).ユーモアは患者の痛みをとり,医療者の人間的なところを見せ,すべての人の協力をもたらす.患者がユーモアを使うと医師との診察が軽い気持ちになり,医療者が使うと,日常が楽しくなる20).
3)幸せ感
パッチ・アダムスは認知症で怒り顔の人も,アルツハイマーで能面の顔をした人でも笑いで笑顔に変えた(図3)21).
教育の分野においては,ユーモアをより多く用いる人と創造的思考の間には統計的に有意で正の相関関係がある2).前向き思考と幸福感を授業の前後に考えさせる教育をおこなったイタリア人の思春期の子供では,適応が良く自己効力感が高まった22).
ビジネスの分野でも笑いのストレス管理で従業員の血圧が下がり,パフォーマンスに好影響を与えているとの報告がある23,24).
身体的健康とユーモアとは関係がある25).健康とユーモアのセンスの関係を図るには,もっと研究が必要である.
2. 方法
1)受動的
①お笑いの本,小説,マンガ,映画
自分は笑えるといういくつかの本や映画を見つけておく.または,お笑い芸人の芸をみる.
②環境
患者がかるい気持ちになる面白い小説,本,DVD,映画を満載してある笑い車を病院ロビーに置くことは簡単である20).ま た,マサチューセッツ総合病院の The Kenneth B. Schwartz Center では患者に希望を与え,介護者をサポートして,癒しのプロセスを助けるところとして寄付され,回診では患者の精神的な問題もとりあげる26).
2)能動的
①積極的に笑い顔をして笑い声を出す.
笑顔を無理にでも作り,笑い声を出す.俳優は劇の中で笑うことができる.このときに,セロトニンが増える.
②肉体運動
運動やゲームなどは肉体的な達成感も伴い,笑える5). くすぐりと,全身笑いに移行して肉体運動にもなり,セロトニンも高まり,副交感神経優位になるなど身体的な変化が起こる.
③笑いを創り出す
窮地に立ったときこそ,自分から周囲に笑いを呼び込むことができる.笑いのネタ本で本当に笑えるのは,3分の 1 もない3).相手を錯覚させる方法,同じ内容の順番を変えるだけで悲劇を喜劇にする方法,マクロとミクロを反転させる方法など,思いがけないオチをつけるテクニックがある3).ただし,笑いならなんでもいいわけではない.患者さんや病気のこと,個人攻撃,自虐ネタなどは痛みを増やす笑いである27).
④達成感
目標を決め,努力して達成感が得られたら,笑える.スポーツ選手の笑いや選挙当選者の笑いでよく遭遇する小さな目標から大目標まで,いろいろ決めておくとよい.

III. 現場での取り組み
1. 笑い療法士
多くの患者さんは苦しみを抱えていて,笑おうと思っても笑う状況にない.補完代替医療ではこういう人たちが本当に心から笑えるような場と空気を提供する笑える環境というのが必要だ.私は癒しの環境として五つの項目をあげている27).「安全」「リラックス」「(医療の)質 がよいこと」「元気になること」,および「生きがい」がそれであるが,これは笑いでも同じことである.人間としての権利が守られていることを実感して,安全だと感じることではじめて人は笑える.ほっとしてほほえみ,だんだん,げらげら笑って,元気になっていくことができる.
筆者が代表世話人を勤める癒しの環境研究会では笑い療法士評価認定委員会(委員長:中島英雄・中央群馬脳神経外科病院理事長・噺家桂前治)を立ち上げ笑い療法士を育てている28).「笑い療法士」とは,笑いをもって患者の自己治癒力を高めることをサポートする人のことである.患者さんに,よりそい,心をひらいて笑いを感染させるのが笑い療法士である.笑いは,人が幸せに生きることを支え,また病気の予防にもつながっていく.そうした笑いをひきだすのが「笑い療法士」だ.健康な人,笑いたい人が笑おうと待ち構えているところで笑わせる「お笑い」とは違う.したがって,笑い療法士は場所を選ばず,とくにグッズやパフォーマンスを必要としない.医療・福祉関係者のほか,患者さん,家族や一般の方などで「その人がいるだけで空気が変わる,社会が楽しくなる人」も対象である.人間の心をしっかり持っている人,そして患者さんに寄り添える人,というのが笑い療法士の条件である.応募者が多く,候補者になるには書類審査で 9.3 倍の狭き門である.候補者は患者心理学や脳の解剖,笑いの医学的基礎や患者心理など 2 日間にわたるトレーニングと講習を受け,その後のフォローアップと呼ばれる約 2–3 か月の実績を見て 3 級に認定した(図 4).
「療法士」というタイトルを認定するという 社会的責任から水準を高めるための継続研修も行っている.この笑い療法士は社会の広い層から大きな反響を呼び,新聞にも大きく報道され,取材も殺到した.
2005 年 10 月 23 日から,2007 年 2 月まで第 3 回の認定を行い,209 人の笑い療法士が誕生した.認定された人の職業は医師 26 名,看護師 43 名,医療福祉 30 名,コ・メディカル 16 名,一般人 95 名である.病院理事長,大学教授,お坊さん,落語家から全くの市井の人,患者さんなどのさまざまな職種がいる.年齢も 19 歳から 84 歳まで広がっている.
笑い療法士 3 級の有効期間は 3 年間で,その間の活動ぶりを評価して,その結果に応じて更新が行なわれる.今後は豊富な経験と実績が必要とされる 2 級笑い療法士,患者から呼ばれてプロとしてお金を払ってもらえる笑い療法士 1 級の認定になる.認定を受けた人は,笑い療法士の名称を用いて,さらにまわりの人々に笑いを広 げる.医療や福祉の現場に「自己治癒力を高める笑い」を広げるムーブメントを起こし,その中心人物として活躍することが求められる.
笑い療法士とは,「患者を尊敬し,患者の心に寄り添って,笑いを感染させる人々」である.医師でも患者さんでも笑い療法士は,常に笑い療法士の状態であり,今から笑い療法をします,というものでもない.患者さんがよくなることで生きがいにもなっている.癒しの環境研究会では今後,「1 日 5 回笑って,1 日 5 回感動する」というテーマを掲げて笑い療法士の周知や地位向上をさらに進めていく予定である.
2. ホスピタルクラウン
欧米ではホスピタルクラウンといって,一般人がボランティアでクラウンの格好をして患者を元気にするシステムがある29).英国では医師がクラウンの格好をするドクタークラウンもいる30).米国では,ドクタークラウンとしてパッチ・アダムスが有名で映画で日本でもおなじみである31).日本でも,ホスピタルクラウンのボランティアをする団体がいくつか出てきた.主に子供たちに元気を与える試みがなされている.
3. 笑い療法の効果
がん患者で笑い療法士になった人は,普段は,包丁で刺されるみたいな痛みが笑いでまったく痛くなかった.終わってから,痛みが戻ってきたという.腫瘍マーカーが笑いで下がったと報告してきた人もいる.
88 歳の A 子さんは,大学病院の結果は胃体中部小弯側に 3 cm 大の 2 型(限局性潰瘍形成型)分化型腺癌で SS層まで達しており進行胃癌と診断されたが,本人の手術拒否で,経過観察をした.笑い療法士の開業医が顔面表情筋の体操,彼女の目を見ての傾聴,毎回だじゃれ等を中心とした話題,日々感動してもらうなどをしたところ,1 年 7 ヵ月後食欲も貧血も改善傾向となり,内視鏡検査を行なったところ,萎縮性胃炎に変化していたという.

まとめ
ユーモアや笑いはその場の空気を変える道具として使える.ユーモアは患者と医療提供者の両方にとって孤独を和らげる.上手に使うと,状態を軽くして,患者家族,介護者そして医療提供者との間の連携を強くする.ブラックユーモアなど時に反対の効果をもたらす可能性もあるリスクの高い戦略である.医学文献では笑いについての研究がほとんどない.医師の診察や看護師の経験を通して,ユーモアの役割をレビューすべきである.人間のコミュニケーションにはユーモアや笑いは大切であり,医療者は日常にもっと用いるべきである20).
笑い療法士が国家資格に認定され,日本中で 100 人に1 人が笑い療法士になると,日本の国も明るくなることだろう.
青森県では,青い森笑いプロジェクトも 2007 年からスタートした.いじめ,虐待,自殺防止のために,県民 2万人にほほえみをする人々を養成するプロジェクトだ.国の科学研究費で「エビデンスのある患者自己治癒力向上―量的(HSP 免疫など)と質的評価を指標として」というタイトルで筆者の笑いの研究が認められた.笑いに科学の光がはいるとともに,全国の医療現場や家庭で本当の笑いのムーブメントが広がることを願っている.

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ABSTRACT
The Laughter Therapy
Kazue TAKAYANAGI
The Department of Health Policy and Management at Nippon Medical School
There are few scientific papers about the effectiveness of the laughter of the patients, even laughter is essential to human com- munication. Cultural values of people acknowledge laughter as good medicine, although the black humor is sometimes risky strat- egy for the depressed patient. The most patient has his own serious problem which prevent him to laugh. Laughter in complementary and alternative medicine means to offer the atmosphere and environment where depressed patient can be educated smile and laugher to improve psycho-physiological status.
Current review of laughter was done and grouped into three main themes: (1) medical aspect of laughter, (2) laughter as one of the alternative medicine, which relieve stress, care and heal the patient and (3) the laughing therapist who enhancing laughing to the patients suffered from mental status. There are some supported paper of a connection between sense of humor and self- reported physical health. More research is required to determine interrelationships between sense of humor and well-being. This study contribute the value and significance of laughter to support people in their learning journey.
Key words: Laughter, therapist, healing environment

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(論文紹介)睡眠と認知症

犬の散歩で自分も運動。本日紹介する論文は、海外のものですので、要約でご紹介します。睡眠の質と認知症の関係です。長期追跡調査により、認知症患者と認知正常者の差を見ています。

「睡眠の質の低さと認知症の関係」
睡眠中に無呼吸発作が起こる睡眠時無呼吸症候群と、高齢期の認知機能障害との関連についての報告をご紹介致します。
※睡眠時無呼吸症候群(Sleep apnea syndrome, SAS)とは、睡眠時に呼吸停止または低呼吸になる疾患です。10秒以上呼吸が止まる状態が1時間に5回以上起こると睡眠時無呼吸症候群と診断されます。15回までが軽度、30回までが中程度、30回以上あると重症とされています。

研究者らは、睡眠が認知機能障害に関係するか(影響を及ぼすか)を調査するため、65歳超のスイス住民計580例を対象に、主観的・客観的な睡眠特性を検討するコホート研究を実施しました。
※コホート研究とは、ある因子の有無について患者を追跡調査し、ある疾患の発生について関連しているかどうかを調べる分析手法です。

主観的な睡眠特性については、エプワース眠気尺度(ESS)を用いて眠気を評価し、ベルリン質問票を用いて睡眠時無呼吸リスクを評価しています。また、包括的ポリソムノグラフィーと全面的な神経心理学的検査を実施し、認知機能については、臨床的認知症尺度(CDR)スコア0を正常とし、0.5以上の場合認知機能障害と定義して判定しています。

睡眠の問題を評価する必要性

調査結果としては、認知機能障害群では認知機能正常群よりもESSスコアが高値でしたが、両群ともスコアは正常範囲内(10未満)でした。睡眠時無呼吸は、認知機能正常群の25.1%に認められたのに対し、認知機能障害群では34%に認められました(p=0.019)。すなわち、認知機能障害群の方が、認知機能正常群よりも、睡眠時無呼吸の頻度が10%程度高い結果となりました。

また、ポリソムノグラフィーの測定値から次のようなことが判明しました。

認知機能障害群では認知機能正常群よりも、
・睡眠の浅い時間が長くて、睡眠の深い時間が短い。
・REM睡眠時間が短くて、睡眠効率が悪い。
・酸素飽和度低下指数(ODI)が高く、酸素飽和度最低値が低い。ただし、酸素飽和度平均値は低くない。
・無呼吸低呼吸指数(AHI)の平均は、認知機能障害群では中等度(18.0回/時間;範囲 7.8~35.5)、認知機能が正常な参加者では軽度(12.9回/時間;範囲 7.2~24.5)。
・年齢、性別、BMI、飲酒/喫煙、向精神薬の使用、学歴および併存疾患について補正後、依然として認知機能障害との関連が認められたのは、AHIとODIのみ。
・認知機能のスコアが悪いほど、睡眠時無呼吸の重症度が上昇

睡眠時無呼吸症候群は動脈硬化と関連がありますので、単にそうした要素によって認知機能障害が出てきているという可能性は考えられますが、夜間の間欠的低酸素症(ODI高値から示唆される)が認知機能障害の一因となっている可能性はあるということが分かります。この調査結果から、認知症の症状のある患者を対象に睡眠の問題を評価することの必要性が示唆されたと言えるでしょう。

※エスワープ眠気尺度(ESS)問診票とは、
日中の眠気の度合を評価するものです。最近の生活のなかで、「座って読書中」「テレビをみているとき」「自動車を運転中に信号や交通渋滞などにより数分間止まった時」などのシチュエーションで眠ってしまうことがあるかどうかについて答え、合計点によって重症度を判断するものです。

※睡眠ポリソムノグラフィー検査(PSG)とは、
睡眠時無呼吸症候群をはじめとする睡眠障害を正確に診断するための検査です。脳波、呼吸運動、心電図、いびき音、体の酸素飽和度などのセンサーをとりつけ、一晩中連続して記録する検査です。

ご紹介した論文
Sleep characteristics and cognitive impairment in the general population: The HypnoLaus study.
Neurology 2917 Jan 31; 88:463 doi: 10.1212
Haba-Rubio J, et al.

