どうしても夜間の仕事で日中睡眠をとる必要がある方たちがいます。その方たちができるだけ健康な睡眠をとり、ストレスを軽減できるよう、Sleep Laboを使っていただきたいと思います。
火を使う前でも、月明かりの中では、かなりの活動ができていたのではないかと推測されますが、ほんのわずかな明かりに対しても、人の生理機能は大きな差異が出ているようです。
人口の明かりにより、人間の活動が昼夜を問わず可能となってからの人類の歴史は、それまで生物として生きてきた歴史に比べて短いということなのでしょうか。
奈良県立大学による光暴露の研究論文をご紹介します。
光曝露およびメラトニン分泌量に関する時間疫学研究
大林賢史
奈良県立医科大学医学部 地域健康医学講座
http://chronobiology.jp/journal/JSC2015-1-013.pdf
はじめに
私が生体リズムの研究を開始したのは2010年からで、生体リズム研究との関わりはたかだか4~5年だけであることをはじめに告白しなければなりません。それにも関わらず今回、日本時間生物学会学術奨励賞という栄誉ある賞をいただいたのは、同学会および選考委員の先生方の懐の深さによるものと、ここに記して深謝いたします。
“Heart”リズムから“Biological”リズムへ
私は大学卒業後、“Heart”リズムに興味をもち循環器内科医として臨床業務に従事してきました。
学生時代から医学と同じくらい興味を持っていた建築学を学びたいという気持ちが徐々に強くなってきたある日、秋葉原の書店で「住居医学」というタイトルの小さな本が目に止まりました[1]。その本を読み、どうやら自分は医学と建築学の間を埋めるような仕事をしたいのではないか、と思うようになりました。「住居医学」の編者であった筏義人(いかだよしと)先生に連絡をとり、とりあえず話を伺いに奈良県立医科大学まで行くことにしました。奈良は修学旅行以来であったように思いますが、どこか懐かしく、ゆっくりとした時間が流れていました。住居医学なるものを教えてもらえると思い込んでいた私は、「やりたいことがあれば自由にやりなさい」という筏先生の言葉に幾分戸惑いを覚えながら、京都駅で新幹線に乗り換え東京に帰ったことを覚えています。その後に分かったのですが、筏先生は“バイオマテリアルの父”と呼ばれるような再生医療工学の偉大な先生であったということで合点がいきました。とにもかくにも、自分がやりたいことが何となく見えてきていたので、奈良県立医科大学に行くことにしました。
奈良医大での研究生活は筏先生の言葉以上に「自由」でした。それまでにしっかりとした研究をしたことがなかった私は苦痛に感じることもありましたが、先行研究を調べていくと医学と建築学の間には、ネグレクトされ続けた広大なフロンティアが存在することが分かってきて、次第にのめり込んでいきました。「住環境」に注目した医学研究をすることを決めた頃、すでに温熱環境と血圧の研究を独自に立ち上げていた奈良医大の佐伯圭吾(さえきけいご)先生と出会いました。最も注目すべき住環境因子は「光」と「温度」であると考えていたので、私が「光」を担当することとして、「温度」の佐伯先生と2人で大規模疫学研究を立ち上げることになりました。その名も平城京スタディ(HousingEnvironments and Health Investigation amongJapanese Older People in Nara, Kansai Region: AProspective Community-Based Cohort Study)。ちょっとダサいなと思いながらも、他に良い名称も思いつかずに決定してしまいました。
現代人は日中に屋内で生活することが多いため日中光曝露量が少なく、夜間は人工照明を使うため夜間光曝露量が多い傾向があります(図1)[2]。
現代人のこのような光の浴び方が、生体リズムの変化やメラトニン分泌の減少を引き起こし、現代社会で増加している肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、不眠症、うつ病など多くの疾病の原因になっているのではないか?これが私どもの研究仮説です。
この仮説は、先行する動物実験や少人数のヒトを対象にした実験研究によりすでにその可能性が示唆されていました。例えば、三島先生らは睡眠障害のある高齢者(n=10)に日中2000luxの光照射を4時間行い、その後のメラトニン分泌量が増加し、睡眠障害が改善したことを報告しています[ 3]。
Riemersma-van der Lekらはグループケア施設に入所している高齢者(n=189)を日中の照度レベルが異なる2群(1000lux と300lux)に無作為に分け、3.5年後の認知機能とうつ症状を測定しました。結果では、1000lux群が300lux群に比較して有意に認知機能が保たれており、うつ症状も少なかったということを報告しています[4]。また、Fonkenらはラットを3つの異なる12時間ずつの明暗サイクル(①LD:150lux+0lux ②LL:150lux+150lux ③DM:150lux+5lux)で8週間飼育したときの体重変化を報告しています[5]。結果では、LD群に比べてLL群で有意に体重が増加し、興味深いことにDM群(暗期を5 luxにしただけ)でもLL群と同様に体重増加がみられ、耐糖能障害を発症していました。
このような先行研究から、光が生体リズムを介して疾病発症に関わっている可能性が十分に考えられましたが、日常生活で浴びる光が他の要因にかき消されないほどの影響力を持っているのでしょうか?