睡眠時無呼吸もいびきも「完全いびきコントロール」でコントロール可能。生活習慣病が認知症の原因かもしれないってことですね。

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(論文紹介)不眠症の診断と治療

散歩で見つけた家の塀に埋め込まれたお稲荷さん。もともとお稲荷さんがあった場所に塀を作ったのでしょうか・・もう少しほかにやりようがなかったのかすごく気になります。

本日は、不眠症の診断と睡眠薬の使い方辞め方が分かりやすく説明されている論文を見つけたのでご紹介いたします。

不眠症の診断と治療
村崎 光邦
不眠は臨床的には痛みに次いで多い訴えであり, 日常の臨床場面で不眠症患者の治療が必要になる機会はきわめて多い, アメリカの国立精神保健研究所NIMHでの最初の調査では10.2 % が重い不眠に悩み,そのうちの31 % は1 年後もなお不眠を訴えており,全体の3% は厳密な意味での慢性不眠症と判断されている。また,1950 人のインタビューによるGallup 調査では9% が慢性的に不眠を訴え,うち20 % か睡眠薬を服用している。ヨーロッパでの調査でも2% はいわゆる不眠症であるとの結果が得られている。資料のとり方や不眠症の定義の違いなどで、多少の開きはあるが,調査対象の2~ 3% が慢性の不眠症で治療が必要があるとのコンセンサスがある。
最も外来患者数の多い病院の1 つである北里大学病院,北里大学東病院における1991年度の外来処方箋1万枚あたりの睡眠薬の処方頻度をみてみると,全科平均8.1% に及び,精神神経科のみでは51%と外来患者の半数以上に睡眠薬が処方されるように,現実に外来患者のいかに多くが睡眠薬を服用しているかが明らかである(表1)。したがって,不眠症の正しい知識とその治療法を知ることは,一般治療科の医師にとってきわめて大切である。ここでは,不眠症の診断と治療,とくに睡眠薬の使い方とやめ方について解説しておきたい。
http://ci.nii.ac.jp/els/contents110004696666.pdf?id=ART0007435515

不眠症の診断
1. 睡眠調査表を用いた診断
不眠症の診断は、眠れない、あるいは眠れないために翌日気分が優れず、日常生活に支障があるといった 患者の主観的訴えに基づくことになる。例えば、国際疾患分類案(ICD-10)による不眠症診断ガイドラインでも、①入眠困難 (2時間以上寝つけない)、睡眠の持続の障害 (中途覚醒:一晩に2回以上、早朝覚醒: 普段より2時間以上早く目覚める) および熟睡感のなさのうち、1つ以上を訴える、②不眠の訴えは少なくとも週3回以上あり、1か月以上持続している、といった2項目を重視し、付加的に、③眠れないとの先入感があり、不眠を過剰に気にしている。④顕著な苦悩, 社会的、職業上の困難を惹き起こしている、との2項 目を加えているように、主観的訴えが診断の中心となっている。
ここでは、睡眠調査表を用い具体的点数化を試みた 診断の仕方を紹介しておこう(表2)。この表から。中等度以上の不眠があると判定された場合には治療が必要となる。
項目①~⑦の合計点が多いほど下位へランクする。但し、合計点が6点以下でも1つの項目で3点がある場合は1ランク下位へ、7点以上で2つ以上の項目に3点がある場合は2ランク下位へ下げて評価する。中等度以上の不眠がある場合は治療が必要となる 。
⑧と⑨の項目は睡眠の精神身体に及ぼす影響や不眠症の原因を考えるうえの参考になり①~⑦の点数が低くても、この項目での点数が高い場合には精神医学的治療が必要である。

2.睡眠ポリグラフィ記録による診断
主観的訴えのみでは把握しえない特殊な不眠症の診断に、脳波、眼球運動、筋電図、呼吸、心電図を中心とする睡眠ポリグラフイ記録 (polysomnography。 PSG) を実施して、一夜の睡眠経過や夜間のエピソー ドを客観的に知ることが必要となる。PSG からは次のような情報が得られる。
a) 睡眠経過と睡眠パターンのパラメーター
Rechtschaffen – Kalesの基準を用いて、①全睡眠時間、②入眠潜時、③覚醒時間の長さおよび中途覚醒の頻度、④各睡眠段階の量と比率 (徐波睡眠とレム睡眠)、⑤レム睡眠潜時、⑥睡眠効率などの睡眠パターンのパラメーターを計算するとともに、一夜の睡眠 経過を描くことによってどの程度のおよびどのタイプの不眠症が存在するかを客観的に明らかにすることができる(図 1)。

本態性不眠症とも特発性不眠症とも呼ばれている精神生理性不眠症は、神経質な人や心気的傾向のある人にみられ、寝つきがわるくなったり、眠りが浅くなったりするが、全体としては睡眠の量や質は正常者のそれと変わらないことが多いといった事実が PSG で明らかにされているし、客観的所見を欠 不眠症と呼ばれるものも、PSG によって実際にはよく眠っていることが証明されよう。
b) 睡眠時無呼吸の有無と程度
覚醒時には呼吸障害がみられないのに、一晩7時間の睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上、または睡眠1時間あたりの無呼吸の回数(apnea index)が5回 以上みられる場合を睡眠時無呼吸症候群と診断する。PSG の所見から、睡眠時無呼吸の型 (閉塞型、中枢型、混合型) や程度(無呼吸指数 apnea index)を知ることによって、睡眠時無呼吸症候群の存在が明らかにされる。同時にパルスオキシメトリーによって動脈血酸素飽和度を連続測定することで、より正確な情報のもとに正しい診断が可能となる。表3にみるような 症状が認められて、とくに不眠が強い症例は睡眠時無呼吸不眠症候群ということになる。主な原因は上気道の閉塞であり、アルコールや睡眠薬はこれを悪化させることがあるので、主訴が不眠でも、本病態が疑われる場合には PSG を施行し、診断を確定し、上気道狭猪の除去を中心とする治療をすすめることが必要である。

c) 睡眠時ミオクローヌスの有無と程度
入眠とともに両側下肢の前腔骨筋にミオクローヌスが出現し著しい場合には睡眠が中断されて不眠症をきたす。睡眠時ミオクローヌス不眠症候群の存在を疑った場合には、前脛骨筋の表面筋電図を同時記録することで、容易に確定診断される。むずむず脚症候群 restless legs syndrome.に随伴して出現することが稀でない。
d) 夜間の異常行動と睡眠パターンとの関連
高齢者やアルコール離脱期にみられる夜間せん妄や、高齢者や小児にみられる夢中遊行と睡眠パターンとの関連をみることができる。近年、高齢者の夢中遊行とレム睡眠との関連がレム睡眠行動障害として注目されている。
以上のように、PSG から得られる情報はきわめて多く、睡眠障害の診断には決定的といえるが、一晩のみの記録では初夜効果のために正確な情報とはなりえず、最低二夜連続の記録は必要である。単なる不眠症には睡眠調査表のみで診断可能であるが、睡眠薬などの治療でむしろ悪化するような場合には、こうした検査を積極的に施行して、診断を確定した上で治療を行なうことが必要である。PSG の実施には特別の施設と専門医が必要であり、遠慮なくこうした施設へ依頼することをすすめたい。

不眠症の原因と分類
1.原因
ヒトの睡眠・覚醒リズムは、脳内の上位機構としての体内時計のコントロールのもとに覚醒中枢と睡眠中枢が相反性に働き、サーカデイアンリズムが形成されていると仮定するとよい。このリズムを乱すようないかなる因子も睡眠・覚醒障害としての不眠をもたらすことになるが、外から入ってくる刺激による不眠症を大別すれば、心因性と身体因性とに分けられる。これを模式的に示したのが図2である。心因性の不眠とは, 大脳辺縁系を中心とする情動中枢に不安、懸念、心配事、恐怖などの情動性ストレスが入って興奮させ、情動中枢からの強いインパルスが覚醒中枢へ送りこまれてそこを興奮させる結果、覚醒中枢が優位となって睡眠中枢の働きを抑え、脳全体を覚醒させる方向に展開して不眠をもたらす。一方、身体因性の不眠は、知覚経路からのインパルスが側鎖を通って脳幹網様体-視床非特殊核からなる覚醒中枢へ送りこまれて興奮させ、同じくこれが睡眠中枢の働きを抑えて不眠をもたらす。なお、内因性のものは、躍うつ病や精神分裂病のように内因性に規定された脳内のある部位の活動性異常が直接-間接に睡眠・覚醒機構に作用して不眠をもたらすと考えられている。
実際の臨床では、不眠症の原因は5つの P として 表4のようにまとめられており、きわめてわかりやすい。
2. 分類
睡眠・覚醒障害の国際分類は、アメリカのASDC-APSS 分類と ICSD 分類”が有名であるが、詳細をきわめており、ここに紹介しきれない。ここでは期間別に分類したものが臨床的に有用であり、理解しやすいので紹介しておく。診断の項で述べたように、いわ ゆる不眠症とは、長期不眠のことであり、この中に重要な不眠症のすべてが網羅されている(表5)”。

精神生理性不眠とは、とくに原因もないのに不眠が現われる特発性不眠症あるいは本態性不眠症と同義であり、性格要因が強い。はっきりと取りあげるほどのストレスはかかってはいないかにみえるが、性格的に過敏で、内省的、心気的であることから、日常の生活の中で、不断のストレスが情動中枢をチリチリと刺激し続け、覚醒中枢へこまかいインパルスが送り続けられることによって、結果的には心因性不眠と同じ機序で不眠に陥ってしまうものをいう。心因性不眠症の1 つのタイプで、ストレスが表面化していないものといえ、その代表的なものが不眠を恐れる神経質性不眠である。

不眠症の治療
不眠症の治療は、まず第一に睡眠薬によらない治療を試みるべきである。うまく成功すれば、そのまま不眠症状の改善が得られて、睡眠薬を使用することなく治療しうることになる。現実には睡眠薬の使用の段階へ進まざるをえない不眠症が多いのも事実であるが、治療法の順序はこれから述べる方法をまず試みることである。

1. 睡眠薬によらない治療
まず、毎晩の睡眠を良好なものとするにはいくつかの工夫が有用なことが知られている。そのすべてを列記したのが表6である。ここに書かれている項目は, いずれも比較的容易に実行可能なものであり、まず実施してみることである。これらの工夫はいずれ次の治療段階へ進む場合にも引き続いて実行すべきものである。

次に、不眠の改善のための行動療法について述べておこう (表7)。ここにあるすべての療法を一つ一つ 試みることは不可能で、いくつかを組み合わせて実施することになる。いずれも専門家の指導が必要であり、例えば最も有用性の高い自律訓練法を例にとると、専門家のいる精神科なり心療内科を受診してまず自律訓練の方法を教わる。何回か通院してそのやり方をマスターすれば、あとは自宅で自分で続けることによって不眠症の治療をめざして頑張るということになる。
以上のような薬物によらない治療を行なうのみならず、薬物療法に進んだ場合にも、認知療法を基底にした精神療法を併用すると、より効果的になる。患者の不眠症の詳細を領解したうえで、治療者はヒトの睡眠はどのように起きているのか、患者の不眠はどうして起きているのか、どの程度のものなのか、不眠が続いた場合にどういうことが起きるのか、詳しく教えこむ。よく患者は睡眠中に死亡することがあるのではないか、不眠症が続くうちにどうにかなってしまうのではないか、翌日の仕事に悪い影響を及ぼして、だめになってしまうのではないかといった不安感、恐怖感を抱く一方で、睡眠薬への恐れを抱いていることが多いのである。まず患者の抱いている不安をやわらげるような状況に導いたうえで治療に入ることが肝要である。

2. 薬物による治療
可能な範囲で薬物によらない治療を試みたうえでなお不眠症状が改善しない場合には、睡眠楽による治療へ進むことになる。
a) 睡眠薬の種類
睡眠薬は大きくはbarbiturates, nonbarbiturates,およびbenzodiazepine受容体作動薬系睡眠薬 (BZ 系睡眠薬) の3つに分類される。barbiturates は図3にみるように、脳全体を抑制し、強力な麻酔作用ともいうべき催眠作用をもたらすが、高用量になると、脳幹の生命維持機構をも抑制するために、常用量の10倍量で皆睡状態に陥り、大量服用で呼吸中枢の抑制による死亡に至らしめ、中毒量との安全幅が狭いという欠点を有している。しかも耐性が早く形成され、 退薬症候もせん妄、けいれん発作など激しいものが起こりうる。こうした barbituratesの欠点を克服すべく開発された nonbarbiturates も、 barbiturates と同じ欠点を有してこれを克服しきれず、多くのものが姿を消し、現在では bromvalerylurea と新しいタイプの perlapine, butoctamide のみが残っているが(表8)、いずれも処方頻度は低く、私自身は barbiturates は例外的にしか用いず、 nonbarbituratesも perlapine を分裂病患者の不眠に用いることがあるくらいで、睡眠薬といえば BZ系睡眠薬のことを指すといってよい。
BZ 系睡眠薬は、現在benzodiazepines, thienodiazepines, cyclopyrrolones の3種類があり、いずれもBZ 受容体作動薬であり、共通の作用機序と作用特徴および副作用を有していることから、一括して BZ系 睡眠薬と呼んでいる (表8)。すなわち、主として情動中枢である大脳辺縁系に存在する BZ受容体に結合ることによって、脳内の抑制系伝達物質である GABAの活性を高め GABA 受容体と chloride channel 2 のカップリング機能を高め、chloride channelの開存頻度を増加させ、Cl⁻の細胞内流入を増加させて脳の興奮を鎮めるという作用を有している。いずれも催眠 作用のほかに、抗不安作用、抗けいれん作用、筋弾地緩作用を有しており、情動中枢に選択的に作用することから (図3)、過量服用による自殺に成功しないくらいに生命的には安全性が高い。

c) 薬物動態からみた BZ系睡眠薬の特徴
BZ 系睡眠薬は、作用時間の長さによって、①超短時間作用型,②短時間作用型,③中間作用型,④長時間作用型の4つに分類される(図4)。
超短時間作用型
消失半減期が2〜4時間ときわめて短い超短時間作用型は、服用とともに素早く血中濃度が上昇して、睡眠の前半に強く作用し、入眠障害に対して優れた催眠効果をもたらす。翌朝の覚醒時には、血中濃度はすでに有効濃度を割っており、残薬感を残さず、目覚めのよさを自覚させる。入眠障害を主たる訴えとする精神生理性不眠に最適であり、熟眠感の欠如に悩むタイプ の不眠症にもきわめて有効である。その反面、一夜の後半、とくに早朝期に血中濃度が低下しているために、早朝不眠 early morning insomniaとして明け方の5~6時に覚醒してしまうことがある。また、日中不安 daytime anxiety、反跳性不眠 rebound insomnia, BZ 健忘をきたしやすいとの指摘もあり、作用時間の短いものほど退薬症候や臨床用量依存との関連が深いとするのが一般的見解である。

短時間作用型
消失半減期が 6〜10 時間の短時間作用型も超短時間作用型と同様の経過をとり、朝方には何らかの作用を発揮しうるレベルを下回っていることから、翌朝の覚醒時の気分は良好で、超短時間作用型と同様な適応を有すると考えてよい。ともに、毎日服用することが あっても、最高血中濃度はほぼ同じ値を示して、蓄積することがない (図4)。

中間作用型
消失半減期が20〜30時間の中間作用型では、翌日の就寝時にはまだある程度の血中濃度が維持されており、連用するうちに中等度の蓄積が生じ、4、5日のうちに定常状態に達する。したがって、朝の覚醒時に眠気、頭重、ふらつきなどの持ち越し効果 hangover をきたすことがありうる。中途覚醒や早朝覚醒などの睡眠維持の障害を主訴とするタイプの不眠症に向いている。日中もある一定レベルの血中濃度が維持されることから、朝、覚醒時に不安・緊張を呈しやすい病態。とくに不安神経症やうつ病、あるいは精神分裂病といった精神医学的疾患に伴う不眠症には適応といえる。 1991年度の北里大学病院、北里大学東病院でのBZ系 睡眠薬の処方頻度をみても、この間の事情が如実に示されている (図5)。

長時間作用型
活性代謝物を含めて、消失半減期が50~100時間と長い長時間作用型になるとこの傾向はさらに強く、最高血中濃度の上昇とともに、昼間の血中濃度もかなり高いレベルに維持され、定常状態に達するのに1週間前後かかる。持ち越し効果や日中の精神運動機能に及ぼす影響は、それだけ出やすくなる。反面、急に中断しても反跳性不眠や退薬症候は出にくく、睡眠維持の 障害や日中の不安・緊張の強い病態によく、精神医学的疾患にみられる不眠症への適応は高いといえる。

睡眠薬選択の基準
睡眠薬の選択基準には、不眠症の原因別に選ぶ方法,タイプ別 (入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒) に選ぶ方法、不眠症患者の病態に応じて選ぶ方法 (不安や抑うつ病状の有無) の3つがある。いずれも睡眠薬の持つ作用時間の長さが選択基準の基本になっている。睡眠薬の処方に当たっては、3つの方法を総合的に組み合わせることになるが、以下に期間別の不眠症の分類 (表5) に従って述べておく。
1,一過性不眠
作用時間の短いものを1、2日の単発的、アドリブ的投与する。ゴルフの前夜のみ服用して成功している例を知っている。

2。短期不眠
やはり作用時間の短いものを不眠時のみ、あるいは 2日1回くらいの割合で投与して、できるだけ短期の使用にとどめる。時差呆けに超短時間作用型はきわめて有用である。短期不眠から長期不眠に移行しうるので、ここでしっかり治療して長期への移行を防止しておかねばならない。

3. 長期不眠(慢性不眠症)
a) 不眠症のみの場合: 日中に不安症状のない、不眠のみの場合には、本態性不眠症 (精神生理性不眠) や身体疾患に伴う不眠症が中心であり、主に入眠障害を呈することから、寝つきをよくし、翌朝に持ち越し効果のない作用時間の短いもの、ことに超短時間作用型がよい。
b) 不安や抑うつ症を伴う不眠症の場合: 持続性のストレスや精神医学疾患に伴う不眠症では、日中の不安、緊張、焦燥や抑うつ症状が存在することが多い。こうした場合には、日中に BZ系抗不安薬を投与されている症例には、入眠障害には作用時間の短いもの、中途覚醒あるいは早朝覚醒の睡眠維持の障害には、中間型ないし長時間型のものを選べばよい。
日中に BZ 系抗不安薬が投与されていない場合には、どのタイプの不眠症にも中間型ないし長時間型の BZ 系睡眠薬を投与して、日中にもある程度の血中濃度を維持することによって、不眠症のみならず、抗不安作用をも期待する方法がよい。
c)高齢者の不眠症:高齢者では、BZ 受容体の感受性が亢進するとともに、薬物動態上、肝クリアランス の低下に伴って、最高血中濃度の上昇と消失半減期の延長が認められることから、作用・副作用とも強く出て、ふらつきによる転倒・骨折などの危険性がある。 作用時間の短いものほどよく、また、代謝過程の単純な lormctazepam や筋弛緩作用の弱いrilmazafone が推奨される。原則として成人量の1/2から始めるのが安全である。

眠眠薬の副作用
BZ 系睡眠薬は辺縁系を中心とする情動中枢に選択的に作用することから、それ自体の単独使用では、自殺に成功しないといわれ、臓器障害を惹起することがなく、主作用に耐性が形成されないとされて、優れた臨床効果と高い安全性から全世界で広く用いられている。しかし、いくら安全とはいっても、BZ系睡眠薬の副作用としていくつかの問題点が指摘されている (表9)。この中で、とくに問題となるのは、健忘作用, 反跳性不眠、退薬症候および臨床用量依存である。
健忘作用は、diazepam の静注製剤をよく用いる麻酔科領域では、BZ 健忘として古くから知られていたが、高力価の超短時間作用型睡眠薬が繁用されるようになって、経口剤による報告例が増加し、とくに triazolam の高用量やアルコールとの併用といった不適正使用による健忘や多彩な精神病様症状がマスコミに過大かつセンセーショナルに取りあげられ、一時は社会問題とさえなった。その経緯は別の総説に詳しいが、適正目的による適正使用によって triazolam の使用には問題となることはないとの結論が出されている。
次の反跳性不眠、退薬症候、臨床用量依存は睡眠薬はのみ始めると癖になってやめられなくなると、医師も患者も等しく睡眠薬の使用を怖れる原因となっているもので、その成立過程は図6のように説明されている。

全国の内科医と精神科医を対象して実施したアンケート調査にも、処方する医師自身にこうした現象を恐れて、睡眠薬の処方に強い抵抗があることが明らかにされている”。図6の説明によると、睡眠薬によって一時は症状改善するが、耐性形成のために効果が薄れ、睡眠薬を増量する。そうするとそれにまた耐性が生じて眠れなくなるために思い切ってやめようとする。ところが、反跳性不眠と退薬症候が出現するために薬物を再開せざるをえなくなり、ここに依存が形成されるとの悪循環に陥るというのである。BZ 系睡眠薬は原則として耐性形成はなく、効果が薄れて増量していくことはないのであるが、一挙に中止した際、反跳性不眠や退薬症候が出現しうることは事実であり、やめるにやめられない臨床用量依存が形成されることはよく知られている。
これらの問題は、不眠症状が十分に改善したのち。 医師・患者間で睡眠薬を漸減・中止の方向への努力を進めることで解決していくべきものであろう。

眠薬のやめ方
不眠症状が改善して、睡眠薬なしに眠ることが可能な状態になったと判断されたときには、睡眠薬を中止することになるが、反跳性不眠や退薬症候を避けるために、いくつかの工夫が必要となる。 1. 漸減法 tapering method
BZ系睡眠薬は作用時間が短いものほど、一挙に中止すると反跳性不眠や退薬症候が出現しやすいので、徐々に減らすことが肝要である。まず、1日1/4量を減量し、3/4量を1~2週間続け、経過がよければ次には1/2量とし、さらによければ1/4量にする。減量して不眠症状が再現する場合には、その前の量でとどめて服用し、1〜2か月の経過をみて再び挑戦する。
2,隔日法
作用時間の長いものでは、一挙に中止しても血中濃度がゆっくり下降するので、反跳性不眠も退薬症候も遅れて現れ、程度も軽い。したがって、中止する際には、服用しない日を1週1日から始めて経過をみながら徐々にのまない日をふやしていく。
3. 長時間作用型への置き換え
漸減法が成功しない場合には、いったん短いものから長いものへ置き換えたのち、漸減法なり隔日法で減量する方法をとるとよいことがある。薬物動態学的にみて、長いものの方がやめやすいからである。超短時間作用型を長いものに置き換えたときに、一過性に不眠症状が出現することが少なくないが、1週間の我慢で症状が改善されることを知っておく必要がある。
実際には、図7にみるように長いものも短いものも、まずは漸減し、それ以上減らせない段階で隔日法で経過をみていくのがよい。
4、認知療法の併用
長年不眠に悩み、睡眠薬の助けで症状改善をみたものの、なんとか睡眠薬なしに眠りたいとの欲求を持つケースはきわめて多い。自分の不眠症状を現実的に検討し、対応していく力を身につけさせる認知療法を中心とする精神療法的接近を併用することが大切であり、何回失敗しても再挑戦する心意気をもたせるべく努力すべきである。
慢性不眠症とは本来きわめて難治なものであることから、以上に述べた方法をどう用いても減量・中止の方向にもっていけない症例は少なくない。BZ 系睡眠薬は必要最小限の臨床用量の範囲であれば、長期連用によっても危険性はないとするのが筆者の立場である。自信をもった態度で使用し、quality of life を高めることも立派な治療法であると考えている。最近の超短時間作用型睡眠薬の危険性についてのマスコミの誇大な報道にまとわされることなく、不眠症を正しく理解し、睡眠薬の適正目的に沿った適正使用を心掛けることが肝要である。

おわりに
不眠症の診断と治療について簡単な解説を加え、とくに睡眠薬の使い方とやめ方について説明した。不眠症は、患者にとってきわめて苦しい病態であり、決して軽く扱ってはならない。適切な治療法を用いて苦痛を軽減・消失させることは、患者を救うのみならず、 社会一経済的にも大きな利益を生むことになる。日常の臨床に少しでもこの解説が役立てば幸せというものである。

文,献
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3) Curran H.V.: Tranquilizing memories:, A review of the effects of benzodiazepines on human memory. Biol. Psychol., 23: 179 -213, 1986.
4) Ford, D.E., Kamerow, D.B.: Epidemiologic study of sleep disturbances and psychiatric disorders: An opportunity for prevention? JAMA, 262: 1479 – 1484, 1989.
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23) 村崎光邦:不眠症の薬物療法ー睡眠薬の種類と使 い方ー。臨床精神医学、22:421〜431、1993
24) 村崎光邦: 不眠症の診断。日本医師会雑誌、105: FC13~ FC 15, 1992.
25) 村崎光邦、杉山健志、石郷岡純、竹内尚子:ベン ゾジアゼピン系薬物の常用量依存について一その 1: 北里大学東病院精神神経科外来における実態 調查,厚生省 [精神•神經疾患研究委託費]葉物 依存の発生機序と臨床および治療に関する研究一 平成2年度研究成果報告書(班長,佐藤光源), pp. 13 – 19, 1991.
26) 村崎光邦、杉山健志、石郷岡純、竹内尚子:ベン ゾジアゼピン系薬物の常用量依存についてーその 2: 北里大学東病院精神神経科外来における実態 調查,厚生省「精神一神經疾患研究委託費」葉物 依存の発生機序と臨床および治療に関する研究一 平成3年度研究成果報告書(班長•佐藤光源), pp. 196-205, 1992.
27) 村崎光邦,杉山健志,永派紀子,內海光朝,鈴木 牧彦、石郷岡純、ベンゾジアゼピン系薬物の常用 量依存についてーその3:ベンゾジアゼピン系薬 物長期服用者の精神運動機能の研究、厚生省「精 神・神経疾患研究委託費」薬物依存の発生機序と 臨床および治療に関する研究一平成4年度研究成 果報告書(班長,佐藤光源),pp.155~162,1993,
28) 村崎光邦: 睡眠薬についての認識: 現状と問題点. 一665名のアンケート調査から一、日本医事新報、3626: 32-48, 1993
29) 大熊輝雄:不眠を訴える患者像。日本医師会雑誌。107: 37-39, 1992.
30) 大熊輝雄監訳:不眠症の診断と治療 The Management of Insomnia. Pragmaton, Chicago, 1992.
31) Princeton, N.J.: Gallup Organization. Sleep in America, 1991
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33) Thorpy, M.J. : Classification and nomenclature of the sleep disorder. In “Handbook of Sleep Disorder” Ed. by M.J. Thorpy, pp.155 – 178 Dekker, New York, 1990
34) 内海光朝、村崎光邦: レストレス・レッグス症候群,隔床精神医学,23(3),1994,印刷中
35) 山内真:高齢者に見られるREM睡眠行動障害、精神医学レビュー4:96~101,1992.

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(論文紹介)香りと睡眠

香りと安眠についての論文がありましたので紹介いたします。これまで例えばラベンダーの香りが安眠に良いなどと言われることがありましたが、具体的に体がどういう反応を示しているのかなどは、実験の方法などによりとらえられ方が難しい部分もありました。
被検者へのストレスを極力減らす方法で、微妙な心理的反応を見た実験の論文です。余談ですが、いびきを止めるのにカレーの臭いをかがせるという方法があるそうです。いびきの原因である気道の狭小化をもたらす胃食道逆流症が、カレーの臭いにより胃が刺激されて、一時的に改善されるのではないかと個人的な興味があります。http://www.kinki-shasej.org/upload/pdf/kaori.pdf

香りと睡眠

The effect of odor inhalation during sleep
滋賀大学 教育学部 健康科学研究室
Faculty of Education, Shiga University
大平 雅子 Masako OHIRA

キーワード:睡眠(sleep)、香り(odor)、バイオマーカー(biomarker)、唾液(saliva)、
オルファクトメーター(olfactometer)

1.新たな睡眠評価指標の提案
睡眠障害による経済損失は年間 3 兆 4,700 億にものぼるという試算があるように 1),現在,睡眠に纏わる諸問題は個々人のみならず,社会・経済においても重大な関心事となっている.本来睡眠は日々の疲れを癒すものであり,脳や身体にとって必要不可欠な活動である.
しかしながら一方で,現代社会においては睡眠時間の減少や夜型生活による睡眠の質の低下が進行しており 2),睡眠が健康状態に直接的な影響を及ぼす例も相次いで報告されている 3, 4).こうした背景から,睡眠環境における「精神的な」影響・負担を正確に評価することの重要性が増してきている.
一方,人間の精神的なストレスを体内に分泌されるホルモン等の生化学物質により,客観的に(物質的に)評価する試みがなされている 5).現在最もよく用いられている精神的ストレスマーカーの指標として,コルチゾールがある.コルチゾールはアカデミックな口頭試問など,急性でかつ強い社会心理的なストレッサーに対して唾液中や血中の濃度が増加することが知られており 6),ストレスの物質的指標(ストレス・バイオマーカー)として期待されている.特に,起床後 30‐60 分に濃度が上昇する起床時コルチゾール反応(cortisol awakening response: CAR)7, 8)には慢性的なストレスとの関連も数多く報告されている 9. 10).
ストレス・バイオマーカーはコルチゾールの他にも 10種類以上研究されており,前述した睡眠環境における「精神的な」負担を評価する方法論としても期待できる.しかしながら,我々が知る限り,これまで睡眠中にこれらストレス・バイオマーカーを検証した研究は例えばSpiegel ら(2004)11)などごく僅かである.またさらに,同研究を含め,検体として血液を用いている研究は,そもそも血液採取による精神的な負担が無視できないと想像される.そこで,我々は生体試料として唾液に着目し,唾液中に分泌される標記ストレス・バイオマーカーを経時的に定量する手法を提案する.また,本研究において注目する物質は,コルチゾール,免疫グロブリン A 型(secretory Immunoglobulin A: sIgA),α アミラーゼの3 種類である.コルチゾールは CAR について数多くの知見があるが,睡眠中の唾液による定量の報告は無い.一方,sIgA と α アミラーゼも急性ストレスのマーカーとしてよく研究されているものの 12-15),やはり睡眠中の濃度変化については知られていない.
以上をまとめると,睡眠の状態(あるいは睡眠の質)を客観的に評価することは現代社会において重要な課題である.しかしながら,従前の血液採取による手法では心身にかかる負荷が大きく,とりわけ精神的な影響を正確に測定できないと想定される.これに対し, 我々は非侵襲的な方法で睡眠中の唾液を断続的に採取する方法を提案する.本研究ではこの方法を用いて,睡眠中及び睡眠前後におけるストレス・バイオマーカーの変化を経時的に捉え,睡眠様態の新たな評価手法の提案とその応用可能性について検証した.

1.1 評価方法
1.1.1 被験者
男子大学生を対象とし,本研究に関する説明と被験者として協力することの要請を行った.承諾を得られた男子大学生 10 名(22.8±1.0 歳)を被験者とした.被験者は罹患しておらず,また薬物などの処方も受けていないことを確認した.実験に際しては,被験者よりインフォームド・コンセントを得た.
なお,本実験は事前に長岡技術科学大学倫理審査委員会の承認を受けて実施された.

1.1.2 実験手続き
図1に実験の概要を示す.本研究では,各被験者に対して6時間の就寝時間中および起床後1時間にわたる唾液を採取し,唾液中の生化学物質を分析した.以下にその詳細を述べる.
本研究では被験者に午前 0 時に就床させ,午前 6 時に起床させた.ただし,就寝時間・起床時刻を統制する意図により,被験者にはあらかじめ起床時刻(午前 6 時)は知らせなかった.実験当日,被験者には 22 時までに実験室に入室してもらい,実験の説明,インフォームド・コンセント,および測定機器の装着・動作確認を行った.実験は空調管理された実験室(平均室温 22°C, 平均湿度 55%)において 1 晩(22 時~翌朝 7 時まで) に 1 人ずつ実施した.
また,被験者が午前 6 時(起床予定時刻)よりも前に 自然に覚醒してしまう可能性を低減させる意図により, 全被験者に対してそれぞれの実験実施日の 3 日前から 午前 0 時前に就床し,6 時間以上の睡眠をとるよう指示した.さらに,唾液中の生化学物質の分泌への影響を考慮し,被験者には実験実施日の前日からアルコールの摂取を禁止し,実験開始 1 時間前(21 時)より終了後 (翌日午前 7 時)まで飲食,喫煙,激しい運動を禁止した.また,被験者の就寝中はビデオカメラにより監視を行った.