私どもは疫学的手法を用いて、そのことを明らかにしたいと考えています。こうして、私の興味は“Heart”リズムから“Biological”リズムに移っていきました。
データコレクション=4年+免停+廃車
疫学研究はどろ臭い。エレガントさは微塵もない。私がもつ疫学研究に対してのイメージです。私どもの研究は、自力で対象者を募集するところから始まりました。自治会や老人会の会長さんが集まる会合があると聞けば行って、研究への参加を呼びかけました。健康診断の会場に出向いて健康講座とわずかな謝礼で、また研究への参加を呼びかけました。そんな地道な努力をしながら、やっとの思いで1年分の対象者(n=250 ~ 350程度)の参加同意を得て、実際のデータコレクションに移ることができたわけです。
データコレクションは、対象者集め以上にどろ臭い作業でありました。平城京スタディは対象者宅を1件1件訪問する調査スタイルをとっています。住環境を測定するためには家の中におじゃまして、たくさんの照度センサーや温度センサーなどを設置しなければならないので、避けられない調査スタイルでした。訪問調査は自動車で奈良の狭い路地を通って行っていました。ナビゲーションシステムに対象者の住所を入力したはずなのに、古墳の中に案内されたりすることもしばしばありました。その日の機器設置などが終わると、2日後に機器を回収するために再訪問し、大学に戻ってデータをパソコンに落とす作業をしました。疲労のためか、大学へ戻る際の走行速度が無意識に上がってしまい、2人ともスピード違反で免許停止処分をくらいました。私は京都に住んでおり、奈良県曽爾村を調査中には往復200kmの移動をする必要があり、帰宅途中に事故で自動車が廃車になることもありました。このように、住環境調査のデータコレクションは過酷ゆえ、「医学と建築学の間のネグレクトされ続けた広大なフロンティア」の必然性に気づきました。こんなに大変な調査は誰もやらないでしょう。そういう意味では、私どもの後にも誰も続かない可能性があり、しっかりと結果を報告していかないといけない責務を負っているものと考えています。
徐々に調査・作業は効率化されてきましたが、昨年に1127人のベースライン調査(のべ3000回の訪問)が完了するまでの4年間はとても大変でした。
しかし、今後、ベースライン調査後の疾病発症などを追跡調査する上で、対象者とのface-to-faceのやり取りで得た信頼関係は何より大きな財産です。とはいえ、このスタイルの調査はもう二度としたくないと今は思っています。
光曝露量を実測した世界ではじめての大規模疫学研究
先に述べたように、光曝露情報を含めた住環境を実測して健康指標との関連を調査する大規模疫学研究はこれまでにありませんでした。私どもは対象者全員の日中(離床~入床)の光曝露量を腕時計型の照度ロガー(Actiwitch 2, Respironics Inc., USA,図2)を用いて、夜間(入床~離床)の光曝露量を寝室に設置した照度ロガー(LX-28SD, 佐藤商事, 日本, 図3)を用いて1分間隔で48時間測定しました。以下に横断解析の結果を示します。
表1に初期対象者192人の日中および夜間の光曝露量を示します。日中平均光曝露量は435.7lux(4分位範囲:253.1-808.5)、1000lux以上の光曝露時間は72.3分(37.1-123.8)で、夜間平均光曝露量は1.4 lux(4分位範囲:0.4-5.3)でした。また連続2日間の再現性は相関係数(rs)0.61-0.73でありました[6]。
夜間のメラトニン分泌量は夜間蓄尿により分泌総量を算出しました。メラトニン分泌量を従属変数とした単変量線形回帰分析において、メラトニン分泌量と関連を認めた因子は、年齢・喫煙状況・ベンゾジアゼピン内服・日長時間・身体活動量および日中光曝露量でした。夜間光曝露量はメラトニン分泌と関連を認めませんでした。これらの潜在的交絡因子を同時投入した多変量線形回帰分析モデルにおいて、日中光曝露量( 日中平均光曝露量および1000 lux以上の光曝露時間)はメラトニン分泌量と有意に関連していました(ともに回帰係数0.101, P<0.05)。それぞれの項目に平均値を代入した回帰式より、1000 lux以上の光曝露時間とメラトニン分泌の関連を図4に示します[6]。