1.1.3 電気生理指標
生体アンプ(BIOPAC MP150,Biopac System Inc., 米国)により,就床直前から起床後 1 時間までの被験者の心電図(Electrocardiogram:ECG)を測定した. ECG の測定電極は,左鎖骨下窩(N),右鎖骨下窩(-),及び左前脇窩線上最下肋骨(+)の 3 点に配置し(第II誘導),サンプリングレートは 500Hz とした.さらに,連続血圧測定システム(Finometer,Finapres Medical Systems B.V., オランダ)により,起床時刻 1 時間前(午前 5 時)から起床時刻 1 時間後(午前 7 時)までの血圧を測定した.

1.1.4 唾液採取方法
本研究では,カスタムメイドされたマウスピースによる吸引部とペリスタルティックポンプ(Peristaltic pump)(SJ-1211H ペリスタポンプ® 高流量タイプ,ATTO)による輸液部からなる唾液採取系を構成し,睡眠時における継続的な唾液採取を実現させた.マウスピース(NIGHT GUARD ADVANCED COMFORT, Doctor’s Co. Ltd., 米国)は実験当日に被験者が入室してから成形し,装着感を確認した.成形したマウスピースにメラ唾液持続吸引チューブ(SP-2,泉工医科工業株式会社)を固定し,シリコンチューブを介してペリスタルティックポンプに接続した(図 2).メラ唾液持続吸引チューブの先端部分はコットンで保護して長時間の採取による口腔内の鬱血を予防した.
唾液採取は,就床 10 分前,睡眠中(就床後 4 時間は30 分間隔,その後,起床前 2 時間は 20 分間隔),起床直後,20 分後,40 分後,および 60 分後の計 19 回実施した.睡眠中の唾液は上述したペリスタルティックポンプによる方法で採取し,就床前・起床後の唾液は,ストローを使って 3 分間に自然に分泌される唾液を採取した(passive drooling)16).
採取した唾液サンプルは-25°Cの冷凍庫に保存し,コルチゾールと sIgA の定量分析には酵素免疫測定法 ( Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay : ELISA ) (cortisol: High Sensitivity Salivary Cortisol Enzyme Immunoassay Kit, Salimetrics LLC , sIgA : SIgA Immunoassay Kit, Salimetrcs LLC)を用い,α アミラーゼの測定には酵素反応測定(Salivary α-Amylase Assay Kit, Salimetrics LLC)を用いた.

1.2 評価結果
1.2.1 睡眠条件統制
全被験者における実験日前 3 日間の平均睡眠時間 は 7.0±1.1 時間であり,被験者は実験日前 3 日間に与えた指示を遵守していた.全ての被験者は就床後直ぐに就寝したこと(なかなか寝つけなかったという報告は無かった),および,実験中に覚醒しなかったことを内省報告したが,これは実験の記録ビデオにおいても追認された.さらに,実験者は起床予定 時刻(午前 6 時)に被験者が睡眠状態であったことを直接確認し,その後,被験者を起床させた.

1.2.2 電気生理指標
図 3 に ECG より求めた被験者の心拍数の平均値(標準誤差)(図 3(a))および血圧の平均値(標準誤差)(図 3(b))の推移を示す.同図に眺められるように,心拍数・血圧ともに就寝中は低い値で安定的に推移し,起床直後において急激に上昇した.このことからも,本実験において中途覚醒はなく,起床の指示により覚醒したことが示された.

1.2.3 唾液中の生化学物質濃度
図 4 に唾液により定量したコルチゾール,sIgA,αアミラーゼの濃度変化(平均値±標準誤差)を示す.また,就床前,就寝中,起床後のコルチゾール, sIgA,αアミラーゼそれぞれの平均値の濃度比較を 図 5 に示す.統計処理については一元配置分散分析および Bonferroni 法による多重比較を検討した.全 ての検定について有意水準は 5%とした.

1.2.3.1. 唾液コルチゾール濃度
図 4(a)に示されるように,コルチゾールは就床前から就寝中にかけてほぼ濃度変化は認められなかった.その後,起床直後から徐々に濃度が上昇し,起床 40 分後にピークに達した.また,就床前,就寝中,起床後を比較すると,コルチゾール濃度では就床前,就寝中から,起床後にかけて濃度が有意に上昇した(p<.001)(図 5(a)).

1.2.3.2. 唾液 sIgA 濃度
図 4(b)に示されるように,sIgA は就寝後徐々に濃度が増加していき,平均値で眺めた場合,6 時間の睡眠中に就寝前の約 5 倍にまで達した.その後,起床直後に急激に濃度が減少し,起床 1 時間後までに就床前とほぼ同程度まで回復した.また,就床前,就寝中,起床後を比較すると,就床前から就寝中にかけて濃度が有意に増加し(p<.001),その後,起床とともに上昇した濃度が有意に減少した(p<.05)(図 5(b)).

1.2.3.3 唾液αアミラーゼ濃度
図 4(c)に示されるように,αアミラーゼは就寝直後に減少し,睡眠中には徐々に濃度が上昇していった.起床後は sIgA と同様に起床後 20 分までに急激に濃度が減少し,その後は安定したレベルを示した.また,就床前,就寝中,起床後を比較しても,有意な変動は認められなかった(図 5(c)).

1.2.3.4. 生化学物質間の相関
sIgAとαアミラーゼは比較的似た傾向の濃度変化を示しており,2 つの物質間には有意な正の相関が認められた(r=0.55, p<.001).一方,コルチゾールは,sIgAあるいはαアミラーゼとの間に有意な相関関係は認められなかった(sIgA:r=-0.09, p>0.05, αアミラーゼ:r=1.93, p>.05).

1.3 考察
1.3.1 睡眠中の唾液採取について
本研究では内省報告および心拍数・血圧により全被験者が就床時刻帯(あるいは,少なくとも午前 1 時から午前 6 時)において睡眠状態にあったこと,また,起床時刻に実験者の指示により覚醒したことが確認できた.また,唾液の採取においては各生化学物質の定量分析に必要充分な量の唾液が採取できた.
したがって,我々が構築した唾液採取系により,被験者を中途覚醒させることなく,当初の期待通り唾液を継続的に採取することができた.

1.3.2 唾液中の生化学物質の変動特性
1.3.2.1 就寝中の生化学物質の変動特性
本研究では睡眠時に唾液中に分泌される 3 種類の物質(コルチゾール・sIgA・α アミラーゼ)の経時変化を検証した. 過去の研究において“日中”に採取された検体の定量分析により,各物質には朝に濃度が高く夜にかけて減少するという概日変動が報告されている 7, 8, 17, 18).しかしながら,本研究結果を眺めた場合,sIgA と αアミラーゼでは既に就寝中から濃度の増加が認められ, コルチゾールでは就寝中は一定のレベルを保ち,起床後に初めて増加することが詳細に示された.したがって,コルチゾール・sIgA・α アミラーゼは一様に朝高夕低の概日変化を示すものの,就寝中には異なる分泌特性をもつことが示され,これは本研究により得られた新しい知見である.

1.3.2.2 起床時コルチゾール反応(CAR)研究の課題 と本研究の方法論
諸言に述べたように,CAR は日常的なストレス状態を反映する評価指標として注目を集めている 7, 8).過去のCAR 研究によると,コルチゾールは起床後 30~60 分の 間にその濃度が 1 日のピークを迎えることが報告されている 7, 8).本研究においても,コルチゾール濃度は起床 40 分後にピークに達し,これは先行研究の結果を支持している.ただし,これまでの CAR に関する研究は,“起床直後”からのコルチゾールを定量したものであり,睡眠中から起床後にかけての経時的変化を報告した研究はほとんどない.さらに,CAR 研究はほぼ全てが唾液を用いた研究であるが,それらの研究は多くの場合,被験者自身に自宅で起床時の唾液を採取させている.そのため,起床時刻や“起床直後”という唾液の採取時間が正確に統制されているとは言い難く,翻って起床時のCAR が観察されていない場合も散見される.実際, Michaud ら(2006)の CAR 研究ではやはり自宅で行ったセッションにおいて起床時刻が統制できていないことが示されており,実験統制上の課題として挙げられている 19).
先行研究において,唯一睡眠中のコルチゾールの経時変化を報告しているのが,Spiegel ら(2004)の研究である 11).しかしながら,同研究では起床予定時刻の前からコルチゾールの増加が認められ,ひいては起床後のCAR も明確には認めることができない.これは,実験条件における睡眠時間(より正確には「ベットに居る」時間)の設定が 8-12 時間睡眠と非常に長いため,被験者が 途中覚醒していることに由来すると考えられる.
また,何よりも同研究では 24 時間の間に 10~30 分間隔で採血を繰り返し行っており,被験者の精神的・肉体的負担は甚大であると想定され,明確な CAR が観察されなくても不思議ではない.
これに対し,本研究で用いた唾液連続採取による評価方法は被験者への負担も非常に小さく,また被験者の途中覚醒も生じない.したがって,本研究で構成した唾液採取方法は睡眠時および起床時の生化学物質の変動特性を検証する上で有用な方法であると考えられる.

1.3.2.3 生化学物質間の変動特性の比較
図 5 による物質の変化傾向及び物質間の相関分析の結果,sIgA と α アミラーゼ間には弱いながらも正の相関が認められた.また,その濃度は睡眠中から徐々に増 し,起床直後にピークを迎えるという類似した変化傾向を示した.これに対し,コルチゾールでは起床後に濃度が上昇し始めるという全く異なる変化傾向を示した.これらの生化学物質間の変動特性の差異は,それぞれの物質の分泌機序に由来しているのかもしれない.生体にストレスが負荷されると視床下部―下垂体―副腎の内分泌系(HPA 系)と視床下部で分かれて橋―延髄―脊髄―副腎髄質の自律神経系(NA 系)の 2 つの系が腑活されることが知られている 5, 20).コルチゾールはHPA 系のストレス応答ホルモンであり,ノルアドレナリン系に関連した物質である α アミラーゼ,および免疫系物質である IgA は NA 系の物質であることが知られている5, 20).したがって,これら生化学物質の経時変化はそれぞれの物質の分泌機序(HPA 系と NA 系)を反映している可能性が考えられる.ただし,この点は他の HPA 系・NA 系の生化学物質の分泌の様態も明らかにしなければならず,本稿でこれ以上の議論をすることはできない.

1.3.2.4 本研究の制約
本研究で構成した唾液採取系は,睡眠中の唾液を継続的に採取することを可能にした上,仕組みが非常に簡便であり,操作方法も容易である.これまで睡眠中の内分泌系指標の評価には,採血が必須であったが,本研究の方法を用いれば,非侵襲的な方法で生化学物質の定量が可能になり,被験者の負担も軽減し得る.ただし,一般に睡眠時の唾液分泌量は覚醒時や,刺激を与えた場合と比べて減少することが知られており,少ない唾液量を出来るだけ安定して確保が行えるように今後工夫の余地もある. また,本研究の参加者は全員が男子大学生(21~24歳)であり,唾液分析に係るコストの制約から被験者の数も小規模である(10 名),したがって,本研究を解釈するうえで,被験者選択によるサンプリングバイアスには充分注意が必要である.

2. 香りを用いた介入研究
香りの効能は,近年,心理学または生理学の分野で実証的に研究がなされ多くの知見がもたらされている. 例えば,ラベンダーは,リラックス状態の促進および副交感神経の亢進作用をもつことが知られている 21, 22).一方で,ジャスミンは抑うつ状態の改善や気分の向上を示す効果および交感神経の亢進作用をもつことが知られている 23).しかしながら,これまでの香りの生理・心理研究は,その殆どが脳・中枢神経系や自律神経に対する効果を評価したものである.これに対し,本研究で扱う内分泌系に対する生理効果を検証した研究報告は極めて少ない. 例えば,Fukuiら(2007)は,ジャコウ,またはローズの香りが急性ストレス刺激に対するコルチゾールの分泌を抑制することを報告している 24).しかしながら,香りに対する内分泌系の効果についての研究は未だ限定的であり統一的な理解はなされていない.
そこで,本研究では先行研究 25)で構築した実験系を踏襲し,ラベンダーが内分泌系に及ぼす効果を検討した.更にラベンダーと拮抗する作用を有すると想定されるジャスミンについても検証した.

2.1 評価方法
2.1.1 被験者
本研究の被験者は,実験参加への承諾が得られた男子大学生 18 名(平均年齢(標準偏差):22.0(1.2)歳, 平均 BMI(標準偏差):23.0(5.0))であった.被験者はいずれも健常者であり,薬物等の処方も受けていないことを確認した.ただし,この内 2 名は定量分析に必要な唾液量が採取できず分析から除外した. なお,本実験は事前に長岡技術科学大学倫理審査委員会の承認を受けて実施された.

2.1.2 実験手続き
本研究の概要を図 6 に示す.実験は空調管理された実験室(平均室温 24.6°C,平均湿度 51.9%)において 1 晩(23 時から翌朝 7 時まで)に 1 人ずつ実施した. 被験者の就寝時間は合計 6 時間であり,午前 0 時に就床させ,実験者が午前 6 時に被験者を起床させた.
また,被験者が午前 6 時(起床予定時刻)よりも前に自然に覚醒してしまう可能性を低減させる意図により, 全被験者に対して,実験初日の 5 日以上前から睡眠統制(1午前 0 時までに就床する,2毎日 6 時間以上の睡眠を確保する)を実施した.各被験者の睡眠統制の状況については就寝前・起床後にメールで報告させることで確認した.
さらに,唾液中の生化学物質の分泌への影響を考慮し,実験実施日の前日からアルコール摂取の禁止,実験開始 2 時間前(21 時)より終了(翌日午前 7 時)までの間の飲食・喫煙・激しい運動・入浴を禁止した.また,就寝中の被験者の様子をビデオカメラにより観察した.
2.1.3 香りの呈示条件
本研究では,香り条件としてラベンダー精油(フランス産,高砂香料工業株式会社),およびジャスミン精油(モロッコ産,高砂香料工業株式会社)を用いた.また,コントロール条件として無臭空気を用いた.精油は,それぞれ無臭溶媒のクエン酸トリエチル(Triethyl cit-rate: TEC) を用いて 10 wt%に希釈した.
香りおよび無臭空気の呈示は,マルチチャンネル・オルファクトメーター(株式会社テクニカ(東京都)設計・製作)により制御した.本研究では同装置により,被験者の鼻孔直下に設置したカニューレを用いて香りを呈示した.香りの呈示は,5 分毎に 1 回・1 分間とし,これを被験者の就寝時間(午前 0 時から 6 時)中,断続的に繰り返した(合計 72 回(同分)).実験初日は第 1 夜として解析から除外し,残りの 3 条件は順序効果に配慮した被験者内デザインにより比較した.また,各条件の実施日には,3 日以上のインターバル期間を設けた(各被験者は約 20 日間の期間に計 4 回実験を実施した).

2.1.4 電気生理指標
生体アンプ(PolymateII,ティアック株式会社)により,就床直前から起床後 1 時間までの被験者の心電図 (Electrocardiogram:ECG)を測定した. ECG の測定電極は,左鎖骨下窩(G),右鎖骨下窩(-),及び左前脇窩線上最下肋骨(+)の 3 点に配置し,サンプリングレートは 500Hz とした.