528人を夜間平均光曝露量 = 3luxをカットオフ値として、夜間光曝露量が多い群(145人)と少ない群(383人)の2群に分け、年齢・性別・喫煙状況・飲酒習慣・世帯収入・教育年数を同時投入した多変量ロジスティック回帰分析モデルにおいて、夜間光曝露量が<3luxの群に比較して、≧3luxの群における肥満症および脂質異常症のオッズ比は、それぞれ1.89、1.72と有意に高いことが分かりました(ともにP<0.05, 図5)[7]。
これらの結果は、先に述べた三島先生やFonkenらの先行実験研究で示されていた日中・夜間光曝露による生体影響が日常生活でも同様で起こる可能性を一般高齢者集団で実証した点で重要なものであると思われます。さらに夜間の光曝露量はアクチグラフで測定した睡眠の質、質問票を用いて測定した睡眠の質やうつ症状、頚動脈超音波検査による動脈硬化指標などと関連することを報告しました[8-10]。また、メラトニン分泌量は血圧変動、夜間頻尿、白血球・血小板数、Cardio-ankle vascularindexによる動脈硬化指標などと関連することを報告しました[11-14]。
疫学研究の醍醐味
一般高齢者を対象に日常生活における光曝露やメラトニン分泌量が様々な健康指標と関連することを報告してきましたが、これらの多くは横断解析の結果であり因果について言及することはできません。今後、全対象者を毎年追跡調査し、ベースライン調査時の光曝露情報とその後の疾病発症や死亡などの関連を縦断的に解析することにより、よりエビデンスレベルの高い結果が得られると考えています。私どもの研究はまだまだ初期段階であり、これから疫学研究の醍醐味を味わいたいと思っています。
疫学研究でしか明らかにできないことも多くあります。そのひとつに光曝露の長期的影響があります。例えば、夜間の光曝露のような有害である可能性がある因子をヒトに実験研究で長期間曝露させ続けることは倫理的にできないということです。疫学研究の強みをしっかり生かして研究をしてきたいと思っています。
おわりに
本研究は多くの先生やスタッフのサポートを得て行うことができています。一緒に苦楽を共にした佐伯圭吾先生(奈良県立医科大学地域健康医学講座講師)、大いなる自由を与えてくれた筏義人先生(元 奈良県立医科大学住居医学講座 教授)、疫学の醍醐味をご指導いただいている車谷典男先生(奈良県立医科大学地域健康医学講座 教授)、いつも私どもを陰ながらサポートしてくれる岩本淳子先生(天理医療大学看護学科 教授)、興味深いデバイスを提供くれる刀根庸浩先生(奈良県立医科大学産学官連携推進センター 特任助手)、過酷な調査を一緒に実施してくれた調査スタッフの上村幸子さん、竹中直美さん、中島圭伊子さん、その他、多くの関係者の方々に深く感謝申し上げます。
最後に、本奨励賞受賞講演の際に座長を快く引き受けていただいた九州大学の樋口重和先生に「彗星のごとく現れた」という一節でご紹介いただき大変光栄に思っております。しかし同時に「彗星のごとく消えない」ようにしなければいけないとも思い、気持ちを引き締め息の長い研究をしようと心に強く誓いました。
参考文献
1) 筏義人 編. 住居医学( Ⅰ ). 産業図書.(2007)
2) 大林賢史、佐伯圭吾. メラトニンと高血圧、動脈硬化. アンチ・エイジング医学.10:692-696(2014)
3) Mishima K, Okawa M, Shimizu T, HishikawaY. Diminished melatonin secretion in theelderly caused by insufficient environmentalillumination. J Clin Endocrinol Metab.