2.1.5 唾液の採取方法・分析
唾液採取は,就床 10 分前,就寝中(30 分毎・計 12回),起床後(0分,15分,30分,45分,および60 分後)の計 17 回実施した(図 1).睡眠時の継続的な唾液採取には,我々が過去の研究で独自に構築した唾液採取法を用いた 26).就床前・起床後の唾液は,ストローを使って 3 分間に自然に分泌される唾液を採取した(passive drooling 法)16).
採取した唾液は定量分析の日まで-25°Cの冷凍庫に保存した.唾液のコルチゾールの定量分析には,酵素免疫測定法(Enzyme-linked immuno-sorbent assay: ELISA ) ( High Sensitivity Salivary Cortisol Enzyme Immunoassay Kit, Salimetrics LLC., 米国)を用いた.

2.1.6 心理指標
被験者の睡眠前後の心理状態を評価するため,就床前と起床直後に日本語版 POMS 短縮版 26)に回答させた.この心理指標は, T-A: 緊 張-不 安( Tension- Anxiety),D:抑うつ-落込み(Depression-Dejection), A-H:怒り-敵意(Anger-Hostility),V:活気(Vigor), F:疲労(Fatigue),C:混乱(Confusion)の 6 つの気分尺度について,それぞれに対応する計 30 項目の質問からなる.

2.2 評価結果
2.2.1 電気生理指標
図 7 に ECG より求めた被験者の心拍数の平均値(標準誤差)の推移を示す.ただし,心拍数は個人差が大きいため,被験者・実験条件毎の心拍数の最小-最大値 を 0~1 に規格化している.また,平均値の算出区間については後述するコルチゾール定量のための唾液採取区間に準じている.同図に眺められるように,心拍数は就寝後徐々に減少していき,その後,起床直後に急激に上昇し,ピークに達した.この変動傾向は,いずれの香り条件においても同様であった.
一方,ジャスミン呈示時において,就寝後 1 時間半の心拍数(平均値)がコントロール条件よりも高い傾向が認められた(p< 0.10,Bonferroni 補正 t 検定).

2.2.2 唾液中のコルチゾール濃度
図 8 に唾液により定量したコルチゾールの濃度の平均値(標準誤差)を示す.ただし,同図はコルチゾール分泌における個人差を考慮し,被験者・実験条件毎のコルチゾール分泌の最小-最大値を 0~1 に規格化し ている.同図に示されるように,コルチゾールの分泌は就寝後徐々に濃度が増加していき,平均値で眺めた場合,6 時間の睡眠中に就寝前の 3~4 倍に達した.その後,起床直後より濃度が顕著に上昇し,起床 30~45 分後 にピークに達した.この変動傾向は,いずれの香り条件においても同様であった.
一方,各香り条件における起床直後(6:00)と起床後15 分(6:15)のコルチゾール濃度の平均値(標準偏差)を図 10 に示す.同様に,同図でも被験者毎のコルチゾール分泌を規格化した値を用いている.同図に示されるように,起床後 15 分間のコルチゾール濃度の平均値にお い て ,ラ ベン ダ ー 呈 示 時 は ジ ャ ス ミ ン ( p<0.05,Bonferroni 補正 t 検定)およびコントロール(p<0.01, 同t 検定)より有意に濃度が高かった.

2.2.3 心理指標
表 1 に就床前と起床直後に回答させた日本語版POMS 短縮版の得点(標準偏差)から,各香り条件における睡眠前後の主観的な気分の変化を示す.同表に示すとおり,疲労感(要因「F(疲労)」)において,ラベンダー呈示時はジャスミンよりも有意に疲労感が回復し(p<0.05, Bonferroni 補正 t 検定),またコントロールに対してもその傾向が認められた(p<0.10, 同 t 検定).

2.3 考察
本研究は,香りが睡眠中の内分泌系に及ぼす効果を明らかにするために,就寝中の香り呈示に対する唾液中コルチゾールの分泌を評価した.その結果,図 8 に示すように,就寝中のラベンダー呈示により(香りを呈示していない)起床後のコルチゾール分泌の増大が認められた.
もともと,コルチゾールには起床後に 1 日のピークを迎える“起床時コルチゾール反応(cortisol awak-ening response: CAR)”と呼ばれる分泌特性がある 7, 8).しかしながら,本研究で観察されたラベンダー呈示による起床後のコルチゾール分泌の増加は,次に挙げる2つの理由から,この CAR とは別の生理機序を背景とする生理効果であると考えられる.
第一に,ラベンダーの呈示によるコルチゾールの分泌への影響が起床直後~15 分に限定されていた点が挙げられる.CARはコルチゾールの濃度が起床 30~45分後に 1 日のピークに達する顕著な分泌特性である 7, 8). 本研究においても図 8 のコントロール条件で起床後 45分をピークとする CAR が確認できる.ただ同時に同図に認められる様に,本研究では香り条件間でこの CARのピーク値には差異は認められなかった.その一方で, 通常 CAR がピークを迎えるよりも“前の”時間帯-起床直後~起床後 15 分-においてコルチゾールの分泌に有意な差異が認められた(図 9 および図 8:矢印).したがって,本研究で観察された起床後のラベンダーの分泌動態は,通常の CAR の他にラベンダー自体による(起床直後の)生理効果が重畳したものであったと考えられる.
第二に,通常 CAR の増大は心理状態の悪化を示唆するが,本研究ではラベンダーの呈示によりむしろポジティブな心理状態が導かれた点が挙げられる.生体にストレスが負荷されるとコルチゾールの分泌,あるいはその起床時反応である CAR も増大することが知られている9, 10).これに対し,本研究ではラベンダーの呈示によりコルチゾールの分泌が増大した一方で(図 9),同時に疲労感(要因「F(疲労)」)の改善傾向も認められた.したがって,本研究で観察されたコルチゾールの増加は,少なくとも心理的なストレスが媒介する生理的なストレス反応ではないと考えられる.
一方,このラベンダーによるコルチゾールの分泌変化は,自律神経系が直接的に関与する生理応答であるとは考えにくい.CAR と自律神経活動の関係性については交感神経 27)あるいはその反対に副交感神経 28)との関連が報告されているものの,研究数はごく僅かであり統一的な理解も得られていない.本研究でも,ジャスミン呈示時に就寝時の心拍数低下が抑制される傾向が認められた(図 7)ものの, CAR 自体はジャスミンとコントロール条件において差異は認められなかった.その反対に,就寝中の心拍数においてコントロール条件と差が無かったラベンダーにおいて起床時のコルチゾール分泌に有意な差が認められた.つまりラベンダーで観察された起床後 15 分間のコルチゾールの増大は自律神経系を介する生理応答とは考えにくい. このことについて,本稿の中でこれ以上の考察を進めることは難しい.今後, 中枢神経系を含む統合的研究が望まれる.

3. まとめ
我々の研究により,就寝中のラベンダーの呈示により,“起床直後”から HPA 系が活性化される場合,それはむしろ起床時の生理的な覚醒を促し,心理的には疲労回復効果をもたらすのかもしれないことが示唆された.
香りには,個人の好み・感受性に依存しない一定の生理効果があることは明らかである.しかしながら,その効果がポジティブなものであるのか,ネガティブなものであるのかという議論は尚早である.これまでの研究では, 香りの定量的な呈示方法が確立しておらず,再現性に大きな問題がある.呈示方法のばらつきには,呈示手段 (例えば,試香紙,ディフューザー,精油を直接嗅ぐ)以外にも,濃度や呈示時間等多くの可変要素が含まれる.こうした背景から,ヒトの心身へもたらす影響については統一的な理解がなされていない.
さらに,評価軸の問題がある.我々は,既述したように,就寝中の体内のホルモンレベルが特定の香りによって大きく変動することを明らかにした。これらの成果は, 我々が開発した新しい方法論により明らかになったものである.この方法論を用いたことで,ホルモンを睡眠評価における新機軸として導入することが可能になり,これまで捉えることができなかった香りの影響を明らかにすることができた.したがって,今後も従来の指標に新たな指標を組み合わせた統合的な評価方法を用いることで,香りの効果をより正確に評価することが可能になる.
将来的に,香りを日常生活や医療現場の中で用いるためにも,「香り」が心身にもたらす影響については,現時点ではひとつひとつ基礎的な知見を積み上げていくことが重要である.

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(論文紹介)イビキと無呼吸と健康

写真は散歩の途中で見つけた川沿いの道路わき家庭菜園。おそらく無許可でしょうね。イチゴやネギが何でもない道路わきで栽培されています。
さて季節の変わり目で、体調変化に伴い疲れやすく眠気が常にあるのか、それともいびきや無呼吸が原因で眠気があるのか。
いつも眠いという方にはちょっと怖い論文をご紹介します。

福岡医誌103(1):1―11,2012
総説

イビキ・閉塞性睡眠時無呼吸による健康障害について

1)九州大学病院心療内科
2)九州大学大学院医学研究院心身医学
古川智一1),須藤信行2)

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/20691/p001.pdf

はじめに
睡眠障害は現代社会において大きな問題となりつつある.例えば,日本人の5人に1人が不眠症など何らかの睡眠に関する問題を抱えているとされる1).我が国では産業の効率化を図るために交代勤務制をとる事業所も多いが,その結果交代勤務者の健康障害も問題となっている.世界に目を向けてみると,チェルノブイリ原発事故やスペースシャトルチャレンジャー号爆発事故などの大参事もその作業員の睡眠不足によるヒューマンエラーが原因であったとされている.睡眠に対する関心が高まるなか2003 年に新幹線運転士による居眠り運転が報道され,その原因とされる閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome;以下OSAS)が注目を浴びることとなった.OSASは有病率が高く,イビキという容易に観察される現象が発見の手がかりとなる.そのためOSAS を疑い睡眠外来を受診する患者も多く,睡眠障害の中で最も重要な疾患と言える.OSAS による障害は日中の過剰な眠気のみならず,高血圧や心血管障害,脳卒中を含む多くの合併症の発症,悪化因子であるというエビデンスが多くの研究結果から構築されつつある.本稿ではOSASとその主要な合併症との関連について概説し,OSAS の主症状であり日常的によくみられるイビキにも焦点を当てて述べてみたい.

1.閉塞性睡眠時無呼吸
1)睡眠時呼吸障害の分類
2005 年のInternational Classification of Sleep Disorder(ICSD)-2 分類では,睡眠関連呼吸障害群(sleep-related breathing disorders;SRBD)がOSAS,中枢性睡眠時無呼吸低呼吸症候群(central sleep apnea syndrome;CSAS),睡眠時低換気/低酸素血症症候群(sleep related hypoventilation syndrome;SHVS),その他の睡眠関連呼吸障害に大きく分類されている2).CSAS には原発性中枢性睡眠時無呼吸や心不全患者に多くみられるCheyne-Stokes 呼吸などが含まれるが,SRBD 全体からみるとその頻度は少なく,一般人口において圧倒的に頻度が高いのはOSASである.OSAS の定義には症状を含んでいるが,最近の論文には臨床症状の有無に関わらず,睡眠ポリグラフィー検査の所見より診断した閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea;以下OSA)という表記が頻用され,心血管障害との関連を示す知見が集積されてきている.本稿では頻度が高くイビキとも関連するOSA に限定して述べることとする.

2)OSAの発症因子
まず,OSA の発症機序を簡単に述べたい.OSA の発症に影響を与える因子としては,男性,閉経後の女性,下顎の後退などの頭蓋顔面形態,加齢,肥満,扁桃肥大などが挙げられる.OSA の診断は睡眠ポリグラフ検査(polysomnography:PSG)での無呼吸低呼吸指数(apnea-hypopnea index:AHI,睡眠1時間当たりの無呼吸・低呼吸の回数)で行われるが,米国の大規模研究では,30 − 60 歳の男性におけるAHI≧ 5 のある割合は24%であったのに対して,同年代の女性では9%であった3).このように,OSA の有病率は男性で高いことが報告されている.ただし,閉経後の女性ではOSA の重症度が増大し,65 歳以上の年齢に限定すると男性が女性の1.3-1.6 倍とその差は縮まる4).女性ホルモンであるプロゲステロンに呼吸中枢刺激作用5)や上気道開大筋の活動促進作用6)があると報告されており,ホルモン補充療法によってOSA が改善したとの報告がある7).
OSA の発症因子において上気道の解剖学的構造は重要な位置を占める.OSA に特徴的な頭蓋顔面形態については,セファログラムを用いた研究で,下顎の後退あるいは狭小化,舌面積の増大,舌骨の低位,顔面の前後径の減少,中咽頭長の増大などが挙げられている8).CTを用いた研究では,硬口蓋の後下部から舌骨の上後部までの上気道長とOSA の重症度との間に有意な相関を認めた.その上気道長は身長を考慮してもOSA 男性の方がOSA女性よりも長かった9).
肥満はOSA 発症において重要な因子である.日本人のOSA 患者の6割以上に認め,重症OSA ほど肥満者の割合が増加する.体重が10%増加するとAHI > 15となるオッズ比が6.0,20%増加すると36.6 となるとの報告もある10).上気道周囲の軟部組織の増大や肺容量低下による気管の下方牽引の減弱に伴う咽頭腔の狭小化に肥満が関与するものと考えられる.
その他のOSA の発症に関与する解剖学的問題としては,扁桃肥大や小児におけるアデノイドがある.前述の上気道の解剖学的構造に加えて,上気道が虚脱しないように維持する上気道開大筋の機能もOSA の発症に大きく関与する.咽頭周囲には左右20 対以上の筋肉が存在し,咽頭気道の大きさや形を調節している.これらのうち,オトガイ舌筋が咽頭の開大に最も重要であるとされる.OSA 患者では覚醒時の上気道開大筋の活動性はむしろ健常者と比較して亢進しており11),気道の閉塞に対する代償性変化と考えられる.しかし,睡眠中はこれらの筋活動性が低下する12)ため,上気道抵抗増大の原因となりOSAを引き起こすこととなる.また飲酒,睡眠薬服用時や加齢に伴う上気道開大筋の機能低下が起こると,OSA が発症する可能性がある.
睡眠中の呼吸調節もOSA 発症において重要である.入眠期には,気道の開存性と呼吸調節が覚醒時調節からNREM 睡眠時調節に変わるため,呼吸が不安定になりやすい13).健常者でも睡眠が安定する前は中枢性の無呼吸が出現する.OSA では頻回の覚醒反応を繰り返すが,覚醒に伴う一過性の過換気が生じるため,無呼吸を引き起こしやすくなり呼吸が不安定になる.
前述したOSA の発症に関与する因子は,上気道の軟部組織の増大や頭蓋顔面形態異常という解剖学的要因と,睡眠中の上気道筋の緊張低下や呼吸の不安定性という機能的要因の2つに大別できるが,その2つのバランスによって睡眠中の上気道閉塞,つまりOSA が発症するか否かが決定されるものと考えられる.

3)OSAの病態生理
OSA に伴う病態生理学的機序には,無呼吸に伴う低酸素血症,高炭酸ガス血症,無呼吸再開後の再酸素化が挙げられる.再酸素化は虚血再灌流と同様に酸化ストレスを与え組織障害を誘導する.また,上気道抵抗性の増大は胸腔内圧変動を増大させ,またそれに伴う呼吸努力は覚醒反応を引き起こし,睡眠分断をきたす.OSAは高血圧,心・脳血管障害などの発症リスクの増加につながる可能性が示されているが,介在する機序として,交感神経活性の亢進,血管内皮機能障害,血管への酸化ストレス,炎症,凝固異常,インスリン抵抗性などの代謝異常が考えられている[図1]14).さらにOSA には肥満の合併も多く相乗的な影響を及ぼす可能性がある.高度の肥満がある場合には,肺の機能的残気量が減少し低酸素血症をさらに悪化させる原因となる.

4)OSAの合併症
OSAと高血圧
OSAは前述した機序を背景に高血圧,心・脳血管障害,糖尿病などに関連するといわれている.その中でも高血圧は,睡眠外来受診患者や就労者,一般住民における横断的研究において,OSAとの独立した関連が多く報告されている.国立病院機構福岡病院睡眠センター受診患者303 名での検討では,AHI が高値となるごとに高血圧の合併率が上昇し[図2],AHI は年齢,性別と同様に高血圧の独立した危険因子であった15).OSA が疑われた2677 名の対象における検討では,血圧と高血圧の合併はAHI で示されるOSA 重症度と関連していた16).受診患者ではなく,米国の州職員を対象とした一般就労者での研究(Wisconsin Sleep Cohort Study)においてもOSA重症度と高血圧の有病率に量反応関係が認められた17).さらに,高血圧についてはOSAとの因果関係が証明されており,Wisconsin Sleep Cohort Study で,AHI≧ 15 のOSA ではAHI 0 の対象と比較して4年後の高血圧発症リスクが約3倍であることが報告された[図3]18).OSA と高血圧に関する多くの実験的研究や臨床疫学研究に基づいたエビデンスが構築され,高血圧の予防,発見,診断および治療に関する米国合同委員会第7次報告では,OSAは二次性高血圧の原
因として挙げられている19).ランダム化対照比較試験やメタ解析の結果よりOSA に対する持続陽圧呼吸療法(continuous positive airway pressure;CPAP)によって降圧効果を認めることが示されている20)21).

OSAと脳卒中
OSA が疑われた患者の追跡研究で重症OSA では非OSA 群と比較して脳卒中または死亡の調整後ハザード比が3.3倍であったとの報告22)や,一般住民研究でAHI > 19 のOSA患者では非OSA群と比較して8年後の虚血性脳卒中の調整後ハザード比が2.86 倍であったとの報告23)があり,OSA が脳卒中発症リスクであることが示唆された.脳血管疾患におけるOSAS の病因的関与は,OSAS患者において夜間酸素飽和度低下が高血圧発症とは独立して頸動脈の内膜中膜肥厚や動脈硬化プラークと関連していることによって示唆された24)25).またOSA が虚血性脳卒中の再発リスクを高め26),CPAP治療によって虚血性脳卒中の既往のあるOSA患者の生命予後が改善した27)との報告がある.

OSAと冠動脈疾患(coronary artery disease;CAD)
CAD におけるOSA合併率(AHI ≧15)は24%で,対照群の9%と比較して有意に高値であった28).冠動脈疾患にRDI10 以上のSDB が合併すると,その後5年間の心血管死が明らかに多いと報告されている(9.3%対37.5%)29).CAD の既往のない睡眠外来受診患者でOSA 重症度に応じて冠動脈石灰化が顕著であったとの報告30)や,CAD 患者でOSA が生命予後の悪化や心血管合併症リスクの増大につながったとする縦断的研究がある31).日本のデータからもAHI10 以上のOSA を合併する急性冠症候群の予後は不良で,その調整リスクは11.6 にもなると報告されている32).CPAP 治療はOSA 合併の冠動脈疾患の予後を改善し33),CPAP治療を行った患者では,治療を拒んだ患者よりも良好な臨床経過であったとの報告もある34).年齢,性別を一致させた一般人口と比較し,OSA 患者では冠動脈疾患の合併率が2倍以上多く,その後の死亡原因としても重要である35).

OSAと心不全
OSA が心不全の病因であるのみならず中枢性睡眠時無呼吸と同様心不全の悪化とともにOSA が発症あるいは増悪することがある.大規模な横断的研究でOSA と心不全との強い関連が認められた36).1ヵ月間のCPAP 治療によって心不全合併OSA 患者の左室駆出率の改善が認められた37).心不全合併OSA患者の死亡や入院のリスクに対するCPAP 治療効果については,平均25.3ヵ月の追跡期間においてCPAP未治療群や低コンプライアンス群でそれらのリスクが増加し,CPAP治療が心不全合併患者の予後
を改善させることが示されている38).

OSAと不整脈
一般住民研究でAHI ≧ 30の重症OSA患者では非OSA群(AHI < 5)と比較して,心室性期外収縮,心房細動,Ⅱ度房室ブロック(1型),ペースメーカー植え込み患者の頻度が有意に増加した.調整後オッズ比は非持続性心室頻拍,複雑性心室性期外収縮,心房細動でそれぞれ,3.40,1.74,4.02 倍であった39).心不全合併OSAS 患者における心室性期外収縮は1か月のCPAP 治療で58%低下する40)ことが報告された.
OSAは前述の血管障害以外に代謝異常にも大きく関与している.

OSAと糖尿病,インスリン抵抗性
国際糖尿病連合の声明ではOSA と2型糖尿病との関連が述べられている41).この関連を裏付けるものとして,OSA 重症度の指標であるAHI と最低酸素飽和度とインスリン抵抗性との関連42)や,軽度肥満男性におけるOSA とインスリン抵抗性との関連43)を報告した研究があり,これらの関連はいずれも肥満と独立していた.横断的解析で肥満調整後もOSA(AHI ≧ 15)と2型糖尿病との関連は有意であった(オッズ比2.3)が,4年後の糖尿病発症との関連については有意でなかった44).この研究は追跡期間が4年間と比較的短いこともあり今後さらに縦断的あるいは介入的研究が望まれる.

OSA の身体的影響について述べたが,その他のOSA を特徴づける症状に日中の過剰な眠気がある.精神症状としては他に抑うつ,集中力の低下がみられ,QOL低下につながる可能性がある.さらに社会的インパクトの強い問題が交通事故との関連である45)46).非職業運転者のメタ解析でも,OSA 患者で自動車事故のリスクが2〜3倍に上昇することが報告されている47).
このようにOSA は多彩な症状を呈し生命予後に関わる合併症を続発することがあるため早期の診断と治療が望まれる.次章ではOSA の主症状であり,またより身近な問題でもあるイビキについてその病態生理や健康への影響について述べたい.

2.イビキとその障害について
1)イビキの概念と疫学
イビキとは軟口蓋,舌,咽頭壁などの上気道の軟部組織が振動することで発生する音響現象である.ヒトの上気道は発声には有利であるが,骨,軟骨組織によって支持されない軟部組織のみの部位が長く,イビキや無呼吸を起こしやすい.イビキは容易に観察できOSA のほとんどで認めるためその有用な指標とされ,イビキが非常に強い患者ではAHI ≧15であるリスクが約4倍であったとの報告もある48).過去の疫学研究によるとイビキの頻度は男性で20 − 46%,女性で8 − 28%とかなりばらつきが多い3)49)~53).これはイビキが質問紙に基づくこと,さらに本人,ベッドパートナーのいずれが回答したかによっても異なること54)による可能性がある.我が国における最近の一般住民研究では,「ほとんど毎日イビキをかく」と答えた対象の割合は,男性で24%,女性で10%であった55).イビキの危険因子としては,肥満,飲酒,鼻閉などが挙げられる.

2)イビキの病態生理
いくつかのイビキによる病態生理学的機序が考えられる.まず,イビキの振動による影響である.吸気が狭い上気道を通過する際に乱流となり,主に咽頭粘膜の激しい振動を引き起こすことでイビキとなる.
このイビキによる振動によって上気道粘膜の傷害を引き起こし,ひいては炎症が引き起こされることで56)咽頭粘膜57)や隣接する血管58)59)において永続的な障害が残る可能性が示唆されている.次に胸腔内圧変動による影響である.上気道抵抗に抗することで吸気努力が増大し胸腔内陰圧の著明な増大を引き起こし,その結果心筋経壁圧の増加により後負荷が増すことになる.このことから左室肥大さらに心不全の悪化につながる可能性が示唆される.無呼吸のないイビキ症患者での研究で胸腔内圧の変動の増大に伴い圧受容体感受性の低下を呈することも報告されている60).このことはOSA のみならずイビキ症患者においても圧受容体感受性の低下より,夜間の血圧上昇,さらには日中の血圧上昇につながる可能性を示唆している.
また,睡眠中に呼吸努力が増大することで疲労が残ることや,上気道抵抗の上昇やイビキの騒音により覚醒反応が起こり眠気を引き起こす可能性がある.

3)イビキによる障害
イビキによる障害として,OSA と同様に日中の過剰な眠気や高血圧との関連が報告されている.イビキの振動が頸動脈硬化症に関連すると報告した最近の研究もある59).また,騒音という側面からイビキ症者のみならずベッドパートナーの睡眠への影響も考えられる61).これらの障害とイビキとの関連について示した臨床研究をいくつか紹介したい.

イビキと高血圧
1741 名の住民研究では,無呼吸のないイビキ症患者で弱いものの高血圧との独立した関連(オッズ比1.6)を認めた62).Wisconsin Sleep Cohort Study では,AHI が0.1-4.9のOSA の診断に至らない対象でも4年後の高血圧発症リスクが1.42 倍であることが報告された18)が,AHI が5に満たないこの集団はOSAとは診断されず,病的ではない単純性イビキ症として放置されている可能性があるものと思われる.
今までイビキの客観的測定値と血圧との関連を検証した研究は少ないが,我々はOSA を疑い睡眠ポリグラフを施行した患者を対象にイビキと日中の血圧との関連について検証した.睡眠検査室の患者ベッドの1.2 メートル上方にマイクロフォンを設置し,騒音計を用いて空中音圧レベルを測定した.イビキ音測定値としては,空中音圧レベル(dBA)の上位1パーセンタイル値であるL1 を用いた.記録不良例,降圧薬服用例などを除外した378 名において検討した.AHI < 15 の単純性イビキ症あるいは軽症OSA 患者で,客観的に測定したイビキ音を反映するL1 と日中の収縮期および拡張期血圧との間に有意な相関を認めた[図4].年齢,性別,Body mass index,睡眠時間,喫煙,飲酒,AHI を交絡因子として調整した後も日中の収縮期および拡張期血圧と関連することを認めた(それぞれβ=0.681,p=0.017;β=0.571,p=0.012)63).一方で,AHI ≧ 15 の中等症あるいは重症OSA 患者では独立した関連は認められなかった.
さらに小児での研究においても,質問紙より診断した単純性イビキ症患者で,交絡因子調整後も夜間拡張期血圧が対照よりも有意に高値であると報告した研究がある64).血圧へ影響する交絡因子が比較的少ないとされる小児においてもイビキと血圧との関連が認められたことは,今後の成人での研究に対して示唆を与えるものと考えられる.

イビキと頸動脈硬化症
頸動脈硬化症の頻度について軽症イビキ症(イビキの割合が睡眠時間の25% 未満)である対象(20%)よりも重症イビキ症(イビキの割合が睡眠時間の25%未満)である対象(64%)で高率であったとの報告がある.年齢,性別,高血圧の有無などの交絡因子を調整後も重症イビキのあるものは頸動脈硬化症のオッズ比が10.5 であったことより,イビキと頸動脈硬化症との独立した関連が示唆された59).その他,睡眠時無呼吸の評価はされていないが質問紙で評価したイビキと頸動脈硬化症についての研究がある.頸動脈分岐部と総頸動脈における最大内膜中膜複合体厚の平均値がイビキ症ではない対象よりもイビキ症者で有意に高値であった.さらに,習慣性イビキを認める場合,内膜中膜肥厚の増加と頸動脈分岐部のプラークのオッズ比は,心血管障害の危険因子を調整した後でもそれぞれ1.71 と3.63 であった65).

イビキと眠気
一般住民女性でAHI やその他交絡因子を調整後も習慣性イビキが日中の過剰な眠気と独立して関連するとの報告がある66).Sleep Heart Health Study においてもイビキの頻度がEpworth sleepiness scale(ESS)で測定した日中の眠気とRDI とは独立した関連を示した.イビキの頻度が増加するにつれてESSが上昇することが示された67).また我々がOSA を疑いPSG を施行した患者515 名において行った研究では,AHI ≧ 15 のOSA 患者において,客観的に測定されたイビキ音強度がESS によって評価された日中の眠気とAHI とは独立して関連することを認めた68).

イビキによる騒音被害
イビキはその騒音によりイビキ症者のベッドパートナーの睡眠や日中のQOL をも障害する可能性がある69).その結果,別々の寝室で寝たり,さらには夫婦間不和のもとにもなることがある.OSA と診断された患者とそのベッドパートナーで行われた研究では,ESS で評価された眠気と36-item short-formhealth survey(SF-36)で評価されたQOL が患者のみならずベッドパートナーでもCPAP 治療によって改善することが示された70).

ここで示した以外にもイビキと心血管障害,脳卒中などの合併症について調べた研究は数多くあるが,多くはイビキを睡眠時無呼吸の代理指標としたものでイビキ自体の影響を調べたものではない.また,それらの研究の多くはイビキそのものの影響というよりも低酸素血症などを呈する睡眠時無呼吸によって障害が引き起こされるものと考えられてきた側面もある.しかし,イビキの振動が血管への障害を引き起こし頚動脈硬化症につながる可能性を示唆した最近の研究71)もあり,今後睡眠呼吸障害の病態生理を考える上でイビキにも焦点を当てていく必要があるものと思われる.現時点ではイビキの標準的な客観的測定法がないことから,今後イビキの臨床的意義を評価するためにはその標準的計測法を確立した上でより厳格に計画された研究を行うことが望まれる.

まとめ
OSA とイビキによって引き起こされる障害を中心に述べた.OSA については二次性高血圧の確立された要因であるほか,脳・心血管障害,糖尿病などとの関連についてもエビデンスが構築されつつある.睡眠時無呼吸を伴わないイビキ症については,その臨床的意義はまだ明らかではないが,イビキに伴う振動,胸腔内圧変動,騒音などを介した健康への影響が推測される.一般人口における頻度の高さからも公衆衛生学的に重要な問題であると考えられ,今後より詳細な研究が行われることが望まれる.

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(参考文献のうち,数字がゴシック体で表示されているものについては,著者により重要なものと指定された分です.)