86:129-34.(2001)
4) Riemersma-van der Lek RF, Swaab DF,Twisk J, Hol EM, Hoogendijk WJ, VanSomeren EJ. Effect of bright light andmelatonin on cognitive and noncognitivefunction in elderly residents of group carefacilities: a randomized controlled trial. JAMA.
299:2642-55.(2008)
5) Fonken LK, Workman JL, Walton JC, WeilZM, Morris JS, Haim A, Nelson RJ. Light atnight increases body mass by shifting thetime of food intake. Proc Natl Acad Sci USA.
107:18664-9.(2010)
6) Obayashi K, Saeki K, Iwamoto J, Okamoto N,Tomioka K, Nezu S, Ikada Y, Kurumatani N.Positive effect of daylight exposure onnocturnal urinary melatonin excretion in theelderly: a cross-sectional analysis of theHEIJO-KYO study. J Clin Endocrinol Metab.
97:4166-73.(2012)
7) Obayashi K, Saeki K, Iwamoto J, Okamoto N,Tomioka K, Nezu S, Ikada Y, Kurumatani N.Exposure to light at night, nocturnal urinarymelatonin excretion, and obesity/dyslipidemiain the elderly: a cross-sectional analysis of theHEIJO-KYO study. J Clin Endocrinol Metab.
98:337-44.(2013)
8) Obayashi K, Saeki K, Kurumatani N.Association between light exposure at nighta n d i n s o m n i a i n t h e g e n e r a l e l d e r l ypopulation: the HEIJO-KYO cohort. Chronobiol
Int. 31:976-82.(2014)
9) Obayashi K, Saeki K, Iwamoto J, Ikada Y,Kurumatani N. Exposure to light at night andrisk of depression in the elderly. J Affect
Disord. 151:331-6.(2013)
10) Obayashi K, Saeki K, Kurumatani N. Lightexposure at night is associated withsubclinical carotid atherosclerosis in thegeneral elderly population: The HEIJO-KYO
cohort. Chronobiol Int. 32:310-7.(2015)
11) Obayashi K, Saeki K, Iwamoto J, Okamoto N,Tomioka K, Nezu S, Ikada Y, Kurumatani N.Nocturnal urinary melatonin excretion isassociated with non-dipper pattern in elderlyhypertensives. Hypertens Res. 36:736-40.(2013)
12) Obayashi K, Saeki K, Kurumatani N.Association between melatonin secretion andnocturia in elderly individuals: a crosssectionalstudy of the HEIJO-KYO cohort. JUrol. 191:1816-21.(2014)
13) Obayashi K, Saeki K, Kurumatani N. Highermelatonin secretion is associated with lowerleukocyte and platelet counts in the generalelderly population: the HEIJO-KYO cohort. JPineal Res. 58:227-33.(2015)
14) Obayashi K, Saeki K, Kurumatani N.A s s o c i a t i o n b e t w e e n u r i n a r y6-sulfatoxymelatonin excretion and arterialstiff ness in the general elderly population: theHEIJO-KYO cohort. J Clin Endocrinol Metab.
99:3233-9.(2014)
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