論文紹介は以上ですが、この手の論文でいつも思うのは、いびきや無呼吸は、意識して行っているわけではないので、それを原因としての疾患への結びつきには疑問が残ります。例えばタバコを吸うことでいろいろと不具合が出るのは、意識して行っていることによる言わば副作用です。いびきや無呼吸は意識的に行っているのではなく、何か原因が別にあるものの症状として出ています。風邪をひいて熱が出ているようなものです。熱を原因として頭痛がするとかめまいがするとか言ったらおかしな対症療法の話になるのです。

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(論文紹介)心理的要因が睡眠状況に及ぼす影響

最近不眠症の方の話をよく聞きます。毎日1時間とか2時間しか眠れなくてつらいとかの話です。ほとんどの場合は眠れなくてもベッドの中にいるようで、それ自体が眠れない意識を作り出しているようです。ベッドの中で眠れない眠れないと考える事が、「ベッド=眠れない」という意識を刷り込んでしまいます。
睡眠薬は副作用もあり、出来れば使いたくないという方も多く、環境や睡眠時間誤認など考えられる原因と解決策を話しています。
心理的要因はその中でもかなり大きな原因です。

(論文紹介)心理的要因が睡眠状況に及ぼす影響
「相愛大学人間発達学研究」に心理的要因と睡眠の質との関係を調査した論文がありましたので少し要約してご紹介いたします。(原文はURLから)
経験的には、悲観的な考えにいつまでもとらわれて、寝つきが悪いとか、よく眠れない等が続くと、抑うつ的な気分になるということが言われているが、科学的な検証がされていません。よってアンケート調査により統計的な検証を行ったというものです。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は睡眠傾向に影響することが検証されました。

ではその対処法の一つをかいておきます。
布団に入って目を瞑っていてもいろいろと考えてしまい、もやもやして眠れない時に頭の中の思考を止める方法です。

実は頭の中であっても思考は言葉です。
同時にいろいろとしゃべれないように、頭の中であっても同時にいろいろと思考の言葉を作り出すことはできません。
何か考えてしまうときには、頭の中で、「ンー」とか「ムーン」とかを言葉として思い浮かべると、ほかのことを考えられなくなります。

色々な宗教で瞑想するときに「ムーン」とか「オーム」等を低く発するものがありますが、邪念を払う効果があります。
まあ、オーム真理教の事件で「オーム」って言葉がイメージ悪いですが、元々はちゃんとしたものです。

実際に言葉を発する必要はなく、頭の中だけで大丈夫です。
そうするといろいろと頭の中で考えずに済むので、心を落ち着けて眠りに入りやすくなります。

相愛大学人間発達学研究
2010. 3. 49-56
https://www.soai.ac.jp/univ/pdf/kenkyu_h1nishisako.PDF

心理的要因が睡眠状況に及ぼす影響

西迫成一郎*

 統制の所在、自己意識、自己開示傾向がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響することを検討するために、大学生を調査対象とし質問紙調査を行った。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は入眠時間に影響することが検証された。また,「寝付きの良さ」「起床時の気分」および「眠りの深さ」を「睡眠傾向」と設定し検討した。その結果、統制の所在と私的自己意識がネガティブな反すう傾向に影響し、ネガティブな反すう傾向は睡眠傾向に影響することが検証された。

用語
統制の所在=内的統制とは、自己の努力や能力が、物事がうまくいくために役立つという考えを意味する。それに対して、外的統制とは、物事がうまくいくかどうかを決定するのは、運や強力な他者であるという考えを意味する。得点が高いほど内的統制型。

自己意識=自己の情緒・思考・態度といった他者から観察されない自己の私的な側面への注意の向きやすさを示す私的自己意識、自己の容姿・行動など他者が観察可能な自己の公的な側面への注意の向きやすさを示す公的自己意識。公的自己意識が、ネガティブな反すうに影響する。

自己開示傾向=自分自身のことについて他者に話すことを意味するが,自己開示が精神的健康にポジティブな影響を与えることを報告する研究は多い。これについては、自己に起こったネガティブな出来事を他者に話すことで、自己への語りかけともいえるネガティブな反すうをする必要性が弱くなる可能性が考えられる。

ネガティブな反すう=ネガティブな出来事を長い間繰り返し考えること。

1. 問題

睡眠は、心身の疲労を低減し次の日の活動を可能とするだけでなく、心身の健康を左右する重要な要因である。
睡眠と心の健康に関しては、睡眠のあり方が、抑うつといった心理的傾向に影響することがこれまでも示唆されてきた。しかし、逆に、睡眠の質は、多分に心理的傾向に影響されるという側面も持つ。これに関しては、近年、睡眠傾向に影響する就寝前の認知的活動の重要性が指摘されているが、特に注目されているのが、ネガティブな出来事を長い間繰り返し考えることであるネガティブな反すうである。ネガティブな反すうは、うつ状態を引き起こす要因の一つとされてきたが、これまでの研究により、ネガティブな反すう傾向が抑うつに直接的に影響するだけでなく、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へ、入眠時間から睡眠の質へ、睡眠の質から抑うつに影響することを検証している。このように、ネガティブな反すうは、抑うつ傾向といった心理的傾向だけでなく、睡眠状況にも影響する重要な要因である。
それでは、ネガティブな反すうを形成する要因はなんであろうか。その一つの要因として、自己注目をあげることができる。この要因を考えるにあたって有用な理論が、客体的自覚理論、その精緻化が試みられた制御理論がある。これらの理論によれば、個人の注意が、環境と自己のうち、自己に向かっている自己注目の状態では、その注意はその個人がおかれている状況においてもっとも関連度・重要度の高い側面に絞られて向けられる。そして、その注意の対象となった側面は、その個人が有する個人的信念、理想自己、または社会的規範といった適切さの基準と照合され、その側面に対しての評価が行われる。この評価の結果、注意を向けた側面が、適切さの基準に達していないという判断がなされると、適切さの基準に自己を合わさなければならないという問題の認識がその個人に起こるのである。これらの理論に従えば、ネガティブな出来事のあとに自己注目の状態になることは、ネガティブな反すうを誘発することになろう。
これに関連して、どの方向に注目が向かうかについては安定した個人的傾向があるとする研究に依拠し、自己注目およびネガティブな反すうの抑うつへの影響過程について研究を行った。自己注目についての個人差を自己意識と総称した。そして、自己意識は,自己の情緒・思考・態度といった他者から観察されない自己の私的な側面への注意の向きやすさを示す私的自己意識、自己の容姿・行動など他者が観察可能な自己の公的な側面への注意の向きやすさを示す公的自己意識、そして他者に対する動揺のしやすさを示す社会的不安より構成されるとしている。自己意識のうち、公的自己意識が、ネガティブな反すうに影響し、そしてネガティブな反すうが抑うつ傾向に影響するとしている。
ネガティブな反すうに影響する要因は自己意識以外にも考えられよう。その一つとして、統制の所在を考えてみる。統制の所在には、内的統制と外的統制がある。内的統制とは、自己の努力や能力が、物事がうまくいくために役立つという考えを意味する。それに対して、外的統制とは、物事がうまくいくかどうかを決定するのは、運や強力な他者であるという考えを意味する。すると、内的統制型の人は、ネガティブな出来事が生じても、努力すれば自ら統制することができると考えるために、その問題についてネガティブに考え続けることは少ないであろう。また、自ら統制できるとの考えは、その問題を克服しようとすることにもつながる。その努力によって、問題を後々に残すことが比較的少なくなりネガティブな反すうを減少させると予測できる。
また、ネガティブな反すうに影響することが予測される要因として、個人の自己開示の傾向を本研究の俎上にあげる。自己開示とは、自分自身のことについて他者に話すことを意味するが、自己開示が精神的健康にポジティブな影響を与えることを報告する研究は多い。しかし、その詳細な影響過程についてはまだ検討の余地があり、自己開示がネガティブな反すう傾向に影響するかどうかを検討することは意義あることであろう。これについては、自己に起こったネガティブな出来事を他者に話すことで、自己への語りかけともいえるネガティブな反すうをする必要性が弱くなる可能性が考えられる。
以上より、統制の所在がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響するモデルと、自己開示がネガティブな反すうを媒介して睡眠状況に影響するモデルを想定することができ、本研究ではこれらのモデルを検証する。また、自己意識についても、自己意識がネガティブな反すうを媒介して抑うつ傾向に影響することを検討しているが、本研究では睡眠状況に対して影響することを仮定するモデルを検討する。このように、ネガティブな反すうに影響することを予測する心理的要因を複数取り上げることによって、それぞれの要因とネガティブな反すうとの関連の程度を比較することも可能となる。

2.方法
(1)材料
各個人の睡眠状況を測定する項目、統制の所在を測定する尺度、自己意識特性を測定する尺度、自己開示傾向を測定する尺度、ネガティブな反すうを測定する尺度を用意した。
a, 各個人の睡眠状況を測定する項目:項目1は、消灯時刻の変動。項目2は,睡眠時間の変動。項目3は寝付くまでの時間(入眠時間)。項目4は寝付きの良さ。項目5は、目覚める回数。項目6は起床時の気分。項目7は眠りの深さ。
b.統制の所在を測定する尺度: 18項目より構成され、それぞれの項目に記述してある内容に自分がどの程度当てはまるかを、“そう思わない(1)”,“ややそう思わない(2)”,“ややそう思う(3)”,“そう思う(4)”の4段階で評定すること求めた。得点が高いほど内的統制型であることを示す。
c.自己意識を測定する尺度:私的自己意識に強く負荷する5項目と公的自己意識に強く負荷する5項目を用いた。
d.自己開示傾向を測定する尺度:パーソナリティ領域に属する「罪や恥の感情を抱いた経験」,「非常に腹のたつような出来事」,「ゆううつな沈んだ気分にさせる出来事」,「気に病み、心配し、恐れるような出来事」の4項目を選択した。
これらの項目を選らんだのは、ネガティブな出来事についての自己開示について測定するためであった。4項目について、友人と家族それぞれに対して、“何も語らないかうそを言う(0)”,“いちおう語る(1)”,“十分に詳しく語る(2)”の3段階で評定することを求めた。
e.ネガティブな反すうを測定する尺度:ネガティブな反すう傾向を測定する7項目、ネガティブな反すうのコントロール不可能性を測定する4項目、filler item 3項目から構成される。これら14項目の内容について、自分がどの程度あてはまるかを、“あてはまらない(1)”,“あまりあてはまらない(2)”,“どちらかというとあてはまらない(3)”,“どちらかというとあてはまる(4)”,“ややあてはまる(5)”,“あてはまる(6)”の6段階で評定することを求めた。

(2)調査対象者
調査の対象者は大阪府のS大学および京都府のR大学に通う大学生であり、記入漏れや記入ミスのあった者を除く201名(男性99名,女性102名)を分析の対象とした。平均年齢は、19.51歳(18~24歳)であった。
(3)調査時期
2009年12月に実施した。

3.結果
(1)各尺度の因子分析と信頼性係数
割愛

(2)各変数間の相関分析
Table lには、その結果および基本統計量を示した。主な結果は次のとおりである。ネガティブな反すう傾向については、統制の所在と有意な傾向の負の相関が、私的自己意識と有意な正の相関が、そして入眠時間と有意な傾向の正の相関が認められた。ネガティブな反すうのコントロール不可能性(Table lではコントロール不可能性と略記)については、統制の所在と有意な傾向の負の相関があり、また公的自己意識と有意な正の相関が見られたが、睡眠状況と関連する4変数とは有意な相関は認められなかった。

(3)構造方程式モデリングによる検討
統制の所在、2つの自己意識、および2つの自己開示のいずれかが、2つのネガティブな反すうを媒介して消灯時間の変動、睡眠時間の変動、入眠時間、目覚める回数のいずれかに影響することを仮定するパスを設定したモデルを作成し、構造方程式モデリングによる検討をおこなった。その結果、設定しうるモデルのうち、すべてのパスが有意であったモデルはなかった。そこで、有意な傾向があるものも認めることとした。すると、採用可能なモデルは、統制の所在からネガティブな反すう傾向、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へのパスを設定したモデルと、私的自己意識からネガティブな反すう傾向、ネガティブな反すう傾向から入眠時間へのパスを設定したモデルであったが、統制の所在と私的自己意識の相関を認め、統制の所在および私的自己意識がネガティブな反すう傾向を媒介して入眠時間に影響するパスを設定したモデルをモデル1として採用した。その分析結果をFigure lに示した。

この結果から、統制の所在が内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなり、自己の私的側面へ注意を向けやすいほどネガティブな反すう傾向が高くなること、そしてネガティブな反すう傾向が高いほど、入眠までの時間が長くなるという一連の影響過程があることが示唆された。
本研究では、さらに、Figure1のモデルの入眠時間の代わりに、睡眠傾向をあてはめたモデル2について、検討をおこなった。その結果をFigure 2に示した。

この結果は、統制の所在が内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなり、自己の私的側面へ注意を向けやすいほどネガティブな反すう傾向が高くなること、そしてネガティブな反すう傾向が高いほど睡眠傾向がネガティブな状態になるという、一連の影響過程があることを示している。

4.考察
分析結果について、過去の研究からの知見も含めて、考察を加える。
分析結果は、統制の所在および私的自己意識が、ネガティブな反すう傾向を媒介して、入眠時間や睡眠傾向といった睡眠状況に影響することを示していた。また、私的自己意識の方が統制の所在よりもネガティブな反すう傾向への影響はやや強いことが認められた。これに対して、自己開示傾向と公的自己意識のネガティブな反すう傾向への影響は、認められなかった。また、ネガティブな反すうのコントロール不可能性は、相関分析によって統制の所在および公的自己意識と相関が認められたが、睡眠状況との関連性は本研究の分析からは認められなかった。
統制の所在については、内的統制型であるほどネガティブな反すう傾向が低くなるという結果が認められたが、これは予測されたように内的統制型の個人は生じた問題は自分の努力によって解決できると考えるために、その問題についてネガティブに考え続けることは少ないのであろう。また、実際に問題解決に向けて努力するために、問題を持ち続けることが比較的少なくネガティブな反すう傾向が低くなるものと考えられよう。内的統制型傾向が高いことについては、その心理的性質からネガティブな出来事についても、自己の努力や能力が関係していると考え、ネガティブな反すう傾向を高める可能性もある。本研究の結果からは、内的統制型傾向が高いことは、ネガティブな反すうを引きおこすのではなく、ネガティブな出来事に対しても、これから努力を尽くせば覆ると前向きに未来をとらえさせることを示している。
次に、本研究の問題点について言及するならば、その一つは、今回の研究で設定した、消灯時刻の変動、睡眠時間の変動、目覚める回数については、ネガティブな反すうの影響は見られなかったことである。消灯時刻の変動、睡眠時間の変動に関しては、その回答のなかに平均的な値から大きく離れた値が存在した。これによって、データの性質が大きく左右されてしまったことが、影響を認めることができなかった原因かもしれない。
自己開示傾向についても、想定したような影響を見いだすことはできなかった。これに関連して、Wicklund(1982)は、自己開示が自己への注意を促進するとしている。この自己注目がネガティブな反すう傾向の促進効果を有しており、想定された自己開示のネガティブな反すうの傾向の抑制効果を相殺したとも考えられよう。今後、さらに検討が必要である。また、「寝付きの良さ」、「起床時の気分」、および「眠りの深さ」を観測変数として潜在変数「睡眠傾向」を設定したが、睡眠傾向をとらえるにあたってさらに十分な観測変数を検討することも必要であろう。
本研究では、想定された影響過程の一部が認められた。ネガティブな反すうに影響する要因を今後さらに検討することが、睡眠状況の改善に貢献をもたらすであろう。さらに、睡眠状況がいかなる臨床的問題を引き起こすのかまでを含んだ研究も、心身の健康を考えるうえで今後必要であろう。

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(論文紹介)いびきに対する柴胡桂枝湯の治療効果

いびきの原因を究明するうえで、非常に参考になる臨床例論文があったので紹介させていただきます。今回ご紹介する論文は、いびきを減少させる漢方薬の発見です。たまたま別の病気のために漢方を処方したら、いびきが激減した。ほかにも鼾がうるさい患者にも処方してみたら、劇的な効果があったというものです。胃を整え、吐き気を防止する漢方薬です。
以前からいびきの原因、睡眠時無呼吸症候群の原因として、胃の内容物が逆流して肺炎になるのを抑えるための作用という仮説をお伝えしておりますが、その裏付けとなる論文だと思います。

(論文紹介)“いびき”に対する柴胡桂枝湯の治療効果

日本東洋医学雑誌
Vol. 44 (1993-1994) No. 1 P 31-35 Copyright © 社団法人 日本東洋医学会 公開日2010/3/12
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kampomed1982/44/1/44_1_31/_article/-char/ja/

臨床経験

“いびき”に対する柴胡桂枝湯の
治療効果

Efficacy of Saiko-keishi-to for Snoring
竹迫賢一 日吉俊紀
Kenichi TAKESAKO Toshiki HIYOSHI

要旨
いびきのひどい12例(脳卒中7例を含む, 平均53.3歳, 男10, 女2例)に対するツムラ柴胡桂枝湯エキス剤7.5g/日の治療効果を検討した。効果判定は第三者の観察によるが, 2週間後にはほぼ消失2例(17%), 半減4例(33%), やや改善5例(42%), 変化なし1例(8%)と, ほとんどの症例に効果が認められた。また効果発現には3~6日を要し, 改善点はいびきの音量の減弱であり, 柴胡桂枝湯を中止すると2~4日でいびきの音量も元に戻った。1例での投与方法の検討では倍量の夕食前5.0g1回投薬でも, 通常投薬と同等の効果が1週間後判定で得られた。作用機序としては, 柴胡桂枝湯にはテンカンに対する治療効果が知られていることから, 何らかの脳神経中枢作用を介している可能性が考えられる。
いびきの漢方療法として, 柴胡桂枝湯では最初の改善報告と思われる。

緒言
いびきとは睡眠中または昏睡中に, 口蓋帆, ときには声帯の振動により生じる荒い, ガラガラした吸気性雑音である。その発生の背景には睡眠中の咽頭~軟口蓋部の筋緊張の低下や, 肥満, 副鼻腔炎や鼻炎等による気道や共鳴構造の変化があり, この部位の麻痺, 特に脳血管障害等ではしばしばいびきを伴うことはよく知られている。
近年, いびきは脳血管障害, 高血圧, 虚血性心疾患の危険因子として深い関係があることが知られるようになり, またしばしば急死の原因ともなる睡眠時無呼吸症候群の1症状として知られる。ところで漢方薬は未病を防ぐとして使用されることがあるが, いびきは治療対象として扱われず, 著者らの知る限り, 古典の『傷寒論』をはじめ明治時代の『勿誤薬室方函口訣』にも治療対象として登場しない。
著者らは脳卒中に慢性B型肝炎を伴う60歳男性(症例4)の肝機能異常の漢方治療に, 腹証として胸脇苦満と腹直筋緊張を有したため柴胡桂枝湯エキス剤を用いたところ, いびきが著明に軽減することを経験した。このことから病名投与ではあるが, いびきに対する柴胡桂枝湯の有効性について検討した。

対象と方法
1) 柴胡桂枝湯の常用量による治療効果対象は当科入院のいびきのひどい10名といびきを指摘された健常人2名の計12名(男性10名, 女性2名, 平均年齢53.3歳)で, 最も多い基礎疾患は脳卒中7例である。ツムラ柴胡桂枝湯エキス剤は成人1日量(7.5g/日)を3回に分割投薬した。
投与方法は病名投与である。効果判定は一部の症例を除いて毎日観察し, 最終判定は漢方投与後2週目に行った。判定方法は入院患者にあっては,いびきが気になる同室患者や付添い人, 看護婦による判定とし, 健常者にあってはその妻の観察による判定である。効果判定基準はいびきのほぼ消失を著効, 半減を有効, やや改善をやや有効, 変化なしを無効とした。

2) 柴胡桂枝湯の投与方法の検討
対象は1例(72歳女, 症例8)である。投与方法はツムラ柴胡桂枝湯エキス剤の成人1日量(1)7.5g, 分3食前投与(通常投与法), (2)2.5g, 夕食前, (3)5.0g, 分2朝夕食前, (5)5.0g, 1回夕食前の4つの方法を用いた。効果判定は投薬後1週間目に行い, 同室患者や付添い人, 看護婦の観察により判定した。効果判定基準は前出と同じである。

結果
1) 柴胡桂枝湯の常用量による治療効果
いびきに対する柴胡桂枝湯の治療効果は, 表1の如く著効2名, 有効4名, やや有効5名, 無効1名であった。著効例はいずれも脳卒中患者で,無効例は健常人の1名であった。また効果発現は投与後3~6日目であり, 1週目と2週目で大きな差はなく, 少なくとも2週間投与であれば効果判定は十分に可能であった。
柴胡桂枝湯の効果発現はいびきの音量の減弱として認められたが, いびきそのものの出現頻度の減少や持続時間の短縮などの改善には気付かなかった。またいびきは薬剤中止により2~4日目には元の音量の状態に戻った。
なお, 長期観察の症例4(60歳男, 脳卒中)では, 退院後も慢性肝炎のため肝機能に応じて8年間にわたり柴胡桂枝湯の投薬, 休薬を繰り返しているが, いびきは投薬中には軽減し休薬中には服薬以前と同じくらいに強くなっている。すなわちこの柴胡桂枝湯のいびきに対する効果は再現性があるものの, いびきが完全に消失することはなかった。

2) 柴胡桂枝湯の投与方法の検討
夕食前に倍量(5.0g)のツムラ柴胡桂枝湯エキス剤を一度に服薬することにより, その1週間後の判定では通常の1日3回服用と同等の効果が得られた(表2)。なお2.5g夕食前は効果はなかったが, 5.0gを朝夕食前に分服した場合は常用量に及ばないものの, やや改善~ 半減の効果が得られた。

考察
いびきに対する柴胡桂枝湯の検討により, 柴胡桂枝湯はいびきに有効な漢方薬の1つであることが明らかとなった。またこの方剤の特徴は, (1)効果発現に3~6日の日数経過を要する。(2)治療効果はいびきの音量の減弱であるが時にほぼ消失も見られる。(3)薬剤中止により2~4日でいびきの音量も元に戻ることである。
漢方薬によるいびきの治験報告は, いびきを治療すべき対象と考えなかったためと考えられるが, その治験例は極めて少ない。治療報告の多くは基礎疾患にいびきを有する1~2症例を対象としたもので, それには葛根湯, 抑肝散加陳皮半夏, 葛根湯加川芎辛夷桔梗黄芩, 牛黄丸貼付+鍼刺激, 当帰鬚散, 補中益気湯, 柴胡加竜骨牡蠣湯の報告がある。柴胡桂枝湯の報告は,著者らが知る限り今回初めての報告である。
漢方薬がどのような作用機序でいびきに有効であるのかは不明な点が多いが, その背景にはいびきは治療対象となりえなかったため, いびきを漢方的に明確に定義し説明するといった検討が充分になされなかったことが挙げられる。唯一昭和時代になって中田は治酒査鼻方に葛根を加えるにあたり, その解説のなかで次のように述べている。「鼻の炎症の多くに”胃熱”が関与しており,胃熱は上部にある肺に燃え上がって, 肺に属する鼻に影響し, その結果, 鼻づまり, いびきなどといった症状をきたすので, 葛根は胃熱を取り除くためよく効を奏する。とくに葛根を用いなくても, 補中益気湯, 半夏瀉心湯などといった胃を治す処方を用いてもこういった鼻の病気が治る場合があります。」したがって”いびきは胃熱”によって引き起こされる現象として説明され, 治験報告例の風邪をひき易い, 鼻炎, 鼻づまりといった局所炎症の関与するものでは, 構成生薬として葛根が重要なポイントとなっている。それ以外の葛根を含まない補中益気湯ではいびきの改善に関し,上気道の構成筋の弛緩というアトニー症状の関与するものに筋弛緩の改善作用のある補中益気湯を用いるという考え方13)もあるが, 中田が解説で述べたように胃を治したために鼻(ここではいびき)が改善したと解釈することもできよう。
ところで構成生薬をみると, 柴胡桂枝湯は小柴胡湯と桂枝湯の合方を意味する方剤で, 柴胡, 半夏,黄芩, 甘草, 桂皮, 芍薬, 大棗, 人参, 生姜の9種類からなり, 葛根は含まない。それぞれの生薬の薬理活性はその活性成分と共に動物実験を通じて検討され, 明らかにされつつあるが, いびきの改善を意味する薬理作用は明らかでないこともあり, 生薬の薬理活性から説明することは困難である。仮説ではあるが, 漢方でいう”胃熱”を除くに注目し, 胃を改善する作用と解すれば, 柴胡桂枝湯の構成生薬のうち抗消化性潰瘍作用のある甘草, 鎮静・鎮痙作用のある桂枝, 抗消化性潰瘍作用のある柴胡, 鎮静・鎮痙・鎮痛作用や胃腸運動促進作用, 抗胃潰瘍作用のある芍薬, 抗潰瘍作用のある人参にその可能性がある。ただ動物実験の薬理学的結果を臨床の場で説明するには, 人間と動物の種特異性の問題, 同種であっても”証”の問題, 生薬成分の薬理学的血中濃度で生じる現象が臨床的血中濃度でも生じうるか否かといった用量の問題などをクリヤーする必要がある。
生薬の漢方的作用の解説については, 吉益東洞の『薬徴』がよく知られているが, その薬徴解説にはいびきや鼾の文字は見られないし, またいびきを意味する用語についても明らかにされていないので, 生薬といびきの関係は説明しがたい。仮説ではあるが, もしも衝逆(体の下の方から上の方に何かが突き上がってくるようなものと説明される)がいびきと関係すると解釈するならば, 柴胡桂枝湯の構成生薬のうち甘草, と桂枝が重要な役割を演ずるし, もし奔豚(気の塊りが上の方に突き上げることと説明される)もいびきと関係すると解釈するならば, 大棗も有用ということになる。
さらに漢方薬のもつ宿命的問題として構成生薬を分析しても漢方方剤の本質にはたどり着けない可能性もありうる。そのことはすでに過去の明治11年に男惟斅が浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』の序文に述べており, その内容を噛み砕いて長谷川は「処方は1つの絵画と同じである。原料の色をとり出しても絵の説明にならない。薬を1つ1つ分析し説明しても作用はわからない。処方全体としての組合わせの作用をみないといけな:い。」と解説している。
話しは戻るが, 胃熱を改善する作用以外の解釈の可能性として, 今回報告した柴胡桂枝湯に関しては抗てんかん薬としての改善効果が知られているし, 抑肝散加陳皮半夏は神経症の適応があり, いわゆる神経症は東洋医学では「傷気分」,「五臓不安」,「傷臓」に相当し, 本剤の他に柴胡加竜骨牡蠣湯も用いられている。また柴胡加竜骨牡蠣湯は脳内モノアミン系抑制作用が知られており, 柴胡加竜骨牡蠣湯加味方はてんかんの治験例を有しているので, これらの方剤は脳神経中枢にも作用すると考えることができ, いびきの症例の中には脳神経中枢性に作用し改善している可能性が示唆される。
証は漢方薬の治療効果を高める上で大変重要な役割を演ずる。柴胡桂枝湯においてもその臨床上の使用目標の解説は, 慢性症については腹症として胸脇苦満があり, 上腹部の腹直筋攣急を伴うもので腹力は中等度ないしやや軟が典型例であるとするが, 大塚敬節はこれにこだわらないで使用可と述べているといわれる。したがって柴胡桂枝湯に限っては証にあまりこだわる必要はない。
最後に, いびきに対し柴胡桂枝湯が治療効果を示したことと, この報告はいびきに対する柴胡桂枝湯の最初の治験報告として価値があることを強調したい。

総括
1) ツムラ柴胡桂枝湯エキス剤1日7.5gを2週間以上投与し, 12例中著効2例を含む11例(92%)にいびきの半減~ やや改善がみられた。
2) 効果発現は投与後3~6日目であり, その効果はいびきの音量の減弱であるがほぼ消失例も見られた。
3)薬剤を中止すると2~4日目にいびきの音量が元に戻った。
4) 投与方法では1例経験であるが, 夜間のみの倍量投与法は1日3回投薬と同効であった。

文献
1) ステツドマン医学大辞典, 改訂第2版, p.1307,メジカルビュー社
2) Heikki Palomaki, et al.: Snoring as a risk factor for sleep-related brain infarction, Stroke,20, 1311-1315, 1989
3) Koskenvuo, M., et al.: Snoring as a risk factor for hypertension and angina pectoris. Lancet 1, 893-896, 1985
4) 滝島任: 睡眠時無呼吸症候群, p. 1-175, 1989,医薬ジャーナル社
5) 矢数道明: <194>小児の大いびきとストロフルスに葛根湯, 漢方治療百話(3), p.201, 1971
6) 矢数道明: <193>肥厚性鼻炎による小児のいびきに葛根湯, 漢方治療百話(3), p. 200-201, 1971
7) 矢数道明: <60>チツク症といびきに抑肝散加陳皮半夏, 漢方治療百話(4), p.83, 1976
8) 矢数道明: (653)肥満少年のいびきに葛根湯加味方, 漢方の臨床, 35(3), p. 25-27, 1988
9) 矢数道明: <192>大兵肥満男子の大いびきに天柱刺激, 漢方治療百話(3), p. 199-200, 1971
10) 矢数道明: <190>外傷後に起こったいびきに当帰鬚散, 漢方治療百話(3), p. 198, 1971
11) 川俣博嗣, 他: 補中益気湯が奏功した睡眠時呼吸障害の1例, 日本東洋医学会誌, 42, p. 457-458,1992
12) 小林英喜: 鼾に対する柴胡加竜骨牡蠣湯エキス顆粒の使用経験, 漢方診療, 11, (7), p.10, 1992
13) 中田敬吾: 勿誤薬室方函口訣解説(46)治酒査鼻方, 漢方医学講座(25), p. 50-58, 1985, 津村順天堂
14) 丁宗鐵: 漢方薬の薬理, 日医誌, 105(5), p. 20-32, 1992
15) 大塚恭男: 薬徴解説(5)甘草1・2, 漢方医学講座(16), p. 33-36, 1981, 津村順天堂
16) 松下嘉一: 薬徴解説(40)桂枝, 漢方医学講座(19), p. 31-37, 1982, 津村順天堂
17) 斉藤隆: 薬徴解説(38) 大棗, 漢方医学講座(19),p. 19-25, 1982, 津村順天堂
18) 男惟斅: 方函口訣序, 勿誤薬室方函口訣(復刻版), p. 9, 1981, 津村順天堂
19) 長谷川弥人, 他: 勿誤薬室方函口訣解説(1)開講にあたって, 漢方医学講座(22), p.5-11, 1983,津村順天堂
20) 相見三郎, 他: 柴胡桂枝湯による癇癪の治療, その成績と考察及び脳波所見に及ぼす影響について, 日本東洋医学会誌, 27, p. 99-116, 1976
21) 神庭重信, 他: 神経症に対するツムラ抑肝散加陳皮半夏の効果, 日経メディカル, 271, p. 72-73,1991
22) 大塚敬節: 101癲癇(てんかん)-その1, 102その2, 103低血圧症を伴う癲癇(てんかん), 107,漢方診療三十年, p. 153-155, 1982, 創元社
23) 佐藤弘: 柴胡桂枝湯, 新版漢方医学, p. 264-265, 1990, (財)日本漢方医学研究所(1993年1月18日受理)

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